黒い車の人3
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おじさんはおおらかで優しい人で、幸枝さんはうれしそうに世話をしていた。年の差は気にならないのか、近所の人が、「奥さん」と呼んでいたので、夫婦だと思われているんだろうなと思った。勝手口から戻ってきた幸枝さんが、台所にいる私を見て、
「休んでいなくて大丈夫?」と聞かれた。
「大丈夫です。ちょっと、不安になっただけだから。ごめんなさい。私のせいで」
「あら、謝ることはないわ。私、こういうのは慣れているの」
「へ?」さすがに驚いて見てしまった。幸枝さんは笑いながら、
「わざわざ説明することじゃないのかもしれないけれど、私ね、前に結婚していたことがあるの。ただ、籍はいれてはいなかっただけで。その人の問題があったから、あの人と一緒になることも遠慮していたの。でも、誘ってもらってうれしかった。こっちに来れたことで、やっと解放されたから」困ったなあ。聞いた方がいいんだろうか?
「真珠ちゃんたちにご迷惑をかけるかもしれないから、私のほうが」
「え、どうしてですか?」
「私の前の主人も、問題を起こす人でね。警察に呼ばれたことが何度かあったの。ケンカしたり、お酒のトラブルがあって」
「大変だったんですね」
「そういう時に、あの人が何かと心配してくれて。こちらに移住するからと誘ってもらうまで、そういう関係ではなかったの、わたしたち」
「え?」さすがに驚いた。幸枝さんが笑って、
「私が困っているから、こちらに呼んでくれたのね。だから、それに甘えてしまったのは私のせいだから。真珠ちゃんは遠慮しなくてもいいのよ。むしろ、私のほうがご迷惑をかけているのだから。勝手に押しかけて」
「おじさんととても仲がいいから。それでいいと思いますけど」幸枝さんが笑いながら、
「真珠ちゃんは大人ね」
「えー、子供っぽいって言われます。背もそれほど高くないし。お姉ちゃんのほうが高いんです。お父さんもそれほどは高くなかったし、お母さんも低いし、誰に似たんだろうねって、お姉ちゃんは言われてます。きれいだから、突然変異だとか言ってましたけれど」
「真珠ちゃんは、真珠ちゃんよ。あの人に似てる。おおらかで優しいところが。私のような女でも、そうやって気を使ってくれるから」
「そんな。私、家が占いを商売にしてるから、あれこれ言われ続けてきてますからね。大概のことは流す癖がついちゃって」
「あら、そうなの?」
「お父さんが喫茶店を、お母さんが占いを。それで、今度のこともあるから、お姉ちゃんは怒ってばかりいるし。お母さんは気丈に振る舞っているけれど、私はどう受け止めたらいいのか分からなくて、それでおじさんに会いたくなって。それなのに、あんなことがあったから。この家の人にも迷惑を掛けちゃったな」
「あら、お互いさまよ。大丈夫。絶対にお父さんが守ってくれるわ。真珠ちゃんが、笑ってくれるほうが嬉しいはずよ。お父さんなら」幸枝さんに言われてうなずいた。
「私の父もね。優しい人だったら良かったわ。家出しちゃったからね、私は」
「え?」
「さ、食事の準備をしないといけないわね」幸枝さんが明るい声を出していた。