プロローグ
アメノウタと申します。
初めてオリジナルの小説を執筆したので、良かったら読んでみてください。
「……うわぁ、マジか」
あまりにも壮大で、現実離れした光景に、俺の思考は一瞬止まった。
目の前にそびえ立っているのは、信じられないほど巨大な――いや、“異常”としか言いようのない――大樹だった。何百年、いや何千年、もしかすると何万年もの時を超えて育ったかのような、圧倒的な存在感。こんなものが本当に自然に生えるのか、と疑いたくなる。
最初に目にしたときは、どこかの巨大な建造物の壁かと思った。
だが、よく目を凝らしてみると、無数の枝が大気を切り裂くように四方へと伸びているのが見えた。
そして、それが一本の木であることに気づかされる。
「すげぇ……こんなの、あり得るのかよ……」
そう呟いた俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。
ここは見慣れた街でもなければ、日常の延長でもなかった。どこまでも草原が広がっている。地平線の先まで何もない――まるで、世界の端っこに来てしまったような場所だった。
「はは……」
あまりの非現実感に、思わず乾いた笑いが漏れた。
……だが、それだけではなかった。目を引いたのは、大樹とは別に、少し離れた場所にぽつんと建っていた“何か”だった。
「あれって……東屋、か?」
公園でよく見かけるような、休憩用の小さな屋根付きの建物――そう思ったが、どこか違和感がある。日本風の東屋というより、洋風の装飾が施された“ガゼボ”に近い。
「……あ、そうだ。ガゼボだ」
昔、珍しく長期で連休をもらって、せっかくならと、旅行をどこに行くかと、決める際にパンフレットを見たことがあった。
けれど、目の前のそれは粗野な石造りで、装飾も簡素なものだった。何より、肝心のベンチやテーブルがない。人が休むための場所なのに、まるで“用途”が感じられなかった。
ちなみに、俺が目を覚ましたのはそのガゼボの中だったが、自分がどうやってここへ来たのか、まったく覚えていない。
例えるなら、酒を浴びるほど飲んで、翌日二日酔いで記憶が曖昧になったような感じ――でも、それはあり得ない。正直、酒は嫌いじゃないが、酔い潰れるほど飲んだことは一度もない。
いろいろと考えを巡らせていた、その時だった。
「シリリーン……」
どこからともなく、澄んだ音色が聞こえた。
「……ッ!?」
次の瞬間、ガゼボからまばゆい光が放たれ、俺の全身を包んだ。否、光は俺だけでなく、周囲一帯にまで波紋のように広がっていく。
思わず腕で顔を覆うが、光は防げない。視界が白く染まり、意識がぐらつく。
「うわっ、な、なんだよコレぇぇぇ!!」
――どれくらい経っただろうか。
俺はいつの間にか気を失っていた。
光は収まり、静寂が戻っていた。だが目を開けようにも、まぶたの裏に残像が焼き付き、なかなか焦点が合わない。俺はガゼボの石柱に手をつき、なんとか体勢を保った。
少しずつ視界が戻っていく。しかし、妙だ。頭が重い。
そのとき、足元に“何か”が落ちているのに気づく。
「……ん? これ、果実か? あー。形は…少し違うけど、林檎っぽい……」
俺はしゃがみこみ、それを拾い上げた。見た目は普通の赤い果実。特別変わった様子はない。ただ、あまりにも“普通すぎて”、逆に不気味だった。
「おい! 誰かいるんだろ? ふざけんなよ!」
声を張り上げても俺が求める“誰か”からの返事はなく、辺りの静寂さが現状の不気味さを駆り立てる。
そんな中、ぐぅ〜、と腹から間抜けな音が鳴る。手に握っている果実に目線を向けると、徐々に口の中は唾液でいっぱいになっていった。
空腹と渇きが限界を迎えていた俺は、迷うことなく果実にかぶりついた。
「……なっ……な、なんだコレ……!」
驚愕した。
サクッとした食感、溢れ出る果汁。甘み、香り、すべてが完璧。例えるなら、口の中で味覚が花火を打ち上げるような衝撃だった。
「う、うめぇえええええぇぇ!!!」
これまで食べたどんな食事も霞むほどの美味さだった。気づけば、俺は夢中で果実を貪っていた。涎を垂らし、果汁にまみれ、もはや人の体裁なんてどうでもよかった。
芯まで食べ尽くした俺は、肩で息をしながら呟いた。
「なんだよコレ?! マジで神の果実かよ……」
不思議と、不安や恐怖も消えていた。むしろ、活力がみなぎっている。食べたことで、前向きに考える余裕が生まれたのかもしれない。
「よし……もう少し、この辺を調べてみっか」
俺はガゼボを拠点とし、救助が来るまでの間、ここで待つことに決めた。
――そう、それが“入り口”。たった一つの果実。
それが、俺の運命を狂わせる事になるとは、この時まだ知る由もなかった。
――その夜。
どうやらこの場所は、日が沈むとぐっと冷え込むらしい。
俺が着ている白い服は、明らかに薄すぎて、この寒さに耐えられるはずがない。
…だが、不思議なことに、この四阿の中だけは妙に暖かい。
まるでどこかに見えない暖房でもあるかのような、そんなぬくもりに包まれて、俺は安らかに眠ることができた。
「明日は、水と何か食べられるものを探さなきゃな……」
――二日目。
今日も、大樹は堂々と空に向かってそびえていた。
雲を突き抜けるその高さに、改めて圧倒される。
木の根元周辺を調べてみたが、やはり何もない。ただただ、空虚な広さだけが広がっている。
――三日目。
どうやら、この場所には生き物すら存在しないようだ。
少し離れた丘から辺りを見渡しても、地平線の先まで、ただの平原が広がっているだけ。
そういえば、もう三日も経っているのに、なんで俺は無事なんだろうか?……まぁ良いか!
