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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第八十話 平和

第八十話です。いやあ早いことでもう八十です!!ここまで続けてこれたのも見て下さる方々がいたおかげですよ本当に…ありがとうございます。

本当は九時に投稿したかったのですが、十時に。最後までどうぞお願いします!

 遠鳴りが天高くに響き渡り戦場へと静けさを運んだ。誰もが音のする方へと目を奪われて、騒がしく湧いた地上を黙らせた不思議な音。

 トォォォォォォオオオンッッ

 心を落ち着かせるような柔らかい音色が空から近づいてくる。


 放物線を描いてまるで星が降るように天から落ちるのは一筋の白い槍、のような鋭い飛来物。近づくにつれて武骨な姿が明確さを増していく、風の膜を突き破りながら進むそれはある一点を目掛けて落ちていった。


 パシュンッ

 白の飛来物はガルガンの胴体を貫かんと鋭角に飛び込んだ。勢いそのままに彼は受け止めるととてつもない衝撃にその大柄な体が浮かび上がる。


 「ぐ、おおッ!」

 片腕が持っていかれると感じるほどの引張力。力に身を任せて後退したガルガンは、手に掴んだ槍を地面に突き立て勢いを殺した。


深い溝を残して引きずられること数十メートル、いつの間にか辺りを円状に取り囲んだ黒い体を背に付けて止まったガルガン。痺れる手の中でまだ撓り震えている白い槍はよく見ればその形状、太く長い矢のような形をしていた。


 「骨、か?なんだこれは…」

 戦場だというのに思わず唖然と呆けてしまうその手触りは、軽く硬い誰かの骨だ。それを飛ばしてきたのかと見るは遠く敵陣、玉座に座り笑っているだろうあの女。

 骨を矢に、なるほど正にあの邪悪な王が考えそうな卑劣で外道なことだ。人を駒のように使って戦争をしたならば今度は人間そのものを武器に。


 「こんなもので……」

 低く力を溜めて溜めて、屈強な身体を斜に小さく丸め込むガルガン。一歩大きく踏み込み開放する溜まりに溜まった力を腕に、骨矢を再度天に戻す。勿論狙いは空中の美怪。


 「わが命屠れると、思うてかぁアアッッ!!!」

 地面が鼓動したかと思わせる振動はガルガンの踏み込みによるものだった。音を置き去りに飛んでいく鋭い骨がアルマの頭を突き破らんと風波を越えた。しかし、無残空中で弾けた骨矢の破片が白毒に混じって地面に降り注ぐ。


 「どこまで…っ!」

 なんと丈夫なのか腹も胸も外傷の無い少女が地の砂埃を噛む。目だった傷は片腕の無い鎌だろうか、他はただの土汚れ。痛みを感じている様子は無く、ただ無感情で切断された傷口を細い舌で舐めとった。


 彼女の後ろに目をやれば帝国兵の数は大分減ったように思える。敵の数が一つでも少なくなるのは喜ばしいことなのに、それが洗脳・支配による仲間割れとなれば話は別だ。とにもかくにも第一に仕留めるべきは目の前の蟷螂少女、しかしもしかしたらこの怪は蠢く大百足よりも頑丈なのではなかろうか。


 「意気込むのは止めておきな。もう、諦めなよあんさん。」

 歯ぎしりしたガルガンはしばらく聞いていなかった自分以外の声にハッと視線を奪われる。見れば呆然と立ち竦み地面を見詰める男が独り、両の手から他の血を滴らせていた。


 「頭が痛えや…俺は何をしてたんだ。って、はっ。ちくしょう……」

 目を伏せ嘲り笑った彼は血に染まった両手で頭を掻く。消え入るような言葉と共にこぼしたのは目からの嘆き、何をしていたかなんて頭の深く掻き出せない場所にこびり付いている。


 仲間を殺したんだ。この両手で。

 「情けないねえまったく。すまんね我が王、ちょっとだけ、ほんのちょこっとだけ止まらせてくれ。」

 笑いながら彼は泣く。渇きに潤った喉から咳混じりに吐き出す笑い声と、嗚咽。


 精神支配を得意とする彼が対策をしていないわけが無かった。自分の得意分野で劣ってはいけないと精神支配に対する万全さでは世界一、そう自負があったはずだというのに。歯に仕込んだ自作の解毒剤には噛み砕けば即効性のある薬が詰めてあり、それは今回もまた効果のあるものだった。


