第六十六話 妖美
第六十六話です。いやあ毎日投稿続けるのって意外と大変なのですね。無理せず、皆様に最高のものをお届けできるように頑張ります。いつも応援ありがとうございます。これからも読んで頂けると嬉しいです。
天を覆うは幻想か。金色に光る障壁が降り注ぐ炎の雨を防ぎ、地に落ちる雷を轟音と共に掻き消した。
晴れ空は灰色の雲に隠されて、淀む空気に鉄が臭う。乱れる命が一瞬で枯れていくこの場所を人は、地獄と呼ぶのだろう。グルブ平野、赤の舞う戦場には数えきれない死が転がっていた。
僅か五千。生を棄て突き進む槍の穂先は拭いきれない程の血糊で濡れていた。
「飛ばすなあ!兄貴!!」
追い続ける背中に叫びかけた。薙ぎ払う兵の首が胴体に別れを告げて空を舞い、石突が鉄鎧を砕く。燃えるような赤髪に剥き出した白い歯が映える。
「うるらぁああっっ!!!うはははあ!!楽しいなあ!!」
戦場の真ん中で笑い叫ぶは【七刑】が一人赤槍のリュガ・グラベル。帝国最強の隊を率いる槍の舞いを誰も止めることは出来ない。
八万を超える南方諸国連合軍の中央を突き破る特攻隊は、加速を続け留まるを知らない。先人を切る隊長リュガに続くは実弟、同じく【七刑】が一人赤槍のロディオ。二槍の舞いは血を纏い、それは美しい尾を引いた。
「続けえええ!!」
オオオオオオ!!!!
俺たちは捨駒だ。死んでいい雑兵だ。そうやって今までを生きて来た。
「うらうらうらあ゛ああ!!」
周りには死が転がって、それを踏み潰しまたやってくる死を薙ぎ払う。その先に生があるはずがないのに、ただ只管穂先を振るう。
「数で圧せると、思ったかあ!」
喉が裂けようと叫ぶことを止めないのは、この戦場にほんの僅かでも自分がいた証を残すため。隣で舞う赤と共鳴し、丘の上でただ勝利だけを待つあの方に魅せる。
ズガガガガッッッッ!!!
激化する魔法戦の流れ弾が降り注ぐを縫い、馬より速く人の海を駆ける。
「ロディオォ!!!」
唯一隣を走る弟に檄を飛ばし、愚かな南方の鼠どもを蹴散らすは帝国が誇る最強の二槍。見合わせた顔は楽しく手仕方ないという兄弟の顔。そして瞳には同じ表情の自分が映る。
息切れも、疲労も、裂傷も、身体に刺さる無数の矢も忘れて命尽きる最後まで刃を輝かせる。目を合わせ頷いた敵兵に囲まれる最前線。
ドンッ
地面に石突を突き立て、寸分の狂いもなく合わされた舞を轟音の中で静かに舞う。回す刃が赤く宙を裂いて、身体を覆う燃えるようなオーラが獣の如き威圧を醸した。
「ここからだぜえ弟よ。」
「まだ始まってねえもんな兄貴。」
踏み込んだ足が地面を揺らした。来るなら来い、来ないならば槍の猛追は止まらないと。挑発的な赤が二つ、戦場で燃え盛る。
「我らグラベル二槍。死を纏い、推して参る!!」
瞳に閃光が奔り、全てを穿たんと二槍の重なる咆哮が戦場に轟いた。
「いやあ~~っはっはあ!最高だねえ!」
轟音を少し遠く、戦場全てをみわたすことが出来る崖上に黒衣装に身を包んだ集団が。似つかわしいとは思えない彼らは皆顔を隠し、面に見せるは道化師の仮面。
「来て正解だったよねえ。戦争というのはなんっっと!素晴らしい芸術なんだ…。」
一際派手な道化師が仮面の下で恍惚と笑う。鼻に抜ける燃えカスの匂いと肌を撫でる熱気は戦争特有のもの。遠い視界には魔法の光と命の灯。火花として散るそれが何とも言えぬ快感を道化師に与えた。
