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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第八十九話 降妹

第八十九話です。ふるまい。

またまた遅くなり申し訳ございません。この先の展開を頭で練っていたところ思い出しながら書いては消して、こんなに経ってしまいました。応援していただいてる方々お待たせしましてすみません。良ければ見てやってください。

 地面から突出した光の牙が空間を抉るように噛みついた。ジュゥッと重く降る雨が強い光に蒸発する。

 彼女の戦闘を唯一見た事のあるベルフィーナでさえ、今の攻撃には驚いた。船上では詠唱をしてでないと攻めの力は発揮できなかった、しかし今見せたのは確かに殺気の籠った強力な一撃。


 「だめ、こんなものじゃあ…」

 ブツブツと地面に目を伏せた桜が何かを呟いている。わなわなと震える手には徐々に光の粒子が集まっていき、両手で包み込んだ熱い塊は放出の時を待ちわびているようだ。


 「さあ見せてくれ、まさか先ほどのが憎しみの奔流とは言うまいな。」

 「黙ってよ、もう何も…何も信じられないの…っ!!」

 自らも火傷してしまいそうな力が両手の間に蓄積する。涙を流す彼女の心は不安定に揺れていた。

 僅かな希望、彼から微かに感じた臭いは何かの間違いだと。だというのに彼は、嘲笑った。私を騙し、私の感情を弄んだ。煮えたぎる憤怒が、這い回る嫌悪が止まらない。


 混沌って何?なんで人を殺すの?子供を喰らうの?どうして人の姿をしているの?怪物なの?

 殺さなきゃダメなの…?


 いつだって夢に見る教会の炎には絶叫に歪む子供達の顔。泣き叫んで助けを呼んだだろうに、駆け付けた時にはもう血潮の上。あんな惨劇は二度と起こしてはならない。そうだ、何を躊躇うことがあるのだ。

 殺さなきゃ、滅さなきゃ。これは私にしか出来ない、私が成すべきことなのだから。セシリアちゃん待っててね。今、お兄さんを帰してあげるから…っ。


 「…天に歯向かう憐れな子羊よ。」

 嗚呼、初めてだ。生まれて初めて人を、人の形をしたモノに破壊衝動を抱いている。


 「餓えた牙に引き裂かれ。」

 聖姫巫女の名の元に、闇を打ち払う力をどうかこの手に。そう願う少女に手には破壊の熱が眩しく輝いていた。


 「平伏し、その身を焦土の塵と化せ…【餓極(がきょく)】。」

 静かに祈る破壊の光り。それは極みに達した餓える牙の欲望だった。唸る。混沌を、喰らい尽くせと。


 「殿下っ!」

 龍馬とベルフィーナは広がる殺気をすぐさまに感じ取った。彼女は隣のレティシアを咄嗟に抱えて後ろへと飛び退く。

 

 とても静かだ。雨の音だけが聞こえてくる。あの凄まじい熱を保った光は消えてしまった。だが噴水広場を覆う広い殺気の領域は濃くなるばかり。桜は光と共に握り締めていた手を開き、クレイへと向けていた。そして誰も巻き込まれる者がいない事を確認した彼女は龍馬に目を向けた。


 「なんで、なんでなの龍馬。」

 そう言って悲しそうな顔。涙が降り落ち再び睨んだ混沌目掛け、空を握り締める。

 攻の力・【餓極】

 瞬間恐ろしいほどの殺気が地面より現れた。詠唱を破棄した初めとはまるで比べ物にならない程に分厚く重い牙の群れが、辺り一面広場ごと噛み砕いて眩く燃える。


 言葉を忘れてしまう光景。噴水の溢れかえる水も、重く降る空からの恵みも一瞬で蒸発してしまった。橙と黄の混じった牙が獲物の欠片も残さぬようにと、噛みついては燃えるを繰り返すこと十秒ほど。僅かな間に脳裏に刻まれた恐ろしき巫女の力に未だ戦慄が走っている。


 「クレイ!」

 名を呼んだのは龍馬だった。そのことに桜が顔を歪ませて涙を流す。水蒸気が邪魔で姿が確認できない。だが今の攻撃の物量、逃げる場も無かったはず。これで終わりと、顔を歪ませながらも桜が振り返ったその時。


 「なんだいリョウマ。」

 その声は巻き上がる水蒸気の中から当然と。突如吹いた強い風が靄を拭い去って、彼の姿がくっきりと現れた。風が吹きあがり、臭いが強くなる。

 「まったく、出鱈目が過ぎるな。はは…。」

 単調な声色からは僅かな揺れが聞き取れる。乾いた笑い、彼は自分の身体がどうなっているのかをまだ知らないのだろう。


 光りの直撃を受けてなお生きているのには驚きだが、その体はとても無事とは言い難い。

 左腕は付け根から先を失い、右腕は筋の繋ぎで辛うじてぶら下がっている。横腹は半分以上を大きく食い千切られ、頭は斜めに吹き飛んでいた。


 「く…っ。」

 歯軋りが雨音にも負けず聞こえてくる。思わず目を反らしてしまう桜、本当は見たくなかった。知りたくなかったのだ。あの攻撃で跡形も無く彼が消え去ってくれることを望んでいた。見た目では区別がつかない、加えて実のところ現在彼が口で言っているだけで混沌かどうかなんて分からない。現実逃避が出来たのだ。あれは見なければ、境界線を踏んだだけで済んだのに。


