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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第七十九話 怪砲

第七十九話です。少し長めですが最後まで見て頂けると嬉しいです。

最近寒くなってきましたので皆様温かいお家で私の小説を見て下さい。お願いしますね!!

 白い鱗粉が降り注ぐ。最早戦いの形を崩したグルブ平野の争いは散り散りに逃げる兵士の悲鳴に満ちていた。左右に見える粉塵はまだ戦いを続ける仲間たちのもの、なんとしてでも走り抜け助けを求めようと武器を投げ捨て走る。


 しかし皆知らずの内に猛毒を浴び過ぎていた。逃げる先に走る仲間が突然足を止めて襲い掛かる様は、一言に重く絶望の他に無い。


 この白い鱗粉、浴びた者を錯乱させ本来であればしないであろう行動を起こさせるという極めてたちの悪いもの。しかし効果はほんの一時的であり、数十分ほど安静にさせておけば然程の大きな問題は無いのである。しかしそれは毒を浴びた者が独り、他に十分な備えがあればの話だ。不可能に近い条件で舞い散る鱗粉、そして動いてはならないという強い感情に作用した毒を抑えられるはずが無かった。


 「退けぇえ!!」

 拳の風圧で毒を吹き飛ばしながら叫んだ【撃滅】ガルガンは僅かに残った自隊の兵士たちを援軍が待つ場所へと避退させる。彼にはある考えがあったが、しかしそれにはまず皆を避難させる必要がある。

 鱗粉は風に流れているが範囲は限られている。視線を地面に戻した先、帝国の兵士らが蟷螂の怪物に貪られるのを苦し気な表情で見送ったガルガン。敵げあれあまりにもむごすぎる光景に怒りと憎しみが増長する。それはある一人の悪魔に対して。

 

 「ゼアリスゥッッッッ!!!!」

 辛うじて生き残った兵士らが避難を終えたと同時、ガルガンがけたたましく吠えた。怒りを込めた踏みつけが地面を大きく揺らし、近くに転がった武器鎧が宙に跳ねる。

 浮いた武器を両手に掴み、全身全霊を込めて投擲する。狙うは当然宙に舞う蝶の怪物、優雅に羽を揺らす悪夢の元凶へと剣と槍が風を切って飛んでいった。


 蟷螂とも大百足とも違い蝶の彼女は直接の戦闘能力は無いだろうというのがガルガンの狙い。そしてそれはとても良い読みであり、アルマにできるのは鱗粉を振り散らして遠隔害となることだけだった。もし彼女が一体だけであったのならガルガンの放った二振りの鉄矢は身体を貫いていただろう、しかし悲しきかな死の形は別に二つ。


 風の張り裂ける音が聞こえ、ガルガンの視界に線が横切った。投擲した鉄が甲高い音を上げて両手の鎌に弾れ、彼の後方に返されて飛んでいった二つの凶器、後ろへ目線を向けた時にはもう遅い。

 低い唸り声、最後方で足を引き摺り逃げる二人の兵士が地面に伏せた。彼等の身体には大きな風穴と赤飛沫の歪んだ鉄塊が突き刺さる。


 「な…っ!」

 蝶よりも速く反応したのは蟷螂の怪物、ユニだった。彼女は帝国兵士を追いかけて全く別方向に居たはず、完全に後ろを向いて狩りに夢中だったというのに。

 グチャ…ミチミチッ…ブチッブチッ

 それをたった一歩の跳躍でアルマの目の前に現れ、ガルガンの投擲を正確に弾き二人の命を奪ったのだ。何事も無かったかのように着地したユニは、複眼にガルガンの姿を映す。


 ミチミチミチッッ

 口に咥えた肉片を鎌で抑えて食い千切る。あれは、足だろうか。伸ばされた筋肉から血が滴り落ちる。ガルガンを目の前にしてなお食事に没頭するユニは、鎌を器用に使って肉を食む。


