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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第七十七話 美酒

第七十七話です。いや本当に、遅れまして……申し訳ないの気持ちがいっぱいです。私の気持ちは謝罪でいっぱいですが、お話は宴の夜。舞踊っています。

いつも見て下さる方々には感謝の気持ちでいっぱいです。本当に本当にありがとうございます。

 薄暗闇が漂った王宮の廊下にコツコツと足音が反響する。

 「ほら早くー終わっちゃうよ!」

 「おい、引っ張るな…」

 戦闘の疲れなど何処へやら彼女はまるで子供のように龍馬の手を引いていく。面倒くさそうについていく龍馬は溜息を吐きながらも力に任せて歩みを進めていた。

 後ろで彼の服を引っ張るアリアンナも無表情ながら少し楽しそうに微笑んで、夜の宴へと胸を高鳴らせる。


 「ねえうたげって何やるの?」

 目を輝かせた彼女が龍馬に詰め寄って問いただす。少し前から聞こえて止まない陽気な音楽が、宴が開かれる庭園が近いことを教えてくれる。アリアンナの純粋な問いに少し考えるが宴と言っても様々、国柄も出るそれを一概にこうだとは説明するのが難しい。


 「酒飲んだり、飯食ったり、踊ったり、か?」

 龍馬はありきたりに答え振り返ると、後ろを歩くヴェルデへと水を向けた。


 「特別変わった催しではありませんよ。リョウマの言う通り酒に飯、歌に舞と色々。」

 「って、それなら早くしないと食べ物も無くなっちゃうってことじゃんか!?もーすぐ行かなきゃ、アリアンナ行こ!!」

 驚愕、と手で口を覆ったアディラは龍馬に引っ付いていたアリアンナを強引に剥がして連れて行く。しかし彼女も早く行きたかったのだろう、龍馬に先行っているねと目で伝えると二人で走って行った。


 「結局だ、歓迎会は俺らのためじゃあ無かったんだろ?良いのかただ飯食って。あいつは多分容赦しないぞ。」

 あいつというのは小さな暗殺者。何処に入るのかと言うほどに大飯食らいの彼女のことだ、際限なくあるものは遠慮なく食べてしまうだろう。

 他の土地から入国する者を歓迎する宴だが、シドが言うにヴェルデの元へ届いたのは龍馬たちを待つ旨の招待状では無かったのだ。

 

 「それはだね…すまないっしかしだ私が全て悪いわけでは無いのだよ龍馬。」

 「悪いのはあの爺さん、ってことにしといてやるよ。ちっ、なんだ。どっちにしろ俺は来なくて良かったなあ?獣王サマも待っていたのは殺し屋セントグレン。」

 鼻で笑い飛ばしたのは自分のこと。強者をに飢えているからと、扉を開ければ目の前で戦闘ショー。ちょっと小突き合っただけで満足それで後は宴に参加してくれだと、ばかばかしい。

 一同が王の間を後にした後、獣王アクノマキアと老公シドが龍馬を危険視していたことなど当然本人は知らない。その為か、蚊帳の外にされたこと眼中になかったことに腹を立てる。


