第七十六話 狂強
第七十六話です。第四章はかなーり長い章になってしまうかも、よろしければ最後までお楽しみくださいね。なるべく早く更新できるよう頑張りますのでこれからも見て頂ける幸いです。
穏やかで暖かい光が傷を癒していく。痛みもすっかりと消えて、残ったのは少しの疲労感だけ。
「無理はだめですよ。」
「はいはーい、よっと。」
言われたばかりだというのに手を使って跳ね起きたアディラは、背を大きく伸ばして欠伸をした。
「傷が癒えたとこ悪いがちと手伝ってくれんかセントグレン。」
声をかけたのは獣国の脳、目をやるとどうやらもう片方は手間取っているらしい。傷を回復させようと桜が傍に寄るが、意識失ってなお働く強すぎる防衛本能を前に一定以上近づけないのだ。
「まったく世話焼きな王だな。」
「ほんと、ね。行ってくるよ。」
すっかい元気だと白い肌に力こぶを見せたアディラは、龍馬に軽く手を挙げ小走りで向かった。
床に倒れながら攻撃する王を見て、まるで遊ぶように避けるアディラ。どうやら本当に元気らしい。
「子供のようですね。」
龍馬の背後から声をかけたレティシアは言葉と裏腹に真剣な、そしてどこか警戒するような表情を浮かべていた。
「ああでも、殺し屋だ。」
「…。」
そう、彼女が言いたいのはそういうこと。よりいっそう険しい顔をした彼女は龍馬に目を合わせると、思い出すようにぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。
「私は彼女を、まだ信用できません。船でのことは確かに彼女がいなければならなかったでしょう、それにゼアリス様も信頼するほどしかしっ、しかしやっぱり怖いです。」
信頼という言葉が完璧に表したものとは思えないが、ゼアリスがアディラの持つ戦闘力を計画の一部にしたのは事実。それだけ背中を預けるに値するものだということだ。
「知ってますか?彼女の身体はとても小さいんです。腕も足も柔らかくて、肌もまるで処女雪のように綺麗でシミ一つ、傷一つ無いんですよっ。古傷も無いまだ幼いあんな女の子が殺し屋だなんてどう信じればいいのですか…っ」
瞼を震わせながら龍馬へ詰め寄ったレティシアは、力を込めた手で服の袖へとしがみついた。龍馬もアディラの方に目を向ける。向こうではしゃぐ彼女は王の手をしっかりと掴んで、桜が回復させやすいようにと身動きが取れないようにと王の身体へ跨っている。
「信じられねえな。」
「…先ほどもそうです。本来なら身体を動かすにも激痛が走るはずの傷、それを身体中に受けてなお彼女は笑ってあなたと話をしていたんですよ。はは、は…信じられますか、回復魔法をかけた途端まるで時が戻ったかのように傷が無かったこよのように、あれはもう、もう…」
癒しの魔法を使う者としてそれがどれだけ異常な事なのかを彼女は知っている。自分が吐いた言葉を嘲笑うように言葉を紡いだ彼女は、震える両手に見開いた目を落とした。止めた言葉の次、まるで化物だと、あれは人じゃない何かだと。認めてしまうのが怖くて言えなかった。
「ねえねえ難しい話?仲間外れにしないでよ…」
と龍馬の腕をレティシアから奪うように抱き取ったアリアンナは、少し拗ねたような声を上げた。親のように思う龍馬が独占されているとでも思ったのだろう、子供のように頬を膨らませた彼女の頭を反射的に撫でつける。
「別に暇つぶしだ。おいっ、まだ終わらないのか。」
いつまでも騒がしく治療を続けるアディラたちへと声かけた龍馬。手伝ってという彼女の元へ仕方なしと歩いて行く。途中足を止めた龍馬は振り返り、レティシアに言い残した。
「なあ、混沌は悪い奴らか?」
「え?はい…彼等は人の姿で人を嬲り殺す、まるでくず肉を叩き潰すように。許してはいけない極悪ですっ、だから全てを…それがどうしたんですか、?」
当たり前というように彼女は疑問の目を向けた。純粋にただ彼女が発するのは殺気。
龍馬はアリアンナを先に行かせて乾いた笑みをこぼした。
「…じゃあ俺らは、相容れないな。」
「リョウマ?、なんて言ったのですか?」
呟いた小さな声は風が運んで消していく。
「いやなんでもねえ。安心しろ、あいつは良い奴だよ。」