 「…自我はあるか怪少女。」

 「キシャァァ…?」

 無残に裂き千切られた足を咥えながら首を傾げたユニ。ガルガンの言葉を理解してないのか、口を動かすのを止めない。


 「そうか。それが聞ければ十分だっ」

 問いの答えは無かったがそれで良い。ガルガンが知りたかったのは彼女が人間の欠片を残しているのかどうか、しかしそれも杞憂。かえって楽に戦える、遠慮は必要ない。


 地面の足跡は消えることが無いだろう、足音を置き去りに切迫したガルガンは複眼でも負えない程の速さで既にユニの胸元へ。自分の拳を壊してしまう程に握り込んだ拳は、破壊的な覇気を貯め込んだ強力な一撃を繰り出した。


 雷が大木を薙ぎ倒したような音が響いた。無防備に開かれた腹部への強烈な打撃が少女の細い身体を吹き飛ばす。

 【撃滅の雷拳】。稲妻が如き速さと破壊力を兼ねた一撃は竜の鱗を粉砕するほどの威力。今ので本来彼が出せる力の六割ほどだと言うのだから恐ろしい。


 「柔肉弾けんとは…老いには勝てんな。」

 出せる本気が衰えているとは言え少女の腹を抉り散らすことなど造作もないはず。それが示すはやはり人間の創りでは無いということか。


 軽々と跳ねたユニは戦場に横たわり蠢く黒光りの巨躯へぶつかると動きを止めた。ガルガンとしては手ごたえのあまりない一撃であったが、砂煙に隠れた彼女の身体は見えない。まずは一体と素直に思えないのが気にかかるが一先ず、宙に漂うあの蝶をどうにかしない事にはこの悪夢は終わらない。


 依然降り注ぐ鱗粉を拳で吹き飛ばしたガルガンはもう一度転がる武器を手に取り、片足で地面を思い切り踏みつけ剣を投げようとしたその時。


 ポタッ

 と肩を濡らした水滴にゾッと寒気が襲った。鱗粉が触れたからでは無い、そして雨の冷たさでもないその一滴に全身が冷たく言い様の無いおぞましさに震えた。

 「オ。トトトト。ガララル…。」

 言葉では無い低い音の破片が頭の真横で呻いた。


 ドンッッ

 脊髄が悲鳴を上げるほどの反射を見せた。気が付けば戦場の中心に立っていたガルガンは冷や汗を拭うことすら出来い。先ほどまで居た場所にまた一滴、酸性の涎が地面を溶かす。恐る恐る触れた肩は鎧の一部が溶けて肌が露出していた。


 「いつからそこに居やがった…っ。」

 魔鉄を鍛えた鎧を溶かすほどの酸に背筋が寒くなる。気配が全くなかった、あの巨体であの距離に居たというのに。そこまで落ちぶれたはずは無いと気を引き締め直したガルガンは、ジュクジュクと痛む肩の火傷を指で抉る。


 「か。カカかかか。ルルル。」

 端正な顔は粘土で固めたように動かない。ただ開いた口から洩れる不気味な低い声と、酸性の唾液が気色の悪さを増幅させる。


 とても、それはとてもゆっくり動く巨大な人百足がうねうねとガルガンに向かって蠢き出した。改めて彼の驚愕を上塗りする緩慢な動き、エネテロと名打った彼女の姿で残るのは最早顔だけ。

