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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第五十六話 欲で動く醜悪だと気が付かない

第五十六話です。今回は忘れないよう確認いたします…

いつも見て頂きありがとうございます!思った以上に第三章が長くなってしまいました。あと少しだとは思いますのでどうぞお付き合いください。

 龍馬の言葉に小さく何かを囁いた彼は、大きく広げた両手を握る。恍惚として笑うと、それと呼応するように爆音が遠くで鳴った。

 「っ!?」

 音の聞こえた正確な方向はつかめない、がただ一つ分かるのはまた数人肉の破片へ変えられたということ。

 

 血の臭いが充満している静かな会場に悲鳴が届いた。それを聞いて笑みを深くする彼は閉じた手を開く。掌からは黒い何かがこぼれ落ちていく。液体では無い、一つ一つが形を持った…あれは、文字だろうか?

 「聞くが君は、彼女の何なんだい?」

 地面に染みこんでいく黒い文字の塊。彼の問いかけに少し遅れて答えた龍馬は、何が起こってもすぐに対処できるよう決して目を離さない。


 「…別に。連れの一人さ。」

 ゼアリスのことだろう、嘘は言っていない。

 「彼女がそんなにも必要なのかい?」

 指した方向にはアリアンナ。彼女が何故そんなにも必要なのか龍馬にも分からないが、そんなことはどうでも良い。問答をいくら繰り返そうと仲良しには成れない。彼とは相容れないと直感が告げている。


 既に戦闘態勢、距離は少し遠いが一歩で首落とせる間合いだ。当然彼も分かっているだろうに微塵も殺気を感じない。

 「そうか、詰まらないことを聞いたね。……話は変わるが、私は人を傷つけること、命を奪うことは総じて悪だと思っているのだ。どんな理由があろうと、善の領域に触れることが出来ない。」

 この男は何を言い出すのか。目の前であれだけの人間を破壊しておきながら何を今更。そう思って見た彼の眼は悲しそうで、そこに冗談を言っている様子は無かった。


 「だから、私は悪人なのだろう。だが真に人を怯えさせるのは凶暴な殺人鬼でも、卑劣な捕食者でも無い…退屈さ。分かるかい?避けようのない、耐えがたい日々の空白は何かで埋めるしかないのだよ。」

 それが命を嬲ることだとでも言うのか。どす黒く重い感情が龍馬の身を覆っていく。

 「おお、震えるねえ。君の殺気は刺激的だ…しかし、それでは私に届かない。」

 嘲るでもなくただ事実を述べているようで、そこには確かな自信があった。彼の手から流れる黒い滝が途切れると、胸の前で両の人差し指を立てた。

 

 「やってみるかぁ…?」

 正体の分からない感情が止め処なく溢れて唇を震わせる。口からこぼれる熱い息とともに言葉を吐いた龍馬は居合腰に落とし、殺気を研ぎ澄ませた。

 「来なさい。しかし、予想より早く済みそうだ…」

 そう呟いたゼドは目を瞑り、両指を高く掲げた。


 ビィィインンッ

 指を振り落としたと同時に首元に冷たい刃が触れる。しかしそれが引かれることは無く、食い込みはすれど薄皮を破るには至っていない。先制の一撃を阻んだ元凶は龍馬の腕に絡みつき、ギチギチと音を立てていた。


 「くっ、らぁあ゛!」

 吠えた龍馬は右手を離して左手に持ち帰ると、逆手で再び押し込む。

 しかし、ゼドがもう一度指を振ると龍馬の手首に絡みついた黒い縄。伸び切って締め付けるそれは、尋常では無い力で反対側に引っ張りつける。


 「言っただろうに、君の刃で私を傷つけることは出来ないよ。」

 まるで指揮者のように悦に浸った彼が指を振ると、地面から延びた幾本もの黒い縄が龍馬の身体に絡みつく。よく見ればそれは鎖のように結びがあって、一つ一つを繋ぐのは先ほど彼の手から落ちて地面に染み込んだ文字たちだった。


