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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四と半章 欠片
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?日目 崖の国

?日目 崖の国 です。お待たせしました。四と半章最後の話です。

ある場所である者たちのある企みのある話。

いつも見て下さる方々本当にありがとうございます。応援して下さる方々のおかげで頑張ることが出来ます。これからもよろしくお願い致します。

 正午を過ぎて陽の下がり。心地よい暖かさ、街には穏やかな時が流れている。

 置いたカップがカチャリと静かな音を立てた。鼻に抜ける果実の仄かな甘み、隠れるような渋みに溶ける香草の気品ある香りが口の中に豊かな世界を創造した。


 「さて。革命の話をしよう。」

 両肘を着いた手に顎を預ける男は対面する老婆にそう言った。

 黒く深く、全てを飲み込むような黒。瞳の奥に住まう闇はとても、陽の下には似合わない。


 「昼間から物騒だね。」

 しゃがれた声を潤わすように口付けた紅茶、苦みが不快だったのか噛み潰すような顔で角砂糖を三つ。

 深く刻まれた目の皺に年齢を感じさせるくすんだ白の髪。見た目は老婆、だがその眼は野心に燃えるまさに獣のような鋭さを持っていた。


 「マザーカルメル。ご機嫌よう。」

 「はい、ご機嫌よう子供達。」

 少女が二人、テラスの外からカルメルと呼ばれた老婆に頭を下げて挨拶する。軽く頭を傾けて返し彼女の獣は身を隠し、細めた眼には優しさが宿っていた。

 会話を遮った二人は元気な足取りでその場を去っていく。それを見送りながらまた、老婆の眼は濁りを増していった。貼り付けた外面が剥がれるように、恐ろしく冷たく。


 「ククク。マザー、とはずいぶん慕われたものだ。」

 「その名は嫌いだ、止めておくれ。」

 苦虫を嚙み潰したような顔でそう言ったカルメル。マザー、その名は文字通り母を表す呼び名。彼女のこれまでを考えればその称号は当然相応しい、しかし酷く嫌悪し排しようとするのは抑えている燻ぶりが呻るから。


 「そうだね【シスター】。我らの母はただ一人。」

 三日月のように浅く笑った男はそよ風に身を預けて揺れる。心地良さそうな顔で国の香りを鼻に通し、これから手に入れる空気を肺に流した。


 ここは崖の国オルガノン。背には大空と大海、切り立った土地を飾るように花畑に囲まれたそこは全てを見守る陽の光りを障害無く受けていた。別名太陽に最も近い国。成り立ちから今まで不戦を貫き平和を宿してきたその国は、難攻不落の天然要塞。


 広い森と海の資源を独占するオルガノンを多くの国が狙い戦いを持ちかけた。しかしどの国も攻め落とすことは叶わなかった、あの帝国でさえ。


 「それより準備は出来ているのだろうね。」

 「ふんっ。誰に言っているんだい。…と言いたいところだが。頼みがある。」

 外からは決して破れない。故に内から、食い破る。

 革命はひっそりと足音を立てずにやってくる。誰にも覚られることなく症状の無い病のように。


 「五十年この時を待っていたのだ。息を潜めて野心を殺し、復讐の雫を掬い取られないようにと。」

 見開いた目には過去の悪辣を憎む狂気が見えた。陽気な空気の中に異質なほど溶け込んだ大悪は、まるで誰に気取られず堂々と国への反逆に燃えていた。


 マザーカルメルはオルガノン国王に長く仕えた乳母だった。齢十五の時から三代の王を育てあげた、まさに国の母。

 五十年。彼女は人生を費やして国に奉仕した。王を、国民を愛していたから。慈しみを持っていたから。なのに彼女は裏切られた。


 愛した人との愛する息子を奪い取られ、口を封じられて数十年。積もり積もった憎しみを彼女は心に封じていた。仕方がない、自分はただの奉公人だから。そう自分を騙し言いくるめて我慢していた。爆発しそうなどす黒い感情を愛国という鉄箱に押し込んでいた。そんな折、男と出会った。


 黒く、深い。溶け込んで抜け出せないような底なしの闇。男は言った、共に復讐を。その一言が鉄箱の鍵を容易に開き、危険なほど膨らんだ復讐をそっと持ち上げた。

 母は彼女に力を与えた。復讐を成すに十分すぎる力、愛憎をぐちゃぐちゃに混ぜた人の域を超越する力を。着実に冷静に並べていったドミノ、指先でそっと触れれば完成する。


 なのに。

 「…完成を前にして僅かな綻びに気が付いた。情けないことだ、あんたに万全と言った手前でまさか。すまないね、私だけじゃあ契約を果たせそうにない。」

 「だから僕を呼んだんだね。」

 革命に失敗は許されない。綻び、それは大小関係なく必ず死に繋がるから。自分だけの死なら構わない、反逆者として火炙りに晒されるだけだから。しかしこの革命は成さなくてはならないのだ。目の前に座って薄らに笑う男の、復讐を果たす為に。


 「名前は?」

 「オットー・ベル・オルガノン、第二王子さね。王位継承権を持たない子なんだが、これがまた頭の切れるガキで困る。この革命に気付きつつあるのさ。私の力が及んでいない唯一の王族、厄介だ。」

 まだオットーは革命の存在までは辿り着いていない。しかし疑問を持ったのだ、誰もが信じて尊敬するマザーカルメルに。頭も眼も良い彼は今も城のどこかでカルメルのことを調べている。


