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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第八十四話 約束

第八十四話です。投降しようと思っていました時間を大幅に超えてしまいました、申し訳ありません。待ってくださる方のためにも頑張りますのでこれからも見て下さると嬉しいです。今回は長めの話になっておりますが最後まで見ていただけると幸せです。

 つい流してしまった冗談に苦笑する。聞いてしまうのが、真実にしてしまうのが怖かった。

 感覚が鋭いわけじゃあない。現に私は混沌とすれ違っても違和感を覚えることはないだろう、こんなにも混沌について知りたいと願っているというのに。だが、そんな私ですら気が付いた。それもはっきりと。


 彼女は人間では無い。

 「さて、眠り姫を起こさぬよう解散とするか。」

 龍馬の視線から逃れるように空のカップを煽った。彼はどうやら私の聞きたいことを感づいているらしい。しかしこれ以上私に問う気はないと分かったのだろう、寝息を立てる少女を静かに抱き上げソファから腰を上げた。


 「ヴェルデ。」

 背中越しに振り向き、扉に手を掛けた龍馬が静かに声かける。無言で返答したヴェルデは音を鳴らさずにカップを置き、龍馬の背中に目線を向ける。


 「真実はお前が望むよりも単純で、残酷だ。だからあまり気負うなよ。知らなくていい事っつうのもある、過ぎた興味は破滅を生むだけだ。」

 そう言って出ていった彼の後、手を振ったアディラも欠伸をしながら頷いた。部屋にはメイド二人とヴェルデだけ。柔らかい背もたれに体を預け、緊張を緩和する溜息を吐く。


「真実、ねえ。ふふ、どうやら秘匿の壺は底が深そうだ。」

 彼の言葉が混沌に対しての忠告なのか、それとも言わずと飲み込んだ問いについての答えなのか、それは分からない。心配と取るのが吉なのかどうかも、彼女の事について深く聞くのは辞めた方が止めた方が良さそうだ。龍馬の釘差しからも十分未来(さき)を見ることが出来た。


 「だがねえリョウマ…浪漫家は探求に終止符を打てないのだよ、死ぬまでね。」

 小さく吐いた言葉にふっと笑う。我が身の破滅、安泰な未来可愛さに足を止めるなど愚の骨頂だ。

 「アリス、テレス。()()()()。」

 破滅、崩壊、悪くない。残酷な真実なんか真理の前には紙屑同然、価値があるのは隠された秘密なのだ。それを暴き覗くことに絶頂が待っている。クツクツと、奥底に溜まった源泉を沸かせるような笑い声が部屋中に低く響いた。

 


 目を覚ました港は海鳥の鳴き声を空に賑わいを見せていた。

 「ん~…今日も気持ちの良い朝だねえ。」

 肌を撫でた海風が眠気を拭い去っていく。屋敷からここまで気だるげな様子を見せていたアディラが大きく背伸びをし、その白い頬をパチンッと軽く叩いて元気に笑った。


 メイド二人を連れて港を訪れた六人。朝一番に客船の入りがあったせいか人の波が激しい。

 「これは…日を間違えたかな。」

 「いや今日だけで見つかるもんでもないだろう。船の出入りまで考えていたらいつになったって見つからん。」

 困り顔を見せたヴェルデを龍馬がフォローする。大体港に船がいない時の方が珍しいのだ、探し物にはある程度障害が存在するのが常。


 「それに人がいる方が奴も出てきやすいかもしれん。」

 もし仮称【亡兄】が隠れているのだとしたら、人混みに紛れて動きを見せるだろう。ヴェルデの話ではここ最近半月ほどだろうか、仕事に出る彼の姿を目撃するのが減ったという。それがヴェルデの観察に気づいたせいなのかどうかは分からない、しかしだとしたらむしろ好都合。


