第八十二話 病名
第八十二話です。本っとうに遅れまして申し訳ございません。体調不良過ぎましたが、すっかり元気私は生きています。お待たせをしてしまって本当にすみません。応援して下さる方々に最大級の感謝を。
雷が光り輝いて暗い曇天の下を照らした。老兵が猛々しい覇気を纏う。
目覚めたのはかつての【撃滅】、世界最強を唄う竜を屠った両腕も今や一つ。しかしそれでもなおガルガンの拳は天高く舞う翼をも手折る破壊を秘めている。
「かつての善王が、今や魔王の傀儡か…なあオービンロード。何が見えている。」
失い、探し求めて見つけたものが他人の手で侵されていた。それがどれほどに悲しく憐れな事なのか、憧れ存在に恋焦がれた彼は今や空っぽの虚ろ。
何十という年月を経たというのにあの夜のまま時間を止めた王には、もう民を思う心は無くなってしまったのか。あの蒸し暑い夜、あの炎に飲まれた城で何があったのか。一人生き残ってしまったガルガンを離さない呪縛、それを消すためにまず彼を解放しなければ。
「あの時のままだと思うな、オービンロード。俺はあんたを超えるために…」
超える?違う。強くなったのは全てが王のため。護衛の騎士が聞いて呆れる、もうあの夜のようなことは絶対に御免だ。今度は自分がその御身を守る、死んだ仲間や国民のために。
「【破天】っっ!!」
胸の前で右拳が橙色の光を灯す。ギュウゥゥゥンと音が収縮していき、拳に力が溜まっていく。
老躯では耐えることが出来ない程の爆発的衝撃、しかし目覚めたガルガンの体はあの頃、いや全盛期はいつかと問われたならば今だと迷わず答えるだろう。
終を数えて新たな始撃の名【破天】、そう叫んだガルガンの拳は糸のように細い光線を天に放った。小爆発の音が空から聞こえる。雷を降らせていた曇天が爆風によって晴れていった。
夜が近い。肌寒い風が肌を触って流れていく。皇帝ゼアリスの支配を映したような分厚い雲を。
舞台がやっと整った。それを待っていたのかは分からないが、オービンロードもゆらりと身体を伸ばす。弾けた鎖をジャラジャラと鳴らし、片手に持った大剣を握り直した。
炎がまだ消えない。追憶の戦いが今、静かに動き出した。
辛うじてとらえたのはガントレックの両眼、目の前では息を飲むことすら緊張してしまうほどの戦闘が繰り広げられていた。
片腕が無いことなどまるで不利だと言わせないガルガンの猛攻が、オービンロードの巨躯を追う。正気を取り戻して自分がしたことを嘆いていた兵士らも、後悔を忘れて見えない闘いに魅入っていた。
【七刑】とは七つの刑を表す者達に与えられたものだ。赤の二槍・藍の大鎌・紫の笛・青の鞭・紺の剣、そしてその六つに黒の鎖を加えた七の刑罰。ガヴェイン帝国が誇る最強の七人、しかし全員が同じ程に強いとは限らない。
例えば紫の笛・ガントレック・ドレウィンパールにしてみれば、純粋な戦闘能力で言うと副隊長のニドに劣るだろう。しかし彼の場合、特殊な能力を有している。
青の鞭・オルタリアは元学者だ。その聡明さと膨大な魔力を買われて軍に引き抜かれた彼女は接近戦も得意とする。なんでもそつなく熟す彼女には七人の中で一番大きな大隊を預けられ、ベルトレット以外では唯一参謀の位置に就ける逸材なのだ。
そうつまりはただ身体の強さが全て、というわけではないのだ。劣るものがありながら、一つでも秀でた何かを持っている。それが【七刑】、最強の七人である。
しかし、紺と黒の二人は別も別。余計な言葉を付け加えないならばただ、強い。ユスゴアを瞬、とするならばオービンロードは破。二極というべき二人は帝国最強を現実のものとする。
太い鎖が地面に跳ねた。まるで砂の城を崩すかのように硬い地面を抉った鎖、鞭のように振るわれたそれに掠れば擦り傷ではとても済みそうにない。
