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第一話 『箱庭の決まり事』

 

 ――ここは“箱庭”と呼ばれている場所。

 僕は今、その“箱庭”の中にある『農園の丘』にいた。

 目の前の一本の木からたわわに実る果実を、慣れた手つきで器用に摘み取っていく。そして、あらかじめ背中に背負った籠へと、一つ、また一つと丁寧に入れていった。


「よぉ、アイム! 久しぶりだな!」


 聞き覚えのある明るい声が背後から響く。僕は果実の採取を一旦止め、声がする方へと振り返った。

 そこには、よく見知った人物が僕に向かって笑顔を向けて立っていた。短髪の黒髪に赤いメッシュが特徴の――


「ああ。七日ぶりだね、ユウ!」


 僕も久しぶりに顔を合わせる親友に笑顔を返した。


「てか、まだ取り終わってなかったのかよー? そんなん適当にちゃちゃっと終わらせて、ルイフ様がいる教会に早く行こうぜ!」

「うん。分かってるよ、ちょっと待ってて? あと少しで終わるから」


 ――この“箱庭”では、僕とユウ、そして他に五人の子どもたちがそれぞれ家を持ち、のどかで平和に暮らしている。ここでの暮らしは、かれこれ十年以上にもなる。


「それにしてもさ。ほんと嫌になるよな〜」

「ん? 嫌になる…?」


 ユウが、静かに口を開いた。

 僕は手を止めずに、ちらりと彼に目をやる。ずれた眼鏡を指先で直した後、再び視線を手元の果実へ戻し、採取を続けながらユウの言葉に耳を傾けた。


「ああー、ほら? こうして“決められた時”と“決められた日”にしか、アイムと話したり遊んだりできないじゃん? それにさ、正直――それ以外の日って、なんかもう…やることってないんだよなー」


 ユウは斜面に寝転がるようにして、空を見上げながらぼんやりと呟いた。


「まあ…それは仕方ないよ。この“箱庭”ではそれが掟だし、ましてや、ルイフ様の教えは“神託”そのものなんだからね」


 僕たちは七日に一度、“箱庭”の中心地、この農園の丘を降りて、少し離れた森に隠れた場所にある教会に集まらなければならない。

 

――つまり、今日も果実の収穫が終われば…。


「あー、分かってるってーそんなことくらい。でもさ…? それだけじゃなくてー実際、他の“決まり”もなんか、こう…色々めんどくさくねぇか?」


「馬鹿ユウ! 何言ってんのっ!!」


 ユウが日頃の不満を嘆いていると、またしても聞き覚えのある声が僕たちの後ろから響いてきた。


「…うげっ!? な、なんであいつが…!? いつもいつも勘弁してくれよー」

「あはは、すごく怒ってるね」


 鋭い剣幕で駆け寄ってきたのは、肩まで伸びた綺麗な紅色の髪と左目尻にある泣きぼくろが印象的な、僕たちと同じく箱庭で暮らす子ども――七人の内の一人、【ユア】だ。


 しかし、その顔は誰が見ても分かるほど、完全に怒りモードでユウを鋭く睨みつけていた。


「ちなみに性格は――負けん気が強くて、頑固で、口うるさくて、そのくせ泣き虫で、しかも寂しがり屋で――痛ってぇ!?」

「……なんですって?」

「馬鹿ッ、なんで叩くんだよ!? 本当のこと言っただけだろ!」

「また言ったわね!? 先週の分もまとめて、今日という今日は絶対に許さないんだから!」


 ユウは頭を押さえて涙目になりながらも、文句だけは忘れない。一方、ユアも両手を握り拳にして空へと掲げ「これ以上言ったら本気で殴るわよ」と威圧する。

 逃げ回るユウと、それを追いかけるユア――もはやこれは、僕らのお決まりの光景だった。


「あははは……」


 ――僕たちが暮らす“箱庭”には、七つの決まり事がある。


一つ『朝の刻・昼の刻・夜の刻に、必ず一個ずつ果実を食すこと』


二つ『赤く光る、二つの目を見てはならない』


三つ『月に一度、陽が沈む前に“知識の丘”へ行くこと』


四つ『六日間は、誰とも会ってはならない』


五つ『偽りを作ってはならない』


六つ『白き生き物との接触を禁ずる』


七つ『七日に一度、“農園の丘”にて果実を収穫すること』


――これらを破る者には罰則、すなわち“追放”とする。


 正直、この決まりには不審な点や疑問も多い。

 けれど、今の生活には慣れているし、不満も特にない…何よりこの二人と一緒に過ごす此処での日々は、とても楽しい――僕にはそれだけで、十分だった。


 その後、僕は必要な分の果実を採り終えると、丘の斜面に座り、この“箱庭”の景色を眺めて黄昏ていた。

 すると――ようやく、二人の“いつもの挨拶”が終わったのか、僕の元に戻ってきた。


 ふと、ユウの方に視線を向けると、顔には引っ掻き傷。目元もわずかに腫れている。


「うわっ……」


 どうやら、“無傷での帰還”という理想は儚く散ったらしい。

 ……そこまでしてまで、ユアに文句を言うことに、何かこだわりでもあるのだろうか…。


「…ひ、久しぶりだね、ユア。相変わらず綺麗な髪色だね」

「えっ!? …そ、そう? ……えへへ、ありがとう。でも、あ、アイムもその……えっと……すごく……か、かっこい……ぃ……ゴニョゴニョ……」


 僕が久しぶりに会ったユアに近づいて、髪を褒めると、彼女は飛び上がって喜んだかと思えば…今度は顔を果実のように真っ赤に染めて、下を向き小さな声でぶつぶつと呟いている。