 しかし少しだけ遅かった。他人に比べれば十分早いが支配されること数分、その間自分が出来たのは無駄に足掻きながら同胞の身体を破壊すること。

 「わりいね旦那。ははっ驚いたかい?帝国軍(俺たち)にだってあるんだぜちゃんと、心がよ。」

 「…ああ。」

 知っている。この男が来るなり行ったのは魂を鎮める見事な笛だった、それを忘れたわけでは無い。


 「だが同情で止まることが出来るなど、」

 「止まれって言ってるわけじゃあねえよ。止まるしかねえのさ。」

 見ろよと示したのは蟷螂少女の方、複眼をギョロリと動かした彼女は先ほどまで元気に向かって来たというのにいアマはどうだ、夢中で腕の傷に舌を這わせて立ち尽くしている。


 そう言えば空からの粉雪も止んでいる。振り返って見た黒い巨体も鋭い足の蠢きをしなくなり、不気味な泣き声も。思えばここは静寂に包まれている、いつからかそうあの撃砲の音が鳴り響いた時から。


 血まみれの手でゆっくりと拾い上げた笛を口に、目を瞑った男は息を吹き込んだ。

 幽玄な様が心を奪う。音色は寂しく儚げで、まるで全てが水面に映った波紋だったと幻覚させる哀しさを孕んでいた。


 「静かだろう旦那。終わったのさ戦争は、あの音を聞いただろう。」

 脊椎弓に酔って奏でられた砲音は終幕の合図であった。

 「終わった、だと?」

 「ああそんで始まったのさ、後処理が。いや後片付けの方が適切か?」

 同時に始まりの合図であった。弓の鳴き声が告げたのは戦争の終わりと別の何か、もっとおぞましいものの始まりである。


 「言葉なぞどうでもいい!俺はここで止まるわけには…のうのう帰れと、背を向け生き延びろと、何処まで…どこまでもあの邪悪がっっ!!」

 そこをどけとガントレックの横を通り過ぎるがしかし立ちはだかる蟷螂少女、攻撃をしてこないというのに先に行かせないようにと威嚇してくる。


 カタカタカタカタ

 と今度は鳴りを潜めていた大百足が緩慢に巨体を動かした。僅か数秒で大きな、通り抜ける事を許さない円を描いた百足。

 「お前らにも聞こえたか。」

 怪物と変わった三人の少女でさえ感じた足音、それは終わりを運ぶ。

 

 ここは丘の上、玉座に頬杖を突いた彼女は長い足を組んで笑う。王の羽織をたなびかせ、奥底の淀みを噛み砕くような笑い声はとても楽しそうに弾んでいた。


 「早かったなあオルタリア。」

 「…誰のおかげか。」

 左そして後方魔法隊を取り仕切る青の【七刑】オルタリアが息を切らしながら玉座の後ろに跪く。束ねた青髪が全力で走ったせいか乱れさせた彼女、帰って来たということは左も勝利に終わったのだろう。


 「仕方無いでしょう、魔法戦しなからなんて一人じゃあとても…」

 「くくくっ。だからお前に任せているのだ。ユスゴアもご苦労、ガントレックは…ふっ、特等席か。」

 労いに頭を下げたオルタリアを玉座の傍に立たせる。ゼアリスを囲む【七刑】は二人を加えて六になった。死の供え、そして一人は遠いが問題ない。王が座を立った。風に靡く背中に奪われる。


 「さて諸君、此度の戦楽しませてもらった。愉快な宴、娯楽にしては快楽が過ぎる。」

 振り返った彼女の微笑みは美しく、その尊顔を拝めるだけで幸せだと思わせる魔力があった。【七刑】を含めた陣全ての兵士が膝を汚して首を垂れる。


 「良き宴であった…だが、くっくく…足りぬなあ。」

 彼女の指しだした手にベルトレットが杖を握らせる。それもモンテテイローに新調させた至高の一品、人体錬成器官武器・覇天。


 突き出した杖で指したのは戦場、雑多撤退を図る愚かな者達。

 「ビン……殲滅だ。」

 ただ一言、その宣言が終わった戦争の心臓を叩きつける。鼓動が始まった、残る残党いや塵芥の掃除が。背中越しに呼んだのはただ一人仁王立ちする大柄で、鉄面を顔に目を隠す。