先端がガルガンの体に切迫する空気を弾き飛ばす。その風切音だけで皮膚が削れてしまいそうだ。オービンロードの両手が撓り打ち、ガルガンを絡めとろうとまるで蛇が獲物に噛みつこうとするが如く走る。
しかしガルガンにとってオービンロードの速さは大した脅威では無かった。事実二本の鎖は先端こそ音を弾いて恐怖を演出するがそれだけ、彼の持つ破壊力を上回るものは見えない。問題は背中に携えた大剣、今も視界の端に残る地面の亀裂は自分に当てはめ考えるだけでゾッとする。鎖遊びをしている内が勝負だ。
鉄の波状攻撃を掻い潜りながら右の拳でオービンロードの全身を叩き続ける。硬い壁のような体に何度も何度も打ち付けるが、手ごたえがまるでない。
まるで機械のような反復運動を続けるオービンロード、胸元に入り込んだガルガンを退けるのにも鎖を使うその動きにはまるで意思が籠っていない。
やはり魔王の傀儡か、鋭さはあれど殺気の無い攻撃がガルガンの命を削れるはずがないというのに。
「どうしたっ!動きが鈍くなったぞオービンロードォォオッッ!」
傷口がぐちゃぐちゃになった左腕をオービンロードの胸へと叩き込む。右腕の猛攻に隠した一撃、まさか切り落とされた腕を打ち込むとは誰も思わないだろう。しかし。
オービンロードの巨躯を浮かした左拳が夥しい血糊を弾く。
(浅いっ!!)
フワリと後退したオービンロードが何事も無かったように着地した。あと僅か、拳一個分が遠い。やはり長年付き添い慣れ親しんだ間合いを初撃で合わせるのはガルガンですら困難だ。もう一度機会があるならば逃がさないだろう鋼の腹筋も今や遠く、それが通用するただの強者なら片腕のハンデを負うことも無かっただろう。先ほど別れを告げて地面に転がる左手が恋しい。
変わらず静寂の中、ガルガンの一方的な殺気が支配する。やはりオービンロードからは明確な敵意が感じられない。それが魔王によって操られているからなのか、相手がかつての家臣だからかは分からない。
「オービンロード…」
答えてくれと名前を呼ぶが端正な顔は引き結んだ口を解かない。変わりに返事をしたのは彼の体、肩から手首に掛けての骨が軋み、筋肉が不気味に隆起していく。大きく分厚い身体に内包した何かが蠢き、食い込んだ鎖を引きちぎろうと膨らんだ。
何かくる。踏み込もうとしたガルガンの首を本能が掴まえ引き留めた。
ジャラリンッ
両手に持った鎖が地面に流れ落ち、雰囲気が一変した。それが始まりだったというのに気が付いたのは三人の少女だけ。
「きしゃぁぁぁ…」
虫の姿から人へと戻り退屈を潰すように地面をいじっていたユニ、アルマ、エネテロの三人は震え声を上げた。その隣戦闘の行く末を見守っていたガントレックが気が付いた時、オービンロードの引き結んだ唇が冷や汗を凍らせるほどの寒気を吐いた。
引かれた境界線の外側で恐怖に慄いた身体、内側充満するは触れた全てを飲み込む闇。
感じる、何かを感じるその感覚がとても恐ろしい。引くわけにはいかないと息を飲むが手を伸ばした先待っているのは確実な死だ。死が怖いのでは無い、常に戦場に身を置いた戦士として戦いに骨を埋めるのは本望だ。怖いのは何も無いことだ、何も知らない分からない、空虚な死がただ怖い。
オービンロードの姿が音も無く消えた。視界が点滅し背中が冷たくなって振り返る。鼻息がかかるほどの距離に、彼はいた。何も言わずただゆらり、手に掴んだ誰かの腕がまるで今気が付いたかのようにビクビクと痙攣する。
ブシュッッ
「がっ…ア‶ア‶アアアァァッ!!!」
驚愕と激しい恐れに叫んだガルガンがオービンロードの体に拳を振るう。右腕が、右腕、がない。必死に力を込めている感覚だけが残って、そこには地面に血を噴き垂らす肩の付け根が露出する。