どんなに娯楽を貪ろうと、どんなに欲を満たし尽くそうと足元にも及ばない。人が狂気に巻かれ凶器を振るう狂喜的な戦いはどんな愉悦にも劣らない。漏れる笑いは心を一緒に吐き出してしまうほどに奥底からこぼれだす。
「ア゛ア゛…君はどこまで楽しませてくれるんだい…?」
崩れ落ちてしまう快感が彼の全身に突き抜けた。想像で絶頂に達してしまうほどの快楽が目の先で踊っている。うずうずとむず痒いまるで背中を虫が這っているかのような感覚が一層欲を掻き立てる。
無意識に動いた身体が滑稽な踊りを奏でる。喜びを与えるはずの道化師が、自身の喜びに心を奪われた。血に酔って踊る道化師は、狂気に触れた憐れな道化師。
「喜劇の、始まりだ…」
戦場に降り立った喜劇役者の黒集団。破壊を纏い踊り狂う、道化芝居が開幕を告げた。
息を切らし焦る伝達兵が幕を揺らす。。
「ほ、報告を…っ!我が軍右辺後方に新たな敵襲!!我が軍右辺後方に新たな敵襲を確認致しました!」
作戦会議を広げる本陣幕の中に一気に緊張が走った。伝達兵の言葉が聞こえなかったものはいないが、しかし内容に信じがたいと聞き返す。
「敵は僅か二百!黒装束に仮面をかぶった謎の集団です!!」
「二百??何を馬鹿な…」
「今はそんな事に構っている暇など!!」
二百などという数に何が出来ると、鼻で笑った将官たち。戦況は依然拮抗し、気を抜けばすぐにでも劣勢が見えて来る。そんな中で小さい横やりになど構っていられないと一蹴する。しかし、会議を再開しようとした彼等を止めたのは他でもない彼女。
「何をそんなに恐れている?」
冷たい笑みを浮かべたゼアリスが戸惑い立ち尽くした伝達兵に声をかけた。
「何を見た。」
天下無敗の帝国軍人であろう者が何にたじろぐのかと、彼女の威圧的な問いが兵士の身を震わせる。
「は、はい。それがどうやら南方の援軍でも無いようでして…とても不気味な、得体の知れない部隊なのです。」
突如現れた黒ずくめの集団を一目見て何か良からぬものだと奔った伝達兵。見た者にしか分からないあれは、汚泥からひり出た害虫だ。
「それに顔が…」
言葉を止めて上目で見た伝達兵。伺う彼女の顔は続けろと催促してくる。
「つまらない虚言だと思われるかもしれませんが、その…道化師の仮面を。」
自分でもあれは見間違いだったのではという思いからの言い淀みだった。そんなわけが無いと、悲劇の舞台である戦場に似つかわしいはずも無い喜劇の主役が居るなどと。
半笑いで撤回しようとしたのをかき消した大きな笑い声。クツクツと抑えるように、そして心底楽しそうに顔半分を覆いながら笑顔を魅せた皇帝に見開いた目が集まる。
「そうか、そうか…。く、くくくっ。」
「へ、陛下…」
一人が心配そうに尋ねた瞬間、幕の中を支配したのは恐ろしいほどに冷たく煮えた威圧感。唯一の理解者だと自負は低いが評判高いベルトレットですら、彼女の凶暴な雰囲気に一歩たじろいでしまう。
「やはり来たか、道化師がぁ……」
俯いて見えない彼女の顔。しかし覗くことなど出来ない、荒れ狂う暴虐の渦に喜んで飛び込む者などいないのだから。
唾を飲み込む音がはっきりと聞こえる静寂。上げた顔、剥き出しの暴に血の気が引く。抑え込もうと握る手がゴキゴキと音を立て、目の奥確かな破壊の炎が幻覚となって見える。
忘れていたわけでは無い、だが麻痺していたのはまた事実。大国?最強の軍?いや違う。そんな誉め言葉もただ一人、玉座の勘緒所が居なければ欠片も帝国には降り注がない。