 蝶が戦場を狂わせる柱だというのを理解しているのか、どうやら簡単に迫らせてはくれないようだ。拳を握り締めたガルガンは先手必勝と巨体の下に潜り込む。


 ガァアアンンッッ

 体に触れたとは思えない程の硬い音が響いて打撃の衝撃が消えてしまった。黒く長い百足の関節に鋭い一撃を突き込んだというのに、痛みが伝わった気配がない。


 小さな顔がゆっくりとガルガンに向けられた。真ん丸の目が二つ瞬きすらせずに彼を射貫く。

 カタカタカタカタ

 夥しいほどに生え盛った足が関節特有の小気味良い音を奏でだす。また一撃、続けて二撃と蟷螂の少女を弾き飛ばした拳で連撃を繰り出すがしかし歯が立たない。


 「このっ化物がァア!!」

 捻りを咥えた打撃というよりも矛のような突きが刺さる。寸分たがわず入れた強打によってようやく罅が入った黒光沢、ぼろぼろと百足の体が崩れ破片が降り注いだ。


 「軽い?」

 ガルガンの頭に振った破片は大きさこそ人間一人分、しかし片手で軽々持てるほどの重量しかない。砕いてやろうと力を入れるが彼の握力を持ってしても割ることすら出来ない。

 強度、重量だけをとってみてもこの世に存在する部室とは思えない奇妙な物体。それをこの巨躯全てに着ているのだから大きな穴一つ作っただけでは油断できない。


 キシキシと不快な音が耳を撫でた。それが聞こえなければおそらく腕は片方無かっただろう。全力を込めた右腕でさえ肉に食い込むほどの膂力、なおも切り込もうとする鎌は先ほど殴り飛ばした蟷螂少女のものだった。


 「ぐっっ!」

 キシキシッ ぐっぅぷふあぁぁ…っ

 気の抜けた風船が息を少し吐くような音がして開いたのは蟷螂の口、外見人の口だというのに複眼の真横程まで大きく開いた口は人のものじゃあ無い。


 赤く染まった口内で細い舌が歯を撫ぜる。円形にびっしりと並んだ小さな歯は一度獲物を掴めば決して離さない構造をしていた。

 ゾブゥッッ

 近距離から尋常じゃない初速で首が動いた。


 咄嗟に避けるも耳が熱を持って血を噴き出す。片耳を奪った彼女は大きな口を元に戻して一生懸命に咀嚼していた。

 「ぐっぅ…っはは美味いか怪少女!」

 鎌を掴んだまま胸に一撃叩き込む。ガルガンは耳の代わりに貰っておくぞと、引き千切った片鎌を見せつけるように噛み砕いた。

 

 「うっ。これは…いける、な。」

 彼の表情はそう見えない程不味さを我慢している。苦笑いしながら硬い甲殻を噛み砕き中身を貪るが、鎌の中身はもっと食えたもんじゃあ無い。舌触りも喉に触れる臭いも最悪、生という条件を抜きにしても筋肉は硬くぱさぱさ。


 悪い、と一度謝罪をしたガルガンは後ろへ隠すように吐き出すと何も無かったように口を吹いた。

 「さて、続けようか。」

 ウゾウゾと足を動かし立ち上がった蟷螂少女ユニは自分の手が片方ないのを複眼に映す。しかし別段なにも感じていないのか視線をガルガンに戻すと大きな口の中を見せた。


 中は綺麗さっぱり歯に血がついている程度だろうか。美味かったよ、とでもいうかのようにガルガンの耳を完食したユニは口を戻すと不格好な笑みを見せた。


 それを見たガルガンはほっとした。彼女が浮かべた笑みが人間と大差ないものだとしたら彼の拳は鈍っていたかもしれない。しかしそれも要らぬ心配だったようだ。

 口の端から飛び出た舌がチロリと顔を舐める。笑みの真似を消したユニが金切声で叫んだ。



 「帝。」

 ゴトッと置かれたのは見覚えの無い首、恐怖に歪んだ死に顔は無様に歪んで地に染まっていた。

 「遅かったなユスゴア。…それは捨て置け、それか飼い犬の餌にでもするが良い。」

 「ペタは粗悪な物を食わない。」

 小高い丘崖際の玉座に座るゼアリスはやっと帰った兵の一人に目線を移した。ユスゴアと呼ばれたのは小柄な男。相手は皇帝だというのにぶっきらぼうな口調の彼は口もとを隠し小さな声で報告を告げた。

 

 「…右の南方軍は皆殺しにしておいた。じきに兵も戻るよ。」

 「お前に任せたのは正解だったなあ、アクティナは雑で適当だ。まあそれがあれの魅力でもあるが。」

 クツクツと噛むように笑ったゼアリスは本来の右の要である彼女を思う。()()はどうなっただろうか、驚いてもらえたか?


