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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第七十三話 暴激

第七十三話です。引き続き龍馬視点。あと数話はこちらの物語となります。

いつも見て下さりありがとうございます。次の話からは題名を変えまして、「混沌に染まる」となります。これからもどうぞよろしくお願いします。

 咄嗟にアリアンナの頭を押さえ伏せつける。およそ打撃がぶつかり 合ったとは思えない破裂音は耳鳴りを引き起こし、強風が手当たり次第に王の間で暴れ吹いた。

 「アリアンナ…っ!」

 遅れてやってきた衝撃波から彼女を庇い、胸の中へと抱き寄せた龍馬。しかしあまりの強さに二人の身体ごと吹き飛ばされ、王の間の壁へと激突する。間一髪身を捻りアリアンナを守った龍馬は鈍い痛みが走る背中に顔を顰めながら火花散る闘いに目を向けた。


 両者武器を持たずとも手足指に至る五体の全てが凶器。獣王は鋭利な牙と爪を振るい素手のアディラへと襲い掛かる。響く金属音はとてもじゃあ無いが手足から発生しているものとは思えない。

 それもそのはず。世界最強の暗殺者という高みに至った彼女だからこそできる芸当、素手で対象を屠る為に鍛え上げられた肉体は鉄を容易に突き破るほど。


 まるで砂場を手で掬い取ったかのような跡が硬い石床に刻まれる。割れた窓から入る寒空の冷たい風も吹き飛ばしてしまう熱気が王の間を包みこんでいた。


 「とっとっと、強いね獣王。」

 「ガルルルルゥゥッッ…」

 炸裂が止んで間合いを取った二人。戦闘飢餓状態の獣王は手足の指で地面に嚙みついて後ろ脚をバネが力を貯め込むように撓らせる。いつでも飛びつけるぞと言うようにビキビキと軋む音を鳴らした彼女は涎を滴らせ、もはや自我の内にはいない。


 対するアディラは片腕が使い物にならないというのに残る左腕を回して余裕の笑みを浮かべている。傍から見てもダメージが大きいのは彼女の方、しかし龍馬も王もヴェルデでさえも優勢なのはアディラだというだろう。


 その違和感を感じたのは彼女が吹き飛ばされて後、再び王の間へと舞い戻った時だった。

 話は僅か数分巻き戻る。


 獣王もあの一撃で確実に仕留めたと、だから次はなんて言葉を龍馬に投げたのだ。立ち上がれるほど惰弱な、加減をした一撃を放ったはずは無い。得物を狩る際、強者は常に全力なのだ。

 しかし最初の一撃に両者とも殺すつもりが無かったのはまた事実。それが原因、それがいけなかった。相手が誰か、それを知っていればまた違ったのに。


 手加減、容赦、情けなど彼女の前では死の手招きだ。世界最強の暗殺者だと言われてもその実どれほどのものなのか、正しいことなど龍馬にも分かっていなかった。大陸を越えて名が轟く。海の底にも天の上にも、それがどういうことなのかを知らしめるのに瞬きは要らなかった。


 深く息を吐いたアディラの雰囲気が一変したのだ。乾いた笑いを引っ込めた彼女は銀の髪をかき上げ、鮮血のような色をした瞳を光らせる。

 頭に本能に直接打ち込まれた刺激に全身がビリビリと痺れを起こした。まるで千のナイフで肌を突き刺したかのような痛みは彼女が放つただの殺気、大きな塊のように重く、見えないほど尖った針のように鋭いオーラ。


 「来なよ子猫ちゃん。」

 アディラが一歩踏み出しただけで揺れ動いた大気が、身体を押しのけ潰すような錯覚を見せる。その幻よりは現実味を帯びたプレッシャーに、反射で飛びついた獣王は後悔した。

 

 メキメキメキィッッ

 庇った腕ごと肋骨が悲鳴を上げる。人族よりも頑丈なつくり、細足の蹴り如きでは罅すら入らない強靭な骨が三本も折れた事に気が付いたのは柱を自分の身体で崩した後だった。


 ほんの一、二秒の間。たったそれだけとは言え意識を飛ばされていた、しかし自分は呑気に手を着いて起き上がろうとしている。

 闘いの中でそれが何を意味しているのかは明白だった。それも相手がこれだけの強者なのだからなおさら。自分は生かされたのだ。片腕を使えない小さな少女に、息の根を何度も止められる瞬間を見逃されたのだ。


 太い血管がもの凄い勢いで全身に血を送る。王である自分が手加減を、容赦を情けをかけられた。怒りが空気を揺らし、短い髪を立ち上がらせる。白目を鋭く尖らせ、牙を剥き出した獣王は人の恰好を忘れて獣へと至る。


 暴獣の唸りが抑えきれない程に響いた。怒気を孕んだ殺気がバチバチと音を発して彼女の周りで弾ける。殺さないなんて保障出来ない、いや確実に殺すと吐いた息が煮えたぎるほどに熱を持った。