「おい、アイム。そろそろ行こうぜ! こうなっちまったコイツは、しばらく動かねぇよ」

「あ、……う、うん。ユア、先に教会へ戻ってるからね?」


 僕は果実の入った籠を背中に背負い、ユウと一緒に丘を下りていく。


 教会は森に囲まれていて、この丘の上からではほとんどその姿は見ることができない。

 けれど――たぶん、もう皆、集まっているだろう。


「ヤベェ、早く…急がねえと!!」


 僕たちは駆け足で森を抜け、教会へと向かった。

 そして――次第に教会を視認できる所までくると、その教会の前で、人影が集まっているのが見えた。


「おいおい、もうみんな集まってんじゃん!」

「うーん……ユア、置いていっちゃったけど、大丈夫かな…」

「ったく、アイムは心配しすぎだって。アイツだって、もうガキじゃねぇんだから、すぐ来るって!」


 そんなふうに言い合いながら、僕たちはようやく森を抜けて教会へと辿り着いた。


「アイム、ユウ。遅かったな……ん? ユアは一緒ではなかったのか?」


 僕たちに声をかけてきたのは、修道服を着た男性――この“箱庭”の管理者であり、僕たちの親代わりでもある、ルイフ様が立っている。


 僕たちは片膝をつき、頭を下げる。


「申し訳ありません、ルイフ様。ユアとは先ほどまで一緒におりましたが、僕とユウは先に果実の収穫を終えたため、ひと足先に丘を下りてまいりました」


「うむ、そうか……まあよい。ユアもすぐ来るだろう。皆も顔を上げて、楽にして待っていなさい。時間が惜しいのでな。――そろそろ私は準備に入らねば…では皆、ユアが到着したら、すぐ神託を始めよう」


「「「「「はい、ルイフ様」」」」」


 そう言ってルイフ様は振り返り、教会の中へと歩いていった――すると。


「おいおい、ホント勘弁してくれよ。泣き虫ユアのせいで、こっちまでとばっちりだぜ?」

「はあ? 別に大したことじゃねぇだろ!」

「おやおや、泣き虫だけじゃなくて、弱虫まで騒ぎ出したか?」

「あァ!?」


 ……案の定、いつもの口喧嘩が始まった。


「もうやめろって、ユウ。ヒューズ…これ以上はやめてくれないか。ユウも反省すべきところはあるけど……煽る言い方は、君のためにならないと思う」


「ハハッ、なんだよアイム。俺に文句か? 相変わらずご立派なこって。泣き虫と弱虫の飼い主だと、つくづく苦労するな」

「テメェ……ぶっ飛ばすぞ!」


――彼は、ヒューズ。

 僕たちと同じ、この箱庭で暮らしている七人のうちの一人。そして…ユウとはとにかく仲が悪く、毎回顔を合わせるたび、こうして揉めてばかりだ。

 まぁ、一番身長が高く、鋭い目つきに、言葉遣いも荒々しく……確か小さい頃は、みんなとそれなりに仲良くしてたんだが。


「……はぁ。いい加減にしてくれない?」

「なんだよ、マイン! 邪魔すんなよ!」


 僕らの喧嘩に割って入ってくるのは、同じく箱庭で暮らす七人のうちの一人、マイン。

 くるくると巻かれた茶髪で、小柄な体格。こうして強気な口調だけど――足元に視線を向けてみると…若干震えているのが分かる。ようは高飛車だけど臆病な子だ。


「……ユウ、下がれ」


 マインが口を挟むと、今度はアースが動く。

 彼もまた、この箱庭で暮らす七人のうちの一人。特徴は――長めの黒髪を全て後ろに束ねていて、整った顔立ちで、あまり口数が少ない。いつの頃からだったか、マインの忠実な騎士みたいになっていた。


 そして、この箱庭の中で、最も強いのが彼だ。

 格闘術も剣術も柔術も――独学なのか、ルイフ様から習ったのか、知らないけれど…とにかく圧倒的な強さを誇っている。


 確か…かなり前のことだけど、ユウがマインに軽いちょっかいを出したことがあって、アースはそれを勘違いして、彼がユウをとんでもない距離までぶっ飛ばしたことは…今でも忘れられない思い出だ。

 

