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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第八十五話 塵散

第八十五話です。皆様待っていただきありがとうございますそしてすみません。現在筆の進みが遅いですが、少しだけお待ちください。その分面白いものを提供できるよう頑張りますのでご期待のほどお待ちください。

 栞が挟まれたのは承の終わり、転げ落ちるとも知らずに。


 「そうか…ご苦労。」

 暗い廊下、眠った王宮に影が二つ。用を終えた男が姿を消し、残された女は闇に向かって溜息を吐いた。冷たい空気に白が上がる。壁に背をもたれ苦悩に顔を顰めたのは青髪で片目を隠す騎士、名をベルフィーナ・レギオレン。


 「まったく勝手なことを。こちらの事情も知らないで。」

 伝達係ガラーシュからは混沌から手を引いたという事後報告が言い渡された。龍馬の決定によるものらしいが、混沌には接することも無く捜索を打ち切ったという。というのは建前で、それが嘘であることそして混沌を匿い逃がしたということも同時に告げられた。


 何を思っているのかはなんとなく分かる。短い間の付き合いではあるがあの男のことだ、何を言われようともう意見を曲げないだろう。混沌を見逃すなど常軌を逸した選択、考え無しにやるような男では無いと知っている。いや、半分はそうあって欲しいという願望か。


 昨晩の宴の影は跡も無く、すっかりと片づけが済んだ宮の庭園は人気(ひとけ)を隠し嘘のような静寂を纏っていた。


 寂しさを感じている。一人歩く夜の庭園だからか、感傷的な気分に浸る自分が馬鹿らしい。船に乗り海を越えて獣人の大陸へ、王女の護衛としてついて来たことに後悔が。

 虚しさを感じている。王国騎士序列では二番手を、女としては世界でも負ける気がしなかった自分が、無知な自分が恨めしい。自らの軽骨な自身が崩壊するのを阻害の更に外、傍観する自分が愚かしい。


 「私はなんのために…」

 思わずに弱音が軽く溺れ落ちる。

 役立たずが。お前は誰だ、王女を護るのが使命だろう。命賭して彼女のために生きるべき、だというのにあの時私は死んでもいいと。死ぬ前に思ったのは彼女では無くあの男、私の心にいつの間にか入り込んで占領していたあのリョウマという男。


 いつも何を考えているのか分からない、掴もうとすれば煙のように霧のように崩れてしまう。分かろうとするのを許さない、理解させるのを嫌う。近寄らせるくせに踏み込ませてはくれない、あと一歩それが手に入りそうな気がするのにとても遠い。


 船での最後の夜、彼は何かを失ってしまった。欠けてしまった彼は少し暗くて黒くて冷たくて、見せる笑顔も鋭く痛い。もし叶うのならば彼の穴を私が埋めて、私を彼のものに。

 刃を交えて感じたあの狂気も今ではどこか愛おしい。唇に今も忘れることが出来ないあの感触、自分の手でさえ触れさせたくはない。


 庭園の奥、昨夜彼が座っていたあのベンチ。美しい女性と話していたのを覚えている、見つめ合って何をしていたの。寒風が身体を吹き抜けた。

 リョウマ、こっちを見て私に気が付いてくれ。リョウマ、私がいるじゃないか。リョウマ、私に私を私で…リョウマ、リョウマ、リョウマ…っ


 身体の熱を放出する。自分を慰めるのも何度目か、乱れた息を整えて立ち上がる。虚無が残って溜息を捨てた私は、誇り高き騎士とはまるで違う。

 

 剣に生きると誓ったあの日から捨てたと思ったあの感情、堕ちてしまったあの瞬間女に戻った私。

 「…リョウ、マ」

 抱きしめるように名前を呼ぶ。夜の寒さをかき消すような熱を両手に、流れ出す想いを堰き止めるよう大事に握る。消せないこれが人を好きになるということか、刃に付けられた傷よりも熱くて痛い。


 「ベルフィーナさん…?」

 その声にはっとする。柱の影こちらを怪訝に見つめる少女、寝間着のまま寝ぼけ眼を擦るのは聖女サクラ様。いつからそこに居たのだろうか、まさか見られていないだろう。


 「ど、どうっ…されたのですかサクラ様、こんな夜更けに風邪をひきますよ?」

 動揺にすこし声が上ずった。熱を帯びたベンチから立ち上がり乱れた服を正す。聖女であるその身を冷たい風が吹く外に出すわけにはいかないと、桜を制したベルフィーナは秘め事の跡を見せないよう慌てて宮内へ戻った。


 「して、サクラ様はあんなところで何を?」

 ベルフィーナが持つ照明を頼りに暗闇の中を歩く二人、廊下には静かな問いが響いて消えていく。だがその問いは桜のものであろう、完全闇に包まれた庭園で何をしていたのかと。


 「……。」

 何も答えない桜に思わず足を止める。廊下の奥を見詰めたまま進む彼女は灯りを置いて来たことに気が付いたのだろう立ち止まり振り返った。


 「サクラ様?」

 黒い瞳が闇の中、殊更深い暗黒を投影する。思わず名前を呼んでしまったのは本当に目の前の少女が桜であるのかを、少女であるのかを確認したかったからだった。


 「…龍馬はなんて言っていたのですか?」

 三日月のように弧を描いた彼女の口、不気味に歪めた唇に細められた目。ここのところおかしいと思っていた、様子が変だと気づいていたのに心配するだけで見ようとしなかった。見詰めたそれがこんなにも恐ろしいものだとは、知らなかった。


