表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
75/107

第七十四話 再会

第七十四話です。前書きに来るまで忘れていましたが、今回から題名を変更させていただきます。物語の進みにはなんら影響ございませんので新しく生まれ変わった赤ちゃんをどうぞこれからもよろしくお願いします!!

 「終わったの…?」

 プルプルと震えて頭を抱えたアリアンナは未だに目を瞑ったまま、龍馬の服をギュッと摘まんで縮こまっていた。こうしてみればただのか弱い少女、さして意味はないのに息を止めて頬を膨らませている彼女は争いに怯える子供のようだ。


 「ああ。ほら、立てるか?」

 王の間の冷たい石床に倒れる二人を一瞥した龍馬は、耳まで塞いで全身を伏せたヴェルデを小突きアリアンナの頭を撫でる。落ち着けた彼女の手を引いて立たせ、どうしたものかと深い溜息を吐く。


 柱を二本崩し、窓は破片も残らず寒空の風をそのままに。壁には大きな罅割れと抉られたような跡、床は爪で引き裂いたような切り傷と尋常では無い力で踏み込まれた足の形が刻まれている。

 王宮の中でも特に頑丈に造られた王の間は元の状態が今は見る影もない程に荒れて、まるで台風が局所的に暴れたような、僅かな装飾も玉座も全てが砕けて散っていた。


 吹き飛んだ扉の向こうに人の気配が一つ、王宮のものだろうがこの光景を見られるのはまずい。ここは獣人の国、しかも王宮の中だ。倒れた王を見られて下手な難癖をつけられるのは面倒、しかも相手がアディラとなっては他国の暗殺か…云々と勘繰りされる可能性も大いにある。


 王の間に足を踏み入れた時を狙って気絶させてしまおうと龍馬は来訪者を待つが、肩をヴェルデに抑えられる。首を横に振った彼はその気配の主を知っているようで、着実に近づいてきた気配が困ったような声で呻いた。


 「ほんに困った王じゃのう…何やら騒がしいと思い来てみれば。」

 カツカツと音を立てるのは木でできた古い杖。背丈は龍馬の半分程だろうか、小さい体で腰を屈めた老人は長い耳を垂れ下げて困り顔で眉を顰めた。


 「老公、」

 「よいよい。しかし、ずいぶんと派手にやりなさったのう。」

 老公と呼ばれた獣人は膝を着いて頭を下げようとしたヴェルデを制すと、その細い目を片方開いてじっくりと王の間を見渡す。呆れ混じりの声で頭を掻きながら損壊した箇所を数えると、今度は倒れたアディラへとゆっくりと近づいた。


 「誰なんだ。」

 「彼は…」

 龍馬は姿勢を正したヴェルデに老人の事を尋ねる。彼が来てからずっと緊張した様子からおそらく国の偉い人物であることは間違いないだろう。説明しようと口を開いたヴェルデだったが老人の驚きの声で中断されてしまった。


 「どちらさんかと見ればこ奴…セントグレンではないか。」

 「知ってるの??」

 純粋な疑問を投げたのは突然の来訪者に、というより長耳に興味津々なアリアンナ。龍馬の背中からぴょこりと顔だけを出した彼女は目を輝かせて老人を見ている。

 老公は優しい微笑みを返して、当然じゃと頷く。長く生きていれば知らぬが良いものも勝手知るものだと続け、異常に緊張した様子のヴェルデへと視線を戻す。


 「ヴェルデお主、人付き合いは教えたはずじゃろうて。足らぬか忘れたか、どちらにせよだ。」

 「老公しかし、彼女は…っ。」

 焦ったように紡いだヴェルデはまるで先生に怒られている生徒のよう。細い目を糸のように睨んだ老公は手に持った木杖でアディラを突こうと僅かに振りかぶる。


 「しかと見ておれ。」

 そう言って彼女の身体へと振り下ろした木杖が次の瞬間に背丈を短くした。

 ボゥッと削り取られた杖の半分が音を立てて転がっていった。意識が無いのは確かだというのに見間違いだろうか、王の間に立つ全ては今アディラの腕が空間を引っ掻くように振るわれたのを見た。


 意識が無いのは確か、それは疑いようのない事実。しかしそれなら何故木杖は引き裂かれたように長さを失ったのだろう。

 「どれほどの訓練、いや拷問に近い教えがあったか。闘いを終え失神し、なお見えぬ攻撃に反射で動く。その一撃もしかと命を刈り取るほどとは…これを見てお主、儂の言わんことが分からぬ阿呆ではあるまいな。」

 ぐっと出そうとした言葉を飲み込んだヴェルデは首をどちらに振るでも無く俯いた。厳しい言葉、しかし今の光景に自分でも心の底が冷たくなった。


 「何が言いたい爺さん。アディラが悪人だってか?」

 口を開いた龍馬をよせと止めるが遅い。軽く振り払った彼は一歩前に出て老公へを見下ろす。


 「悪人ならば良かったのう。これは狂人じゃよ、若いの。」

 ビリビリと震え出した空気が重圧に飲まれていく。腰も折れた老人が発する代物では無い威圧感にまたも一人苦しそうなヴェルデ。彼しか止める者はいないというのに、獣王と同じかそれ以上の圧を前に身体が出ない。


 一触即発の空気。下手な言葉は帰って刺激を強めてしまうと熟考するヴェルデ。

 そんな最悪な状況を破ったのは意外にも純粋な子供の声だった。

 「喧嘩、だめだよ龍馬。おじいちゃんも皆、手当しないとだよ?」

 睨み合いの間へ入ったアリアンナはその美しい顔で可愛らしく龍馬へ言う。頭を撫でられたことが嬉しかったのか彼女が破顔し、弛緩した空気が戻る。老公も頬を掻いて決まづそうな顔をすると、話は後に置いて獣王の下へと歩いて行った。