「な、なんだよ……お前は関係ないだろ?! そもそも、あいつが先に煽ってきたんだろ!」

「ハハハ、まるで猿だな」

「てめぇなんか、ロバ顔だろ!」

「……アァ?」

「…あなた達、いつもの挨拶はそのへんにして。なんだか様子がおかしいわ」


 腕を組んで口を開いたのは、この箱庭で暮らす七人の最後の一人、ハヴァだ。

 特徴は――短くまっすぐな黒髪に、後ろ髪の真ん中から襟足にかけて、桃色の髪が綺麗に染まっている。

 知的で、気丈な性格…なんだけど、少しばかり天然なところがある。それでもユアに負けず劣らずの美人だ。

 よく僕らをまとめてくれたり、こういった揉め事を止めたりしてくれる。


「ハヴァ、どうしたの?」

「……あなたが気づかないなんて珍しいわね。それとも、ユウのダメさがうつったのかしら?」

「おいハヴァ!? 俺のダメさって何のことだよ!」

「ハハッ、ちげぇねぇな」


 ――ハヴァのおかげで、ようやく揉め事が止まったと思ったのに、皮肉なことにまた火種が増えてしまった…ユウには悪いけど、今はハヴァの言った“違和感”の方が気になる。


「ハヴァ、僕にはわからない。何がおかしいんだい?」

「……別に私は、このまま彼らのじゃれ合いを見てもいいんだけど。私は、そろそろ“お腹”が空いたわ…アイムはどうなの?」


(お腹が……空いた? ――ッ!)


 その一言で、ようやく僕も気づいた。


「ヒューズ、ユウ!」

「あァ? なんだよ、アイム。」

「そうだ。ちょっと待ってろ、今コイツをぼこぼこに――」


「違うんだユウ! ルイフ様、いくらなんでも遅い気がするんだ!」


 僕の言葉に、皆が教会の方を見やる。


(それに…ユアも、まだ戻ってこない…)


「あ〜……言われてみれば、ちょっと遅ぇかもな…」

「ね、ねぇ、ルイフ様を呼びに行った方がよくない?」

「でもよ、教会の出入りはルイフ様しか認められてねぇだろ?」


 ヒューズ、マインに続いて、ユウが呟いた。

 実際、こんなことが起きたのは初めてで、みんな困惑していた。

 しかし、その沈黙を破ったのは、意外にもヒューズだった。


「なら、教会に入らなきゃいいんだろ? 俺は行くぜ。いい加減、この猿と顔を突き合わせるなんてゴメンだからな!」

「何だと、ロバァ!」


 ――はぁ…やれやれ。

 でもヒューズの言う通り、教会の様子を一度見に行った方がいいかもしれない。


「よし、わかった。じゃあ、みんなは先に教会へ行っててくれ。僕はまた丘に戻ってユアを呼んでくるから!」


「ったく、あの泣き虫は、ほんと何やってんだか」

「それじゃあ、ハヴァ。僕は行くから、みんなを頼むよ!」

「えぇ、任せて」


 そう言って僕は、ハヴァにみんなを任せて再び、農園の丘へと走り出した。

 ここから農園までは少し距離はあるけれど、急げば大して時間はかからないはず。


 でも…なんだか、嫌な予感がする。

 僕はさっき通ってきた道を走って、ようやく丘へと辿り着いた。


「おーい、ユアー!」

 僕は大声で叫んだ。……しかし、ユアは姿を現さない。

 丘の周囲や、果実が実る農園をくまなく探し回ったが、やはりその姿は見当たらない。

 

 ――刻々と時間が迫ってくる。

 ふと空を見上げると、陽はすでに僕がいる真上を通過していた。いつもなら、ルイフ様の「神託」はとっくに終わり、皆はそれぞれの家に戻って果実を食べている頃だ。


(もしかして、もう……ユアは、丘を降りてしまったのか……?)


 僕は念のため、丘の入り口にある看板に、ユア宛の伝言を書き残し、再び教会へと戻ることにした。


 そして、また丘を走って降りて――アイムは膝に手をつき、荒い息を整えようとした。しかし、普段から運動をしない彼にとって、丘の往復は骨身に染みるほど辛い。肺が焼け付くような痛みに、ぜぇ、ぐっ……と荒い息が喉に詰まる。


(はぁはぁ……こんな……ことになるなんて……!)


 だが、そうも言っていられない。

 アイムは乱れる呼吸を必死に整え、ようやく遠目に教会の前に集まっている皆の姿を見つけることができた。

 そして――森を駆け抜け、皆が集まる教会の前へと帰ってきた。


 しかし、みんなは異様な雰囲気を漂わせている。



「はぁ、はぁ……み、みんな。ユアがいなかったんだ。こっちに戻って来て……ッ?」




「アイム……」


「ユウ? みんなどうしたんだい?!」




「ル、ルイフ様が……」



 青ざめたユウの肩を掴み、僕は教会の中を覗き込んだ。



 そこで目にしたのは――血に染まり、うつ伏せで倒れているルイフ様の姿だった。



「ルイフ様……」



 服は真っ赤に染まり、異臭と不気味な空気がその場を包んでいた。

 

 一方、その頃――農園の丘の上では、フードを被った人物が、じっと教会の方を見下ろしていた。


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