第六十七話 猛拳
第六十七話です。戦争はやっぱり悲しくなりますね。先の展開が頭に在るからか、既にいろいろな感情が湧き上がってしまいます。なるべく悲しい結末は、なんて思ったりもしますが。
いつも見て下さりありがとうございます。最近毎日投稿が途切れ気味ですのでここらでもう一度気を引き締めて頑張ります。
大鎌の連撃が掠ることは依然無い。空気を切り裂く刃を受け流し、踊るように全てを躱す。
「はは、はは。」
虚勢を張った力の無い笑いが漏れる。先ほどの攻撃とは全く違う、明確な殺気を纏った連撃に言葉を紡ぐ余裕が無かった。手を抜いていたとでも言うのか血気迫る攻撃に付け入る隙が見えない。
「どうした仮面の道化ぇ、逃げてばかりかあ!!?」
叫んだ彼女はまだまだ余力たっぷりという表情で挑戦的な笑み見せた。しかしこのまま避けていればいずれ体力が尽きるのは、そう思った矢先鎌の冷たい刃が肩を裂いた。
「っ!!」
油断していたわけでは無い。むしろそれまで以上に警戒を持って彼女の攻撃を躱していた、それなのに。
二つ、三つ、どんどんとかすり傷が増えていく。細腕で振るうには大きすぎる鎌から繰り出される繊細な、わざとらしくつけられた小さな裂傷。
「くっ…驚いた。君の見た目に惑わされてしまったが流石【七刑】、彼女の手足だ。この傷らは君達を甘く見ていた自分への罰としよう。」
周りで戦う黒集団を見渡すと既に半数が地に伏せり、残る者も獣のように叫ぶ多数の帝国兵に囲まれ追い詰められていた。多対一という不利に加え、傷だらけの兵が見せる凶暴な攻めに狼狽えている。勝ち目は薄い、しかし彼女だけでも、そう思い戻した視線の先で余裕の表情。
「何をしに来たのかは知らないが、元より勝ち目など無いんだよお前らには。」
「それは…どうかなあ。やや早計に、思えるがっ。」
投げたナイフに合わせて迫る。低い姿勢で地を縫った道化師は手に持った細剣で地面を払う。抉り取った地面から砂を巻き上げ、アクティナの視界の邪魔をした。
「ちぃっ!」
舐めた真似を。地面を這うほどに低い体勢の男を鎌で斬り上げる。手に伝わる感覚が軽い。確かに斬り払ったはずなのに目の前には二つに避けた道化の仮面だけ。
ほんの一瞬、目の前を砂が覆った僅かな隙に男の姿は消えていた。変わり身のように残された真っ二つの仮面がむかつく笑顔を見せて地面に落ちる。
消えた男は上、空から降り注ぐ細剣を紙一重で躱したアクティナは咄嗟に鎌を振るう。しかし大物の鎌が仇となった、間合いに入り込んだ道化師はすでに懐近く迫っていた。
「驚いた、あの一瞬で避けられるとはね。」
いつの間に付け替えたのか青い涙を流す道化師の仮面が不気味に笑う。眼前に迫った男は細剣をでたらめに振るい、アクティナもギリギリといった様子で猛攻を躱していた。
「音も気配も殺気も殺していたはずなんだが…鼻が良いのかな、忠犬らしくね。」
激しい攻防の中笑いながら道化師が言う。隙間の無い細剣の連撃を避けるのにも限界が見えて来たアクティナ、しかし顔に余裕を浮かべて負けじと鼻を鳴らして対抗した。
「っ!影が、落ちていたからな。」
空には魔法のぶつかり合いで弾けた激しい閃光。分厚い灰色の雲が覆った中で陽の代わりに地面を照らすあの光が無ければ、今頃は脳天に穴が開いていただろう。
「…そう、か。」
すると突然に止んだ猛攻。ぴたりと動きを止めた道化師は低い声でそう呟くと跳び退いて、驚き動きを止めたアクティナから距離を取った。
「はあ、興が覚めて仕方ない。いつもそうだ、光りは私の邪魔をする。」
「何?」
意味の分からない事を言い出した道化師は溜息と肩を落とした。何が彼をそうしたのか、明るく笑ってアクティナを焚きつけていた道化師は居ない。
「お前、本当に何者なんだあ?」
口の中に気持ち悪く残っていた血だまりを吹き出し、唇を拭ったアクティナはただ純粋な疑問を投げる。南方の援軍とは思えない黒の集団、そしてそれらが着けた道化師を描いた皮の仮面。
「王はお前が来るのを予言し、私を此処へ向かわせた。だが分からない…」
「無理ないさ、君の入り込める領域では無い。僕と、彼女だけが共有する秘密さ。」
的確にアクティナの苛立ちに触れる言葉を吐く男は、追い込まれて十分の一ほどに減った仲間を見る。その余所見を見逃すほどアクティナは優しくなかった。一気に間合いを詰めて大鎌を振るう。
しかし、
「悪いね、削がれてしまったんだ。終わりとしよう。」
直立した道化師は静かに謝罪を告げると、アクティナの鋭い一撃をいとも簡単に片手で止めてしまった。驚いた彼女は慌てて鎌を引き戻すがびくともしない。
「それに、また面白い人間が出て来たようだしね。楽しかったよ、アクティナ・ブラッデオ。」
指を鳴らした彼は刃を掴んでいた手を離す。すぐさま鎌を返して切り裂くが、刃は空を切って届かない。またも距離を取った男に近づこうと一歩踏みこんだ瞬間、アクティナに触った嫌な寒気。