――七日目。
ああ…果実…あの時の、あの果実がまた降ってきてくれないだろうか? あぁ……本当に、美味しかった。
――三十日目。
(まだか…?…はやく……早く、あの果実を)
もはや日付も時間も、もう意味を成さない。
ただ、頭の中にあるのは――
(かじつ かじつ かじつ かじつ かじつ かじつ かじつ かじつ……etc)
気づけば、口の中でも呟いていた。
「かじつ、かじつ、かじつ、かじつ、かじつ……ぶつぶつ。」
もはや救助なんか求めてなかった。
ただ――“あの味”が、ただ果実を…。
そして、ある時。
「……き、きた!?」
四阿が眩い光に包まれる。
それは初めて果実が現れたあの時と同じ光――いや、それ以上に尊く、美しく見えた。
「はは……やっと、やっとだ……!」
俺の口元から涎が溢れる。理性などとうに失っていた。
光が静かに消え、ゆっくりと目を開ける――
そこに、あった。『ソレ』が。
「……っ!」
我を忘れて飛びついた。両手で宝物のように包み込み、すぐに口へと運ぶ。
――だが。
(……味が、しない……?)
次の瞬間、手に持っていたはずの果実が消えた。
「そんな……嘘だ……」
慌てて周囲を探す。しかし、どこにも“果実”はない。
代わりに、視界に映ったのは――
俺の服や、手、顔、全てが“真っ赤”に染まっていることだった。
「うわあああああああああああ!!」
その叫び声と共に、目の前が真っ暗へと変わる。
目を覚ますと、そこはいつもの平原。
どうやら俺は果実を想うあまり夢を見ていたらしい。
ただ、大樹の枝が、不気味に風に揺れていた。まるで――俺を嘲笑うかのように。
(……待つんだ……また、きっと……)
俺は再び、ただ待ち続ける。
――XX…日
もう、何日経ったのか分からない。
今、呼吸しているのか、生きているのか、それすらも曖昧になってしまうほど。
(……待ち続ける)
そして、ようやく待ちに待った光が訪れる。
「おぉ……やっ、たぞ……俺は、この日を……この時を……」
光が弱まり、俺は涙を浮かべながら、ゆっくりと目を開けた。
しかし――そこに果実はなかった。
代わりとして、あったのは自分と同じ、白い服を着た、低学年ぐらいの金髪の少女。
「な、なぜだ……なぜ、無い……!?」
俺は地面を這い回り、四つん這いで果実を探す。
その時――少女が目を覚ました。
「……こ、ここは……?」
呟く、少女。
だが、今の俺には目の前の少女が、自分が手にするはずの“果実を奪った存在”にしか映っていなかった。
それは、異常なまでの憎悪、憎しみ、怨み。俺は、気づけば少女の前に立ち、目に宿る光は憎悪の炎で赤く染まり、顔の筋肉は醜く引き攣り、まるで地獄の底から這い上がったかのような形相で呟いた。
「どこへやった……?」
「……え?」
「とぼけるな!俺の果実だ!! まだ、お前が持ってんだろうが!!」
怒声と共に、少女に飛びかかる。そして、馬乗りになり両手に力を込め、彼女の首を締め上げる。
「返せ! 返せ返せ返せ返せぇぇぇぇぇっ!! 俺の果実だぁ!!」
「うぐっ…」
だが少女は、いとも簡単に俺を突き飛ばす。
「ガハッ……!」
(な、何で……こんなガキに……あ、…なんだ? 指に、力が…入らな……?)
石柱に倒れ込んだ俺を見つめながら、少女が言った。
「コホッ……い、いきなり何なの。……ねぇ、《おじいさん》はいったい誰なの…?」
(……は?)
《おじいさん》……?
恐る恐る、自分の顔に触れようとしたが、それは叶わなかった。
震える腕や足は、まるで老人のものだった。
俺は自分の手や体を見下ろす。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっ!!?」
両手の指が――ほとんど無くなっていた。
指のない手で首を締められるはずがない。
いったい、どうして……?
つまりそれは――震える“手”で口元を触れる。
そこには、赤黒く固まった、“何か”がべっとりと付着していた。
(な、まさか……そんなばかな…)
どうやら俺は……“果実を食べたつもり”で、自分の“指”を食いちぎっていたのだ。
俺がいた足元には、“その時”についた血の跡がべっとりと残っており、着ていた白い服も、今では赤い血の色で染まっている。
そして――なにより、もっとも恐ろしいのは、
【なぜ、まだ……生きているのか?】
「う、あ、あば……ばばばば……」
立とうとするが、足は震え、力が入らない。
鏡があれば見たかった……自分の姿が、どれほど“変わり果てた老人”になっているのか。
(いつから、何年経ってしまった? いや、何十年か? それとも……。)
いや、違う。
(俺は……“あの時”から、魅入られていた…)
あの、香りと味に――そう。
アクマ
あの【赤い果実】に。
俺は力なく前のめりに崩れ落ちる。
呼吸は浅く、ゆっくりと意識が遠ざかっていく。
その場で老人は倒れ、最後に視界に映ったのは――あの大樹だった。
(あぁ、……この大樹は、俺の末路をずっと見ていたのだろうか…?)
考えることさえも、もうできない。
次第に、まぶたは重くなっていき…静かに閉じられていく。
「……かじ、つ……」
最後に老人は…そう、口にして。
ここまで読んでいた頂き、ありがとうございます。
一応補足として書いておきますが、こちらのプロローグは本編とは違う、別視点の物語です。
そして、次回から『エヴァンデイズガーデン〜禁断の果実〜』本編になりますので、是非、読んでみてください。
これからもよろしくお願いします。