 「よし、二手に分かれるとしよう。アリスとテレスは勿論別に、とすると…」

 「はいはーい、じゃあこうでいいかな?」

 二手に、その言葉を聞いた瞬間アリアンナが龍馬の袖を握り締める力を強くした。誰にも分からない程の僅かな変化、しかし目敏いアディラは自らヴェルデよアリスの方へよける。

 彼女も本当は龍馬と居たいはずなのだ、それを知っているアリアンナは申し訳なさそうに落ち込むが彼女が優しい笑顔で受け入れた。


 「リョウマ、ちゃあんと守ってあげるんだよ?」

 「誰に言ってる。お前はあまりヴェルデに迷惑をかけるなよ。」

 「まるでぼくが厄介者みたいな言い方っ…もーそんなんじゃあ女の子にはモテないよリョウマ君。」

 プリプリと可愛らしく睨んだアディラが龍馬の胸を小突く。二人の言い合いに軽く噴き出したアリアンナも落ちた機嫌が戻ったようだ。昨日一緒に出掛けたからか二人の関係も柔らかい。


 集合場所に時間を定めた六人は、三人ずつ二組に分かれ別の方向へ捜索を開始した。人形のようにフリフリした仕事着を身に着け、凛と背筋を伸ばした少女を主な頼りに歩き出す。

 事前情報による【亡兄】の見た目は、髪色をくすんだ銀、背丈は龍馬と同じ程、少し猫背で歩く姿は人間のそれと同じで少しの違和も覚えないという。


 「見た目で分かれば良いが…これじゃあすれ違っても分からなそうだ。」

 見る限りでは人のいない方角は無い。朝は稼ぎ時、近く出た店も勢いが盛んで声を張り上げていた。骨が折れそうだと溜息を吐いた龍馬は、アリアンナとは反対の袖が引かれたのに目を向ける。


 「すれ違えば分かります。適当に歩いていれば見つかると、まあ(ここ)に居ればですけど。」

 両目を糸で縫い付けたメイド少女テレスが可憐な声でそう言った。確かに最初見つけた時も離れた場所からだったと、ヴェルデの話から記憶している。目を合わせるだとか触れ合うだとか、直接見つけなくて良いというのはなんとも心強い。


 「頼むなテレス。」

 ポンポンと自分の頭を両手で叩く彼女、どうやら龍馬に撫でて欲しいらしい。お嬢様の望み通り金糸のような髪に優しく触れた龍馬は、満足そうな彼女に目を落とす。

 

 (しかし似てるな。)

 黒いメイド服に二つに纏める黒い髪留めも勿論揃いのものとして、顔の造形は違いなど分からない。じっくりと観察した訳ではないが何度見ても分身、あるいは同一人物か。声までも同じ調子だというのだから見分けをつけるのは最早不可能だ。

 

 光りを失った両目を閉じるため縫い付けたのだろうか、瞼のステッチは痛々しいと感じさせない綺麗さを保っている。一言で表すとするならばそう、可憐だ。

 と一通りの思考をし終え隣の視線を感じ始めた頃、そろそろ止めないともう一人のお嬢様が拗ねてしまう。いつの間にか空いた手を握られているのは仲間外れの嫉妬からか。両手に花と言えば聞こえは良いだろう、しかしその実右手に覇人左手に混沌…決して羨ましいものじゃあ無い。


 「さて、どこから探そうか。」

 二手に分かれた龍馬側、広場とは反対の方角の商店通りは時間と共に賑やかさを増している。新鮮な肉に魚に野菜・穀物・果実と、食料以外にも衣類装飾が出店に並ぶ。


 通り過ぎるのもやっとという人混み、進むにつれて人が増えるのは元の世界での祭りみたいだ。はぐれることが無いようしかと両手を繋ぎ歩く三人、目線を運ばせて目を引かれ足を止めたくなる店を流し見しつつ歩く大通り、中程を過ぎた頃にふと視界に入った気品漂う店、並んだ装身具が龍馬の目を釘付けにした。