龍馬はそれだけ言ってアディラの方へと歩いて行った。残されたレティシアは言葉の意味を考える。
「良い奴、そんなわけありません。」
遠くなる背中に小さく声をかけた。これまで何十何百と命を奪って来た彼女が良い人間ならば、強盗犯や暴行反は聖人だろうに。
「それに私はあなたもっ…。」
彼は命の恩人だ。あの夜彼がいなければ、私は死んでいた。身を挺して自分を守ってくれた彼の言葉を信じたいのに、頭の中反発する感情が邪魔をする。
突然目の前に現れた異世界の人、初めて会ったときはあなたが嫌いだった。所詮はサクラ様について来た付属品で、王女の自分にも遜らない無礼な男だと。
けれどそれでも憧れの騎士が穢れていくのを止めてくれて、自分の命を顧みず助けてくれた彼を見直した。人のために命を懸けられる勇敢な優しい人間だと認められたのに、どうして。
「リョウマ、本当は悪い人なのですか…?」
先に出会った私を押しのけて、どうして彼女を庇うのですか。何故私を肯定してくれないの。
彼の背中に問うが答えは返ってこない。分からないことも許せない。だからレティシアは決意した。答えを探すためにまずは、混沌を滅するのだと。
「ふぅううう、やっと眠ってくれたよ。」
「君がはしゃいでいなければすぐに終わった気がするよ。」
数分の格闘もやっと終わり桜の聖女としての驚異的な治癒能力で獣王の傷は全て癒えたが、戦闘の疲れのせいだろう彼女は四肢を投げ出して寝息を立て始めた。
こちらの苦労も知らず少年のような顔で眠る彼女の姿は、これまで顔を合わせて来た王とはまるで違って無邪気だった。
「してヴェルデ、言い訳を聞こうか。」
やっと本題に入れると睨みを利かせたシドがヴェルデに凄む。ゴクリと大きく唾を飲み込んだ彼は身体をいっそう縮めた。
「招待状をいただきましたので、その王への謁見を…」
それでは伝わらないだろうとどもるヴェルデ。委縮した彼は話しの大部分を省いての説明をした。しかし納得させられる訳が無い。
「主の立場、止めるべきじゃろうて。儂の後、そんな軟弱者には任せられぬぞっ!」
カッと強烈な覇気がヴェルデを襲う。背筋を正した彼は学校の先生に説教される生徒のようで、怒りに当てられて動けない。
「まあまあ、止められるはずないよ。」
「口を挿むでないセントグレン。良いかヴェルデ、お主が臆したおかげで要らぬ敗北を塗りつけられたのは何処の誰でも無い国王なのじゃぞ。たかが一人の命ではない、国全てがかかっているのじゃ!」
確かにアディラと獣王の戦闘はヴェルデの手では止められなかっただろう。しかし彼は身体を、命を二人の間に挿まなければいけなかった。これがもし他国の間者だとして、その時に臆して盾になることが出来なければ務まらない。それは当然王よりも力が劣るとして、どんな弱者であったとしてだ。
「申し訳、ありません…」
やっと意味が分かったヴェルデが悔しさに歯を噛み締めた。これは弟子への愛の鞭、それが分かっていない彼ではない。
「まったく、まだまだ修行が足りんようじゃ。」
頭を掻いて溜息を吐いたシドも、ヴェルデの肩を叩き頭を上げろと慰める。これ以上責めるのは無益だろうと、反省する弟子に気を落とすなと声をかけた。
「あんたの師匠なのか、ヴェルデ。」
王の目覚めを待つ間、静寂を切ったのは龍馬だった。あの翁は何者かとずっと気になっていたことを尋ねる。少し離れた場所で桜ら三人と話す老人を目で指した龍馬問いに、アリアンナも興味津々の様子で早く話せと詰め寄った。
「ああ、君ら知らなくて当然か。彼をこの国で知らないのは一人もいないだろうね。」
「【賢獣】シド。まあ見てくれはただのおじいちゃんだしねえ。」
けたけたと笑ったアディラが横から顔を出した。彼女は知っていたのか、大層な異名で彼を呼ぶ。
最強の獣人と名高い彼はおじいちゃんなどと呼んで良いはずの人物では無いらしい。しかし龍馬はヴェルデの説明を聞いて納得がいった。あの痺れるような殺気はただの強者のものでは無かった。
「儂は既に引退しておる。【賢獣】も最早古い遺物よのぉ。」
流石老人地獄耳、話を終えたシドが折れた杖で龍馬を指しながら歩みよってきた。
