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第二話 『終わりとこれから』


「……神託って、そんなに必要なことだったか?」


 唐突なユウの発言に、僕は目を見開いた。心臓が跳ね上がった。


「ユウ……もしかして、本気で言ってるの?」


 あまりにも信じがたくて、思わず彼の顔をじっと細目で睨みつける。この期に及んで、と怒りにも似た感情が湧き上がった。


「い、いや! ちゃんと聞いてたからな!? あれだろ? えーと……あれ、なんだったっけな……」

「……神のお告げ。」

「そうそう、それそれ! ったく、アイムは俺が言おうとしたこと、いつも先に言っちゃうんだよな〜。ほんとズルいっての」


「はぁ……まあ、ユウが分かってるならいいけど。一応、『ちゃんと』聞いててよね?」

「お、おう……」


 神託とは、神からの大切なお告げ。

 ルイフ様はその声を代弁して、僕たち弟子や従者に“今なすべきこと”を教えてくれていた。その導きがあるからこそ、僕たちはこの“箱庭”で豊かに、そして何より平穏に暮らせていたのだ。


 けれど、もうそのルイフ様はいない。僕たちは、道標を失ってしまった。


「あ、思い出した! ルイフ様から教えてもらった“決まり事”や、たまに頼まれたりするやつだよな神託って!」


 ……最近のユウは、いろんな思考を通り越して、ちょっと心配になるレベルだ。呆れて言葉も出ない。


「あー。それで、何がまずいんだっけ…?」

「ユウ、本気で言ってるのかい? なら、もう一回……」 

「いやいや、そうじゃなくてー。…だから、その神託ってのをさ、代わりにアイムがやっちゃダメなの?」


 あまりに突拍子もない言葉に、僕は一瞬思考が停止して、頭の中が真っ白になる。


「ぼ、僕が!? できるわけないよ!? そんな、ルイフ様の代わりなんて……!」

「そうかなー? アイムなら俺、全然納得できるけどな。…多分、みんなもそう思うんじゃないかな?」

「いやいや、そんな簡単な話じゃ……」


 ユウは時々、とんでもないことを口にする。だが、今回はさすがに無理があると思った――そう思っていたのに。


「よくってよ。私は構わない」

「……オレも、異論はない」

「そうね。アイムなら、ルイフ様の代わりに適任ね!」

「……」


 僕とユウはみんなの元へ戻り、さっき二人で話した内容を皆んなに伝えてみると…マイン、アース、ハヴァは即答だった。彼らの信頼の視線が、僕に突き刺さる。


 本当に、僕がルイフ様の代わりを……? プレッシャーと、不安が押し寄せる。


 一方、ヒューズは教会前の古びた柵にもたれたまま、無言でこちらを見ていた。その視線は鋭く、僕の心を落ち着かなくさせた。


「……ちっ」


 沈黙がしばらく続いた後、ヒューズは目を開き、勢いよく僕の方へ歩み寄ってきた。その足音は、苛立ちと覚悟がないまぜになっているようだった。


「クソッ…正直――俺は、あの猿よりもテメェの方がよっぽど気に食わねェ」

「……え?」


 いきなりの暴言に僕は目を丸くしていると、ヒューズはさらに詰め寄り、僕を睨みつけた。彼の瞳の奥には、珍しく複雑な感情が渦巻いているのが見えた。


「誰がルイフ様の代わりをって言われた時、真っ先にテメェの顔が思い浮かんだ。…正直、俺はテメェやルイフ様みたいに、冷静な判断をとっさに取ることなんか出来ねぇ……ましてや、皆んなを導くことなんか。」

「………」


 乱暴な口調なのに、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、彼の不器用な本心が垣間見えたようで、胸の奥が温かくなった。


