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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第四章 血の時代
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第六十一話 開幕

第六十一話です。新章始まりです。最初の一行を決めるのに時間がかかってしまいました。遅れまして、申し訳ありません。実はずっと書きたかった章なのです!展開をずっと練っていましてやっとのこと、楽しみです。いつも読んでくださりありがとうございます!!

 潮の匂いを運ぶそよ風が肌を撫で、照り付けた陽は暖かい。出迎えたのはリューゲンの港。海鳥が羽を休めるには賑やか過ぎる、別名【酒海の街】。


 「よぉ~お~!お前ら、おっそかったなあ!!」

 騒がしい、その一言に尽きる港は顔より大きな木製のジョッキを振り回す男だらけ。そんな中一際真赤な顔で、見知った男が叫んでいる。並々に注がれた火酒を両手にテーブルを片足で踏んだ無精ひげの男。


 「お前が早すぎるのだ、まったく酒浸りのダメ鍛冶師が…」

 呆れたようなゼアリスの言葉はどこ吹く風、大笑いで酒を煽ったベルべ・モンテテイロー。

 真っ先に船を降りた彼はさっそく目の前の酒場で大酒を飲んでいたのだ。


 「ぐはは!見ろ、掻っ攫ってやったわ!」

 酒気を帯びた息を吐き出した彼はジョッキを叩きつけ、懐からパンパンに膨らんだ麻袋を見せつけた。

 「ここのやつらおいらが鍛冶師だって侮ってやがったからな、いやあ儲け儲け!!」

 酒場は大いに賑わっていた。街のごろつきから衛兵まで、街の男が大勢参加する腕相撲大会は力自慢たちの賭場にもなっている。賞金は日替わり、この日は奴隷船が来航するからか多額の賞金が集まっていたのだ。


 「見ろ、これで一月は酒浸りだ。」

 重さを表すような大きな音。卓に置いた麻袋から銭貨の山が見える。今にも発火しそうな顔の赤さでまだ飲もうと言うのか。ドワーフが酒に強いとは言ったものだが、皆がこうなら火事場に火は点かないだろう。


 「ほう、その大会はもう終わりか?」

 ゼアリスがベルべの向かいに腰を下ろした。龍馬たちも同じように席に着くと各々飲み物を頼む。ゼアリスの問いに呆けたベルべは嫌な予感、苦しい顔で目を反らした。

 その予感は図らずも的中、注目されていたのもあってか大会優勝者への挑戦を煽る声が次々と上がる。溜息を吐いて頬を叩いたベルべは気合を入れ、腕を捲って卓に肘を突けた。


 「言っとくがぁ、手加減できねえぜ?その細腕ぶち折っちまっても文句なしだ。へへっ。」

 にやりと笑ったベルべが手を出せと促す。しかしもっと深く笑ったゼアリスの悪い目は蛇のように彼を縛り付けた。ゼアリスが立ち上がり、再び嫌な寒気。見上げた目は既に後悔の波に揺らいでいる。


 「手加減してくれるとありがたいなあ?こんな細腕をいじめないでおくれよ。」

 高笑いをして叩いたのは隆々とした二の腕。どっかりと小さな椅子をいじめたのは鉄面の大騎士。不気味に描かれた単眼、隙間から鼻息が漏れる。任された自信満々な背中は山のように立派だった。


 「ちょ、ちょっとま…」

 途端噴き出した汗、血の気が引いて酔いがさめていく、言葉を遮って捕まえられた手はびくともしない。力を込めていないつもりなのだろうが圧迫感で握り潰されてしまいそうだ。


 「ビン、手加減は要らんぞ。なんせ、お前は挑戦者だ。」

 制止の声はか細く消えた。高らかに鳴り響いた鐘の音、瞬間ベキベキッッという大きな音で卓が真っ二つにぶち壊れた。慌てて取り上げたジョッキが波打って見送った持ち主の行く先は、大きな酒樽を揺らして止まる。転がって腕を抑えたベルべは蹲って唸りを上げた。


 「ぐぅぅうううおお…」

 「よし、用は済んだ。またなベルべ!酒は程々に、だ。」

 クツクツと悪戯に笑ったゼアリスは参加料の銭貨一枚を指で弾き、ベルべの近くへと転がした。麻袋を肩にかけ立ち上がったビン。龍馬に顔を向けたゼアリスはジッと見つめること数秒、ふっと鼻を鳴らす。