大きな腕がガルガンの胸を抉り、その身体を遠くに吹き飛ばした。鈍い打撃に遅れてやってくる鎖の音。重い金側が宙を蛇行し地面に跳ねたガルガンの体を持ち上げた。
オービンロードの持つ破壊力を半端にする鎖が何故彼の刑なのか、それが今分かった。黒が、闇が鎖を侵食していく。オービンロードの全身を締め付ける鎖が黒く変色していき解けていく。真黒の闇にお触れた鎖はまるで生き物のうに蠢くと、図太い手足の指に巻き付いた。
白を犯す、闇に腐った鎖の鎧。柳のようにしな垂れた鎖の指が鞭爪を形作り、太く大きい鎖が尾として伸びる。隆起する筋肉に鎖が埋まり溶結したかのように肉と一体になった。前傾姿勢になった彼はまるで人とは違う、獣とも違う異形の怪物。
名を、【虚兵】オービンロード。
「はぁはぁ…っ!」
ふざけるな。これのどこが人間だと、生き物だというのだ。名を奪われ身体を改造され、得体の知れぬ何かに侵食され意思泣き操り人形と遊ばれる。
「ゼアリスゥゥッッッッ!!!」
面影の無い怪物が自分の腕を貪る。噛み砕かれる骨の、千切られる肉の音に正気でいられない。
血が流れすぎたことなどどうでも良い。両腕が奪われたことももう、頭に無かった。ただ今は王の姿がこれ以上汚されるのに耐えられない。
殺す、ここで命霧散しようと必ず殺す。ギシギシと鎖に軋むオービンロードの全身は黒の侵食に抗ってあげられた悲鳴のように聞こえてくる。
ガルガンは自分の体を縛る鎖を振り解き、手首から先を失った左腕でオービンロードの頭を揺らした。
ドチュンッ
振り抜いた手が肘から消える。
食われた。呑気に咀嚼する【虚兵】が目線を移すことなく腕を振る。鎖で創られた爪がガルガンの胸を抉り去った。爪で切り裂く、というよりも皮膚筋肉ごと奪うような爪。
支える両手も無く、無様に転がった半達磨。露出する肋骨が軋んで砕け落ちる。
「ゆ‶る、ゆるざん…っ!う‶があ‶っ、ゆるさんぞぉお…っ!!」
栓をひねった蛇口から水が噴き出すように吐血する。ひゅーひゅーと乾いた息が身体に空いた穴から洩れ、最早痛みを消すほどの激痛が脳を麻痺させる。
ヒタヒタと歩みよる虚ろの姿が、霞む視界の中で大きくなる。こんな所で死ぬ?いや、既に死に体か。無防備に晒した腹を天に向け寝転がるなど、戦場では考えられない。
野望は無い。かつて栄えた自分の名も今や連ねるだけの飾り、老いという逃れられない魔物が蝕んだこの身体は既に横。欲も無い、ただ一度だけ死ぬ前に望むことを許されるというのなら。
あなたに名前を呼んで欲しい。
血を流し過ぎた、もうこの身体は死の淵を両手離しで馬に乗った愚かなものだ。人からただの肉塊へ、姿を変える前にあと一度。一瞬で良い我が王にかかる呪縛を解き、支配の雨を振り払いたい。
言葉にならない呻き声を上げるガルガンはただ激しい怒りを込めて歯を食いしばる。紡ぐにも言の葉が崩れて血に流れ、立ち上がるには支えが無い。感情の無い足音が耳の傍、胸倉を掴み上げられたガルガンが宙に浮く。藻掻くにも首元を締めるオービンロードの手を掴み離す指は無い。
太い鎖爪が胸を貫いた。景色を見つめるには少し、大きすぎる穴がガルガンの胸に風を通す。心臓が潰れ弾けた音は誰にも聞こえなかった。手を離したオービンロードは変わらずに虚ろな眼。
ここだ。最後のこの時を待っていた。
「がァアアあああああああッッッッ!!!」
残った足で地面を踏む。拳は無い。しかし叫ぶ口が、牙が、頭がある。一撃入れるにはそれで十分だ。
咄嗟に振るわれた鎖を頭で弾き、頭蓋が我て脳が飛び散るが構わない。狙うはその首元、鎖の鎧が唯一隙間を見せるそこだ。もう既に自分が何をしているのか、生きているのかも分からない。意識も無い、それが好都合痛みも疲労も死も感じない。
白目に牙を剥き出したガルガンはあと僅か数センチ、首元を噛み千切ろうと跳び上がった。
「ガルガン。」
