第七十八話 散花
第七十八話です。遅れましてすみません…時間もでたらめですが書き上がったので是非見て頂けると嬉しいです。話は宴から戦争に戻ります。
聞こえるかこの鼓動が、感じるかこの絶叫を。
「見えるかこの熱の奔流が。」
両脇に携えた首が二つ、虚ろな目元は暗闇に染まって王の行く末を見守っていた。欠けた刃に炎の刻印は赤の二槍の誉を表す。二つの刃が交差して玉座にしな垂れるは、まるで愛する者への敬愛を示すようだ。
幕を取り払った空の下、帝国軍本陣は静寂に包まれていた。それもそのはず小高い丘の上で見下ろす大地には最早戦場とは呼べない光景が広がっていたのだから。
「嗚呼、絶景かな。」
亡骸の玉座で魔王が笑う。辺り一面転がる骸に鉄の墓標。ただそこに息をするのは、焦土地獄の禿だけ。
悲鳴すら聞こえなくなってしまった。震えながら息を殺し悪魔の蠢きを見守る兵士たちに、帝国と南方諸国などという境は消え去っていた。
戦場の中心に這う巨大な身体は太く長い黒の光沢を持つ。それは鋭く尖った針のような足を生やし、歪な骨格は人間から大きく異なる。あれは、百脚の
「ば、ばけものだぁ…っ。」
カタカタカタカタカタカタドスッドスドスッッ
まるで人形の手足を反対側に無理矢理折り曲げたような音。それは大百足は地面に這いつくばって鳴る足音だった。腹の中に溜まった胃液がこみ上げるその姿に目を奪われた何万という兵士。呼吸も忘れただ今は剣も盾も鎧も投げ捨てて逃げ出したいと、笑う膝を叩いて呻く。
逃げ出したい、今すぐに全てを投げ出して誰よりも遠くへ走り出したい。自分達は今まで戦争をしていたはずだろう、それなのにこれはなんだ。あれは一体なんの冗談で、今いる此処は本当に戦場なのだろうか。
何十と対になる手足はよく見れば虫のように鋭いものもあれば、人間の手足が伸びたようなものもある。歪も歪だがしかし、それは当然彼女らはまだ殻を破ったばかり。そう、まだ始まったばかりなのだ。
百足は目が退化しているため、行動のほぼ全てを頭の触覚で探るという。しかし彼女は、いやこの大虫はどうだ。平たい頭部には元の少女が持っていた顔が埋め込まれている。まるで生気を感じない彼女は真白な瞳を見開いて、口からは透明な涎を滴らせている。地面に落ちてジュッと音を立てた唾液は悪臭を放つ酸性の猛毒だった。
「止まれェええッッ!!」
太く大きな声が静寂に響いた。逃げようとする兵士たちの動きを遮ったのは戦場の中心でただ一人拳を構える男、かつて最強の拳士と呼ばれた【撃滅】ガルガンの叫び。
彼が連れた隊の兵士はもうあと僅かだけ、そしてその微かな命たちも天から降り注いだ鱗粉に酔わされて逃げることなど出来ない。そう、彼が叫んだのは他でもない敵である帝国軍の兵士らへであった。
「皆、動いてはならぬ…っ。」
強い意思を持ちそう言った彼は、また一人自分の仲間が鎌の一撃で両断されていくのを歯噛みしながら見送った。大きな複眼がギョロリと音が聞こえてくるかと思うように辺りを見渡す、獲物を目の前に立った捕食者はただ待っていた。
風に流された鱗粉は吸い込んだものを麻痺させる微毒で、それ自体に命を奪う力は無い。しかしその毒が麻痺させるのはただ身体というわけでは無く、作用するのは神経それも平衡感覚や脳の命令回路といった部分。
複眼を持ち両手に鎌を携えた人蟷螂が待つのは「動き」だった。目や口の微動では無く、手足特に大きな行動へ反応を示す。逃げ出すなどもっての外。
人間をあっさりと斬り刻んで見せた捕食者に空中で毒を散布する醜くもどこか美しい羽人、その後方には巨大な怪物とこの状況で逃げ出さない方がどうかしているのだ。行きたいから逃げる、それが死への近道だとは知らず。
ここで先ほどの毒の話だ。蝶がばら撒くのは殺傷性の無い微毒で、所詮は麻痺程度。それに動けば死ぬと分かったこの状況で麻痺してくれるならと、なんて希望的で都合が良いと。しかし身体に直接の麻痺を起こすわけでは無い微毒、当然手足を動かそうと思えば簡単に動くのだ。では何か、何故こんなにも死体が転がっている。
鼻口から入り込んだ鱗粉は脳へ到達し、神経を蝕み始める。毒が麻痺させるのは命令そのもの、麻痺して狂わされた命令は動いてはいけないという命令をひしゃげて動けと全身に伝えるのだ。
平衡感覚が狂わされてしまった兵士はどうだろう。自分が立っているのが地面なのか空のか、まるで落下するような感覚に陥った者もいる。
そうして出来上がった死への階段を兵士らは馬鹿素直に降りていくのだ。出来上がった血溜まりに自ら倒れ込む姿は、高台から身を投げる自殺者の様。
「動けば死ぬぞ!」
やっと理解したのか、指を震わせながら帝国兵が息を飲む。自分達は今、戦場の上に張り巡らされた大きな大きな蜘蛛の巣に立っているのだ。細い糸の上で身じろぎをすればその振動があの怪物に伝わってしまう。
