第六十八話 真底
第六十八話です。これからもう少し戦争視点が続きますが何卒宜しくお願い致します。
いやあびっくりしてしまいました。いきなり評価が増えまして、私は本当に幸せです。見て下さる方々への感謝を込めて、ありがとうございます。
私には貴女が分からない。
「陛下、特攻隊の粉塵が止みました。」
常に櫓から見えていた槍の突き進む証が消えていった。残りは三千もいない、囲まれた彼等は今も尚数を減らしているのだろう。
玉座に座り目を閉じる彼女への報告はいつも一方的だった。それがたとえ優勢でも劣勢であっても変わらず、笑うのは勝利の笛が鳴り響いた時だけ。
「そうか。」
短くそれだけ。参謀だと戦略家だと言われ、彼女の片腕だと称されても私には戦争が理解できない。金に物、そして命の消費。
「敵は…【撃滅】ガルガン・ザベルソード。」
敵。それは本当に人へ使う言葉なのだろうか。どんな理由、どんな目的があろうと戦争は命の奪い合いだ。それを曖昧に、事実を見ないようにするために敵と言うのだろう。だって相対して踏み潰して行く者を人間だと、同じ生き物だと理解してしまえば、
「…悪い癖だ、ベルベット。」
彼女の言葉にハッと意識を戻す。見透かしたように覗く紅い目が恐ろしい。
「癖、なのでしょうかね。やはり私には理解が出来ないのですよ…」
私は正直で愚か者だから、王への意見に嘘偽りを混ぜることなどしない。
私は病気なのだ。この世界、この帝国に生れ落ちてただ一人私だけ。狂うことが出来ないでいる。
「く、ははっ。退屈しないなあ、お前と話すのは。お前だけだ、我に恐れを抱かないのは。」
とんでも無い、心底恐ろしい。今だって足と手の震えに唾を飲み込めない程の緊張を抱いている。それはこの国の誰よりも大きく、深いものだ。それは彼女も知っていて、いつも戯れに茶化すのだ。
「皆、おかしいのですよ。貴女の真実を、底に滞留した本当の恐れを知らないでいる。」
だから皆、彼女に心酔しているのだ。まだ知らない、いや知ることは無いだろう。狂気の目では見ることが出来ない彼女の心は、もっと暗い狂気に満ちている。
噛むような無邪気な笑い声。あの時を知っているのはもう二人だけになってしまった。彼女の玉座が血に染まった、あの夜を知るのは私とビンだけ。
「懐かしいだろう…あの夜以来だ、こんな戦いをするのは。」
負け戦だと言われてもおかしくない戦力差。常勝を誇る特攻隊の二槍もどうなるか、戦場に出て来た老兵の名が更に勝利を薄めていく。
しかし、それでも。彼女の事を知っているからこそ信じてしまう。これは願いでは無い未来。願うなら、本当に望むなら帝国の勝利は無い方が良いのだ。何故なら彼女は、優しくないから。
「お前達だけだ。我の傍、目に焼きつけろ。」
身震いが凍てついた。その顔、その笑顔だ。あの夜と同じその表情が私を囚われの身に落す。
これは病気なのだ。逃げたいと思えば思うほど、恐ろしいと思えば思うほど、泥沼嵌った手足を藻掻けば藻掻くほど、貴女の傍に囚われる。
戦争は悪で、命を奪う非道だと。それを知りながら歩みを止められない。狂うことが出来たならどんなにも楽だっただろうか、貴女の後ろ盲目についていくことが出来たなら。私は、罪悪感も無く命をこぼしていたのに。
貴女が分からない。横顔しか見た事が無いから、後ろ姿どんな栄光の光を魅せているのだろう。私には暗闇の底、絶望の闇しか魅せてはくれないから。
一生、死んでも治ることは無い。貴女の檻に自ら手を掛ける。
これは、病気なのだ。