王の声だ。何十年と追い、探し、求め、焦がれていた。オービンロード陛下の声だ。何百何千、何万とあなたのその声が聞きたかった。
目に光りが戻ったガルガンが見上げた、若き日のまま残るオービンロードの顔。王の顔、見上げるなどと無礼極まる。膝を着き首を垂れたガルガンが忠誠の口づけを手に。
ああお許しください、あなたのために振るう拳を落としてしまいました。ですが盾になれます、あなたを守る為この身体砕けようと降りかかる火の粉からあなたをお守りしましょう。
「陛下…」
望みが叶った全身が生を放出する。本能が抑え込んでいた身体中の血が、肉が骨が解けて崩れて壊れていく。それでも幸せだった、あなたに名前を呼んでもらえたことが何よりの喜びだと。命が流れ落ちた。
戦争が終わった。鎮めるような雨が降り始める。静かに、涙が零れるように。
「終わった…」
丘の上、帝国本陣で誰かともなく呟いた。徐々に広がる喝采に戦勝の実感が広がっていく。口々に勝利を叫ぶ兵士たち、歓喜は当然あれほどの数差を退けたのだ。加えて南方諸国連合軍最高司令官にして最強の戦士、【撃滅】ガルガンを打倒したのだ。
雄叫びを上げ戦勝を祝う者、仲間の死を嘆きながら涙を流す者、唄い踊り肩を組んではしゃぐ者。劣勢を極めた帝国軍、被害は少なくないとは言え常勝の名にまた一つ真実が灯った。
「皆、大儀であった!」
鶴の一声が鳴り響いた。一斉に静まった兵たちが玉座を立った王に跪く。仰ぐ王は美しく微笑んで全てを見下ろしていた。正にこれが、この方こそこそが人の上に立つ存在なのだと。
「さて。戦争は終わりだ。」
皇帝ゼアリス・グリード・ガヴェインこそがこの世界の覇者となる魔王なのだ。
彼女の顔が酷く歪んだ。
「殲滅を始めよう。」
息が詰まるほどの覇気。ヒュゥッと乾いた喉声、だれもその支配的な威圧に顔を上げることが出来ない。戦争は終わったと言うのに、言うのにまだ。
「ユスゴア、ビンと共に。オルタリア、後方からの援護を。アクティナはガントレックと我の玩具を回収し戻れ。」
しばしの静寂、流石の【七刑】ですら発する言葉を飲みこむ時間が必要だった。最初に返答したのはユスゴア、小さく分かったと残して姿を消す。ぐっと歯を軋ませて覚悟を決めたオルタリアが後に続いて、アクティナも自隊を連れて後にした。
「…」
「言いたげな顔だなベルトレット。我はこのまま南に歩を進めようと思うが、お主。」
何を思うと見た彼の目は地面に伏せてあった。崖上から戦場だったグルブ平野に向けて両手を組んで祈りを捧げる。
「何に祈った。」
「神へ。どうかこぼれた命が両手で優しく掬ってもらえるようにと。そして貴女が死んだ時、地獄よりも深く闇の中へ落ちていくようにと。」
けれども孤独にはさせない。その時はお供しようと。
澄んだ眼がゼアリスを見詰めた。王に対して吐く言葉では無い、しかし不敬だと怒鳴るほどつまらない王はここに居ない。
「くっはははぁっ!神か…くだらん。祈るなら我に祈れ、いずれ堕ちる神なんぞに捧げる信仰など滑稽だ。」
「はは…似て来てしまった。貴女の言葉に違いないと返すのがこんなにも気持ちが良いなんて。全く不快で愚かですよ、私は。」
もうこの先は人でいられない。人間を止めなければこの化け物の背中など見詰め追うことは出来ないだろう。だから今日、今この瞬間に私は人を捨てるのだ。
拝啓 人間であった私。さようなら。
そして、はじめまして。怪物になった私。
しとしと、雨が降る。魔王の傍で男が一人、その横顔に魅入られた。
「掃除が終わったら準備を始めろ。一月後、我は南へ進軍する。」
「数が足りな…ああ、そうか。」
「ふっ、使える者は死体でも使え。なぁに教育はガントレックに任せれば良いさ。」
ベルトレットも分かって来たようだ。彼女が何を望むのか、丁度兵士はたくさんいるのだから。