「……クソがつくほどムカつくぜ。言っとくが、テメェから神託受けても感謝なんかしねぇからなッ!」

「それで構わないよ。でも…ありがとう、ヒューズ」

「フンッ……」


 僕が笑って答えると、ヒューズはわざとらしく顔をそむけた。


 どうやら、僕たちは誤解してたのかもしれない。彼はただ、不器用なだけで…もしかすると、根は僕らが思っていたよりもずっと良い奴なのかもしれない。


「じょあ、神託はアイムがやるって決まったのは、いいとして……でも、やり方は分かってるの?」


 ハヴァが問いかけると、僕は頷いた。神託の重責に、再び緊張が走る。


「ああ、大丈夫だよ。以前、神託がどんな事をしてるのかずっと気になってて。思い切ってルイフ様に聞いてみたら、色々と教えてくれたよ」

「なーんだ、じゃあ何も問題ないじゃん! さっさと終わらせようぜ!」


 僕がそう答えると、ユウは喜びを表に出してそう答えた。しかし、彼の言葉には、どこか無邪気な期待が混じっていた。


「フン……この猿は、口だけは達者だな。どうせ何もやらねェくせに」

「なんだと!? このロバ野郎!!」

「ア゛?!」

「ア゛ァン!?!?」



 ――はぁ…ほんと、この二人は。ルイフ様があんな事になって…今は、言い争いをしている場合ではないだろうに。

 僕が呆れて黙っていると、タイミングを見計らってハヴァが声を上げた。彼女の冷静な声が、場の空気を引き締める。


「はいはい、そこまで。やることは山積みなのよ、分かってる?」


 二人は睨み合っていたが、ハヴァの一声でようやく距離をとった。まだ不満げな顔はしていたが、それ以上は何も言わなかった。


 それから、僕たちは神託を始める前にまずはルイフ様の遺体を教会から運び出すことに決めた。


 本当は、ルイフ様の教えに背くようで心苦しかった。聖なる場所で安らかに眠らせてあげたかった。でも――このままでは、何も前に進まない。彼の遺体をこれ以上放置するわけにもいかない。


「……なぁ、俺はもう先に入っちまったから、テメェも外で待ってていいんだぜ?」


 扉の前で僕が戸惑っていると、あのヒューズが珍しく気遣ってくれていた。彼の不器用な優しさが、胸に染みる。


「……ううん。大丈夫だよ! それに…いつまでも、このままじゃいけないからね」


 ルイフ様の遺体を運ぶ役目は、ヒューズと僕で担うことになった。僕らは互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。


 僕は目を閉じて深く息を吸い込み、意を決して教会に足を踏み入れようとした――そのとき。



「…ねぇ? 早くしないと、日が暮れてしまうわよ」



 いつの間に入ったのか、ハヴァは僕たちよりも先に教会の中で、待ちくたびれたように立っていた。

 その堂々たる姿に、僕とヒューズの決意は崩れ落ち思わず、言葉を失ってしまう。


「「………」」


 ようやく僕らは、意を決して中へと足を踏み入れる。教会は思っていた以上に広かった。足元には、ひんやりとした空気が漂う。


 両側に等間隔で並んだ古びた長椅子、その奥には厳かな礼拝堂があり、その背後の中央にある大きならガラスには優雅な女性と、大樹が描かれていた。

 外から差し込まれた陽の光がその絵を静かに降り注いでいるようで、とても幻想的だった。


 きっと日々、ルイフ様が丁寧に掃除していたのだろう。礼拝堂の中は隅々まで整っていて、まるで時間が止まったようだった。祭壇には、彼がいつも使っていたであろう古い聖典が置かれている。


「ルイフ様……」


 ヒューズが低くつぶやき、静かに腰を下ろした。その表情は普段の彼からは想像もつかないほど穏やかで、切なかった。彼がどれほどルイフ様を敬愛していたか、その一言で伝わってきた。


 ルイフ様の遺体は、教会の出入り口がある扉から少し離れた場所に、うつ伏せで倒れていた――。そして僕が気になったのは、その着衣の一部だけは血に染まっているのに……なぜか、床には血の跡が一切残っていないことだった。まるで、血が蒸発したかのように。


 それだけでも十分に不可解なのに――ルイフ様の遺体を見つけた時もそうだったが、やはり…今も教会の中には、少し鼻がツンとするような異臭が漂っている。それは、腐敗臭とも違う、形容しがたい不気味な匂いだった。その異臭が、かえって不気味さを増している。


 そして、そのすぐ傍に、小さくて丸い何かが落ちていたことに僕は気づいた。


「……これは?」


 僕が手を伸ばし、それを拾おうとした――その瞬間。



――その時、教会の外では。



「あいつら、大丈夫かよ……」


 教会の外に残されたユウ、マイン、アースの三人は、どこか落ち着かない様子だった。ルイフ様の死、そして中に入った仲間たちのこと。彼らの複雑な思いが、静かに胸の奥を重たくしていた。不安と、微かな恐怖が、肌を這い上がってくる。


 その重苦しい空気を破ったのは、不意に響いた声だった。


「あ、あれ……他のみんなは?」


 聞き覚えのあるその声に、三人は一斉に顔を上げる。

 そこに立っていたのは――行方が分からなかったはずの、ユアだった。彼女は息を乱し、額には汗がにじんでいる。



「お、おまえッ!!  今までどこに行ってたんだよ!?」

「ユア、無事だったカ」

「………」


「……ねぇ! アイムはどこ?」


 三人の心配をよそに、ユアは焦ったように辺りを見回し、さらに息を乱している。その姿は、ただ事ではない雰囲気を濃厚に漂わせていた。まるで、何かから逃れてきたかのように。