 「虚脱感は、拭えないないな。」

 血も肉片も何も無い。千切れた身体からは真黒にぼやけた揺らぎが、元の形を取り戻そうと肌の色へと変化してそれが頭を腕を横腹を形成していった。

 人の狭間は血で出来ている。だからあれは人では無い。その境界は闇で出来ていた。


 「凄まじい攻。だが聖人よ、眩すぎる光は破滅への導だ。」

 「混沌に何が…」

 「分かるさ。俺達は皆熱を求めて人を知る。リョウマ、君は俺に何故戦うのかと聞いたね。理解の及ばないモノと相対した生物は初めにそれを理解しようとするだろう、君達だってそうさ混沌という俺達を知りたいと願う。混沌だってそうなんだよ?」

 君達(人間)が俺を知りたいように、俺達(混沌)は君を知りたいのだ。ただ理解したいのだ、中身は然程重要じゃあ無い。棚に飾られた本の背表紙を見て興味が湧くように、心地よく温かい人間という存在に触れてみたい。


 「君は何故俺を殺す。」

 「人を、殺したんでしょっ!だから、だから…っ!」

 「だから、セシリアから俺を奪うのかい?」

 その顔はまやかしだ。見てはいけない兄の顔、その表情に息が詰まる。人食いの怪物が目の前に居るというのに、先ほどまでは無かった震えが全身を襲う。脳裏にチラついて離れないあの銀の少女の笑顔が邪魔だ。


 「消えて。消えて消えてきえてきえてきえてぇっっ!!!」

 頭を殴りつけ振り払おうとする。しかしあの穏やかな風の下、兄の思い描いて笑う盲目の女の子が消えてくれない。だって理由なんてないから。これは使命、この世界に呼ばれた自分の成すべき果たすべき。


 「俺が怪物に見えるかい。俺には君が、使命と義務を着た怪物に見えるぞ。」

 広場の周りを重く雨が包む。濡れた境界線からは酷い臭いがする。


 「さあ場も整った。幸いジャマもいない。ようやく、ここには怪物が二人だけだ!」

 「違う違う…私は、怪物なんかじゃあないっ!!」

 混沌と聖女。二人の戦いの火蓋が切って落とされた。雨に囲まれた死合場からは闇にくぐもる光の臭いがした。



 攻めはやはり一方的なものだった。

 桜の聖女としての力は現在進行形で進化していた。彼女の操る光の槍もそう、祈りの力というのは想像によって形が変わる。【聖盾】は闇から誰かを守る為の盾だ、しかし今その祈りの盾に想像を加えて槍を模している。


 「はぁ、はぁっ!!」

 だが槍、どころか武器さえ触れてこなかった少女にはそれを扱うのに能力的な限界があった。王宮ではいつ混沌と遭遇し戦闘になっても良いように、と訓練はさせられていた。しかしあまりにも早過ぎた。二日三日の鍛錬でどうこう出来るレベルでは無く、彼女には祈りの力しかない。


 「それではお遊戯にもならないよ。」

 混沌の挑発にも歯噛みして槍を振る。祈りの力だって無限じゃあない。冷静になれば見えてくる自分の底、開幕で放った全力の【餓極】が力の大半を奪っていたのだ。ここは耐えての出来るだけダメージを負わせなければ、なぜなら彼はまだ混沌が持つという能力を見せていないのだから。


 「くっっ!!」

 「踊りなら俺も付き合おうか。そっちの方が都合も良い。ほら貸してみろそれ、っ!」

 桜の突き出した槍を奪おうとしたクレイ、しかしそれは光の槍。刃では無い場所を掴んだところで全身が混沌へ特攻の熱を帯びているのだ。それに加えて【聖盾】は闇を拒絶する能力。混沌の皮膚を焼き、指を落とし光が徐々に侵食していく。


 ボリュゥッッ

 光に焼け落ちていく右腕を捩じり切ったクレイ。あのままでは侵食が全身に進んでいた、懸命の判断と言えるだろう。思った以上に厄介な、そう思っている隙にもまた槍の連続突きが皮膚を掠める。


 切ることを狙った剣でも無く、潰すことを目的とした槌でも無く。長く、当てるだけで良かった。だから槍、そう彼女は光の槍で皮膚をなぞることを目的としていたのだ。


 「見た目以上に狡猾だ、ぁははっ!」

 「人間だから…っ!」

 「ならこちらも、賢くいこう。」

 そう言った瞬間に跳ね上がるクレイの威圧。来る、そう感じ取った桜は槍を地面に突き刺した反動で飛び退いた。ようやく能力が、そう身構えた桜は違和感に襲われる。


 臭いが薄くなっていく、?

