予感4
東条さんと二人きりになり、
「寒くないか? 気分は悪くないか? 何かほしい物があるなら買ってくるよ」と優しく言ってくれたけれど、
「ごめん」と謝った。
「大丈夫か? 顔色が悪いな」
「お父さん、死んでいたんだね」としか言えなくて、
「あの時」と言ったら、東条さんが不思議そうにこっちを見ていた。
ぼんやりと、昔のことを思い出していた。
「お父さんを探さないと」中学から早く帰って、おじさんに頼んだ。
「なにを言ってるんだ。帰ってくるのはまだ先だよ」喫茶店でコーヒーを入れながらおじさんが私の言葉を聞いて、軽く答えていて、
「違うの、違うの。お父さんが呼んでる。お父さんが呼んでいるから」と言った後、その場に座り込んで、
「怖い、怖い」と言ったら、母がやってきた。
「お客様の前よ」母が怒っていたけれど、私の様子があまりにおかしいので近寄って、
「なにがあったの?」と聞いてきた。
お客様がいなくなってから、母に説明した。お父さんが呼んでいると。
「お父さんが呼んでいる?」東条さんが私の話を聞いて驚いていた。
「そうだね、そのときはお父さんの声が何度も聞こえて。でも、どう説明したらいいのか。学校にいるときにお父さんの声が突然聞こえたの。助けてほしいような、切ない声だったから驚いて、慌てて家に帰った」
「そうか」
「母が心配して問い合わせてくれた。いつもなら、父はちゃんと泊まるところも決めて、それを連絡してくれるような人だったから、変更する場合でも連絡をくれるし、旅行先でも絵葉書をくれたりする人で、家族に心配をかけるような人じゃなかった。それなのに、電話がなくて、片っ端からホテルなどに電話をしてみたけれど、どこにも泊まっていなかった。そうして、その後、何も連絡もなくて。母がさすがに心配になり、警察に届けをしたけれど。それきり、何の音沙汰もなかったの」
「そうか」
「あの時、ちゃんと探しておけば、こんなことにはならなかったのに。助けを呼んでいたのかもしれない、お父さん」
「真珠、自分を責めるな」
「お父さん、なにがあったんだろ」とぼんやりしてしまった。東条さんは何も言わずに黙って聞いてくれたので、続けた。
「お父さんと喧嘩したの」
「喧嘩?」
「良くある親子喧嘩。何度も抗議したの。不満があったから。お姉ちゃんは家事をしないし、それをお父さんはあまり注意しないで、私にばかり頼む。旅行の前もそう頼まれて、『どうしておねえちゃんに頼まないの? お姉ちゃんばっかり、ずるいよ。私は我慢して、バイトもできないのに、お姉ちゃんはお洒落して、洋服も髪型もお金を使えるのに』なんて言ってしまった。お父さんに怒ってもしかたなかったのに。もう、謝ることもできない」と言って泣いていたら、東条さんがそばに寄ってきた。
「大丈夫だよ。家族に心配をかけるような人じゃないと言っていただろう。真珠がそれだけ悲しんで苦しんでいるのも分かってくれているよ」と慰めてくれて、
「だって、謝ってない。謝りたかったの、ごめんねって。ちゃんと謝って、それから髪を伸ばしたり、洋服を買ったりしたかった。お父さんにちゃんと紹介したかった。雪人さんのこともちゃんと紹介してから、おつきあいをしたいなと思ってたから」と言ったら、東条さんが黙っていて、
「真珠」と言いながら抱きしめてくれていた。
「そうじゃないと前に進めなかったから」
「苦しんでいたんだな」と優しく言ってくれて、
「お父さんに謝りたいな」
「今からでも遅くないさ。お父さんなら、きっと分かってくれると思う。真珠のお父さんだからね」
「え、どうして?」
「真珠は俺のことを許してくれた。そのお父さんなら、きっと、真珠のことを許してくれると思う」
「そうかな?」
「大丈夫。今から謝ったらいい」と言われて、東条さんに抱きしめられながら、ずっと、心の中でお父さんに謝っていた。「ごめんね」と……。