 「聞いてたんだろ、起きろアディラ。」

 「…たははぁ。リョウマは騙せないかやっぱり。」

 平気そうな顔でゆっくりと身体を起こした彼女は苦笑して頭を掻いた。あれだけの傷に失血、普通なら丸一日は目が覚めないだろうに彼女は少し寝ただけで何ともない様子。


 「ねえ、そっちはどう?」

 「む。…しばらくは目を覚ましそうにないのう、これは内臓もやられてるな。」

 狂人とまで言ったアディラとはあまり話がしたくないのだろう、しかし声をかけられて無視しない辺りヴェルデが慕うのも頷ける。少しぶっきらぼうに返した彼は、敗北を喫した王に少し悲しそうな目を落とすがそれも一瞬。


 「ふむ、儂の方にも昼間来訪者があっての、丁度良い。治療魔法が使えるみたいじゃしな、安静にして待っておれよセントグレン。」

 「はいはーい!ありがとねーおじいちゃんっ!」

 ただの堅物ではないようだ。良く思ってはいなくとも客人であり怪我人のアディラを心配する。足早に王の間を去る彼はぶつぶつと、おじいちゃんなどと呼ぶなと言っていたがあながち嫌では無いのでは、と思う龍馬。


 「それで、あの老人は?」

 龍馬の言葉に頷いたのはアリアンナ。どうやら彼女も気になる様子。早く聞きたいという表情に落ち着けと制したヴェルデは、まずはと頭を下げて感謝を述べた。

 

 「アリアンナ嬢へ感謝を。あのままでは大変な事になっていたよ。」

 じろりと細く睨んだヴェルデに素直にすまんと詫びを入れた龍馬。確かにアリアンナのあれが無ければ戦闘は起きていた。殺してやろうと思っていたよ、とあの時は自分でも驚くほどの何かどす黒いものが滞留していた。


 「彼の名はシド・レスレクト。老公シドと呼ばれているがその実、手腕に衰えを見せない宰相閣下だ。そして文官でありながら軍事も担うこの国で一番の賢人であり、名前を出せば他国が慄くほどの武人でもある。それほどに…っ!」

 「分かった分かった。」

 龍馬は熱くなってきたヴェルデを止めた。しかしいくら王が気をやって伏しているとは言え、まるでこの国で最も無くてはならないと言うのがあの老人とは。それも間違いでは無いどころか事実なのだろう。と彼がここまで心酔するのにも理由があった。


 「いいやそれだけじゃあない、老公の()()()はシド・レスレクト・ハデルフロウなのだ。分かるだろう、あの方はこの国の元国王なのだよ。」

 「それが理由か。」

 あの老人から龍馬が感じ取った雰囲気は並では無かった。宰相と聞いたが信じられなかったのもそのせい、しかし今の話が本当ならば合点がいく。元であれ国王、つまりは一時代最強の獣人であったのだ。


 「有名だよねえ~。特別優秀な血筋じゃあないのに成りあがった強獣だって。」

 この世界に触れたばかりの龍馬とアリアンナ以外にはどうやら特別知れた名前らしい。


 その名が世界に轟いたのはもう百を数えるたのを大分昔。王の選別が行われて史上初の五代連続、あまりの強さから以降の選別から自ら身を引いた伝説の獣王、【賢獣】シド。

 狐種である彼は別段屈強な体格をしているわけでは無く、その小さな身体には収まり切れないであろうという知恵を駆使して生きて来た。極限に武を賢を極めた彼は剛と柔を手懐け、無敵の獣人と呼ばれる。


 本来王の代替わりは選別によって行われる。当然身分は関係なく全ての獣人が参加する大会で、二代連続などは珍しく無かった歴史を大きく塗り替えた。


 十代以上前の王が生きているだけあり得ないというのに、今も現役というのは最早伝説。シドは自らがいつまでも国を担うことが、国の先を見据えた時に何の為にもならない事を知っている。しかし国が今彼を手放せないのも事実。


 「獣国も難しい状況なのだ、老公を失っては影響があまりにも大きすぎる。だからこそ私がしっかりと…まだまだだな、私はまだ非常になれぬよ。」

 切なく笑ったヴェルデは龍馬の肩を優しく叩く。後世に国を残すため、自分の後釜を任せたのがこのヴェルデなのだろう。種族は違えど【賢獣】シド自らの人選に誰も文句は言わなかった。しかし彼はまだ優し過ぎる。国のためを思うなら、彼は犠牲覚悟で情けを捨てるしか無いのだ。


 「私は君が狂人には見えなんだ。」

 「…嬉しいけどね。」

 そう返したアディラの顔は間違いでは無いと語っていた。獣人の国として付き合うには不安が大きい、龍馬もアディラも分かっていた。シドの言葉は正しい。

 だって狂っているのは確かだから。狂わなければ生きていけない、世界もまた狂っている。


 「待たせたのう、二人を治してやってくれ。」

 はい、と女性二人の声。王の間に戻ったシドは三人を後ろに連れていた。駆け寄った二人に加え騎士の風貌をした女性。


 「龍馬…?」

 月明りの下、照らされた顔は良く知った彼女のものだった。

最後まで見て頂きありがとうございます。「混沌に染まる」、これからもどうぞ応援よろしくお願いします。まだまだ頑張りますので、ブクマ評価等、見て頂けるだけでも幸いです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