「僕との遊びはもう終わりだ。そうそう私が何者か、だったね。」
クツクツと笑う彼は仮面を外すと素顔を見せた、と思いきや下からはまた同じ道化の仮面。
「楽しんでくれたかな、喜劇の舞台を。私の名は【クラウン】、また会えるかな。そうだなあ…今度は煩わしい光の無い、混沌に染まった闇の下で。」
【クラウン】が静かな笑い声で仮面を投げつけた。アクティナは仮面を切り捨てもう一度見ると、既にそこには誰もいなかった。黒装束の集団も、倒れていた者までも全てが跡形も無く消えていた。
「【クラウン】…」
本当は誰と戦っていたのだろうか、そう思ってしまうほどに何も無い。残ったのは帝国兵の犠牲のみ、それと地面抉る足跡に血痕が少し。
幻想につままれでもしたのだろうか、もやもやと発散しきれない思いに舌打ちを棄てたアクティナは大鎌を肩に担いで天を見上げた。
「一筋縄じゃあ、行かねえな。」
前線を押し上げる特攻隊から離れた中央、だだっ広い平野を行軍する本隊を指揮するガントレックは暇を噛んで呟いた。
「左右は…問題なさそうか、全く仕事のし過ぎだぜあの兄弟はよお。退屈でしょうがねえ、な嬢ちゃんらも暇だろう?」
「ううー-、がうーー-!」
帰ってくるのは呻き声だけ。話す相手もいない、ただ時間だけが過ぎていく。戦争に暇があるのは良いことなのだろうかと、ガントレックは頭を掻いた。
「もうちっと頑張って欲しいぜ…」
兵の数は二十万超え、倍もの差があるというのに戦況は帝国の優勢。状況が悪くなれとは思わないが、南方の軍にも攻めてもらわないと困る。最強の軍というのも考え物で、戦いが大好きな彼にしてみれば強すぎるというのは退屈を運んで来るつまらないものだった。
グラベル兄弟の猛撃は彼等を表す槍のようで、南方軍に突き刺さって快進撃を続けていた。僅か五千の特攻隊、相手の本隊は十万程度。いつまでも続かないのは分かっているがしかし、たとえ囲まれ数が減ろうと彼等は止まらない。
「暇だぜ、全く。」
特攻隊はただ本陣目掛けて進む。その突撃を免れた敵兵は左右軍に狩られていく。そうやってできた帝国側の中央本隊前の空間に寂しい風が吹いた。特攻隊の援護をすれば楽に勝てるだろうが、そうすれば後で双子に怒られる。
「怒られんのは嫌だしなあ、しかしもうやることもねえや。…おーいお前ら、決闘でもするか?」
いやいや、と反対の声があがる。残念そうに肩を落としたガントレックは目を細めて前線を睨んだ。思いそいことでも起きていないか、そう思った矢先だ。
「お、動いたぜえ…」
嬉しそうに歯を見せたガントレック。しかし副隊長も他の兵も何のことか分からない。彼だけが聞いた、戦局が変化する音。
「準備しとけよお前ら!!今回はおこぼれじゃあ無いぜ。」
いつもは特攻隊が漏らした敵兵を狩る中央本隊。しかし今回は違うと、それが意味するのはあの【七刑】の二槍が破られるということだ。
闘いが動いたのはすぐだった。本隊と本陣に届いた特攻隊が撤退したという伝令に、戦場には一気に緊張が走った。
何人殺しただろうか。赤槍を更に染める血糊がぼたぼたと地面に垂れる。振り払うにもその刃がまた別の身体を切り捨てた。敵中央本隊ど真ん中、取り残された特攻隊二千は周りを囲まれていた。
「さすがに数の差がありすぎたか?」
「ここまでくりゃあ関係ねえよ。」
三千を代償にここまで二万以上を屠って来た。負けた時の良い訳にしては勝利に寄り過ぎている。息切れなどしている暇が無かった戦いに肺も身体も悲鳴を上げ、いつの間にか口からは生温い血が垂れていた。
「しっかし手強くなってきやがったぜ。」
「まあ、当然だな。
囲まれようと跳ねのけて来た特攻隊、しかし突如現れた隊が予想以上に手を煩わせた。兵の後ろ、馬上から見下ろす老兵が連れて来た大隊は他と比べても二回り以上強い。
「馬鹿な俺でも知ってるぜ、まさか前線に出て来るとはなあ。」
「現役過ぎて兵の教育か?…頼みてえもんだなあ、まったく。」
当然特攻隊五千の教育を行うのは隊長、副隊長の仕事。【七刑】が直々に育てた隊も相当だ、しかし彼にはてんで敵わない。
「大敵帝国、加減は要らん!!全力で叩き潰せええ!!」
低く地を揺らした怒号。轟く覇気に答えた三万の兵が一斉に襲い掛かる。
南方諸国連合軍・総指揮官ガルガン・ザベルソード。究極の武人として響く彼の強さは、あのオーゼオ・ヴィルウィーナ・レンバースと並ぶとも称される。
「魔王の勝手をいつまでも許すわけにはいかん…っ!ここで必ず滅するのだ!」
握る拳は岩のように分厚く固い。武器は無い、信じるはおのが肉体と精神のみ。
【撃滅】ガルガンの猛りが地を揺らし、兵を奮い起こした。
最後まで読んで頂きありがとうございます。これからもどうかよろしくお願い致します。
第四章は結構長めな章となりますので、だれないように頑張ります。




