雷のなかで
ある夏の日の午後。
空はまるで眠りかけた獣のように低くうなり、
遠くで誰かがガラスを割ったような音が響いた。
そして——
少年は雷に打たれた。
時間が止まったわけではなかった。
むしろ、すべてが一瞬で終わったのだ。
眩い閃光が彼の目の奥を貫き、
次の瞬間、視界は墨汁のような闇に包まれた。
地面がどこにあるのかも分からない。
耳の奥でチリチリと静電気がはじけ、
氷の針が背骨を這うような痛みが駆け巡る。
けれど、不思議と恐ろしくはなかった。
それはまるで、
夢のなかで星座の形をなぞるような心地。
意識は、彼の身体を抜け出していた。
青白く光る静寂の空間。
どこまでも広がる、音のない海のような場所。
そこに、白いもやが漂っていた。
牛脂のように、とろり、とろりと、
重たく、けれど柔らかく広がってゆく。
「……ここは、どこだろう?」
ふと、そんな問いが胸に浮かぶ。
答える声など聞こえるはずもない。
それでも、確かに「宇宙」と、誰かが囁いた気がした。
それはこの世界の外から、
遥か遠くから、彼を呼ぶ声だった。
意識はもやの海をゆっくりと伝い、
再び「こちら側」へと引き戻される。
気がつけば、頬に冷たいアスファルトの感触。
まるで海から引き上げられた魚のように、
身体は痺れ、うまく動かない。
それでも、目を細めて見上げた先には——
誰かの足。誰かが、そこに立っていた。
「……面倒くさいな。」
そんな言葉を、少年は小さく吐いた。
まるで夢の続きを見るように、目を閉じる。
また、あの意識の海へと帰ってゆく。
そして——彼は、消えた。
何処とも知れぬ場所へと。
名もない空の底、名もない光の中へと。
ただ、その場所だけが
ぽっかりと世界に穴を空けたまま、
ぽつんと、残されていた。