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アイドル歌手と苦労が絶えない高校生マネージャー  作者: ともP
♠ イベントライブと転校生
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008. イベントライブに向けて(5)

 渋谷駅で僕は優里を見送り、駅前からセンター街に入る。イベントの打ち合わせは夕方五時からなので、まだ時間には余裕がある。僕は近くのカフェに入って時間を潰すことに決めた。


 道玄坂にあるそのカフェは、少し変わった名前の喫茶店で、様々な種類のコーヒー豆を取り揃えており、コーヒー好きの僕のお気に入りの場所でもある。


 店内にはクラシック音楽が流れ、観葉植物が飾られていて、とても落ち着いた雰囲気である。僕はカウンターでブレンドコーヒーを注文して、窓際の席に座った。

 そして、スマホを取り出して、先方とのやり取りの履歴を読み返す。


 今回のアニメイベントの運営会社は、大手芸能事務所に所属している声優を中心にキャスティングを行っている。世間の作品に対しての注目度は抜群に高い。

 ただ、有名声優を多く起用したからといって肝心なアニメ内容が面白くなければ意味はない。実際内容がつまらなすぎて炎上して、SNSを騒がせたアニメだって僕は知っている。


(まあ、今回に限ってはそれはないか……)


 僕はそんなことを考えながら、イベントの段取りを再確認していく。

 イベントの流れは、最初に出演者による挨拶が行われる。次に、大西香里と斎藤真理香の二人によって行われるトークイベント。最後に、アニメ主題歌を担当するアーティストのコンサートだ。トークイベントの司会進行は、主演の男性声優である佐藤拓真が務めることになっている。


「こちらブレンドコーヒーになります」


 店員さんの声が聞こえたので、僕は顔を上げる。目の前に注文したコーヒーが置かれていた。

 僕は早速、コーヒーを口に運ぶ。苦味の強い香りが鼻腔をくすぐり、続いてコクのある深い味わいが舌の上に広がっていく。僕は満足げに息を吐く。


(やっぱりこの店のコーヒーは最高だな……)


 僕は心の中で独り言を呟きながら、コーヒーを堪能する。

 しばらくして、時計を見ると午後四時半になっていた。そろそろ運営会社のビルに向かおうと思い、カップに入った最後の一口を喉に流し込んだ。


 僕は荷物をまとめて席を立つ。レジで支払いを済ませた後、外に出ると、太陽が沈みかけ、辺り一面がオレンジ色に染まっていた。


☆・゜*。・★・゜*。・☆・゜*。・★・゜*。・☆・゜*。・★・゜*。・☆


 僕は少し急ぎ足で、イベント会社の入っているビルの前まで向かう。

 ビルの入り口前には受付が設置されており、そこにはスーツを着た女性が座っていた。


「すみません、西宮優里のマネージャーをしている兼木と言います。本日、ここで行われるアニメのイベントの件でお話を聞きたいのですが……」

「はい、承っています。どうぞ、こちらへ」


 女性は入館のカードキーを渡してくれる。

 僕はそれを受け取り、メールで指定されていた最上階へ向かう。エレベーターに乗って、最上階のボタンを押す。扉が閉まり、動き始める。


 僕は、ふぅーっとため息をついた。

 今日は朝からずっと移動続きだったので、さすがに疲れた。優里も今頃は本番に備えて、渋谷のスタジオでレッスンを続けているのだろう。

 

 そんなことを考えていると、すぐに目的のフロアに到着した。

 僕は案内された部屋に入り、担当者を待つ。


「お待たせしました」


 程なくして、男性が部屋に入ってきた。

 年齢は四十代半ばくらいで、眼鏡をかけた細身の体型の男性だった。


「はじめまして。イベントの運営担当させて頂いている、東と申します。よろしくお願いします」

「はじめまして、マネージャーの兼木です。今日はよろしくお願い致します」


 僕は名刺交換をして、握手を交わす。

 それから、東さんの向かい側に座り、挨拶や自己紹介などを行っていった。


「では、早速ですが打ち合わせを始めましょうか」

「はい、分かりました」


 それから、僕は事前に送られてきた資料を見ながら、今回のイベントについて質問していった。主に、当日のタイムスケジュールの確認などである。

 優里の出番は最後になる。衣装の準備などの時間を逆算して、スケジュールを組む必要がある。


 打ち合わせは二時間ほどで終わり、僕は礼を言ってから会議室を出た。


(これでようやく段取りも決まったか……)


 僕は伸びをしながら廊下を歩く。時刻は七時を過ぎており、既に外は薄暗くなっていた。


 僕は近くのコンビニで飲み物を買って、優里が練習しているスタジオに向かうことにした。

 スタジオに着く頃には、すっかり夜になっており、窓から見える空には星が輝いていた。スタジオの扉を開けると、優里が歌の練習をしていた。

 僕が入っていくと、優里は歌うのを止めて、笑顔で迎えてくれる。


「お疲れ様、優里。差し入れ持ってきたよ」

「ありがとう、龍之介」


 優里は嬉しそうにペットボトルを受け取る。

 僕は近くの椅子に腰掛けて、練習風景を眺めることにした。


 優里はマイクを手に持ち、曲に合わせて歌い始めた。透き通った声が室内に響き渡る。その歌声はとても美しくて、力強さを感じる。僕は思わず聞き惚れてしまった。

 

 優里の歌には不思議な力がある。


 優里の澄んだ美しい声を聞くだけで、まるで魔法にかけられたかのように心を動かされる。それは優里の天性の才能なのか……、あるいは努力によって培われたものなのか……、それは誰かに聞くまでもなく僕は両方なのだろうと思う。


 どちらがかけていても成立しない。


 優里の歌声を聞いているうちに、いつの間にか時間は過ぎていき、気がつけばもう夜の八時を回っていた。僕は慌てて立ち上がる。


「もうこんな時間か。そろそろ帰ろうか」

「うん、そうだね」


 僕は鞄を持って、優里と一緒に部屋の外へ出る。渋谷駅から電車に乗り、最寄り駅で降りて、二人で並んで歩き出す。

 

 ライブまでそんなに時間が残されていない。あと二週間ほどだろうか……。アニメはもう今週末には放送される予定なので、おそらくは、アニメの放映が終わった後に、主題歌のCD発売やイベントに関する告知が行われるのだろう。

 世間にとっては、アニメの最後で流れるオープニングの曲を初めて耳にする人が多いはずだ。このタイミングで主題歌のアーティストは世間に注目される。


 西宮プロダクションのアイドル歌手――、西宮優里が世間に認知されるのは間違いないだろう。


 僕は隣にいる優里を見る。彼女は楽しげに鼻唄を歌いながら歩いている。その姿からは、自信が溢れていた。きっと大丈夫だろう。優里なら絶対に上手くいく。


「ねぇ、龍之介」


 優里が立ち止まり、僕の方を向いて話しかけてきた。


「ん?どうした?」

「私、頑張るから……ちゃんと見ていてね」


 優里は真剣な眼差しを向けてくる。僕はそんな彼女に対して笑みを浮かべて答える。


「ああ、もちろんだよ」


 優里は再び前を向き、ゆっくりと歩き出した。

 僕は彼女の後ろ姿を見つめながら、彼女がこれからどんな道を歩むのかを想像する。

 

 二人で最高の舞台に立つこと、これが数年前に僕と優里が交わした約束である。あの日以来、僕たちは夢に向かって走り続けてきた。まだ物語は続いている。

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