 「龍馬…?」

 「少し良いか。」

 アリアンナの怪訝な表情を背に店へと立ち寄る。店主の出迎えに軽く答え、まるで最初から決めていたかのように手を取った耳飾りは紫の蝶を象っていた。


 「なあに、女の子への贈り物かい?」

 目が高いと声かけた店主は龍馬の持った耳飾りの説明を始めた。

 夜の蝶、と名の付いたそれは硝子に紫を差してあり、月明りを受ければそれは艶やかな輝きを見せるという。疎い龍馬ですら分かる見た目も一級品、繊細な細工は触れれば壊れてしまいそう。白い肌と流れる黒髪に隠れて羽ばたく蝶は、想像の内でも美しい。


 値段も店で一番ときた。手持ちを確認すると図ったかのように丁度、迷いは無かった。

 「羨ましいね。あんたみたいな色男、つり合う女はそういない。どんな彼女なんだい?」

 「…夜。」

 その一言が彼女を表していた。最大級の賛辞を魅せた龍馬に頬を染めて笑う店主が、太い葉巻に火を点ける。


 「ほんと羨ましいねえ。」

 見送る龍馬の背に吸った煙を吹きつける。あの二人に送るものでは無いと、長年の勘は間違っていなかった。夜、なんて支配的な美しさで言い表すのだろう。陽の落ちた闇の中、彼の目には世界の全てを差し置いてその子以外が映らないのだろう。

 良いものを魅せて貰ったと、煙を飲み込みながら幸せそうに店主は笑った。


 「待たせて悪いな。」

 「お腹空いた~。」

 余程寂しかったのだろう腹の虫を理由に抱き着いて来たアリアンナの頭を優しく叩く。間も無く昼の頃、確かに空腹を感じても良い時間だ。朝を抜いてきたのに加えて屋台からの香ばしい匂いがまた空っぽの腹をいじめていた。


 「…よし、一旦合流するか。」

 分かれてからは既に二時間が過ぎていた。定めた時刻にはまだ早いが空腹の少女が()()、腹が減ってはなんとやら。首根っこを捕まえた両隣の可愛い獣も、涎で地面を濡らすまで秒を読んでいる。


 市場の人波を抜けて戻って来た港の広場、集合場所の噴水にはやはり三人の姿は無い。時間が来るまで待つのが得策だろう、入れ違いになるのは御免だ。そう思いベンチに向かう龍馬たち。

 財布とは名ばかりの麻袋の底、唯一残っていた一枚の銅貨も二人に奪われ買わされた串肉。子供のように走った二人はベンチを占領し、もくもくと食事を始めた。


 仕方ないと龍馬はもう一つのベンチに向かう。二人掛けのそこには先客があり、中々に気まずいが疲れていることもあって腰を落ち着ける。隣に座る少女は幼いながらも大人びた雰囲気を醸す、真白のワンピースが良く似合っていた。


 「隣すまんな。」

 「皆のものだから。」

 白い杖を立てかけて本を読む、美少女がそよ風に指を運ぶ。空を羽ばたいた鳥の羽根が白い帽子にかかり、それを取ろうとするたどたどしい仕草が愛らしい。この世界に来てから幾度も目にした銀色の中、彼女の髪はどれよりも美しく揺れている。