 「…帝、また悪い顔をしているな。」

 「ああ。これからが楽しみでしょうがない。」

 敗戦のことなど欠片も考えていない彼女は見た者を底冷えさせるような眼で戦場を見下ろす。見つめるのは彼女を待機させた右の端、もう交戦しただろうか。


 「ユスゴア、オルタリアの援護に行ってこい。ああ独りで良いぞ。お前が行けば過剰だ。」

 「まだ帰ってないのか。分かった。」

 後方に待機する下級兵が震えながら二人の会話を見ていた。王相手に敬語を使わない者など帝国軍全てを探しても彼ぐらいだろう。


 ユスゴアは手見上げに持ってきた南方軍右辺の要である敵大隊長の首を崖から蹴り落とすと、まるで霧が揺れるかのように姿を消した。


 「さて【撃滅】、我の可愛い(少女)たちをそれ以上いじめるのは止めてもらおうか。」

 ユスゴアが消えてすぐ玉座を立ったゼアリスが王の装束を揺らす。帝国の旗を揺らした風が妖しさを戦場に運んできた。風が変わった、これから始まるのは皇帝が愉しむだけの児戯(おあそび)


 彼彼女の合図にビンが担いできたのは例の棺桶。黒塗りに金の装飾がなされたそれは重厚な雰囲気を醸し出す。地面に下ろされた棺桶を跳ね開いた彼女は中に横たわる身体へ手を這わせた。


 「さあベルべ。がっかりさせてくれるなよ?」

 邪悪な笑みを浮かべながら掴んだ首を勢いよく引き抜く。ゾリュリュリュッと頭と首が身体から出て来た真白く脊柱は長く良く撓る。


 「ほお長弓か。」

 ベルべが脊柱を弓幹に拵えたのは大きな弓だった。人体錬成器官武器を示すような彼の一品に思わず目が輝く。弓腹に張られた弦もおそらく身体の一部だろうかなりの力でないと引けない弾力を持っている。


 しかしあの鍛冶屋も良い趣味をしている。この大きさからして地面に設置しながら引くのだろう端についた頭は滑り止めの役目を担っている。何のために使うのかと思えば、飾りのようにつけられた口の歯は地面を噛んで動かないようになっている。


 「はは、くははははあ!!良いぞベルべ、最高だ…」

 巨大な弓を崖際に設置したゼアリスは棺桶に横たわる錬成遺体の胸を開ける。肋骨が削り整えられ、真っ直ぐに矯正されたそれらは矢の形を模している。よくもまああの曲がった骨を、と骨矢を手に取ったゼアリスは噛み殺せない笑いを全面に弓柄を握り込んだ。


 「ベルトレット、老兵との距離は…聞くまでも無いな。」

 観測者は要らない。戦場には一際目につく巨大な大虫がいる。円を描くように蠢くあの巨体の真ん中にいるだろう、この一矢は幕開けの砲だ。


 怖いほどに手に馴染む。世界一の名工とは言って過言では無いと思う程、使用者に合わせて創られた弓に骨矢を添えた。

 ギリギリと目一杯に引き絞る。全身が軋むほどの力でやっと撓らせた脊柱弓はコツコツと音を立てながら撓り、爆発的な力を貯める。 


 「穿て絶弓(ぜっきゅう)。」

 ゴッッッキュウゥゥゥゥゥンンンンッッ

 手を離した直後風を纏って放たれた骨矢。静寂の丘に絶弓の音が遠鳴りのように響いて天を貫くように奔った。

いつも最後まで見て頂きありがとうございます。毎日投稿頑張ってみたいとは思いますが…お待ちくださる方々のためにも頑張ります。これからもどうか私の小説を愛して下さい。それだけで私は幸せです。

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