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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四と半章 欠片
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二十三日目 命とは貴いものであるが故に

二十三日目 命とは貴いものであるが故に です。

今回はもっと早くに上げる予定でしたが度重なるトラブルにより予定よりお待たせすることになってしまいました。申し訳ありません。応援して下さる方々、いつもありがとうございます。頑張って投稿頻度上げますのでこれからもよろしくお願い致します。

 命とは。

 その問いへの明確な答えを持つ者はいないと私は思う。

 平等に与えられた心の鼓動は速さ違えど指で感じ取れるほどに元気よく、一定の感覚で生の波を打っている。薄い皮膚の上から見える命の脈は、自分に生の実感を与えてくれる。


 胸に手を当てれば応えてくれる音が心地良いのは、胎児の時に聞いていた子守唄だから。自分の鼓動の音で眠れないのは、元気に生きる心臓の活力に力が溢れてしまうから。


 母親は私にそう教えてくれた。元気な子、そう言って眠れない私を包んでくれた。自分の鼓動はうるさいのにあなたの音は心地良く眠りに誘ってくれた。なんでだろう、純粋な子供の疑問。答えを聞く前にあなたは逝ってしまった。


 だから私は正しい答えを見つけるために今日も胸に耳を当てて鼓動を聞く。


 胸に手を当てれば応えてくれる音が心地良いのは、死を傍らに置いて無力な自分に生の安堵を与えてくれるから。自分の鼓動の音で眠れないのは、死へ向かう生が終へ駆ける焦燥に震えてしまうから。


 宮廷の奥の奥、隠されたように暗く深い地の下の下。陽も当たらない地の底は色も無く、生の匂いも香らない。ただ在るのは錆びた鉄と腐敗の臭いだけ。


 だからそんなところにいる私に会いに来る者など相当なモノ好きか。変人だけだ。

 「元気そうだな、ラクナクライ。会いに来たよ。」

 「全くあなたも変なお方だ。」

 蝋燭に火を灯す。普段使わないそれは身長も高く、芯が古いからかあまり良いとは言えない臭いを醸し出した。淡く光に照らされたオレンジ色の世界に主の顔が眩しく映る。


 「お久しゅうゼアリス様。」

 「そう低くなるな。しかし…相変わらず湿っぽい所だ。」

 へへへ、と卑屈に笑って遜ったラクナクライに頭を挙げさせたゼアリス。咳を払って暗い地下、見渡す先には錆びた檻の列。


 「あまり近くに…、」

 「なに、構わんさ。」

 鼻に異臭が触る。ラクナクライは高価であろう召し物に相応しくないと止めるが当の本人は気にしていない。


 「クツクツ。あなただけですよ私と、彼等に会いにくるのはね。」

 錆びた金属は血の臭いと混じって強く香る。ここだけだ、ここだけ。地上には似合わない。私と、彼等と、あなただけ。


 ガシャアンッッ

 ゼアリスが顔を近づけた途端襲い掛かって檻を揺らした彼は大口を開けて威嚇する。一つの肩から四本の腕、鉄格子を折り曲げんと掴む手は身体と同じく灰色。

 格子を挟みその距離は僅か、今にもぶち破って食らいつこうとする二顔の怪物に臆するどころか笑って返すゼアリスは、その綺麗な指を伸ばして彼の顎を擽った。

 

 「元気が良いな。ははは、愛い奴め。どうした、声を聞かせておくれ。」

 「声帯は切り取ってありますから。ご安心を、頼まれたモノにはついております。」

 安心した、と向き直したゼアリスは息荒く歯を剥き出しに威嚇している怪物を前にまた一歩前に出た。


 気が立っているのだろう。それもそのはず普段会う人間、いや生物などラクナクライ以外にはいないのだから。彼は初めて会うもう一体の生、それが何者であるのか知らないでいる。

 そして今分かったのだ。目の前の女が、捕食者であるということを。威嚇したまま彼女が顎に手を這わせるのを振り払うことが出来ない。思考も奪われ理性も削がれた彼ですら、覇者を前に本能が竦んでいる。