 「今日はお出かけ?」

 本を閉じた彼女は微笑みながら顔を向けた。帽子についた羽をはそのままに純白の裾が揺れる。

 「ああ…元気な連れと一緒にな。」

 「お天気も良いからねっ。」

 龍馬が目線を移した先には頬一杯に肉を詰めて、唇をソースで汚した少女が二人。広場の先に目線をやった隣の彼女は何かを探しているかのよう。


 「今は独りなの?」

 首を傾げた彼女はどうやら龍馬の言った連れを探しているようだった。しかしそれは姿では無く、声。

 目線が合わないとは思っていた。龍馬の声に反応してはいるが彼女の視線は鼻辺り、隣のベンチに座る二人も見えていないのだろう。


 「まあな。君は…いや、ここで独りなにを?」

 目が見えないことを聞くのは野暮だと、話を逸らした龍馬は盲目の少女が独りでいる事を心配する。見たところ近くにそれらしき連れは居ない。


 「お兄ちゃんを待っているの。もう少しで仕事が終わるから、本当は来てはいけないと止められているんだけどね。待ってられなくて来ちゃったっ。」

 口元を本で隠し、クスクスと上品に笑う少女。年の頃は十ほどだろうか、口調こそ幼いが雰囲気はアリアンナよりも大人びて見える。家から独り歩いて来たのだろうか、何とも危険な事をする。兄とやらは気が気ではないだろう、しかし同時に彼女の健気な思いをきつく叱ることも出来ないのだろう。


 「私のために夜遅くから昼まで。私も何か力になりたいと言ったのだけれど、ほら。お前には無理だって。」

 悲し気に笑う彼女は白い杖を龍馬に見せた。目が見えない自分は役立たずであると卑屈に言う彼女。


 「お兄ちゃんが私の髪の毛を美しいって褒めてくれるから、いっそ短く切って売り物にと。でも断られちゃったわ…綺麗だというのは嘘だって、昔は毎日撫でてくれた頭も乗せるのはこの子だけ。」

 前髪を魅せるように上げた帽子、白銀の髪は綺麗と表すのでも足りないくらい。確かにその髪の毛を売りに出せば破格の値が付くだろう、髪はまた伸びる。しかし、そんなことをさせる人間はいない。


 「美しいから手放したくなかったんだろう。」

 「そうだと幸せ…見えないのは生まれつきだから慣れたけど、けどね大好きな人と美しいものを共有できない事には一生慣れそうにもないわ。」

 彼女の五指からサラサラと流れる白銀の糸は絡まること無く白いワンピースを彩っていく。寂しそうな彼女の瞳は少し潤んで、それでも反射する光は無い。虹彩に映る一切の闇が美しい港の景色を遮る。


 「そよ風は心地よく肌を撫でるのに、海のさざ波は子守歌のように聞こえるのに、鳥の羽根はフワフワで触ると気持ちが良いのに。私空を見たことが無いの。ねえねえ、海って青色をしているんでしょう?青ってどんな色なのかしら…そうだ夜ってとても暗いの?星って、月って、どう輝いて見えるの…?私夜がが好き、皆と同じ気持ちになれるから…。少し肌寒くて、お兄ちゃんに手を握ってもらえる、から…。」

 雨が降っていないのに純白を濡らした一雫。溢れ出したそれを止めることが出来なくて、ただ落ちるのを掬ってやることもできない。龍馬はただ彼女の頭を撫で、帽子で目元を隠してやった。


 「セシリアっっ!」

 駆け寄る足音が大きくなって近づいたのは、顔を伏せて震える彼女に向かう一人の男。くすんだ銀の髪、整った目鼻立ちは彼女の面影を見せる。


 「どうした、何があった。…お前、妹に何をっ。」

 「お兄ちゃん止めてっ、優しい人よ。えへへ、寂しくて泣いちゃったの!心配かけてごめんなさい。」

 胸倉を掴もうと詰め寄った兄を止めた少女、セシリアは赤い目を擦って無理矢理に笑う。知らぬ男が泣いている妹の隣に寄り添っていたら勘違いもするだろう。


 「悪いな、あんたの妹さんに話し相手をしてもらってたんだ。」

 「…そうか。」

 短く会話を切ってセシリアの腕を掴んだ男。彼女が弁明しようとするが男は聞こうとしない。早く帰るぞと、杖を持たせてセシリアを立ち上がらせた。


 「まあ待てよ。少しだけ、あんたと話がしたい。」

 知っているにおいが鼻の奥に触れた。引き留めたのはセシリアでは無く男の方、くすんだ銀の髪、警戒するように睨んだ瞳、少し背を曲げた立ち姿。

 