土煙の舞う戦場。塞がった左手に力を入れ、右手に掴んだ槍を地面に突き立てる。
「それを、離さんか…」
「わ、るいな、へへ…こいつぁやれねえんだ。」
声を発するのも限界が近い。抉れた腹からの出血がどんどんひどくなっていく。周りに残ったのはどれくらいだろうか、猛り声も聞こえなくなってしまった。
「もう、よさんか。何がお主らを…」
「なんだあ、じじい…?俺に情けかけてんじゃあねえだろうなあ!!」
赤髪が逆立ち、振り絞った獣のような覇気が砂煙を吹き飛ばす。歯の間から赤い涎がこぼれ、槍を持つ手からは骨が軋む音が漏れる。
「いいかぁぁ?俺たち、は…ごぶぅふっげほっ、はぁぁ…特攻隊っつのはなあ、死を運ぶ兵隊なんだよぉ……そんな俺たちが、前線切って背中見せるわきゃあねえだろうがああああ!!」
「ぬうう!!?」
激しい衝突、まるで金属同士がぶつかったかのような音を立て、拳と槍がせめぎ合う。既に瀕死の重傷、だというのに押し負けるかと思うほどの重い一撃に驚愕する。
「どこにこんな、ふんっっ!!」
「があぁぁああ!!」
無防備に見せた腹部に重い拳が直撃する。軽々と吹き飛ばされた身体、鎧はすでに砕けていることから手に伝わった感触は骨のものだろう。
「お主…!!」
「ぐぅふぅぅ…」
地面を跳ねて転がるかと思った身体は空中で反転し、槍を突き立てることで着地した。そんな事が出来るほど傷が浅いはずはない。それなのに、上げた顔にはまだ闘志の炎。白目を剥いて尚歯を食いしばって立ち上がる。
「もう、よせ!!死ぬ命では無い、尽きて良い戦士では無いはずだ!!」
仇国、敵兵であるが目の前の戦士に敬意を持たざるを得ない。それは周りを囲む自らの隊兵も同じ、手を出そうとはせず二人の戦いを見守っている。
特攻隊は、壊滅。残るはただ一人、二万を優に超える兵に囲まれた隊長だけ。投降しろと殺すのには惜しいと、そんなガルガンの叫びはもう届かない。渾身込めた両手、槍と弟を離さずに最後の舞いを見せた男が吠えた。
赤が舞う。
「帝国が、一番槍…リュガ・グラベル、ロディオ・グラベルが赤の二槍!!いざ、猛り参らん!!!」
戦場でただ一つ、それはとても小さいが確かな熱を持っていた。それは彼女に見つけてもらえるように、激しく炎の柱を上げて。
姿が消え、切り裂かれた腕から小さく噴き出す血の飛沫。一瞬で迫ったリュガの槍がガルガンの分厚い皮膚に線を走らせた。
「な!?」
遅れた思考を戻し、確実な殺気を込めて拳を振るう。殺すには…そんなことは言ってられない。南方諸国連合軍総指揮官として、一人の武人として。この男へ加減することなど出来るはずがなかった。
「ふんっ!!」
身体は老いたと言え、最強と呼ばれた時代もある。そんな男の拳は鉄を砕き、魔法でさえ掻き消してしまうほど。若い兵にも速さで負けることは無い、無論先ほどまでのリュガにでさえ。しかし今の彼はけた違いの疾走を見せていた。
最早言葉を発することをしないリュガは縦横無尽に地を駆け、威力はガルガンに劣ろうと確かな傷を増やしていく。
空を切る拳はけたたましい轟音を立て、吹き飛ばされそうな衝撃波を纏う。当たれば死、しかし当たらない。赤の二槍、そう呼ばれた強兵だとは知っていた。しかしこれほどとは。
鍛錬を増やしておくべきだったか、一線を退いてからは兵の育成に身を捧げていた。今も周りを囲む兵たちは子供のような者達だ。手を出そうとしないのは教育が行き届いていることだ、今間に入られては自分の子でも巻き込み殺してしまう。
「離れておれぇ!!」
槍の横薙ぎを跳ね返し叫ぶ。本格的に激しくなった攻防に回りを気にする余裕も無くなってきた。