 「外れねえ…っ!」

 龍馬がいくら抵抗しようとそれを上回る力で引っ張られ、両手両足を縛り付けた縄が身体を地面に固定した。立ったまま動けなくなった龍馬が歯を軋ませてゼドを睨む。


 「無駄さ、【綴り縄(つづりなわ)】は解けないよ。私の言葉は誰であろうと阻礙出来ない。」

 歩み寄ったゼドが龍馬の前で低く腰を構える。息を吐き、打撃を打ち込むぞと言わんばかりの姿勢をとった。限界まで引いた右手は握りこまず、掌には爆裂刻印が紅く光る。


 「…良いのかい?絶体絶命の状況は見れば分かるだろうに。」

 声をかけたのは少し上、椅子に腰かけて頬杖を突いたアディラ。彼女は感情の無い目でずっと戦闘を見ていたのだ。欠伸をした彼女は眠そうに目を閉じる。


 「そういう約束だしねえ~。」

 なんとも思っていない様子。彼女の気の無い返事に、そうかとだけ返したゼドは龍馬の腹目掛けて爆破する掌底を叩きこんだ。


 ドバァアアンッッ

 黒煙と共に吹き飛んだ身体。あまりの衝撃に引き千切られた【綴り縄】が滅びていく。最上段、会場の壁を破壊して尚突き進んだ龍馬の姿は見えなくなってしまった。


 「ははは…はあ。さて、君の番だ。」

 楽しそうに笑ったのも一瞬。帰って来た退屈に肩を落としたゼドが、もう一度アディラに目を向けた。

 

 

 「私の後ろに…」

 険しい顔をしたゼアリスを背中に隠したベルフィーナ。目の前で不敵な笑みを浮かべた男は彼女の肩越しにゼアリスだけ射殺すように見ている。


 「君に用はないんだよ…っ、隠れて終わりかぁ?血の皇帝!!」

 カッと目を見開いた彼が恐ろしい形相で接近する。あまりの怒りの奔流に握り締めた拳に汗が滲んだ。


 「彼の言う通りだ、ベル。私に盾は要らないよ。」

 無理をしたわけでは無い。彼女も武の心得は当然持っている。力に任せて皇帝という地位を築いてきたように、彼女には無駄な心配だった。それに、彼女は最大最高の矛を携えている。


 彼女の背後、支えるように立ったビンが強烈な威圧感を放つ。

 歩を止めた【フェイス】と二人が睨み合う。均衡した状況、先に手を出すのは…そんな空気を破ったのは意外な人物だった。彼の肩に手を置いたのは仲間だろうと思われる女。


 「程々にね。私は先に行ってるわ。」

 妖艶で美しい容姿。声まで人を魅了するような艶を孕んだ彼女が、もう一人の影が濃い男を連れて去って行く。階段を下り会場を出ていくまでを誰もが黙って見送った。それほどに彼女の一挙手一投足に品があって、遮ろうという感情さえも湧いてこなかったのだ。


 「ちっ、邪魔を…っ!?」

 【フェイス】が余所見をした隙に先制したのはゼアリス、黒杖を彼の胸部へと抉るように突き込んだ。

 ガギィイインッッ

 鈍い衝撃音。胸の前で交差したナイフに間一髪で阻まれてしまった。完璧に不意打ちが決まったと思ったが、驚異的な反射神経で受け止めた彼は地面を擦って後ろに飛ぶ。


 「ぐっ…危ないじゃあねえか。」

 憤る彼が眉間を引き攣らせる。手に構えたナイフは奇抜なデザインに、一般的な物とは明らかに異なって大振りだ。薄刃で良くしなる、輝きが切れ味を雄弁に語っていた。


 「ビン、お前は手を出すな。これは、()の戦いだ。」

 空気が変わった。ピリピリと刺激的に肌を刺す覇気が場を包む。変わったのはゼアリスが纏うオーラ。彼女が本来持っている王の風格。


 【絶対】の名を冠する彼女が戦闘態勢をとった。地面に罅を入れるほどに強く突いた黒杖に両手を翳し、仁王立ちした彼女の姿はまさに覇者。


 「怖気たか愚物よ。我の前に屈服し、牙剥いたこと後悔しろ…足掻きは、不要だ。」

 来るなら来いと、油断では無い圧倒的な余裕の笑み。


 「…っっ!」

 対した【フェイス】は悔しさで歯を軋ませた。武帝とは言えど自分の方が優位だと信じて疑わなかった彼は、突然変わった彼女の雰囲気に不覚にも後退してしまったのだ。

 意を決して踏み出したそこは死地。肌が引き裂かれる幻覚を覚える。しかしここで引くほどの弱者では無い【フェイス】、懐から予備動作無く放った数本のナイフに合わせて走り込んだ。