 崩壊した柱から小石が落ちる。床に軽い音が鳴った。

 次の音は軽い、腕と腕がぶつかった音。そして後方の柱にぶつかった空気の塊が深く石を抉る音。獣王の爪を立てた掌底は軽くいなされ空を弾いたのだ。十分な威力の空気砲から見るに、掌底が当たれば胸など簡単に貫いていただろう。


 ミシッ

 「グ、ガアラアアァッ!!」

 アディラに掴まれた腕が軋み、鈍い痛みが走る。咆哮と共に蹴りを放つが華麗に避けられてしまった。またも蹴り飛ばした空気が斬撃のように飛んでいく。


 「あっぶねえ…」

 丁度その先には避難していた龍馬が。背中にはヴェルデとアリアンナがいて避けられない龍馬は、咄嗟に【灰屍】を抜き放ち空蹴りの軌道を逸らす。たかが空振りの余波だというのに重いそれは。威力を殺されてなお後方の壁に大きな切り傷をつけた。

 

 「ごめんリョウマ!またいっちゃうかも、逸らすのに精一杯だわ…っ!」

 段々と速さを増してきた獣王の勢いにアディラも余裕がなくなって来たようだ。余裕があるだけ尋常では無いが、そんな彼女でも獣王が繰り出す一撃一撃の重さを殺すことが出来ない。


 でたらめな威力を持った拳と足による連撃をなんとか防ぐアディラは、徐々に押されていく。獣の本能に任せた攻撃に確かな予測が出来ず、いなした身体にも傷が見え始めた。


 「そーれぇっ!」

 このままでは押し切られる。しかし隙など見えない連打は続き、この猛撃は止まるそぶりも見せない。距離をとるために反撃覚悟で無理矢理捻じ込んだ、空間を吹き飛ばすような蹴りが運よく獣王の腹へと選り込み抉る。


 軽々と吹き飛んだ彼女の身体は崩れた柱の残骸へ突き刺さる。ガラガラと大きな音を立てた石山の中、素早く起き上がった彼女はまだまだ闘志を燃やしている。


 「まだやるんだ。餓えって恐ろしいねえ…」

 彼女を蹴り飛ばした足はずたずたに引き裂かれていた。痛々しい十本の爪の跡からは皮膚の下、肉と骨とが見えている。対して獣王は目立った外傷は無く、肋骨が折れている事も既に頭に無い様子だ。長引けば不利なのはアディラの方か、加えて窓も割れて外には戦闘音がまる聞こえ。人払いをしているとは何時誰が様子を見に来ないとは限らない。そうすれば巻き込んでしまうのは必至。


 短期決戦は獣王も望みのようだ。暴れ回るにも疲れが見え始めている。

 「こっちから行こうかなぁっ!!」

 空気を蹴って獣王に迫ったアディラは、思いっきり拳を叩き込む。反応が僅かに遅れた王は咄嗟に身を捩るが、脇腹に掠めた一撃で地面を跳ねた。転がる彼女を逃すまいと立て続けに迫るアディラ。


 跳ね起きた獣王は長い尻尾に強烈な殺気を纏わせ、まるで鞭のように振るう。音速を越えた淡い黄色に黒斑点が点在する長尾が、アディラの腕の肉を弾く。

 しかし皮膚を剥いで肉を打った尻尾を見逃すわけは無く、しかと掴んだアディラは悲鳴を上げた獣王を持ち上げて地面に思い切り叩きつけた。


 「ぶみゃああっっ!!」

 三度、四度。頭から石床を叩く獣王が猫のような悲鳴を上げた。しまいに自分の身体を軸に回転し、壁に向かって投げ飛ばす。


 ビタンッッと痛そうな音で壁と激突した獣王は地面に落ちる。迫る殺気に素早く起き上がるが既に彼女の姿は目の前に無い。


 ズドンッッ

 大砲を撃ったような音がして、破壊的な衝撃が抜けた。腹を抉る拳が背中まで吹き飛ばしてしまうほど、激しい痛みに意識が切れる。息が出来ない苦しさに膝から崩れ落ちた獣王はそのまま小さな手に抱き留められる。


 「おやすみ、手強かったよ本当に…」

 大きな溜息を吐いたアディラはどっと襲って来た痛みと疲労に耐えながら、獣王の身体を優しく石床の上へと横たわらせた。


 最強と最強の闘いが終幕を迎えた。勝者はアディラ。しかしその身体はボロボロで、勝った気がしないよと龍馬に呟き笑った彼女はそのまま手足を投げ出し眠りについた。

最後まで見て頂きありがとうございます。前書きでも告知した通り、題名を変更させていただきます。(忘れてなければ)題名は変わっても無いように大きな変更はございませんので、これからもどうか応援よろしくお願いします!!!

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