「どう、すれば良い?」
もう敵味方、帝国南方言っていられない。ガントレックは横笛を静かにゆっくりと下げ、戦いの意思は無いことを見せた。
しかしどうすれば良いかなどかつての最強にも分からなかった。策は、この三体の怪物を殺すことだけ。それは最終で、唯一のもの。策は無いと言っているのに等しい。
再び静寂が訪れた。風に舞う土煙に涙が落ちる。目の前の怪物に動きは無く、空の蝶も既に鱗粉を振り落とさなくなっていた。動いているのは大百足だけだろうか、彼女は何かを探すように頭を緩慢に振る。
ああこのまま眠ってくれねえか。声に出さずとも皆同じ希望を抱いていた。
なぜ動かないと考えればこの化物は疲れているのだ、そうに違いないと無言で同意する。彼女らのは言わば脱皮、特に百足は顕著であれだけ大掛かりなのだからエネルギーも尽きているはず。
そうさ逃げ出す機会は必ず来ると、そんな考えは甘かった。
いやそんな考え、愚かで馬鹿な幻想だった。
カチャ
やめてくれ。小さく震える声。身につけた鎧が音を鳴らすのを必死で抑え付ける。
カチャカチャ
「とまれぇ…とまれぇ…っ」
「おいお前。どう、した…」
ガチャガチャガチャッ
「ア‶ア‶ア‶ぁだれがああ、だれがあどめてくれええ‶え‶ッッ!!」
静寂な水面が突然波紋を起こした。一人の帝国兵士が絞り出すようにか細い悲鳴で助けを求めたのだ。周りの兵士は何が起きているのか首だけでかの者を見る。息を荒げたその男は自分の手で片の腕を掴み震えている。見れば掴んだ腕は腰に差したサーベルに掛かり、それを止めようとしていたのだ。
身体が震え金属がぶつかり合う音が大きくなる。何かがおかしいと、死を目の前にした状況でふざける兵士が居るはずが無い。しかし異変に気付いた時にはもう遅い、波紋が自ら起こるなどあり得ない。雫はもう水面を揺らしていたのだ。後はもう広がるだけ。
「ああ、ああアアガアアッッ!!」
鬱血するほどに指が食い込んだ腕が刃を抜き去った。涙を鼻水を垂らしながら叫んだ男は最早正気じゃあない。
「よせ!!動く、な…がはぁっ…」
隣の兵士が膝を折った。上がる血飛沫が地面と近くの兵に降りかかる。助けてくえと叫びながら振るう剣が味方の命を薙いでいく。
波紋は広がった。別の場所でも次々と起き上がる悲鳴に、錯乱して手当たり次第に切りかかる兵士。その数は徐々に増え、もう収束は見込めない。当然それを見逃す捕食者は何処を探してもいないだろう、動きで獲物を見分ける怪物にとって先ほどまで死体の海が広がっていたところ、急に湧き出たような無数の餌。細い首がゆっくりと後ろへ返る、複眼に映る食べ物たち。
「逃げろ、逃げろぉオオ!!!」
ガントレックが叫んだ。動くななどと言ってはいられない。
全力の脱兎が自陣に向けて走り出した。帝国の誇りである旗を地面に、踏み均す数千超えの兵士たちは重い鎧を身に着けながら叫び逃げる。
キシキシキシキシキシ
ユニが歯を鳴らし鎌を研いだ。彼女の姿消えた次の瞬間、ボッッと何かが千切れ飛ぶ音。両手を限界に広げたユニの足元、降り注ぐ十余の首。
ユニという捕食者にとって兵士はただの餌、甲冑を鳴らしながら逃げる姿は食事の前の遊びに過ぎなかった。追いかけっこを楽しむ子供のように、飛び跳ねては頭を撥ね飛ばす。
「なぜ、だ。なぜこんな…はっ。」
ガントレックは立ち尽くし頭を抱えた。全てが狂ってしまったあの少女のせいで戦争という天国が終わり、現れた恐ろしい地獄。
落とした目線の先白い何かが地面に溶けていく。雪?こんな時期に?
目線を天に上げた魔法の光はいつの間にか止んで天には分厚い雲がかかっている。しかし雪は降っていない、じゃあこの白いものは何処から。
「ああ、陛下。貴女は何処まで……」
いつだったか、お前はには器が無いが魔王になれる力があると言われたのは。でも今分かった、自分には到底至れない。これが器だというのなら、俺は死んでも飲み干せない。
深々と粉雪が散るように。天に昇るような感覚だった、頬を伝う熱さに火傷してしまいそう。
白い雪は麻痺毒とは違う猛毒の鱗粉で、身体に溶ければそれは自我を奪う狂毒だった。
鱗粉はまるで天使の羽のように柔らかく、手に取ればふわっと消えていく。この世のものとは思えない美しい蝶が羽を揺らす。
「嗚呼、絶景かな。」
力なく垂らした両手から横笛が落ちた。
最後まで見て頂きありがとうございます。そしていつも見て下さる方々本当にありがとうございます。
最近自分の書いたものを見返してみたのですが、いやあやっぱり番外編が好きですね。
自画自賛ですがやっぱり好きです。見ていない方々はよろしければ!!
これからもどうぞよろしくお願い致します。