 「君まで戦っていたらあそこは瓦礫の山だ。」

 彼なりの慰めだろう、しかしお預けというのは辛いものだ。まるで目の前で交尾を見せられた獣のように、治まらない欲が発散できずにずっと膨張している。


 「ああ、くそっ。」

 まったく血が滾ってしょうがない。舌打ち共に鬱憤を地面に吐き飛ばす。熱を持った身体をどこかにぶつけてやりたいが、自慰的に剣を振るおうと余計欲が溜まっていくだけだ。


 いつからこんなにも好戦的になったのだろうか。感情の出所を思い出そうとしても思考が落ち着かずに冷静になれない。


 しかし良かったと思えた。あのまま獣王と交えたら、今の俺はアディラと違って優しいから。

 「それに君は優しいだろう。あのまま一戦起こったところで、手負いの獣と全力で戦えないと私は思うね。違うかい、リョウマ?」

 悟ったような優しい笑顔。自分が優しいから傷だらけ満身創痍の子猫と全力で、なんて出来ないだろうと彼は言う。 


 「…買いかぶりすぎだ。」

 しかし違う。そう、彼は俺を過大評価しすぎている。俺は優しいから、彼女の欲を限界超えて満たしてやりたい。


 血が騒ぎすぎて五月蠅い。まるで自分の身体では無い何かが乗り移ったかのように、フワフワと浮かんでいるようで地の底まで重く沈んでいくような感覚に囚われる。


 本能が口を動かした。熱い息を吐くのがまるで蒸気機関車のように止まらない。熱を持った全身が今にも腰の彼女を抜き放たんと震え出す。


 「殺してやろうと、思ってたのになあ。」

 静かに虚空へ溶けた囁きに、乾いて絶句した彼の息が消えていった。

 ハッと一瞬飛んでいた意識を戻し、冷静に大きく息を吐く。すっかり冷めた身体は正すように首元を締めた龍馬は、固まったままのヴェルデへ微笑んだ。


 「なんてな。」

 その言葉が冗談なのか本気なのか、龍馬の顔を見た彼の表情からは分からなかった。ただ冗談だと思いたいのは当然、生唾を飲んで目を反らしたのは龍馬の顔を見ていられなかったからだった。見た事も無い、笑みも無い。ただ、冷たい氷のような瞳の影を、ヴェルデは記憶から消し去った。


 「なんの話ですか?」

 立ち止まって会話していた二人に、後ろを歩いていた三人が追いついた。冷や汗を流し目を見開いたヴェルデが慌てて取り繕って何でも無いと手を振る。


 「私は、先に…」

 レティシア達へ軽く一礼を返すと、言葉も少なく足早に立ち去ったヴェルデ。彼は一度龍馬の顔を振り返り何とも言えない表情を浮かべると、すぐさま道角へと消えていった。


 疑問符を浮かべたレティシアたちは話しがあるのか、龍馬へと視線を戻すが上手く言葉が出てこない。

 しかし話があるのは龍馬も同じ、先に口を開いたのは龍馬の方だった。


 「ああそうだ、ベルフィーナ。少し良いか?」

 「あ、ああ構わないが…。」

 自分が呼ばれたことが驚きだったのか、気まずそうに桜へと目を運んだ彼女は龍馬に続いて二人と距離をとる。


 「サクラ様、よろしいのですか?おそらく今が、最後の機会です。」

 「…。」

 この宴が終わればまた龍馬たちとは別行動、最後のチャンスなのは桜も分かっている。彼女としても聞きたいことがあるがしかし、なんと聞けばと口ごもる。


 そうこうと戸惑っている間に、やけに早く終わった二人の話し合い。

 「何を?」

 「私に情報の伝達を、と。彼方は龍貴かガラーシュを寄越すそうです。」

 情報の橋渡し役を頼まれたというベルフィーナは、本当にそれだけのことだと言い切る。姿が見えない二人は今も情報集めに走っているのだろうか。


 「じゃあな。」

 別れは淡泊に、軽くを片手を挙げた龍馬は歩き出した。引き留めなければと二人に背中を押された桜が龍馬の名前を呼んだ。静かな廊下には十分、その小さな声が反響する。


 「龍馬っ……風邪、ひかないでね。」

 振り返ることなく、歩きながら手を振った龍馬の姿が見えなくなる。

 ただ案じることしか出来なかった桜は、寂しそうな笑顔で胸を締め付けた。

 

 

 陽気な音楽が一番の盛り上がりを魅せていた。太鼓の音に弦楽器の鳴き声が夜の風と調和して、涼しく楽し気な雰囲気を運ぶ。

 王宮・庭園の中は、王宮の者、貴族、王から招待された者たちと様々で賑やかに色づいていた。


 「あ、遅かったねリョウマ。」

 「リョウマ、美味しいよこれ。」

 食卓に座って出迎えた二人の少女に思わず溜息を吐いた龍馬は、アリアンナに差し出された骨付き肉に齧り付く。


 「ああ、おお。…っ美味いな。」

 「でひょ。」

 口いっぱいに食べ物を詰めたアディラは真白にソースの跡を残した食器を馬鹿みたいに重ねながら、まだ食うのかと両手に肉を持つ。


 「アリアンナはもういいのか。」

 「うん、なんか眠くなってきたから…」

 そう言って龍馬の腕にしな垂れた彼女の座る横には、葡萄色の水滴を少し残した大樽が二つ。なるほど大飯食らいにこっちは大酒飲みかと、呆れた龍馬はぶつぶつと魂が抜けたように笑うメイド達から目を反らす。