親の声を聞いた兵らは役に立たない自分に歯噛みしながら、邪魔にならないようにと包囲網を広げた。しかしそれはガルガンだけに優位に働いたとは言えなかった。
領域が広がったのはむしろリュガの方、端から端まで全てを使い不規則な瞬撃を繰り出す。いずれ体力が切れるなど、帝国兵にそんな常識は通用しないのだ。命を燃料に走る戦士は止まらない。
槍の穂先が一直線に心臓を狙った。咄嗟に掴んだガルガン、尋常じゃない力が籠められた穂先をなんとか逸らそうと握り締めた。しかし、
「っっ!?」
力を入れた穂先は赤い血に濡れていた。ずるりと滑った刃、反らした身体は間に合わず肩に食い込んだ槍。すぐに掴みなおすが、全体重のかけられた槍は更に肉を抉っていった。
「ガルルルアアアアアア!!」
槍を折ることも、刃を砕いてしまうことも容易かった。しかしそれは、それだけは出来なかった。
命を奪うことに躊躇いはあるはずが無い。ここは戦場で、奪い合うことが正当化される地獄だ。しかしそれでもガルガンには出来ない。
「これは、お主の命よりも大切なものなんだろう?」
とても優しい声だった。
壊さぬよう丁寧に、力を込めた槍を抜いて行く。決して傷つかぬように、伝わる震えをそのままに。
リュガ・グラベルが両手に抱いて離さない、命が尽きようと絶対誰にも渡さない二つ。赤槍と弟は何を投げうってでも守りたいものだった。
「安らかに、眠れ。お主は強かった。」
全てを滅する拳に力を込めた。せめて一撃で未練など残さず圧倒的に。
覇気を握り潰した拳をリュガの腹目掛けて放とうとした、その時。土煙と大軍の気配に意識が逸れる。
「よお~~待たせちまったぜ兄弟、おろ?お前だけかい、こりゃあ手ひどくやられたもんだ。」
緊張感の全くない声が轟いた。囲んでいた兵も皆一斉に振り向いた先、優に数で圧倒する帝国軍が並ぶ。その先頭、馬に乗った男は肩を竦めて壊滅した特攻隊を見下ろした。
「そうかそうか…リュガ、さっさと届けてきなあ!」
彼の言葉に答えるよう、ガルガンの気が緩んだ一瞬の隙をついて槍が抜け出す。ボロボロの身体で意識も朦朧としたリュガ・グラベルは一気に南方軍の包囲を縫うと、ものすごい速さで自軍の方へと駆けて行った。
それを見送った馬上の男は数度頷いて視線を戻す。軽薄そうな笑みを浮かべ、南方軍を見渡した男が改めて口を開いた。
無粋にも戦いに邪魔を入れた男を睨むガルガン。
「さてさてと…貴公は【撃滅】のガルガン殿とお見受けする。」
「それが、どうした小僧…」
怒気を孕んだガルガンの言葉も彼にとってはどこ吹く風。口笛を吹いた彼は一層軽い挑発的な笑みを落として告げた。
「いやあ、そろそろ。ちゃあんとした戦争でも始めねえと、あの方に愉しんでもらえねえって思ったんだ。だからなあ…全軍率いてやり合おうぜえ。」
冷たい風が吹いた。彼の持つ威圧感はリュガ・グラベルとは全然違う。暗い、陰を伴なった恐ろしく正体を見せない禍々しいものだった。
「吐き気がするのう、まるであの女を見ているようだ。」
「それは、誉め言葉にしかならねえぜ?【撃滅】さんよお。英雄に相手してもらえるなんて光栄だあ!俺なんて数いる内、【七刑】が一匹、紫笛のガントレックだ。なんて格好つけさせてもらおうか。」
それはとても不気味な色で、冷たい音色を奏で始める。
まるで戦場を惑わすように、狂わせてしまうように。
いつも見て下さりありがとうございます。こんかいも最後まで見て下さり感激です。
これからもどうか応援して下さい、お願い致します。




