逃がしたクジラ?2
東条さんが家に来てくれて、用意しておいた、お礼の菓子折りとお金を渡そうとしたら、
「こちらは返します」とお金のほうを言われてしまい、母と顔を見合わせた。
「でも、助けていただいて」と母が言いかけたら、
「お互い様です」と私を見た。
「僕のことを許してくれたから。それにお金ではなく、真珠さんが生きていてくれたことが何よりですから」と言ってくれて、驚いた。
「こういうものを受け取ったら、これから、こちらに気軽に遊びに来れなくなる」
「えー、また、来るつもりなの?」
「別にいいだろう。恋人に会いたくないのか?」
「恋人じゃないでしょう?」
「になる予定」とウィンクしていた。
「何人の女に同じようなことをしてきたか、言える?」母があきれたように笑った。
「あなたは見直した部分もあり、あいかわらずでもあるわねえ」
「これが僕です」と東条さんが明るく笑っていた。
「それでしたら、おねがいがあります」と東条さんが座りなおしていた。
「御嬢さんをお預かりできないでしょうか?」
「え、やだ」
「え、交際の申し込み?」と二人で言ったら、
「違いますよ。真珠さんに手伝ってもらいたいんです」と東条さんが言いだして、
「変なことじゃないでしょうね?」とにらんだ。
「相変わらずだな、お前。違うよ。テレビ局の仕事が入ったんだ。ま、いつまで続くか分からないけれど、占いコーナーを担当することになった。俺ともう一人候補がいるみたいだけれど、俺で決まりそうなんだ。俺のほうが見栄えがいいし」
「あきれるなあ」
「だから、アシスタントでついてくれ」母が、
「でもねえ、真珠にはまだ早いと思うのよ。この間のこともあるし」
「だからですよ。真珠さんにはそういうテレビの裏事情も知ってもらったほうがいいでしょう? これから、色々な客がいることを知ってもらったほうがいいと思う。僕は父のそばで見てきましたから、それなりには分かっているつもりです」
「え?」と驚いた。
「当たり前だろ。親父は俺を後継者としては必要としてくれているから」
「としては?」
「自分の信用できる者をそばに置いておきたかったんだろ。そういう程度しか、つながりはないけどね」とさらっと言った後、
「おねがいできませんか?」と東条さんが母に頼んでいた。
「そうねえ。アシスタントぐらいなら、しておいた方が、いいのかもしれないわね」と母が考えていた。
「真珠さんには何事も経験を積ませた方がいいです。せっかくの才能もこのままでは、使いづらいだろうし」
「才能なんてないよ」
「父親のことを分かっていただろう? あの犯人もお前が相手だからこそ、恐怖を感じて、焦りからああいうことをしたんだ。普通なら見つけられない」と言われて、
「良く分からない」としか言えなくて、
「この子の感覚は私や親せきの人には何人か出ている勘みたいなものよ。ただ、それが研ぎ澄まされるかどうかは別の話なの」
「え、何人かいるんだ? おじさんぐらいなのかと思っていた」広大おじさんにはある。お姉ちゃんには全くない。お姉ちゃんは勘は鈍いと言ってもいいぐらいだった。
「おじさんもあることはあるけれど、私の祖母が強かったと聞いているわ。おじさんもその血を受け継いでいるけれど、私の両親はそういう部分がほとんどなかったの。真珠にそれが強く出たのは、主人の異変があったからよ。これからは減っていくかもしれないわ。それでもいいの?」と母が聞いた。東条さんが笑った。
「それなら、それで、別の部分を磨いていけばいいでしょう。勘だけが頼りの占い師では波が激しくなり、気分の差が出やすい。真珠さんがそれに振り回されるのも困るだろうから、これから考えていけばいいことですよ。でも、僕は真珠さんはその部分が減ることはないと思う。恋愛にのめりこまなければですが」
「恋愛?」と驚いたけれど、なぜか母が浮かない顔をしていた。
「もっとも、これだけ魅力的な男性がそばにいたら、そうなってしまう危険もありますが、そうしたら、結婚してしまえばいい話ですし」
「また、寝ぼけたことを言って」でも、なぜか母が笑った。
「あなたはそういうところはあの人には似てないのね。あの人は結婚に対して、打算しかなかったと言うのに」
「父のことですか?」母がうなずいた。