 「ああ、陛下の隠し樽があ……」

 「あは、あはは。私たち終わりだわ……」

 加えて耳も閉じる。宴が終わったら即退散だと心に決めて、逃げるようにその場から離れた。


 途中メイドから洒落たグラスに注がれた酒を頂戴し、踊り子への視線を受け流し歩く。露出度の高い衣装からこぼれ落ちそうな豊を堪能する龍馬も男だ。容姿に惹かれてか数人の女性に誘惑されながらも上手くあしらって歩く。


 弦の音色が濃くなって雰囲気がいっそう色気を増した。照明も空気に合わせて仄かに薄く、香り高くなっていく。

 元の世界とは味わいの違う酒に舌鼓を打ちながら、果実の匂いを鼻に通す。視線の先では皆が手を取り合って楽しそうに踊っていた。


 中心からは離れたそこは夜の静寂に音楽と舞が溶けるような、別の世界のように落ち着いた木陰のベンチ。いい香りにいい音色、すっかりと滾った血も落ち着いていた深夜の寒空の下で独り。


 いい月が見える、と心の中で臭い台詞を吐いて笑った龍馬はグッと一気に酒を煽った。別段強い酒ではないからか、酔うにはまだ足りなかった。


 アリアンナはアディラが要れば大丈夫だろう、あそこまで飲んで眠くなったで済むのだから血の影響というのは恐ろしい。船で会った変な名前の何とかテイローより飲むのでは、あいつも一生酒を口に入れていたが。


 ここまで色々な事があった。と言うよりもあり過ぎだろう。いきなり別の世界に連れて来られては、銀の暴走を納めて。次は巨大虫に続いて船での三日間地獄旅。簡単に説明したが中身は百倍詰まっている。


 「おい、灰屍。起きろ。」

 あれから一切の声が聞こえなくなってしまった。夢幻だったのかはたまた興奮が脳に作用しておかしな声を発生させたのだろうか、船に乗っていた時は三人の声が聞こえたというのに。一人は死に絶え、一人はだんまり。もう一人に関しては一言二言、いたのかも分からないし声質も忘れてしまった。


 思えばあの時からだろうか、自分から何かが抜けていったのは知っている。でもそれが防衛本能によるものなのか、哀しみでの喪失なのか、または何かもっと濃い色に塗り潰されてしまったのかは分からない。しかし今も残るのは何かが無くなったという感じだけ。


 未来が見えたという彼女に聞いてみたかった。自分の先のことでは無く、ただ一言何故自分に助けを求めたのか。迷惑な話だ、混沌に好かれやすいなどと根拠もない有難味も無いことはお断り。


 ただあの日あの夜から、もうどうでも良くなった。笑うことも悲しむことも怒ることも、幸せを見つめる目に靄がかかっていい加減に偽り出したのは彼女の死を見てから。


 あいつだけはこの手で殺してやりたかった。どうせなら苦痛に満ちた最後に、じっくりと苦しみを味わって欲しかった。しかしそれは自分の仕事じゃあない。アリアンナの手で終わらせたのだそれで良いだろうと、納得させようとしても残る。絶対に消えない、もう死んでしまったあいつが脳裏に張り付いて。


 笑いを吐いた龍馬は近くを通ったメイドを呼んで再び酒を手に取った。これまた果実が香る、今度は燃えるような赤い色。グラスに飾った木の実を口に、程よく唇を濡らして息を吐く。


 そう言えば【肌色の君】の()()はどうしたのだろうか。教会でも桜が最後能力で滅したはず、混沌は確か死んでも少し残るとか。皇帝ゼアリスが後始末を…

 「…何考えてんのか知らねえけどな。」

 あの女は、食えない。龍馬としては同じ人間でも、得体の知れない混沌より彼女のことが分からなかった。野望が本懐があると言ってはいたが、それがどうも彼女一人の枠組みで収まるとは思えない。


 この時まだ帝国と南方諸国が始めた戦争の臭いは、ハデルフロウの風に混じっていなかった。それを知るのは少し先のこと。



 静かな空間は彼の傍だけだった。三人掛けのベンチ端に座った龍馬の反対側へ、美しい紫の花が凛と。

 足を組んで情を煽るかのような色香。宵闇よりも黒く美しい、長い髪を揺らした彼女は龍馬と同じ酒を手に目を伏せた。長い睫毛は不純物の混じり無く、頬を染めるのも薄い化粧に朱色の酔い。


 「無事だったのか。」

 「…ええ。」

 安堵の息が僅かに漏れる。約束を交わしたわけでもないのに、やけに早い船の上ぶりの再会。襲われていたあの後無事かどうかが気掛かりだった、しかし外から見る限りは怪我も汚れも無い。