 「よしよし、良い子だ。名は…おい、被検体二十三号なんて味が無いじゃあないか?」

 「いやあ入れ替わりも激しいものでね。五十を超えてたまたま生き返ったのがその子なんですよ。」

 首から下げたネームプレートを見たのかゼアリスが文句ありげな眼でラクナクライを睨む。


 「しかし羨ましい。生みの親だというのに私には一向懐きませんで。そうだ、あなたに頼まれました例の…準備していきますから彼と遊んでお待ちを。」

「ああ分かったよ。ははこいつめ、私の手が好きか?砒素花の粉をまぶしておいたが、そんなに美味いなら次来る時もそうしてやろう二十三号、いや…そうさな、お前はケビン。ケビンネッツ・ファウトだ。」

 何やら小声で彼と会話するゼアリスを尻目にラクナクライは檻の奥へと先に進む。


 ゼアリスからは一年前から頼まれていたものがあった。それが完成したのがつい先日、報告するよりも前に彼女が来たのには驚きだった。目的はそれだろう、彼女にはなんでもお見通しなのだ。


 「ほら、君のお母さんが来たよ。」

 筋弛緩剤と強睡眠剤を嗅がせてやっと。彼を生み出した晩はそれはもう酷かった。

 地の底を舐めたようなザリザリと不快な叫び。重く低い唸りが腹を震わせ、濃密な霧のような鼻息が身体中を抑え付ける。吐瀉物を混ぜたような気色の悪さが目を覚ます。


 「ああ、あアッ!やはり素晴らしいよぉ。うふ、うふふっ。君は天からの、最高の授かり物だ…ッ。」

 君の顔が、君の声が、君の体が、君の吐息が、君の視線が、君の唸りが、君の叫びが。

 「君の全てが愛おしいよぉぉお!!」

 「五月蠅いなラクナクライ。興奮を…はは、はははッ。」

 笑い声が木霊する地の下の下。蝋燭の光りだけの小さな世界で生まれたばかりのケモノが起き上がる。


 「すばらしい…。」

 昇天するような恍惚が顔を染めて身を焦がす。湧き上がる快感、毛穴から沸々と煮えたぎるこれは。

 穢れだ。


 「非検体六十六号、あなたに頼まれて生み出した至高の一品でございます。」

 ゲギャァアアアアアッッッッオッゴッゴッゴッ

 この世のものとは思えない鳴き声と蠢き。右の顔は涎を垂らし、左の顔は牙を剥く。下の顔が血反吐をこぼして、上の顔が舌で頬を抉る。抉れた両目を掻き出しながら、カチカチ歯を鳴らした真ん中の顔は満面の笑みで笑っていた。


 「はは、ははァッ!」

 鉄格子を掴みはしゃぐゼアリスは眠りから起き上がる怪物に、待てないと目を輝かせる。まるでショーケースに飾られた玩具に届かない手を伸ばす子供のように。

 「あなた様へ、捧げます。」


 この世で最も強い快楽を感じる瞬間は死を目前にした時だと言う。人の命を無惨に潰す殺人の快楽に勝って、性行為をも凌駕して気持ちの良いものだ。


 「私は戦争が何よりも嫌いです。」

 快楽を感じる死とは、看取られながら穏やかに衰えていくものを言う。生とは代替の効かないただ一つの宝だ。それを戦争という悪逆は一瞬の内に何十何百と、何の感情を感じる暇も無く生を捨てる。


 「何よりも美しく何よりも大切、だというのに何よりも脆く触れるだけで穢れてしまう。」

 ラクナクライがゼアリスの持つ蝋燭にうっとりと目を移す。暗い地下、火はまるで黄金の宝物が存在を証明するかのように輝いている。


 「いずれ燃え尽きる短い蝋燭、ふぅっと息を吐きかければその灯は揺れて闇へと落ちる。皆火を絶やさないようにと必死に生きるのに、どこかの誰かの悪意や気まぐれが無慈悲に光を絶ってしまう。」

