INTERmission 01
瑛子:この前、友人に誘われて初めてポーカーというものをやってみたのだけど。
俺が店内の掃除をしていると、カフェスペースで珈琲を飲みながら本を開く瑛子さんがおもむろに話し出した。
誠司:はあ、ポーカーですか……。
瑛子:ええ、フロップポーカーっていうんですって。ただの賭け事と思って敬遠していたのだけど、なかなか面白かったわ。
頻繁にやるわけではないが、それなりに知ってはいる。プレイヤーはディーラーに配られる二枚の手札と徐々に場にオープンされる五枚のカードのうち三枚を組み合わせ、合計五枚の役を作る。各自の役のほとんどがオープンになっているからこそ、より深い読み合いになる。もちろん、ゲームとしての面白さはあるが、ベースは賭け。確かに瑛子さんにしては珍しいと思った。そして、同時に他の参加者に同情した。
誠司:勝ったんですか?
瑛子:いいえ、負けたわ。
誠司:え、負けたんですか?
掃除の手を止めて瑛子さんの方を見ると、相変わらず手にした本に目を落としていた。よく本を読みながら会話ができるなと感心する。
瑛子:何か言いたそうね。
誠司:え。
瑛子:そういう顔してる。
見てないだろ。と思いつつ、もしかしたら彼女にはそういうことが可能なのだろうかと、背中に冷たいものが伝う。だとしたら、バレていただろうか。
誠司:えっと……、負けたんですか?
瑛子:そう言っているでしょう。
誠司:いや、なんか想像できなくて。
瑛子:ただの読み合いなら負けないわ。でも、そういうものでもないじゃない。
誠司:ええ、まあ、それは……そうですね。
少し戸惑いつつ返事をすると、彼女はゆっくりとこちらを向き目を細める。不覚にもドキッとしてしまった。二重の意味で。
瑛子:今日は元気がないわね。どうかしたのかしら。誠司さん? 体調が悪いなら帰ってもいいわよ。
誠司:いや、それは大丈夫なんですけど。あー……、瑛子さんって友達……、ちょっと待って! まだ何も言ってないでしょ!
少し焦った末の軽い世間話のつもりだったが、さすがにこれは気に障ったようで。机の上のお絞りを掲げて構えた彼女を慌てて止める。彼女の力で投げたお絞りが当たっても痛くはないだろうが、流れ弾が店の備品に当たって落ちたりでもしたら、片付けるのは当然俺だ。仕事を増やされては堪らない。
瑛子:そんな言い訳が通じるとでも? 大丈夫。一撃で仕留めるわ。
誠司:どこのスナイパーですかあんた。
瑛子:あら、その例えは面白いわね。どこを見てそう思ったのかしら。私、今貴方にとても興味があるわ。
鋭い目付きから一転、ぱちくりと目蓋をしばたかせ、その透き通った目をキラキラさせてこちらを見る。一瞬でも心臓をやられてしまったと素直に吐けば、多少は照れたりしてくれるのだろうか。いや、この女にそんなかわいらしいところが少しでもあれば、俺も苦労はしない。どうせまた付け込まれるに決まってる。と、入り口の方からカラカラと遠慮がちに夏の空気が入ってきた。えー……、と小さな手提げを右手に持ち替えながら、入ったらダメでした? と。大丈夫ですよ、と営業スマイルで応対すると、彼女は店内を向かって左上の方からぐるりと眺め、カフェスペースに目を留めた。
優香:あ、カフェもやってるんですか?
誠司:ええ、簡単なものですけどね。暑いし、アイスコーヒーくらいは準備してますよ。好きなところに座ってください。
じゃあ……、と彼女は瑛子さんの向かいに座った。
瑛子:どうしてそこに座るのかしら。
え、と。彼女は何を言われたのかわからないというように疑問符を浮かべた。