 死合場の中、不敵に笑うクレイと息を飲んで出方を伺う桜。心なしか周りの音が小さくなったような気がする。もしかして、音に関係する能力だろうか。

 どこから来るか分からない攻撃、今攻めた方が良いかなどと思考するが下手な接近は不利な近距離を生むだけ。


 「違う、っ!」

 そして気が付いた。静かになったのは気のせいでも、音に関係する能力でも無かったのだ。屋敷からこの広場まで、先ほども重く振り続けていた雨が弱まっている。


 「まさか、天候を…でもそれなら!それならなんで臭いが。」

 雨の強さが変えられる、そして変えたのだと言うなら能力を使用した余波である臭いは濃くなるはず。


 「当然だろう。今、解いたのだからな。」

 「はっ?」

 「かっかか!理解しがたいか、何故思い込みで俺に値をつける。俺はずっっと能力を使っていた、今日は幸い朝から雨が降っていたからなあ。そこにほんの少し混ぜるだけで良かった。」

 臭いが微かにしかしなかったのはクレイが力を絞りに絞って行使していたからだった。彼の能力は天候を自在に操ることが出来、雨を重く降らせる事など口に含んだ水を嚥下するより簡単なことだった。


 「確かに君は怪物じゃあないのかもしれないなあ。」

 そして今から見せるのは、力が本来の姿をとったもの。天候の暴力だ。

 「怪物とは人の域に触れ、そして嬲れる者のことだ。」

 それはしんしんと、音も無く揺らいで落ちて来た。桜とクレイの周りだけに降り注ぐ雪は、一歩外を見ると雨。まるで死合場と外界を遮断するように異質な光景が広がっていた。


 「あぐぅっ!!」

 青みがかった粉雪は触れればたちまち皮膚を溶かす強酸で出来ていた。【酸の雪】が桜の腕、足に舞い降りてジュッと痛々しい音を奏でる。慌てて全身を【聖盾】で覆う桜、新しく降り落ちるのを防いだは良いがしかし肌には既にいくつも焦げ跡が。


 「あまり長く降らせるつもりも無いが、少し大人しくしておいてもらおう。」

 (まさか、いや心配は無いだろう。しかし少しでも時間は欲しいな。夜にはまだ少し遠い。)

 桜は痛みに悶えながら必死に盾を展開していた。酸による火傷も【巫女の光】を使えば傷跡残らず消えるだろう、しかし彼女はまだ力の同時行使が出来るほど熟達してはいなかったのだ。

 酸が皮膚を焦がし進んで行く。一箇所だけでも相当な痛みだというのに、腕にも顔にも黒い点々。精神力が削られていく。これは耐えの勝負。


 蹲る桜の前にクレイが歩み寄った。当然、彼に雪は当たらない。

 力技で眠らせることは出来る。しかしその場合、間には触れるだけでこちらを蝕む光の盾がある。殺す気は毛頭ない戦いだ、盾を破るつもりでは気絶で済む自身が無い。だからこうして、待つ。彼女の心が痛みに折れるのを。


 雪を止め、続くのは【針雹の礫】。空気中で歪に形を整えられた雹、小さいそれからは氷の針がびっしりと生えている。その針雹が彼女の盾が解かれて反撃に移られる前にすかさず落ちる。空からの落下速度を加えた雹は通常よりも硬いため鉄球のような落下音がした。


 「ぐ、ぁああ‶ッッ!」

 広場に絶叫が響く。彼女の精神も限界が近く、薄くなった盾を一つの針雹が打ち破って落ちた。身を屈ませていた彼女の太腿に深く突き刺さる雹、そしてその重さによる衝撃と低温で皮膚が腫れ上がる。


 「これでも耐えるか。」

 クレイは少し焦りを浮かべていた。針雹が落ちた時は勝負を決めたと確信した、しかし彼女は唇を噛み締め血を流しながらも持ち直したのだ。時間稼ぎには丁度良い、しかし彼が心配していたのはもっと別の事。雨を強くしなければ。


 次はもっと強力な、そうだ死んでしまわないように力を抑えて雷を落とそう。そうすればいくら何でも、いやもっと何か…

 クレイは懸念していた。彼がずっと能力で豪雨を降らせ続けていたのにも理由がる。玄関先、すぐその場でも戦闘を始めようとした彼女を広場に誘導したのにも、演技して惑わし勿体ぶったのにも。


 「お兄ちゃん…?」

 ブワッッと強い風が吹いて雹が止んだ。決して、欠片でも降りかかることが無いようにと。


 ああだから、雨は重く降らせていたのに。お前が来ないように。大切(ジャマ)なお前を拒むように。

 「風邪ひくだろう早く…うっ、ぁぁ。」

 「嘘、なんで…セシ、リアちゃん……。」

 光の槍が胸を穿って消えていく。うるさい雨の中、妹の声を拾ったのは兄だけだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

やはり書くのは良いですね。ストーリーが生きていくのがとても嬉しいです。皆様に見て頂けるともっとうれっしいです!これからも応援していただけると幸せです!!

追記

もう一つ、【鉄の飛翔】という別作品を投稿し始めました。まだ一話しかありませんがこちらも是非是非!!

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