偏屈な人2
「お姉ちゃん、遅いね」と母に言った。母には先生のところに押しかけ弟子していることはさすがに教えておいた。プロキオンのそばにあることを省いてあった。また、塩を掛けられたらたまったものじゃない。
「ほっときなさい。自分で稼いだお給料で遊んでいるのだから」
「男に払わせてるんじゃないの?」「自分で払うなんて、馬鹿よ」が口癖のお姉ちゃんだから、デート代は全て男性持ちだと思う。
「化粧品に洋服までは無理でしょうね。せいぜい、アクセサリーにバック程度でしょ。おしゃれして、デートに備えるから、そういうことでしょ」母が軽く言った。
「お姉ちゃんはお母さんに似て派手だものね。美人だと得だ」
「あら、真珠はお父さんと私に似ていてかわいい顔じゃない。性格だって優しいからね」
「優しくはないよ。お姉ちゃんとお母さんと比べたらそうだけどね。友達に、『黙ってるとそれなりにいけるかも』と言われた。どう思う?」
「そうねえ、確かに時々余計なことは言うわね」
「おかあさんたちがその辺にコップを置いておいたままにしたり、テレビをつけっぱなしにしたりするからでしょ。洋服だって、その辺に置いておくから、『洗濯機のそばのかごに入れておいて』と言っても聞いてくれない」
「所帯じみてるわね。高校生なのに。しっかりしてるように見えて抜けてるものねえ。輝子と足して割ったら、ちょうどいいでしょうね、あなたたち」
「あなたが生んだんでしょ」
「性格が似てないものねえ。輝子も誰に似たのか、お金に執着してね」
「貧乏がよほど嫌なのかなあ」
「そこまで貧乏じゃないでしょ」
「カフェの売り上げが無くなったから、厳しい月もあるよ」帳簿や家計簿は私がつけている。家計を預かっている身としては母の言葉は聞き捨てならなかった。
「休日だけカフェをしようか。秋さんだって来てるんだし」秋さんは占いだけでは食べていけないからと働いている。休日だけ来ていて、私も時々手伝っている。
「秋ちゃんもそのうち独り立ちするかもしれないわよ。それにお前だって、休日に他のバイトをしたほうが気楽だと思うし」
「お母さん、面倒くさがりだものねえ。社交的で明るいから接客は向いてるけど、洗い場はやってくれなかったし」
「いいわよ、それなりで」
「お父さんが帰ってきてくれないかな」
「真珠。その話はしないことに決めたでしょ」
「ごめん」と謝った。父がいなくなって、何度かこういう言葉を言ってしまう。姉は父のことなんて話題にすらしないけど、母は相当堪えていて、落ち着いてから二人で時々父の話題が出る程度だ。
「広大おじさん、元気かな」
「そのうち、遊びにでも行きなさい。真珠が行けば喜ぶわ」
「お金がないのに?」
「卒業してから、行きなさい」
「お母さん、雑誌のコーナーとかないの? 知り合いに頼んで。自分で営業していかないと。あの看板だけじゃね」と外を見た。学校の知り合いの男子に好きな女の子のことを占うことと交換条件で描いてもらった看板がある。かわいい妖精が描かれているために、それにつられて、何人か来たこともあった。
「お客さんって、呼び込みしたって来ないかなあ」
「どこで、呼び込みをするのよ?」
「そこの通りで」と外を指差した。
「やめておきなさい。自分から占いに来る人じゃないと。遊びで来られても大変よ」プロキオンをうろついていた学生たちはうれしそうにしていた。みんなで、楽しそうに占い結果を話しているのか、ロビーのソファに座って話している人もいた。あそこはロビーも広く、上の階でも占いをしていて、所属している占い師の数も多そうだ。それだけ儲かるのかもしれない。
「お金持ちはお金を呼ぶ」
「何を言ってるの?」
「お母さん、お金持ちの男性客と付き合ってみるとか?」
「輝子じゃあるまいし」と母が呆れていた。
先生のところに寄った帰りにコンビニに寄りたくて、プロキオンのそばを通りかかったら、また、東条さんの車が止まっていた。学生だけど、毎日占っているようだ。サバトに合格してもすぐにデビューできないと聞いていたけど、あいつは特別待遇なのかもしれない。
コンビニで買い物をした後に、また、通りかかったら、お客様を送りに外まで東条さんが出てきていた。相手と食事にでも行くようで、そのまま車に乗り込もうとして、私に気づいて、そばに寄ってきた。
「よく会うな」
「偶然よ。近くに来る用事があるからよ」
「用事?」
「色々あるの。あなたは別の職業のほうが向いてそう。絶えず違う女性と一緒にいるんだね」
「営業もあるからね」
「ホストみたい」
「失礼なやつ。恋愛したこともないガキに言われたくない」
「失礼なのはどっちよ。これでも好きな人ぐらいはいるわよ」
「恋人じゃないだろ。せいぜい片思い」
「そのうち、両思いになってやるわよ」
「当たりだ」笑ったので、にらんで、
「あなたと大違いの誠実で優しい人よ。間違っても女性をとっかえひっかえしない。一緒にしないでよ。みんながあなたみたいだったら、日本全国おかしくなるわね」
「楽しいもんだと思うけど。デートできるようになってから言えよ。ガキ」
「うるさい。今度こそ二度と会わないからね」と言って、歩き出した。
「お前とは縁があるから、何度も会うよ。絶対ね」と言う声が聞こえた。「縁なんて、ない」と言ってやりたかったけど、我慢した。ああいうやつは無視するのに限る。学校の男子で、何人か私のことを、「霊感女」と馬鹿にするやつらがいる。最初は言い返していたけど、今はやり過ごすことに決めている。でも、怜奈ちゃんが通りかかると途端にやめるから不思議だ。男子って露骨なやつが多い。さっきの女性も綺麗な人だった。東条さんの好みはそういうタイプなんだろう。父親に似てるのかもねと思った。