 「リョウマ様っ。」

 分かっている。隣で叫んだテレスを手で制し、目線は男から離さない。見た目なんて当てはまるものがいくらでもいるだろう、そいつに妹がいるのもまあ可能性はある。ただ確信できるのは微かに漂う、ほんの僅かな気配とにおいだ。


 「セシリア、だったな。少しお兄ちゃんと二人にしてもらってもいいか?」

 「お兄ちゃん…この人は悪くないんだよ、本当だよ?ちゃんと話して仲直りして。」

 「……。」

 返事は無く、男も龍馬から目を離さない。彼女は迎えに来たアリアンナとテレスに連れられて隣のベンチへと移っていった。


 「探したよ。つってもまさか、今日会えるとは思わなんだ。」

 立ち上がった龍馬はいつでも抜けるよう彼女の鍔に指を乗せ、斜に構えて相対する。

 ゾクッッと男の背筋を撫ぜた覇気にたじろいだ。二歩後退した男は額に垂れた汗を拭う。


 「会いたかったぜ、混沌。」

 「…なんのことだ。」

 やっと口を開いた男はちらりと目線を横に向けた。妹は今アリアンナとテレスに挟まれている。彼にとっては人質をとられているようなもの、このまま逃げるわけにはいかなかった。


 「何がしたいんだ、あんたと俺にはなんの関係もないだろう。仕事で疲れているんだ…適当な妄言に付き合っている時間は無い。探し人は他を当たってくれ。」

 話を切り上げセシリアを呼ぼうとするが、龍馬の視線から逃げられない。ぶつけられる威圧感が重く身体にのしかかって、僅かに見せた笑みが逃げようとする足を凍らせる。


 「臭うんだよ。いくら隠そうとお前達の奥底に鬱屈と滞留する闇が、絶叫を背に笑う狂気の邪悪が。濃密な死臭は消えねえよ、お前どれだけ殺した。」

 正体を現わせと問い詰める。相手は混沌だ、命奪うことなどなんの咎にも思わないだろう。さあ早く、その歪んだ笑みを見せて中身を吐き出せ。混沌を、【亡兄】を。


 「……あぁ。ここまでか。」

 しかし男が嘲りの表情を見せたそこに、混沌らしさは無かった。髪をくしゃりと握り、乾いた言葉を漏らす彼は今までのものとはまるで違う。諦めたような表情でセシリアに目を向けた男は龍馬に微笑みかけた。それはまるで人間の、妹を想う兄の顔だった。


 龍馬が驚くのも無理は無い。闇から生まれ、人間を食料か玩具かのようにしか思わない混沌があろうことか家族愛など。

 「殺すか、俺を。」

 「ああ、殺す。」

 ドロドロとした血の臭い、一人二人じゃあ無いこいつは大量に人を殺している。こいつもあの夜に同じ、あの教会の悪魔となんら違いない混沌だ。こいつらは人間を騙り命を貪る外道、そこに懐疑躊躇は最早無い。


 だというのに何故手が動かない。今が好機、場所は広場と開けているが関係ない。後の処理だとかそんなものどうとでもなる。彼がどれほど強いかなどは分からない、しかしこの間合いで躱し避けるなどさせはしない。一瞬で粉微塵の肉片に、幸い妹は盲目だ。