 「貴女のことを心配していたと、元気づけてやれと頼まれました。表には出さないですがやはり彼も貴女のことを気にかけているのですよ。」

 言い終わって息を飲む音が静かな廊下で反響する。よくもまあ口が回るものだ、彼女には悪いが一言一句全て嘘。事実を述べるわけにいかないとはいえ心苦しい。これで納得、そして気持ちよく部屋へと帰ってくれればよいのだが。


 「そうですか、龍馬は優しいから…」

 ほっと安堵の息を吐く。これ以上偽りを並べるのは言葉が、そして心が持たない。値踏みするようにジッと見つめられた彼女の瞳、まるで嘘を見透かすような済んだ黒。

 行きましょう、と彼女の手を引きながら歩き出したベルフィーナ。しかしクイッと引かれた手、振り返った彼女は笑顔のまま無言の圧を放出する。


 「それで。混沌はどうなったのですか?」

 やはり、逃れられない。彼女は知っている、ガラーシュが伝えに来たのがリョウマのことではない事を。最近の異変は彼のことに関してだけではないのだ。彼女は船に乗る前の一月も、船の上でも、そしてこの王宮で過ごした僅かな時間でも、ずっと考えている。


 「混沌は…倒したと報告がありました。」

 「もうですか!凄い、さっすが龍馬っ!」

 満面な笑みで喜んだ彼女は両手に小脇に抱えたものを大事そうに撫でる。肌身離さず持ち歩くのは一冊の本、皮の表紙は年期が入っているが保存状態も非常に良い。


 「すごいなあ…たった一日で探し出すなんて。私とは違う、龍馬は強いから。良かったぁこれでもう掛け替えのない命が、大切でとても儚い魂が失われるのを見なくて済む。でもどうせなら私の手であの…あの()()を…っ!」

 言葉を紡ぎながら表情が変わっていく桜、ギリギリと軋む噛み締められた白い歯が灯りの中で映える。彼女の愛らしい顔が憎しみと怒りに染まっていくのがはっきりと見えた。


 あの夜に見た光景は今でも桜の脳裏から消えない。べったりと塗りつけられた記憶はどんなに濃い思い出でも潰すことが出来ない重い過去だ。

 「貴女はそんなにも…」

 激情で溢れた雫が彼女の目元に皺を作り、石床に冷たく水滴が跳ねた。


 「あぁそうだ、混沌は確か殺しただけじゃあ消えないんだった。ふふっ、なぁんだ私にも出来る事があるじゃない。ねえベルフィーナさん、塵だって残しちゃあ…だめですよね?」

 ゾクッッ、と夜風よりも冷たい寒気が背中を襲う。首を傾げた彼女は何かに憑りつかれてしまったよう。彼女の抱える一冊の本、あれを持ってから変わってしまった。


 【聖姫巫女見聞録】

 今では中を見る事が出来るのは桜だけ、何が記されているのか分からない。聖女アリアの残した日記と研究結果諸々が綴られているというそれは何か普通じゃあ無い。普段閉じているとはいえ魔眼を持つベルフィーナだからだろうか、彼女が【聖典】と呼ぶ本からはどこか禍々しい雰囲気を感じるのだ。


 出会った時の快活な彼女は今や影もない。混沌を殺す、その正義だけに突き動かされる彼女がだんだんと狂気を帯びていく。


 「行かなきゃ。私にしか出来ない、私に与えられた使命なんだ。ふふっ待っててね、次は一人で背負わせたりしないからね龍馬。」

 桜は後悔に苛まれていた。船上で何も出来なかった自分、愛する人を守れなかった愚かな自分に。それがたとえ自分の埒外であったとしても、彼の傍で彼の空いた穴を埋めるのは自分だと。


 「ですが今回の混沌は、その…悪いものじゃあ無かったと。」

 「それは龍馬が言ったの?善い混沌なんていませんよ。龍馬は優し過ぎるから…」

 ベルフィーナは言葉を飲むべきだった。これ以上、彼女の奥底を搔き乱すことをしてはいけなかった。


 「サクラ様、混沌だって罪を償い公正できますっ。全てを殺すなど…」

 そう、混沌だって生きている。だから龍馬だって港での捜索を斬り上げて混沌から手を引いたのだ。確かに人を殺したのかもしれない、しかしそれら全てを一つの命で償えと、果ては死ぬべき種族だと言われて消されてしまうのはあまりに非道。そして与奪を握り命を屠るなどあまりに、傲慢だ。


 「ベルフィーナさん。罪は償うものじゃあ無いですよ。罪は、罰をもって滅すもの。混沌なんて穢れた存在に、生きる価値も意味も権限もっ!…欠片だって無いんだから。」

 夜に響く絶叫は冷たく悲しい、歪んだ正義の宣言だった。



  【聖姫巫女見聞録】 第一章・光の道 末尾より抜粋

 この世に迫る闇、とても暗い黒の海。鬱屈と淀んだ空気に蔓延る魔、狂気に満ちた人芥。

 私は必ず果たします。神より与えたもうた使命、人々により願い望まれた希望を必ずや。

 光という、正義をもって。

最後まで見て頂きありがとうございます。みな様が見て下さるというだけで幸せです。一週間開けるということはないとは思いますが、毎日投稿は現在厳しいかと…すみません。。しかし諦めず書き続けますので応援していただけると嬉しいです。

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