「お前、人の話聞いてんのかよ!?」

「アイムたちなら……教会のナカだ」

「ッ……!」


 アースの言葉に、ユアの顔色が一変する。驚きと、焦り、そして明らかに恐怖のようなものが混ざった表情だった。


「ま、まさか……教会に入ったの!?」

「えっ……あ、あぁ……入ったけど……?」



 ユウがそう答えると、ユアは教会に視線を向けた。その瞳には、言い知れない焦燥が宿っている。



「そう……。なら、始まるのね…」



 ユアはそう呟くと、急にユウの肩を両手で強く掴んだ。その指が、ユウの肩に食い込むほどだった。



「ユウ!! アイムに伝えておいて!! 私、しばらくみんなとは別行動をとるけど、何も心配しないでって!」


「はぁ…!?  な、何言ってんだよ!?」




 唐突な宣言にユウたちが困惑する中、突如として教会が眩い光に包まれた――。その光は、まるで太陽が地上に降り立ったかのように強烈で、周囲の風景を白く染め上げた。











――――。



 気がつくと、僕は知らない場所に立っていた。

 周囲は広大な平原で、どこまでも緑が続いていきそうな世界。澄んだ空気と、先ほどの教会の喧騒とは別世界のようだった。その中に、ひときわ目立つ大きな大樹が一本、堂々とそびえていた。生命の息吹を感じさせる、力強い存在感だった。


 そして、その木のすぐそばには、石造りの簡素な建物が建っていた。


「……ここは、いったい……うっ」


 自分は教会の中に居たはずで、現状を把握しようと頭を巡らせるが、突然の出来事に思考が追いつかない。急に頭に鋭い痛みが走り、僕は思わず額を押さえた。

 まるで、記憶の扉が無理やり開けられたかのような感覚だった。


「フフッ……貴方で何人目かしらね、ここに来たのは」


「ッ……!?」


 突如、背後から女の声が聞こえた。ひんやりとした、しかしどこか甘やかな声だった。


 振り返ると、そこには白い布だけを身にまとった金髪の女性が、静かに立っていた。その肌は透き通るように白く、瞳は深く、神秘的な輝きを放っている。その圧倒的な美しさに一瞬、目を奪われた僕は、すぐに我に返って片膝をつき、頭を垂れる。


「あ、貴方は …ッ?! し、失礼しました!」


 ルイフ様から少しだけ、神託での流れを聞いていた僕は、彼女を“あの方”であると気づいた。


「……よいのですよ。楽にしてもらっても」

「いえ、とんでもありません。それに僕たちは、言いつけを破ってしまった身ですから……」


「何かあったのですか…?」


 僕は、これまでの出来事をすべて正直に話した。ルイフ様の突然の死、皆の混乱、そして僕に託された神託のこと――言葉を選びながら、できる限り詳細に伝えた。彼女の澄んだ瞳が、僕の言葉を静かに受け止めている。


「……そう。そんなことがあったのですね」


 女性は少し寂しげな眼差しで遠くを見つめ、静かに呟いた。その表情は、どこか遠い過去を懐かしむようにも見えた。


「失礼を承知でお伺いします。無知な私をお許しください……貴方様は、私たちが仕える“神”なのでしょうか?」


「……フフ、あははははっ!」

「ッ……!?」


 突然、女性が甲高く笑い出した。先ほどまでの静謐な雰囲気とは打って変わり、どこか愉快そうに、狂気すら孕んだような声で笑う。その変化に、僕は戸惑いと恐怖を感じた。


「あなたって面白いわね。……ふーん、そんなことになってるの。じゃあ、ちょっと混ざってみようかしら」

「……な、何を言って?」

「…正直ね、このポジションにも飽きてたところなのよ」


 そう言った彼女の口調は次第に変わり、まるで別人のようだった。知らない言葉を混ぜながら、どこか狂気すら孕んだような語り口で、不気味に続ける。その声は、耳の奥にまとわりつくように響いた。


「あら、そろそろだわ」


 彼女は指を伸ばし、石造りの建物を指し示す。その指先が、僕の視線を吸い寄せる。


「あそこにある“果実”を食べなさい。そうすれば、あなたの望みはきっと叶うわ」

「……どういう、こと……ッ!?」


 思わず視線を戻すと、そこにいたはずの女性の姿は、もうどこにもなかった。まるで最初からいなかったかのように、跡形もなく消えていた。


 僕は戸惑いながらも、指示された建物へと足を踏み入れる。好奇心と、得体の知れない恐怖が入り混じる。

 中は空っぽだった。がらんとした空間に、僕の足音だけが響く。けれど天井を見上げると、そこには謎めいた文字や絵が無数に刻まれている。

 見たことのない奇妙な紋様が、僕の脳裏に焼き付く。


「……ッ!?」


 その瞬間、建物全体が強い光を放ち始めた。

 まるで教会のときのように、白く、圧倒的な光が僕の視界を奪う。僕は光に抗うことは出来ず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 全身が、何かに包み込まれるような感覚に襲われる。

 そして光が消えたあと、そこに残されたのは、たったひとつの“果実”。



 それは、教会の外で皆と食べたものとは、全く異なる、異様な色と形をした果実。




 ――それは、すべての始まりであり、終わりでもあった。


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