 一瞬先に到達した刃を全て撃ち落としたゼアリスの喉元に迫る両手の斬撃。状態を反らすことで避けた彼女はその長い足で蹴り上げる。

 彼女の足を踏み台に跳び上がった【フェイス】が宙で回転し、その勢いでナイフを振り下ろす。偏差を付けた刃の片方が彼女の髪を数本落とすが、待っていた黒杖に着地を狙われる。


 五連の突きが一瞬で繰り出された。防ぎきれずに肩を抉った衝撃を利用し、逆手に構えたナイフを振るう。金属がせめぎ合う音が響き渡った。


 息つく間もない猛攻の応酬に見守っていた一同が生唾を飲み込んだ。ゼアリスの戦闘など初めて見たレティシアにベルフィーナ、そして桜も驚きを隠せないでいる。

 「長引きそうだなあ…」

 一人呑気に酒瓶を煽ったベルべがそう呟いた。既に出来上がっているのか赤い顔には心配の色は無い。


 「なんでい嬢ちゃんら。心配なんかいらねえよ…あれの強さは相当なもんだ。護衛だって要らねえんだよ本当は。…さて、おいらは失礼するよ。」

 空いた酒瓶を隠し、背を伸ばした彼が場を発つ。引き留める理由も無く気を付けてとだけ言うと、彼は背を向けたまま手を振った。


 「必ず、お前の顔を、奪い殺してやる…っ!」

 叫びながらナイフを振るう【フェイス】、必死だがしかし全ての斬撃は受け弾かれてしまう。刃の輝きとぶつかり合って散る火花。熱を帯びた戦闘の中、ゼアリスは高笑いを上げた。


 「くははっ!…醜いなあ【フェイス】とやら。」

 その言葉が彼の逆鱗に触れた。

 強力な一撃が杖の防御を弾く。攻撃に転じたゼアリスの杖が彼の頬を掠め、反対に初めて彼のナイフが彼女の腹部を裂いて血を噴かせた。


 「…俺が、醜いだと?この、俺が…っ!」

 間合いを離れた彼が両手で顔を覆った。浅いとは言え確かに傷を負わせた頬、しかし切り傷は黒く影が見えるだけで血が出ていない。


 横っ腹を抑えながら遠く覗いたゼアリスは全身に寒気を覚えた。ゾッと嫌に背中を撫でる違和感に、目で捉えた確かな現実が恐ろしく脳を舐めつけた。

 「見たなぁ?俺の、()を…」

 卑劣な笑みを浮かべた男が頬の傷を撫でた。触れた場所がぐにゃりと歪む。空いた穴に両手の指を入れ、あろうことか広げていった。

 「うっ!」

 呻いた桜、しかし異様過ぎる光景に目が離せない。

 

 ベリッベリベリッ

 音を立てて皮膚が裂けていく、が血は出ない。脱ぎ始めた本当の仮面、そして偽りの顔。

 「見てくれよ…新しく飾り付けたんだ、可愛いだろう?」

 それは記憶に新しい端正な。剝ぎ取った顔面の下、現れた新しい顔に吐き気が止まらない。


 【フェイス】

 それは人の顔を剥ぎ取る猟奇的殺人鬼の名前。

 脱ぎ去った虚実の下で笑っていたのはまだあどけない、純粋無垢を貼り付けた少年。罪を犯して堕とされた、憐れな天使の顔だった。

最後まで見て頂きありがとうございます。みな様のおかげで私は頑張れていますので、これからもよしなに。長く応援よろしくお願い致します。

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