「聞きたいのは儂も同じ、あ奴らに聞くが分からぬと言うお主は何者じゃ。」
細い目を顰めたシドは龍馬を見透かすように眼を反らさずに見つめる。ここに居る者で彼が知らないのは龍馬とアリアンナの二人。孤高な殺し屋であるセントグレンと親しいというだけでも信じられないというのに、感じる得体の知れなさに警戒心が募る。
「桜なら分かるだろ。」
龍馬が言うのも当然、たった一人同じ世界を知る人間なのだから彼女が分からなければ誰にも分からない。しかし今朝からどこか様子がおかしい桜は龍馬と目を合わせようとせず、目を泳がせながら答えとも取れない呻きを返した。
「…彼はリョウマ。我が王女に仕える剣士です。」
桜が答えるのに戸惑っているのを見かねてベルフィーナが代わりに答えた。簡潔な説明はあながち間違いとは言えないが納得がいかない龍馬。
「仕えたつもりは無いが、まあレティシアには世話になってるよ。」
「王女にそんな口きける奴はおらぬ、が最早関係も無いじゃろうて。長居無用、見送りを出そう。」
結局詳しいところは何も分からなかったわけではあるが、王宮で合うことは最後と言うように帰らせたがる。宴へ招待されたのはヴェルデだけであって、どうやら龍馬達ではないのだろう。龍馬も宴に参加する気は無かったため素直に扉へと向かいだす。
シドの後ろに続いて王の間を後にする龍馬。壊れた扉を見下ろしながら、入り口をくぐろうとした龍馬の背後で動く気配、そしてかかった声に振り返る。
「遊んでいきなよ。」
弛緩した空気に間の抜けた声が響いた。全ての視線が集まった先、むくりと起き上がった彼女は牙を見せて笑った。
「いやあ参ったよまさか手加減されて負けるなんてねえ。」
すっかりと唸りを潜め、飢えが消え去った彼女はアディラを見詰めてそう言った。
「よく言うねえ…」
手加減などそっくり返すと、挑発的な笑みを浮かべたアディラ。バチバチと彼女らの視線が火花散る。
獣王もアディラも初めから殺す気を持っていなかった、それが手加減だというのならそうなのだろう。アディラにしては素手での戦闘、加味すれば本気には程遠い。両者殺意を込めた戦いだったならばどうなっていたかは分からない。
「あははっ、だめだよ。あたしだってやっと抑えたんだから。」
アディラの醸し出した好戦的な雰囲気に、ぶるりと身体を震わせた獣王は頬を染めて煽情的に笑う。
「最強の殺し屋セントグレン、中々美味しかったよ。」
甘美な幸せを味わうように唇を舐めた彼女はゆっくりと起き上がって服を正す。アディラとの戦闘は、溜めに溜めた飢えを満たすにはどうやら十分だったらしい。しかしこのままではまた戦闘欲が空いてきてしまう。
「宴の会場に案内してあげてよシド。ここはちょっと…熱が残りすぎて君ともヤりたくなる。」
一瞬で空気を支配したとてつもない覇気が、龍馬の肌を刺激する。確かに残る戦闘の跡が目につき、獣人が持つ驚異的な嗅覚が血の臭いを感じ取って彼女を掻き立て始めた。
「はぁぁ、ほれこ奴らを案内してやれ。陛下、主も汗を流してくるといい。」
「はい。」
「えっまって、あたし臭う?」
来るなら来いよと正対した龍馬の鋭さを瞬時に感じ取ったシドは、致し方なしとレティシア達三人へ連れて行くように促した。流石賢者と言うべきか、話を逸らしてはぐらかすのが上手い。
「宴だって、ほらリョウマも行こ!」
「…ああ。」
宴に出れると聞きはしゃぎ始めたアディラが、戦闘のことなど忘れて龍馬の手を強引に引っ張った。
あのままもし戦闘が始まればどうなったのかなど、容易に予想が出来る。
「アクノマキア。」
「なにかな?」
王の間に残った二人。自分の身体を嗅ぎながら彼女はシドに返事をする。
「お主あ奴をどう感じた。」
誰かと明言しなくとも分かる、あの男の凶器的な雰囲気に何を感じたのか。背中越しの疑問に振り返った彼女は笑った。
「狂いそうだよ。」
凶暴な野生が牙を剥いて笑う。ゾクゾクと震える全身が訴える、彼は本物の狂者だと。
強者を超越する狂わしい殺気が彼女の絶頂を掻き立て、欲に満たされて熱を持った血をグツグツと煮え滾らせた。
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