十一 揺れる日々
京都駅で友達と別れたあと、少しだけホームで立ち尽くしていた。誰もいなくなったあとのホームは妙に広くて、音だけが反響していた。
新快速のドアが閉まり、しばらくして電車はゆっくりと動き出した。席に座り、目を閉じる。まぶたの裏には、試験のことが断片的に浮かんでは消えていった。あの整数問題、どこまで正確に詰められただろう。図形の証明は、綺麗だったはずだ。でも、手応えがあったような、なかったような。曖昧な感触だけが、体にへばりついている。
車窓には、大阪の淀川や桂川の水面がゆっくり流れていくのが見えた。けれど、風景はまるで記憶のフィルムのように、音も色も曖昧なままだった。
大阪駅に着いて、しばらく梅田の地下街を歩いた。人の多さに気圧されながら、ただ足を動かしていた。ルクアのあたりを抜けて、ヨドバシカメラのビルの壁をなんとなく見上げる。特に何が欲しいわけでもないのに、エスカレーターをぼんやりと昇ったり降りたりした。
そのまま、なんとなく環状線に乗って、難波方面へ向かった。たぶん、なにかの区切りが欲しかったんだと思う。
JR難波駅で降りて、道頓堀まで歩いた。賑やかな通りをふらふらと歩く。観光というより、「なにかを忘れるために歩いている」感覚だった。グリコの看板を見上げてみたけれど、なにも感じなかった自分に気づいて、少しだけ怖くなった。
数日後、京都駅から東京行きの新幹線に乗った。あの日と同じ駅、同じ空。だけど気持ちは少しだけ違っていた。
流れる車窓の向こうに、どこまでも続く線路と街の灯りが見える。「また来られるだろうか」と、ふと思った。その一言が、喉の奥で引っかかる。涙がこぼれそうになるけど、飲み込んだ。いや、こぼしたくなかっただけかもしれない。
東京駅に着くと、ホームに立ち上る冬の空気が肌を刺した。寒さが、あっという間に現実を連れ戻してくる。
東京に戻って数日後、渋谷のカフェでクラスメイトたちと集まった。みんな、やっと終わったね、と笑っていた。ドリンクを片手に、大学や試験の話、他愛もない話が飛び交う。笑ってはいたけど、心のどこかがまだ戻ってきていなかった。
「正くんは?」と誰かが聞いた。
「今、燃え尽きてるらしいよ」と別の誰かが答えた。
その言葉に、なぜか妙に納得して、誰もそれ以上は何も言わなかった。
みんなが笑っているその輪の中で、ふとした瞬間、「もしかしたら落ちているかもしれない」という影が、心の奥にひょいと顔を出す。それを見ないふりをして、また笑った。