 【七刑】が一人、王の刃。黒の鎖が動き出す。ゼアリスの傍に歩み寄ったビンが戦場の風を背中に崖を飛び降りた。


 戦いの熱が休息に引いて戦場にはとても冷たい空気が漂っている。震え出すほどの熱を纏ったビンがその大きな足で地面を踏み鳴らし、とてつもない速さで跳び走った。


 その足音が聞こえてくるのに時間は要らなかった。離れた戦場へ近づくビンは風のよう。

 閉じた円が自ら道を開けていった。黒い巨体が収縮し、無数にあった鋭い足も数を減らしていく。宙に舞っていた彼女も空気を揺らしながら優美に舞い降りる。見ればもう、そこに怪物は居なかった。


 全てが身を引いて気が付けば戦場に向かい合う二人は、【撃滅】と【黒鎖】。屈強なガルガンより一回りかそれ以上の上背、鎖が締める筋肉が張り裂けそうに隆起している。


 「…何ものだ。」

 「…。」

 答えは無い。だからといって優しく待つほどの余裕は残されていなかった。胸に一撃確実に心の臓を抉り潰す拳、大きな衝突音しかし防がれた。それも受け止めたのは胸板、ありえないと驚愕したガルガンは二撃目をすかさず叩き込む。しかしこれも無抵抗な腹部に反応は無し。


 そんな馬鹿なことが。【撃滅】と呼ばれることに驕りは無かったがそれに見合うだけの力を持っていたはず。それがどうだ、無防備な正面に二度も打ち込んだというのに相手はまるで何も無かったかのように立っている。もとより頼るつもりは無いが疲労や老いで言い訳できる範疇は遥かに超えている。


 「何者だぁアアッ!!」

 全身全霊、全力必殺の拳で頭を吹き飛ばす。頭など簡単にまるで赤い花火を弾かせてしまう一撃、だというのになんだこれは。手に伝わった冷たさは鉄面の温度、失ってしまったかの様に何も感じないその鉄面には大きな単眼が描かれていた。


 不敵な笑みを浮かべて見下したゼアリスは玉座に腰を着けて嘲った。

 「何者か、お前が一番知っているだろう。なあ、ガルガン・ザベルソード。」

 

 「…」

 何も言わない鉄面の戦士は幽鬼の如き立ち姿、その描かれた単眼で見るのは虚ろ。目の前で吠えたガルガンなどまるで相手ではないと言うようにゆらりと立っている。


 破城の拳

 浅く握り込んだ拳で打ち込んだ腹部、わざと浅くそして軽めの初撃に続けた震えの追撃は小さな城など瓦礫にしてしまう。しかしこれも手ごたえが無い。あるい皮膚に強靭な筋肉、加えて巻き付いた鎖が衝撃を殺してしまう。


 猛落の裏

 踏み込んだ片足を軸に回転を加えた裏拳。分厚い胸部へぶつかりけたたましい音を奏でた拳がまたも靄に死ぬ。大技を幾度と打ち込もうと何かが攻撃を受け止めて衝撃が全て殺される。


 これではただの憐れな踊り子だ。無力に舞って、まるで馬鹿な道化だ。

 動かないというのなら好都合、存分に九r輪せてやろうじゃあないか。

 「悪く思うな…っ。」

 敵前では考えられない、腰を落として目を瞑る構え。肘を折り曲げ覇気を練ったガルガンは十分に機会を待つ。


 するとビンがようやく動きを見せた。緩慢な動作でガルガンの顔を覗き込む。当然彼はッそれを知っていてなお集中を乱さない。この一撃を確実に決めるため、周りの空気さえも拳に纏わせる。


 時は来た。力を入れた地面に罅が奔る。耐え切れなくなった空気がバリバリと悲鳴を上げて裂けていく。一瞬赤い閃光が弾けた、瞬間爆発する。


 赦滅(しゃめつ)の拳 (つい)の撃

 それは全ての罪を無に帰す、赦し終わらせる最後の拳。捻りに赤い光を流しビンの頭ごと抉り貫いた。


 ピシッ

 罅が入った。


 「ほう、()()を破るとは。」

 楽しそうな笑いが風に運ばれ空に消えていく。


 鉄面が割れた、それだけ。傷一つ汚れ欠片も無いその顔が露わになっていく。全てを込めた最後の一撃で命を奪うことが出来なかったことなど、ガルガンの頭からは既に消えていた。そんな事を軽く吹き飛ばしてしまう光景に視界が奪われる。

 割れた鉄面が二つになって地面に落ち、カランと虚しく鳴いた。


 「我が、君……」

 それはとても、懐かしい匂いだった。

最後まで見て頂きありがとうございます。これからも頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。第四章は長い長い章となりますのでお付き合いいただけると幸せです。

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