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第5話 夏の太陽の下へ (2)

 * * *



 お盆はあっという間に終わろうとしていた。翌日からまた講習があると思うと、鬱になりそうである。だがその前に、喫茶店の盆休みは終わり、再開していた。それだけが唯一の救いなのかもしれない。

 昼を少し過ぎたあたりに光二は行ったが、予想以上に混んでいた。仕方なく椅子に座って待とうと思った矢先に、軽やかな声が飛び込んでくる。水菜が光二の姿を見つけて、手を振って呼んでいたのだ。その前で恵美香が微笑んでいる。近寄ると、四人席のうちの一つを空けてくれた。

「思ったより遅かったわね」

「お久しぶり、高山君」

 水菜と恵美香が次々と挨拶していく。昼前からいたのだろうか、サンドイッチの皿はすっかり空になっていた。それを見つつ、水菜の隣に腰を下ろす。

「いや、そっちが早いんだろ。いつも俺は昼過ぎに来ているじゃないか」

「あのね、高山君、今日も私が水菜に無理を言って、早めにしてもらったの。洋さんとじっくりお話しがしたくて」

 恵美香が手を合わせながらにっこりとする。そして二人を見比べながら、嬉しそうに口を開いた。

「それにしても二人が知り合いだなんて、知らなかったわ。しかもこの水菜がずっと気にかけていたなんて。とても小さい頃は仲がよかったのね」

「恵美香、何が言いたいの」

「別に、何でもないわよ」

 ニコニコしつつ、含みのある顔をして、適当に流していた。

 ――絶対楽しんでいる。

 そう光二は感じ取った。これがもし義樹にも知られたら、何を言われるかたまったものじゃない。絶対に冷やかしにくるだろう。

 光二にとって水菜はただの幼なじみである。だから、それ以上でもそれ以下でもないと思い込ませていた。

 光二が注文した飲み物が来て、盆の最中の話しも一通りすんだ頃、義樹もようやく喫茶店に顔を出した。日焼けの様子が一段と濃くなっている。

「恵美香ちゃん、久しぶり! 元気だった?」

「ええ。義樹君も元気そうね」

「君に会えただけで、十分さ! 恵美香ちゃんが元気なら、僕も元気!」

 いつもより度を越えた挨拶を交わしながら、苦笑いをしている水菜と光二を見てきた。

「よう光二、元気だったか?」

「お前と会わなかったおかげでかなり平和だったよ。焼けたな、海にでも行っていたのか?」

「プールに行ったり、従兄弟とサッカーしていてさ」

「へえ、サッカーをまだやっていたのか。もうやらないって言っていたじゃないか、引退試合の後」

「軽く体を動かす程度ぐらいいいだろう」

 視線を逸らし、義樹は洋が持ってきた水を受け取る。

 若干おかしい様子を見て、ちらりと光二は水菜を目配せすると、彼女は軽く頷いた。そして恵美香の隣で顔がにやけている少年に対して、思い切って切り出す。

「なあ義樹、俺たちが負けた後の試合を見に行っていたと聞いたが、いったいどうしてだ?」

 直球で質問したが、意外にも義樹はすっとぼける。

「はあ、試合を見に行った? 何をでたらめなことを」

「でたらめじゃない。試合の様子をメモしたのを先生や後輩たちに託したって、直に聞いた」

 すると義樹の表情に、ようやく困惑した様子が浮かび上がった。

「聞いただと?」

「ああ。先生にも確認は取った」

 はっきりと言ったものの、これは嘘である。確認をしようとしたが、連絡が通じなかったのだ。つまりあの後輩の証言しか聞いていない。

「サッカーはもうしないって、あんなにはっきりと俺に言い切ったのに、どうしてそんなことを」

「別に気紛れさ。後輩たちに頑張ってほしいから、しただけさ。もう――するかよ、あんなスポーツ」

 そっぽを向いて返す。だが声色を通じての感情は丸だしだった。

「サッカーが好きなのに、何を寝ぼけたこと言っているんだよ。あの結果に不服なんだろ?」

「……光二、何が言いたいんだよ」

 ギロリと鋭い視線を向けてくる。それに圧倒されないよう、自信をしっかり保つようにした。

「だから言っていることと、やっていることが、正反対なんだよ。何だよ、もうやらないって言っておきながら、未練たらたらで。続けるなら続ける、そうはっきり言えよ! サッカー続けることが悪いことなんて――」

「お前に何がわかる!」

 急に立ち上がり、前のりに飛び出して、義樹は右手で光二の胸倉を掴んだ。目の前に彼の顔が飛び込んでくる。

「俺がどれだけ練習を頑張って、最後の試合を向かえたかわからないくせに、わかったような口を開くんじゃねえ!」 

 真っ直ぐに光二を見て、言い放つ義樹。それはきっと彼の真実。だが、それを素直に受け入れられるほど既に光二は我を保っていなかった。

「お前がどれだけあの試合に賭けていたかはわかっているつもりさ。ずっと練習していたからな。だからわからない。どうして好きだったことを無理にやめようとしているんだよ!」

 思いついた言葉をどんどん声にしていく。周りのことなど気にせず、思っていたことをそのまま露わにする。

 そして、それを聞いて、さらに抑えられない気持ちの沸点に到達した義樹は左手でも光二を掴み、無理矢理立たせた。

「いくら好きでも、いくら練習しても、いくら自分なりに上手くなっても、勝たなきゃ意味がないだろ! 所詮俺は弱小チームの中じゃ上手くても、全国的に見たらたいしたことねえ。それがわかっていて、続けてられるか!」

