蒲生さん5
「申し訳ありませんけど、帰ってください。掃除の途中なんです」
「あら、たいして綺麗になってないじゃないの」とバカにするような言葉で、
「お詫びの言葉を言ってくださるのでしたら、ここにいて構いません。それ以外でしたら」と言って、店のドアを開けて、
「息子さんがナイフで相手を襲った毛皮を着た奥様、どうかお帰りください」と母が促した。
「な、なんですって」蒲生さんが睨んでいたけれど、その部分だけは事実だから、さすがに何も言えなかったらしく、
「ふん、覚えてらっしゃい。絶対に嘘を暴いてやるから。この家が借金だらけだからと言って、うちにたからないでちょうだい」と言いながら店を出ていき、
「二度と来ないでください、お客様。ナイフを持ってお越しになることだけはご遠慮願います」と母が顔をあちらこちらに顔を向けながら、近所に聞こえるように言葉を投げつけていた。
「お母さん」と慌てて止めた。
「もういいわよ。近所の人もあの人のことで興味津々だしねえ。これ以上噂が増えてもどうってことないわ」と母が開き直っていた。
「さ、塩をまいておきましょう」
「そうだね」
塩をまいたあと、
「ああいう母親だと息子さんはゆがむわね」と母が言った。
「息子の話をちゃんと聞いてから来たらいいのに。この段階で、あの言葉は呆れるね。真実は何も語ってない状況だよ」
「あら、だからよ。焦りがあるの。信じたくないことがあるからこそ、焦りから、ああいう言葉で打ち消したいものなのよ」
「打ち消すの?」
「ああいう人も時々いるわよ。いくら忠告しても聞かないわ。真実から逃げると言うか、目をそらすタイプね。都合よく真実を捻じ曲げてしまうから手におえない。しかも思い込んでいるのよ」
「思い込むの?」
「まあ、ほっときましょう。考えるだけ時間が無駄になるタイプよ。あの母親では何年かかっても、息子は更生しそうもないわね」
「私を襲ったことも、ナイフを使ったことも事実だよね」
「だから、それから目を背けたいんでしょう。何かの間違いだ、そうだ、相手がそそのかしたんだ、そうだ、相手が悪いんだ。そういう流れで物を考えるのかもしれない」
「あの人に育てられた人が、おとうさんを」
「真珠、今はそのことは」
「だとしたら許せないね」としか言えなかった。