 シュッと擦り点いた火が煙の上がる蝋燭の芯へ灯る。再び地下を照らす蝋燭が笑顔の影を二つ作り出した。ケモノの吐息、腐敗の香りは強くなる。


 「あなたは命を駒としか見ていないから。」

 上がった口角に涙が伝う。

 「私が憎いか、ラクナクライ。」

 「私は嘘が嫌いですから、ええ。あなたの指の動き一つでいくつの命が滅び潰えていくのか、ああ考えるだけでこんなにも涙が…。」

 王を憎いなどと、誰が言えるだろうか。魔王を前にそんな言葉を吐けるのはラクナクライただ一人だけだろう。


 「くくく、はははっ!そうか、私が憎いか。だからお前のことは好きなんだ。」

 しかし彼女はラクナクライを起こるどころか笑って返した。それは彼女の大げさな嘆きに、哀しみの欠片も籠っていないと知っているから。


 「戦争はいい…上から見下ろしていると自分が王であることを実感させてくれる。命は、生は消耗品さ。皆国の為、我の為死んでいく。愛国愛君、お前はそれを否定するか?」

 「神の創りし最高傑作、それが命ですから。あなたはそれを犯し、嬲る反逆者。」

 「神は飾りさ。この世界は見棄てられた焦土なんだ。荒地は無法の地獄に染まっている。だから我が魔王となってこの世界を制し、神を!」

 殺すのさ。


 振り返った彼女の背中、闇の中で宿る魔の影が歪に揺れる。噛むような笑い声に唸っていた彼も怯えて大きな背中を丸めた。撫でられる顎に死が迫っている幻覚を見る。

 「悪夢は続くということですか。あとどれくらいの命が奪われるのか…ああ、人とは愚か。」

 「はは、何を今更。神は天国も地獄も創る、が人は違う。知ってるか?神以外に、」

 檻の中蝋燭を近づけ照らされた化物。五つの顔、十の手と十の足。灰色に変色した大きな体躯は人間を丸めた塊のようで、飛び出した骨と筋肉が元の形に戻ろうと蠢いている。でもいくら藻掻こうと強引に溶接された肉体は元に戻ることは叶わない。混ざり物、もう人間と呼んではいけない化物だ。


 知っているか。その問いはラクナクライにかけられた言葉では無い。

 六十六なんてかわいそうだ。今日から君は、いや()()はハード・ヴォン・ベービィジエゲン。子山羊の群れ、心臓を五つ抱えた赤ん坊。優秀な、駒。


 「地獄を創り出せるのは人間だけだ。そんなの、最悪に決まっているだろう。」

 死が悲しいから。戦争で失われる命が可哀そうだから。ラクナクライは創り出す、死なない兵を。


 「悲しきかな。戦争の嫌いな私の子は、戦いの中にしか生きられない。ハード・ヴォン・ベービィジエゲン、可愛い子。見て下さい陛下、貴きを孕むこの子を!ああなんて素晴らしい。」

 ここは地下、暗く深い生の檻。

 【色無】が一人、ラクナクライ・オットポッドは生物学者である。


 命が好きだ。死は嫌いだ。脈拍一つ数えても狂いの無い創りをした人間が大好きだ、けれど泡沫のようにすぐ弾けて潰える人間が大嫌いだ。

 だから私は考えた。どうすれば命を長らえさせることが出来るのか、主の大好きな戦争で誰も死なないで済むのかを。答えは見つかった。そうだ、強い人間を創れば良い。命が一つしかないのなら増やせば、混ぜてくっつけてしまえば良い。生への冒涜だと?構わないさ、生きていれば!命は輝いて見えるのだから。そう思うだろう。


 

 

 「お前の嫌いな戦争はすぐに始まる。貴は乗らないだろうが晴れ舞台だ、力を蓄えさせておけ。」

 「ええ、地獄から救い出す為ですから。私はこうしてかけがえのない命を使い戦場と言う地獄を踏み荒らすっ!どうぞお好きに、っああしかし一つお願いが。」

 涙はもう引っ込んでいる。向き直ったゼアリスに頭を下げて願いを請う彼女は何処までも、研究人だ。


 「なるべく殺さずに。あなたの役に立つ兵士を創り出す、材料となりますから。」

 失われそうな命は私が有効活用して見せる。研究は終わらない。それが芸術だとも思わない。美だの、完成だのと、笑えない。そんな綺麗なものでは無いから。


 「くっははあ!!外道だな、ラクナクライ。」

 「それが私の道ですから。研究に生きる為。道徳的逸脱滑落大いに結構。生きていることが何よりも美しく、死んでしまった人間に価値はありませんから。」

 命は貴いものであるが故に、

 

 「魔王の君臨へ彩りを。」

 大切に心を込めて費やすのだ。

いつも最後までお読みいただきありがとうございます。本編を早く書きたいのでこの半章も駆け足で進めていきます。何卒応援よろしくお願い致します。

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