 「ちょっと可哀そうな気が…」

 「良いんだよ。あの酒癖は強めにやらんと治らない。」

 レティシアの憐みの目を笑い飛ばしたゼアリスは、口ではそう言っておきながらも内では心配していたのだ。定期的に灸をすえなければベルべが早死にするのは目に見えている。酒好きのおやじに見える彼もゼアリスにとっては欠かせない、そして世界にとっても稀代の名工であるのだ。


 「私はここらで去るとしよう。三人のことは任せろ、再会の言葉くらいは見につけさせるさ。」

 手を招いて呼んだユニ、アルマ、エネテロの三人はアリアンナと龍馬へ縋る。別れが惜しいのは同じ気持ち、しかし彼女らのためにもゼアリスと行く方が良いのだ。そう言い聞かせてアリアンナは送り出す。


 「…感情なんて水物さ、また雨が降れば流れていく。私は人臭いのが好きなんだ。」

 そうして残した言葉は誰に向けたものなのか。当の本人は虚空を見詰めたまま。彼女は背中越しに手を振り、停泊している小さな船へと姿を消した。


「さて、私達も行くとしましょうか。長居は良く無そうです。」

 そう言ってレティシアが目を向けたのは先ほどまで乗っていた大型客船。人の出入りが慌ただしくなって来たと思えばそこには街の衛兵が見える。それは当然、船内には埋葬済みの死体が山のようにあるのだから。ここにいれば事情聴取は免れないだろう。


 「面倒ごとは無しだな、着いたばかりで注目されるのはよろしくない。」

 「まあ、既に注目の的だが…リョウマの言う事には賛成だ。」

 ゼアリスが集めた好機の目線、酒飲みに絡まれる前に退散した方が良さそうな雰囲気だ。ただでさえ八人の大所帯、一同は卓に代金を置いて酒場を離れた。


 

 場所は変わって街の広場。港町の陽気な雰囲気が流れ、弦楽器の音が心地よく鳴り響いている。

 「それで、これからどうするんだ。」

 穏やかな沈黙を龍馬が破る。前三日の惨事で忘れていたが、この大陸に渡った真の目的は混沌を探すことなのだ。しかしそれにはまず確かな情報が必要、全くの知らない土地で更地を耕すのは容易でない。

 しかしそんな不安を予想してあったのか、レティシアが懐から取り出したのは一枚の封筒。ガヴェインの紋章が入った封蝋が押してある。


 「これを…」

 中からは達筆な文字が並ぶ手紙に金の首飾り。短剣を象った小さなそれには宝石が散りばめられ、高価な代物なのが一目で分かる。

 

 山に見える屋敷を目指せ。

 同封の首飾りを見せれば力になってくれるだろう。

            ゼアリス・グリード・ガヴェイン


 「…あれのことか。」

 一同が向けた目線の先、山の上にこれでもかと存在を示す巨大な屋敷が在った。遠目にもその荘厳な造りが分かる。ゼアリスは意味の無いことはしないはずだ、おそらくは混沌の情報も得られるかもしれない。他にも何かと封筒を見るが、彼女が遺したのは簡潔な文面と首飾りだけ。一先ず行ってみないことにはなにも始まらない。


 早速、と立ち上がった龍馬。無言の背中で皆を促す。しかし歩き出そうとした彼の半着を掴む細く小さな手。少し震えながらも離さないという意思が籠った手の主は、何か言いたげに口を噤む桜だった。


 「りょう、ま。何があったの?心配してるのになにも…話してくれないから。」

 上目の彼女は恐る恐る昨夜のことを問う。ずっと感じていた、こんなにも近くに居るというのに確かな壁。いや、穴と言った方が正しいだろうか。手を伸ばしても決して届きそうも無く、真っ暗な底は吸い込まれそうで何も見えない。