ベルトレットは早馬を飛ばさせた。早くしなければユスゴアが殺し過ぎてしまう。どんなに泣き虫な弱兵、反抗的な愚兵であろうと笛の音を聞けば従順な狂徒だ。
「ああそれと【七刑】も新たに席を埋めないとですね。」
帝国の最高戦力、そして特攻隊長がいつまでも空席なのはいただけない。しかしそれほどに突出した兵がいるかと頭を巡らせるが中々良い粒も。悩むベルトレットの考えを制したゼアリスはこれまた何かを企むような邪悪な笑みを浮かべた。
「二人、か。くくくっ、丁度良いのがいる。あ奴らを連れて来るか…うむ、どうしたものか。」
「何か心配が?」
全てを意のままに操るゼアリスにしては珍しい。彼女に従えるというのなら喜んで服従するだろう兵士がほとんどだ。それほどまでにその、あ奴らというのが異色なのだろうか。
「いやあなに、少し特別でな。従えるには暴が過ぎる…が、面白い奴らだ。」
楽しそうな笑い声が丘の上に鳴り響く。雨の降り注ぐ平野では、今まさに蹂躙が始まった。
「…愚かだな。」
「だが面白い、そうだろう?」
離れた崖の上、道化師の仮面を着けた黒ずくめの集団。そして新たに加わった三人の姿。痩せぎすな男の呟きに答えたのは藍の大鎌と死闘を繰り広げた道化師の長。
「遊ぶのも程々にしなよー【クラウン】、こっちは獣大陸で新たに発見があったんだから。」
崖に腰掛け足を投げ出した童顔の男、体格と声に似合わない話し方に少年の顔。
「へえ、それも面白そうだ。っと、それより良いねえ【フェイス】!その顔、新しくしたんだ?」
「でしょう!?詳しくは後で話すけどあの女に破られちゃってさぁー、気に入ってるんだけど二人には不評なの。」
あの女と言って指したのは遠く丘の玉座に座る皇帝。少年の顔で不満をたれる男は、後から飛んできた二人の仲間に舌を出す。
「…その不協和が気持ちが悪いのだ、喋らないでくれ。」
「無駄話はそこまで【チェイサー】。ほらさっさと飛ぶんでしょう。」
ただ一人の女が取り出した小さな玉。依然使った時よりも赤が溜まり、もう既に満杯近い。おそらく後一回飛べば終わりだろう。
「また創らないとだねえ。よし、行こうか。君達は…もういいや。」
【クラウン】と呼ばれた道化師が指を鳴らす。すると黒ずくめの道化師集団が一斉に苦しみ出して、ついにはボシュッと綺麗な音を立てて首から上を吹き飛ばした。
「掃除よろしくね。」
「…仕事を増やすな。」
溜息を吐いた【チェイサー】を独り残して三人の姿が飛び消えた。彼にはこちらの大陸でやることがある。崖下の戦場だった平野では命の略奪が行われていた。
南方の必死の抵抗が続く。しかし帝国軍の先陣に立った二人の男が強すぎる。
「…あのビンというのもそうだが、もう一人小さいのも腕が立つな。それに速い。ビンとやらは…あれはまともな人間では無いな。ちっ…化物だ。」
鎖と剣の猛撃が退こうと逃げ腰の南方軍を追い続ける。【虚兵】オービンロードは隙間なく降り注ぐ矢の雨を手に持った盾で弾き防いでいる。しかしその盾は両手が捥ぎ取られ身体に風穴があいているからか防ぎきれなかった矢が身体に振る。まあどのみち、黒鎖の鎧には歯が立たない。
「…全く愚かな人間どもだ。」
戦争など勝手にやっていれば良い。あの人が何を考えているのかは分からないが目的と理念は揺るがない。全ては崇高な闇のため、混沌の時代はすぐそこだ。
「…【カオス】に栄光を。」
そう言い残した男は消えた。言葉も風に消えてそこには何も残らない。死体も、臭いも、微塵すら。
最後まで見て頂きありがとうございます。投稿していない間も見て下さる方々がいて、私はほんとうに幸せです。これからも頑張ります、そして投稿頻度もなんとかあげていくので応援よろしくお願いします!!!!ありがとうございます。