「馬鹿な道化が、のこのこと。お前が成すこと全てが児戯に過ぎないと、刻み込んでやれ。」
上げた口角に宿る野生は戦いに飢えた猛獣の如き熱を放っていた。血が渇く、呻きを上げた掠れ声。
それは当たり前のように届いて、彼女の脳を震わせた。
「あんたには聞こえないんだろうけどね、私は感じるよ。王の渇きが、主の欲望が。」
対峙する仮面の集団。首を傾げる目の前の道化師は不思議そうに顎を摩った。
「はて、何のことか。しかし困った…まさか先手を打たれていたとはね。」
奇襲をかけるつもりだった彼が降り立った地に予想外の大軍が待ち伏せをしていた。まさか来ることを予感していたとは、侮りが過ぎていたことに溜息が漏れる。
「感服だねえ。彼女もまた、僕と思考が似ているようだ。」
「勘違いも甚だしいな。あの方がお前如き仮面人と?腐り落とすのは性根だけに留めておけよ。」
可愛い顔をして吐いた毒は驚くほどに強烈だった。普段は右の要を任されている彼女、しかし今回は遊撃として暇をしていた。しかしたった今理解した、自分が何を任されたのか。
「いやいやまったく敵わないなあ、あの暴欲の皇帝には。」
鼻に付く仕草で肩を竦める男。ふざけた道化師の仮面が癇に障る。苛立ちが募る、目の前の仮面が見るのは遠く座る皇帝だということに。舐めた態度だ、自分を脅威だと感じていないその態度に静かな怒りを燃やすアクティナは背中に携えた大鎌を振るう。
「どこのだれかは知らねえが、私は優しい女じゃないからな。」
「愛らしい声だというのに。そんな言葉と得物は君に似合わないだろう。ほら、か弱く儚い…君にぴったりな贈り物だ。」
懐から取り出した一輪の花が風に乗って枯れていく。力なく地に落ちた花の残りを足でにじる男が嘲笑の声を上げた。
「…殺してやるよ。」
「か、はははっ!!…楽しみだねえ?お嬢さんっ。」
血を蹴り上げた音をかき消した鎌の風切り音。身長と同じ程の大鎌を振るうアクティナは確実な殺気を持って道化師に迫った。彼女に続くおよそ一万の兵が二百の黒集団に突撃する。
「おっととと、危ないじゃあないかっ!」
軽快な体捌きで彼女の攻撃をかわす道化師。大物とはいえ刃の速さは常人が見切ることが出来る範疇を越えているはず。すぐに分かった、ただの喜劇役者では無いと。そしてだからこそここで殺さなければならないと確信した。
「チィッ!!」
思わず舌打ちをしたアクティナは余裕綽々と言った態度を崩さない男に段々と怒りを増幅させていく。一切の攻撃をしてこないそれが自分を舐めているのだと、その怒りが刃を鈍らせた一瞬の隙。
「ああ、君もまた囚われている…」
どこから出したのか細くただ突くことに特化した凶器。瞬きをしたわけでも無いというのに見えなかった突きが五度、腹部を正確に穿った。一つ一つの傷は小さく浅い、命を削る気の無い攻撃。
「ほら、ここにも。」
「く、あああ!!」
一瞬、気づかない程の隙間に捻じ込まれた連撃が抉っていくのは彼女の自負心。馬鹿にするように、ここが空いているぞと教えるような針でつつくような攻撃が彼女の神経を逆撫でする。
「かっはっは…いいねえその表情、可愛らしくて滑稽だあ!」
「くっ!」
一瞬で増える小さな穴。微量な血が彼女の白い肌に線を描いて、模様のように全身で踊る。おちょくられるように握られた主導権を奪うにも心を落ち着けるのが先だ、そう思い見渡した仲間の姿に目が開く。