 「別に、なにも。」

 そう言って笑顔を作った龍馬。笑っていない、ただ口角を上げただけ。漆黒の眼が放つ底冷えするほどの恐怖に、桜は目を反らしてしまった。

 違う、ここに居るのは龍馬なのにそこに心が無い。たじろいだ拍子に離れた指、もういいかと彼の目が聞いている。もう一度手を伸ばす勇気は桜には無かった。


 そんな彼女の肩を支えたのはベルフィーナ。隣に立ったレティシアが頷いて龍馬を引き留める。

 「リョウマ、これを。私たちは別行動をとろうと思います。」

 レティシアは手紙と首飾りを強引に龍馬の懐へと捻じ込んだ。別行動、その言葉に怪訝そうな龍馬の目線。しかしこのことは今朝より決めていたことなのだ。


 「八人もいるのですから、分かれた方が情報も集まりやすいでしょう。それに彼女にはもう一枚…」

 取り出した、同じような手紙を一枚。中身は先ほどと同じように、この大陸で後ろ盾になってくれるような人物への紹介状だという。

 ここで離れることが桜にとっていいことなのか分からない、しかし一緒にいても龍馬の心を覆う闇を晴らすことが出来ないのは目に見えている。


 「そうか、お互い何か情報を掴んだら連絡しよう。」

 見送る背中がどんどんと遠くなる。残ったのは桜、レティシア、ベルフィーナ。姿が見えなくなるころにアディラが大きく手を振るが、返す手に力は無い。


 「行きましょうサクラ様。今は、耐える時です。」

 反対側に歩き出した三人の気持ちは、港の陽気な空気に反して陰気に俯いていた



 港の外れ、ひっそりと停泊した船に乗り込んだゼアリスは麻袋に手を入れる。()()な銭貨を掻き分け取り出した小さな箱。簡素な装飾の黒い箱を開け中から取り出したのは鍵、それに破った跡が雑に残る小さな紙片。

 

 頼まれていたもんは船に乗せておいたぜ。


 書き殴った汚い文字、鼻を鳴らした彼女は紙を丸め屑籠に放り込んだ。

 「まったく回りくどいことを。」

 甲板をこれでもかと埋める真黒な大きな箱。重厚な造り、木で造られた直方体のそれは豪華な装飾が施された棺だった。あの酒好きが造り上げたとは思えないほどに美しい仕上がり、世界一と自らで言い回るだけはある。


 錠前に挿しこんだ鍵を回し、開錠した棺の蓋を持ち上げた。影から現れたのは人間の身体、のようなもの。遺体にも見えるそれを人間と断定できないのは本来あるべきものが存在していないからだった。

 表情の無い顔は中性的で年齢も成人を過ぎたころ、髪は短く切り揃えられている。凹凸の無い身体、生殖器も無く性の区別もつかない。


 「説明なしか、あいつらしい。」

 彼女の合図で船が進み出した。ビンの舵取りで海を渡る船内に待機していた、ゼアリスの部下が彼女の前に膝を着く。


 「申せ。」

 「本国からの伝達です。今朝、南方連合が対帝国の旗印を掲げました…っ。」

 

 南方連合。大陸南部に点在する小国の集い。連合に属する国が只管に叫ぶは、対帝国。

 ガヴェインの侵攻は留まることを知らず。恐れを知らない指導者の先導で領土を広げる帝国は、反対に圧迫されていった小国は恨みをぶつけられていた。

 そしてそれに拍車をかけた、帝国が【覇人】を手中にしたという噂。つい昨夜のことだというのに、まったく手が早いことだ。


 「現在敵兵はグルブ平野に向け進行中とのこと、情報によればその数…八万。」

 悔しそうに拳を握った従者の男。本隊だけでその数、増援を含めれば軽く十五万は超すだろうその数は帝国の全兵を集中させても届かない。

 大陸最強と名高いガヴェインをねじ伏せんという数の暴力。こちらも増援を望めば互角の数を集められるだろうが、当然彼女がそんなことをするはずは無い。


 全てを約束された絶対の王にとって、勝敗などは付属に過ぎない。歪めた表情は苦渋の影も無く、ただ純粋に愉悦の色に染まっていた。


 「弱者どもが、鼠はどぶを攫っていればよいものを…くくくっ、くははは!!」

 高笑いが風に流され海に溶ける。顔を上げた従者は思わず息を飲みこんだ。邪悪な笑みで歯を剥いた、ゼアリスの笑顔はまるで魔王の様。


 「開戦を知らせろ、幕が上がる。」

 皇帝が微笑んだ。海風は心地よく、髪を撫でる。


 「さあ、終焉の喇叭を轟かせるとしよう。」

 渇きを嘆いた欲が滾り、平和は崩壊の叫びを放った。血の時代が始まりの鐘を鳴らす。 

最後まで読んで頂きありがとうございます。いやあ最近評価とブックマークが増えている事に驚きと幸せが止まりません!!本当にありがとうございます。

これからもどうぞ応援よろしくお願い致します!!

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