 「ふむ。そういうことなら…はは、いい事を思いついた。」

 その顔は嬉しそうだった。と同時にカルメルは恐ろしかった。その顔は純粋に黒だった。彼は平気で普通で道端の石ころを爪先に当てて転がすように、まるで当たり前と人を殺せる。そんな笑顔。


 「悪い顔だ…。しかし遂げられるならなんだっていいさ。この国を手に入れたら好きに使いなよ。私はこれが済んだらそれでいい。」

 「うん。あそこももう手狭になってしまったからね、国一つ手に入るなら都合も良い。」

 目的に近づくにつれて拠点が必要となった。男と老婆の交わした契約、それは国の影を支配すること。

 彼にとってはただの通過点に過ぎないこの復讐は所詮利用されて終わる、でもそれで良い。


 この国が慈愛に溺れて破滅するなら。


 「それより良いのかい?革命が済んだとて、お前さんの方が準備不足でした。それでは、恨まれるだけで済まないよ。なにせ相手が相手だ。」

 「それもね、関係あるんだよ。恥ずかしながら私の方もピースが一つ欠けていてね。今回それも同時に集めてしまおうと思ってる。」

 悪い顔の理由はそれだった。なるほどと頷いたカルメルは甘く濁った紅茶で乾いた喉を潤す。時間はある。なにせ相手は悠久に生きる者、力になる全てを使い揃えなければ挑む資格すら与えられない。


 「闇に眠って仲間へと迎えるはずだった銀色が蕾の状態で摘み取られてしまった。あの銀をだよ、俺は相当な者と見ていてね。代わりに仲間へと迎えようと思うんだ。調べはついている後はタイミングだけ。いやあい~い口実が出来たよ。彼の隣に狩りが得意な女の子がいるから、その子に依頼させよう。」

 確実を求める。イレギュラーな事態など所詮は彼の掌で起こる驚きの一部に過ぎないから。

 任せてと、その言葉は自分の心の内より信頼できるものだった。彼が言うなら心配ない、あの時も不思議とそう思った。だからたった一言に残りの全てを賭けたのだから。


 手紙と封筒を取り出した彼は丁寧に文字を綴り始めた。筆の走りは雄弁で楽しそう。宛名は、誰もが知る殺しの血。

 「これで良し。彼等も旅の最中らしくてね、届くのはまだ先になりそうだ。それまで、ばれないように気を付けておくれよぉ?【シスター】。」

 光の下、黒が笑う。やはりこの男は陽の下に似合わない。居てはいけない、黒い穢れだ。

 こんなにも暖かく柔らかい空気に居るというのに、寒気がする。暗闇にいてなお暗く恐ろしい。


 「ああ。気長に待ってるよ。……それで、それがお前さんの言う策とやらかい。」

 おぞましく乾いた笑いを浮かべた男。その横にいつの間にか佇んでいたのは気色の悪い人間もどき。

 「アア。母の可愛い従僕さ。」

 口より上を落とされて残った頭は下半分。残った口には喋ることが出来ないようにと鉄で拵えられたマスクがはまる。動かない両腕は後ろに鎖で縛られて、歩くことさえままならない両足は雑適当に皮膚ごと溶け合っていた。


 「この子は【ハロー】。」

 力と引き換えにしたのは生ける人としての証明。脳と、内臓と。両腕と、両足と。両目と、耳鼻と。血液と、骨と。筋肉と、皮膚と。あらゆるを捧げて手に入れた、たった一度の挨拶。


 挨拶を交わした二人は死ぬ。【ハロー】、心中は穏やかな挨拶と共にある。


 それはまたいつの間にか消えていた。最初から何もいなかったかのように存在一つ残っていない。

 信じ込ませる為に呼んだのだろうか。それは正しかったのだろう、しかし今はそんな事どうでも良くなるほどに強い別の感情が全身を襲っている。


 恐ろしい。目を伏せたくなるそれを隠すように恐ろしいと口にする。言葉にするより恐怖は強いというのに。ああこの男は命など駒以下で、潰れてしまえばまた次と何の期待もしていない。最初から費えるものだと吐き捨てられる。これが本当の闇というものか。

 

 声が上ずらないようにと乾ききった喉に僅かな唾を飲みこんだ。笑う男の前で震える手を抑えこむ。

 「策の一つさ。これがだめでも次がいる。」

 本当のことだろう。全て万全に、完璧は無いから代わりをと。いつもそう言って皆の上に立つ、闇の王の言葉だ。


 「あな恐ろしや。悪魔も怪物も、あんたを見れば悪魔だ怪物だと喚くだろうね。」

 「アハハ。不安は拭えただろう。」

 【シスター】は静かに頷いた。

 ああ仲間でなくて本当に良かった。契約が済んだら大人しく自ら死んでしまおう。彼等の、【カオス】の一員でなくて本当に本当に良かった。


 混沌に染まる。

 それは死よりも恐ろしく。おぞましく。暗く。深く。寂しい。闇だから。

 


 カフェテラスには男と老婆。砂糖を落とす皺枯れた手の老婆、両肘を着いて笑う青年。

 穏やかなその場所で革命の火が灯り始めたのを、誰も気づかない。いや、光には影があることは知っている。なのに影にどれほどの闇が隠れているのか知ろうとしない。誰も本当の恐怖には触れず、恐怖の前兆に恐怖しているから。


 両の目から垂れる、まるで涙のように。逆さ十字の黒い刻印。

 「さあ神を堕とす日は近い。行こうか、お互いの復讐を果たす為に。」

 それは神への叛逆の証。神を殺す、復讐者の証だ。

最後までお読みいただきありがとうございます。次回からはようやく五章に入ります。なるべく早く、頑張りますので応援よろしくお願い致します。

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