僅か二百、黒の道化が次々に鎧を砕き蹴散らす光景に目が奪われた。
「数で勝るが勝利の定義、それを得意気に崩すのが君達では無かったのかい?」
皮肉と嘲笑を体現した緩慢な踊りを戦場で舞う男は、青い涙を流した道化師の下で卑劣に笑う。
「戦争という喜劇の舞台に立てた喜びを具現化するには、些か君は不十分のようだね。見ておくれ、彼女の手を離れれば所詮は皆雑多なゴミの集まりさ。支配に溺れるのはなんとも言えない快楽だろう、しかし。その甘美なまやかしが目を濁らせる。」
くねらせた身体、楽しそうに踊る彼の言葉は悲鳴の中で良く通る。無防備に見える男の間合い、一歩踏み込んだアクティナを襲う不気味な殺気は彼が放つ確かな威圧だった。
「哀れだねえ、君達は。いくら屍を重ねようと、彼女にとっては消耗品だ…代わりの有る命とは、なんとも鈍く汚い灯なんだ。ああ、嘆かわしいよ、くっくっくくくははは…」
常勝、最強。それが帝国を表す言葉だという錯覚が溺死の根源だ。泣き崩れる仕草で憐れむ勘違いの雑兵たちに道化はお前らの方だと告げに来た男は、乾いた笑い声を吐き出して俯いた。
「何が言いたいのかと、待ってみれば。分かったような言葉であの方を語るなど、愚劣な人形が。」
身震いに、顔を上げた。空気の変化に冷や汗が仮面の下を伝い、顎から地面に落ちる。
(な、んだ。)
嫌な寒気を感じたのは背後、静かな呻きと吹き出す血の音に振り返る。黒装束を貫く刃、薙ぎ払う鉄槌、押しつぶす拳が仮面を地に落としていく。
「ぅぅがあああああ!!!」
「雑兵、ゴミ、消耗品…なんて良い物だと思っていたのか?ふっふふ、あはははあっ!!!」
変わりように頭が追いつかない。先ほど追い詰められていた様子は何処に消えたのか、高笑いに空を見上げた彼女は狂気に満ちていた。
絶叫が上がる。地面に倒された帝国兵が起き上がり、涎を垂らしながら剣を振るうは正に狂った傀儡のように見えた。
「戦争が喜劇?愉快だねえ愚鈍な道化師さん。」
「デイゴグにぃいいいい!!!勝利をおををを!!!」
「がるぅうぅあああああああ!!!」
仮面人の短い悲鳴をかき消す雄叫びがあちこちで轟いた。
「遊びなんだよ。死人なんだよ。言えや分かるか?軍人も平民も、戦争も全て彼女が愉しむための玩具で遊戯なんだよ。死人が痛みを感じるか?恐怖を感じるか?生を願うか?」
「く、狂っている…」
「最高の誉め言葉だなあ。そうさ、生まれた時から全てが彼女の所有物でいつでも棄てられる。ガヴェインは、狂国だ。私らはなあ、死ぬんだよ。皇帝ゼアリス・グリード・ガヴェインの暴座に跪いてな。」
それが何よりの喜びだと。それが生きる意味であると。私たちは正常だ、正常に狂っているのだ。
王座で笑う絶対の支配者。幕の中一人、死を囁いた。
「道化が。自分の舞台で馬鹿な笑顔で踊っていれば良いものを…見せてやれアクティナ、帝国を敵にした瞬間に沈んでいることを。絶望の底がどれほど暗いものであるのかを。」
紅い目が妖しく光る。戦場の死人へ、手向けの花を。
「咲け、藍の花。」
「【七刑】が藍の大鎌。アクティナ・ブラッデオの散り際をゼアリス様へ。」
遠く本陣彼女の言葉に共鳴する。束ねた藍色の髪を解く彼女は花弁を広げた。大鎌が風を優しく薙いで、纏う色香で惑わせる。
藍の花、ブラッデオ。
花言葉は【優艶な死の飾り】
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