 「お礼は言わないわ。」

 膝に頬杖を突いた彼女が覗き込むように龍馬を見た。その眼は自分でどうにか出来たとでも言いたげで、彼女はすぐに顔を背けてしまった。


 「別に礼が聞きたくて会いたかったわけじゃあねえよ。」

 「…。」

 会話が途切れてしまった。音楽も人の話し声も遠くで聞こえて、今は二人。二人だけが切り取られてしまったかのような感覚。


 「…。」

 横目に見た彼女はジッと一点を見詰めていて、気持ち頬が赤みを増しているような気がした。視線を戻せば今度は自分の頬に視線が。それを数度繰り返しもどかしい。


 バチリッと目線を合わせたのはどちらからだろうか。龍馬はそのまま彼女を見詰めたが、彼女は反対側に視線を逃がしてしまう。

 「…会いたかったの、?」

 目線はそのままに彼女が言った。露出した首元が美しく赤い。


 「……」

 「ちょっと何か言ってっ…よ…」

 振り向いた彼女を真っ直ぐ見詰めた龍馬は逃がさないと、瞳の奥を離さない。


 「ああ。会いたかったよ。」

 「っ…」

 反らしたいのに逃げ出せない。ただその一言が二人になってから声を上げていた衝動を扇動する。


 「名前、聞いても良いか。」

 彼が反らしてくれてやっと地面に逃れた熱い瞳。自分の名前が知りたいなんて、いったいいくつ自分を知れば気が済むのだろうかこの男は。不格好に熱を持った頬に驚き見開いた目、間抜けに情動の矢に穿たれたあの時の呆け顔と、もうこれ以上は強欲だ。 

 

 龍馬の問いに答えず立ち上がった女は紫の花弁を揺らして歩を進めた。龍馬は引き留めない。声もかけずただ彼女の背中を見つめる。グラスを煽った龍馬は既に酔っていた。酒より甘く艶美な、夜の花に。


 ぴたりと足が止まった。髪が夜に揺れて振り返った彼女の微笑みは、

 「次合った時、教えてあげるわ。」

 この世で一番美しかった。



 歌に舞った人混みを抜けて会場を後にする。石床を靴で踏み鳴らし、浮かれた足取りは楽しそうに音色を描いていた。熱を吐いて艶やかな髪を手で梳いた彼女は、目を閉じて澄んだ空気を鼻に通した。


 「なんの用?」

 そんな雰囲気を壊す気配に横目を飛ばす。皆宴に盛って抜け殻となった王宮はとても静かだった、そんな場所に溶けだすように現れた一人の男は柱に背中を預けて腕を組む。


 「…伝言だ。」

 呟くほどの声量でも十分耳に届く。男が指で弾いたのは一枚の手紙、暗闇でも文字を読むなど造作もない。黒一色の手紙には薄赤のインクでただ一言。


 是非


 差出人の名が無くとも分かる。組織で使われる黒文(くろふみ)だ。読み終えた途端に炎が上がり、塵残さずに燃え尽きた文。いつものことで慣れてしまったこれは証拠を一切残さないための入念な処理だ。


 是非、と一言彼がそう言うのは決まって楽しみを見せたい時だ。何が待っているのか、彼が考えていることは突飛で時に乱暴だ。


 「…行こう。」

 「ええ。」

 せっかくの気分が台無しだが仕方ない。船で渡ったというのに結局戻ることになるとは、面倒に拍車をかけて何が起こるのだろうか。


 「…【フェイス】は先に行っている。俺もあいつも宴が肌に合わなんだ。」

 柱から背中を離し薄闇から近づく痩せぎすな男。長い腕を伸ばし、指には透明で小さな玉が摘ままれていた。欲見れば五分の一ほど赤い液体が染めている。


 女の掌にも同じ小さな玉が、しかし彼とは違って赤色の占める範囲が大きい。

 「後二回、ね。」

 「…準備は出来たか【ディープ】、場所はグルブ平野。」

 二人の身体が闇の中でぶれた。次の瞬間にはまるで誰もいなかったかのよう、残ったのは甘い果実の香りだけ。それもすぐに風が運んで消し去っていった。


 深夜月明りが王宮を照らす。妖艶に熱を帯びた夜が明けるにはまだ早い。

最後まで見て頂きありがとうございます。じょじょにではありますが見て下さり、しかも評価して下さる方々も増えてきました。期待に答えられるよう頑張りますので応援より敷くお願いします。

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