 殺すという言葉は嘘ではない、脅しで終わる文句ではない。彼女【灰屍】に指かけて虚言を吐くほど愚かでは。だがどうしてか、刀を抜く気が全く起きない。


 「妹がいる…黙って死ぬほど浅くはないぞ。」

 顔を顰めた男が構える。歪んだ顔に見えた色。そうか、この男からは罪責の念を感じるのだ。人を騙り命貪る怪物には無い、人にしかない感情という名の念が。


 済まんと一言彼女に告げる。お前の出番はなさそうだ。幻聴で彼女の怒りが聞こえるが、もう決めたことだ。鋭く研いだ殺気を納め、張りつめた息を吐いた。


 「やめた。」

 「…はっ?」

 呆けた声がくすみ銀の男から漏れた。鯉口を切った指を戻し、半着に手を入れる。纏わせた覇気を解いてベンチに腰掛けた龍馬が男を見上げて口を開いた。


 「お前を殺すのはやめた。」

 何故かと問われるが理由は無い。理由が無いから斬れないのだ。


 「これ以上人を殺すな。それなら俺はお前を殺さない。罪の意識があるんだろう、だったらそれを背負って死ぬ気で生きろ。お前は命を懸けて彼女を守れ。」

 隣のベンチで微笑む彼女、楽しそうに話すあの笑顔を曇らせたくはない。混沌にとって人間を殺すのは別段と日常に相違ないことなのだ。腹が減ったから、退屈だったから、理由なくそこに居たから。そんな中で罪を感じる、この男は()()()とは違う。


 「俺が人間を殺すのは必要だからだ。これからも殺す、ここで見逃せば俺はもっと命とやらを奪うだろう。怖気たか、次死ぬのはお前の大切なものかもしれんぞ。」

 突然の変わりように口が回る。今までも好きで殺してきたわけでは無いが、一度脅されては引くに引けない状況。それにそんな言葉を信じられない今、手っ取り早いのは此処で屠ることだ。嘲笑をベンチに座る龍馬へ落とした男は目を向けた、その先に座るアリアンナとテレスを指す。しかしそれは不可能だと、目の前に腰掛ける男に分からされた。


 「優しさで言ってるなら嘆願するさ。…殺せないと思ったか、目も見えずまだ幼いのを。お前が手出した時はもう遅い、その先は一面血湖に染まる。」

 今度は脅しに終わらない、龍馬の本気に当てられた男は息を飲むのも苦しくえずいた。お互い引き合いに出すは大切なものだが、この交渉は対等では無い。


 「…分かった。殺しは止めよう、仕事からも手を引くと約束する。」

 男の仕事、妹に黙って続けているそれは決して言うことの出来ないものだった。病気を治すために始めたそれも金に見合わない()()の仕事。もうやめて静かに暮らそう、幸い山の方では自給自足も苦ではない。



 「セシリアを連れて帰れ。もうすぐ人が来る、そいつはお前を見たら躊躇しないぞ。」

 「ああ。リョウマと言ったか、お前には何故だがまた会いたいよ。ベリア、それがこの身体の名前だ。覚えておいてやってくれ。」

 「ベリア。面倒ごとは嫌いでな、再会は御免だ。じゃあな混沌、お前が人じゃあ無くて良かったよ。」

 会話は終わった。戦闘も無しに、混沌を野に放つ。だがこれで良いだろう彼ももう人を殺さない。信頼では無い、これはそんなものよりも固く結ばれた感情の契約だ。


 「セシリア。」

 二人歩き始めた背中に声をかける。振り返った少女の髪を静かな風が揺らした。

 「お前は愛されてるよ。」

 微笑んだ彼女の笑みは忘れないだろう。人では無い混沌の兄に、目の見えない人の少女。そんな兄妹がいてもいいだろう。


 港街には昼の暖かい風が吹いた。合流した三人にも収穫が無かったことを告げ、昼食をとった六人は屋敷へと戻った。仮称【亡兄】の捜索を止めると告げた龍馬に深い理由を問うものは居ない。皆納得したようにうなずいてただ、そうかと優しい微笑みを返すだけだった。 

最後まで見て頂きありがとうございます。いつも見て下さる方々、本当にありがとうございます。毎日pvを見ては頬が痙攣するほどにこにこしてしまいます。にやけ顔をさせて下さる方々、これからもよろしくお願いします。

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