 感情をむき出しにした言葉は、そのまま義樹の心を意味していた。だが、それがむしろ無性に腹が立ったのだ。

「――そうか、お前のサッカーへの想いはそんなものなのか。技術が足りないから、そしてそれに対しての努力もしようとしなく諦めるなんて、なんて薄っぺらいものなんだよ!」

「……う、うるせえ!」

 吐き捨てた言葉と共に、義樹は思い切り光二を押し出した。何の防御もしていなかったため、背中に椅子が直撃してしまう。うめき声を上げつつも、視線は義樹へと行く。

 彼は光二を叩きつけると恵美香や水菜の制止も聞かずに、一目散に喫茶店の入り口へと向かう。そしてちょうど中に入ってきた女性の肩に当たりつつも、何も言わずに出て行ってしまった。

 喫茶の中にいた人はあまりの出来事に呆然とする。だが、すぐに現実に戻り、自分たちの世界へと戻っていった。

「光二、大丈夫?」

 光二の隣から心配そうな声が聞こえてくる。

「だ、大丈夫。意外に俺は頑丈だから。殴りあいもしたことはあるし。心配するな。ただ少し痛いだけ」

 背中に痛みが走るが、しばらくすれば抜けるだろう。一連のことを見ていた洋も視界の端から近寄ってきた。

「光二君、無理してない? 痛いところはない? 横になるなら、奥に休めるところがあるから」

「……ありがとうございます。大丈夫です、お気遣いなく。それよりも、義樹の逆鱗に触れた方が心配だ」

 あんなに激怒したのは初めてだ。もしかしたら、触れてはいけないところを直に触れてしまったのかもしれない。

 恵美香は両手を強く握りしめ、何かを考え込んでいた。そして机に手を乗せながら、立ち上がったのだ。

「私、義樹君のこと、追っかけてくる」

「恵美香? またどうして。大丈夫よ、ああいうやつは寝れば忘れるタイプだから」

「いえ、いつまでも引きずるタイプよ。光二君、彼どこに行きそうかわかる?」

 水菜の言葉にもほとんど傾けず、恵美香は混じりけのない真っ直ぐな目で見てきた。

「家か、もしくは学校か。サッカーのこと話題に出したから、おそらく」

「わかったわ、ありがとう。高山君はゆっくり休んでいてね」

 鞄を持ち、恵美香が歩き始めようとすると、目の前にさっきの女性が立ちはだかる。バレッタで髪をまとめあげている女性――夏美の妹の晴美だった。

 洋は彼女を見て、困惑をした表情になる。恵美香はちらりと彼女と視線が合うと、軽く会釈をして脇を通り抜けた。

 そして晴美は立ちすくんでいる洋を見つつも、喫茶店内をぐるりと眺めた。

「まだお忙しいようですね。お時間が空きましたら、話をよろしいですか?」

「……構いませんよ。あまりお話することはないと思いますが」

「それでもいいわ。ただあなたの奥底に埋まっているものを引き出してみたいだけなので」

 そう言うと踵を返し、空いていた二人席に向かおうとした。

 だが、振り返った瞬間、彼女や光二たちは視線の先にあるものを見て凍り付いた。

 入り口付近に青年が立っている。晴美が来た後に入った客だろう。不格好なサングラスをかけ、全身黒い服を着ている。

 その人が恵美香の首に手を回し、鋭利なナイフを突きつけているのだ。

「え、恵美香……?」

 立ち上がろうとする水菜を見ると、青年は大声で叫んだ。

「動くな! この小娘の命が欲しかったら、俺の言うことを聞け!」

 水菜はびくりとし座り込み、肩を震わせながら恵美香をじっと見つめていた。

 喫茶店の中には光二たちと晴美、仲のいい男女とおばさんたち、そして女子高生がいたが、誰もが思わぬ光景に息を呑んでいる。

 恵美香はきつく首を絞められているのか、苦しそうな顔をしていた。青年の目や雰囲気からも殺気立っているのはわかった。

 彼は何かをしようとしている。

 そのためには恵美香を傷つけるのは造作もないはずだ。幸か不幸か、今、この状況を見て、大パニックになる少年がいないのが救いだったのかもしれない。

 洋は晴美を脇に寄せ、少しだけ彼に近づいた。動いたのに気づいたのか、青年の顔がこっちに向けられる。ごくりと唾を呑んで、洋は先に口を開いた。

「この店の店長だ。何が目的かは知らないが、まずは彼女を放してくれ」

「今、放したら、ナイフを突きつけている意味がないだろう。そんなこともわからないのか、上原陽洋」

 洋の眉間にしわが寄る。この喫茶店に来る人は、あまり彼の本名を知らない。ましてやこのような青年に話したことはないのだろう。だから知っているとすれば、もっと昔の知り合いか。

「君はいったい……」

「俺のことを忘れたのか? 同じ読み方だったのにさ。まだ卒業してから七年ばかりしか経っていないのに、冷たい奴だな」

 その言葉を聞いて、洋の顔が一瞬で変わる。そして確かめるように、一音一音はっきりと口を開いた。

戸田明裕(とだあきひろ)……」

 そう言うと、青年の口がつり上がった。




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