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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第五十五話 寄り添って肩を抱いた手が

第五十五話です。いやあ本当にもうしわけございません。投稿忘れしておりました。

 甲高い悲鳴が静寂を突き破る。一斉に駆け出した人間の塊が階段を上って会場の出口に向かって流れ始めた。背後では再び破裂音が鳴る。

 たった二つの出口に集結する人間達、そして気が付く扉が開かないということ。叫び声が飛び交い恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになった感情が入り乱れる。


 「は、早くしろよぉおお!!」

 「助けてくれぇええ!!」

 押し合い、引き合い。少しでも遠ざかろうとして殴り合いさえも始まった。逃げ遅れれば自分も()()みたいに、そう考えるとさらに震える。首を鷲掴みにした長身の男、彼の手の中で藻掻こうと次の瞬間には首から上は、

 ボンッッッ

 また一つ、物が増えた。



 「なんだ、これは…」

 阿鼻叫喚と表現するが容易いか、一様に捨てられる首の無い死体が十を数えた。突然の暴挙にベルフィーナがこぼした言葉。ステージ近くで腰を抜かして逃げ遅れた参加者がまた一人屠られていく。

 逃げようにも会場左右の壁、中央付近に設置された二つの扉は既に人の渦が巻いている。見渡して席に座るのは一番奥に座るゼアリス一行と、反対側これも一番上で状況を見守る二人だけ。


 男の歩みはとても遅いが、一歩一歩確実に階段を行く。生きたまま手に引きずる人間も次の瞬間には身体だけ、ゴミのように放られた。

 悲鳴と爆音が轟いていく。人の塊に足を踏み入れた男は躊躇なく頭を掴み空中に投げ飛ばすと、今度は全身が爆ぜて赤い花火となった。


 「酷い…っ!」

 恐ろしく震えた桜が両手で耳を塞ぐ。破裂していく身体に、染まっていく地面を見たくないと目を瞑る。それでも感じる巨大な圧は切ない顔をした男のものだった。


 「埋まらない。だめだ、広がっていく…」

 呆然と天井を見詰めながら作業のように人を薙いでいく。掌に施した爆裂刻印が紅く光を帯びていた。

 彼の能力の名は【刻印】。刻むのは言葉、綴る破壊で死の旋律を奏でる。


 「君、そこの君だ。」

 這いつくばって逃げようとする男に声をかけた。

 「ひ、ひぃぃいい!!」

 悲鳴を上げて絶望に歪んだ顔を見せた貴族は恐怖で粗相をする。必死に逃げようとするが震えた手足は思うように動かない。


 「しっかりと立って逃げなさい。」

 どういうことか、男は貴族の手を引いて立ち上がらせた。未だ恐怖に歪んだ顔で礼など言うはずも無く走る。人の塊に消えるのを見送った男はまるで汚物を掴むように手袋脱ぎ捨てた。掌で紅い刻印がうねり、示した文字列が淡く灯る。

 

 「お、おいあんたそれ…」

 逃げ延びた貴族は人の壁をかき分けていた。そんな中、呼び止める声に振り返る。

 指さされたのは首元、蛇のように蠕動する紅い文字は位置的に目には見えないが触ると熱を帯びている。なんだこれ、と呆けたのも僅か。必死に逃げようと塊の中心まで潜り込んだその貴族は全身を紅く光らせると、それを塗り潰す赤へと変わる。


 時限爆裂刻印。ただの言葉が、文字が一度に何十という命を破片へと変えてしまった。絶句する人々、もう逃げられないと悟ったのか。遅すぎる、直感で理解するべきだったのだ。死を迎える心構えは出来ていない。絶望に逃げ惑うにもその足音は大きく鼓膜を震わせる。


 扉が開いたのはそんな時だった。左右が同時に開け放たれ、これ見よがしと人が流れていく。

 「うおっとっと…なんでい、来ちゃあまずかったか?」

 「何事だ…」

 片方は見知った顔、ベルべ・モンテテイローだった。飲んだくれのおやじだと思っていた男がまさか救世主になるとは思わなんだ。そしてもう片方は見知らぬ、またも不気味さを持った男だった。顔面を覆い隠す仮面に影の濃い雰囲気。


 静かになった会場で何も知らないベルべが近づいてくる。しかし状況はあらかた理解したのだろうその顔には後悔が滲み出ている。

 「そう肩を落とすなベルべ。」

 彼が居なければもっと多くの人間が血の海に沈んでいただろう。状況は明らかに良くなった、しかし出口に一番近いのは奴だ。もう片方の扉を開けた男はやはり反対側にいる二人の連れなのだろう、合流して何かを話している。


 さてどうやった抜け出そうか、そんな折男は近づくでも無く階段を下り始めた。何故、そう思ったのも一瞬。ゼアリスが叫ぶ。

 「お前…っ!!」

 「そうだよ。君達はまだ逃げられない。」

 全てを分かっている男は透明なケースの前に椅子を持ってくると、静かに腰掛けた。失うことの出来ない人質を背に男は言う。

 

 「私を楽しませておくれ。」

 彼の原動力はそれだけだった。暇つぶしに人間を壊していた彼に残された、最後の退屈凌ぎ。


 「リョウマ、アディラ…」

 声をかけたゼアリスの声は震えていた。目を見開いて眼光鋭く二人を射る。


 「手段は問わない。彼女を、絶対に傷つけるな。奴を…」

 絶対の主の言葉に空気が震えた。解き放たれた二匹の獣が呻った。続きは言わなくても分かる。

 「あは、ぼくに譲ってよお…」

 「断る…」

 覇気を噛み締め熱い息が口から洩れる。一人は狂気に満ちた笑みを、もう一人は破壊を込めた怒りを。


 人が居なくて良かった。二人の纏う抑えきれていない殺気は常人には強過ぎる。

 「今の内に逃げた方がよさそうだぜ?こりゃあ巻き込まれたら大変だ…」

 最後まで見守るにも邪魔になるわけにはいかない。席を立ったゼアリスらは出口に向かおうと、横からかけられた声に振り返る。


 「おやあ、お早い退散だ。」

 「…ルカッド。」

 声の主は皆が着ける仮面の制作者、ルカッド・ルーサー・ルペンドーラ。一際奇抜な仮面を着けた彼が連れを二人背に近づいて来た。


 「はぁ、今は戯れている場合じゃあ…」

 「今だから、だよ。丁度いいじゃあないか?こんなにも仲間がいる。」

 見ろ、と手を広げた先に無数に転がる身体。彼の声が震えている。それが恐怖ではないことを瞬時に理解した。とても強い怒りを抑えていると全身で訴えている。


 「ルカッド…」

 「俺の名を、呼ぶ資格はお前に無い…俺がどれだけ、どれだけお前を恨み憎んでいるか。」

 激しく震える手で仮面を剥いだ彼の顔には、とても深い皺が刻まれていた。怒りに満ち満ちている表情で歯を剥いた彼が苦しみを露わにする。


 「どれだけの屈辱だったか。お前に命じられ、拒否を許されずに作らされたその鉄の仮面!お、俺の…俺の全てを否定したお前をぉお!!絶対に許さないぞ…っ!!」

 数年前、ビンのために鉄面を作らせたのを思い出す。皇帝に即位したばかりの彼女は暴に染まり、力で抑え付けたのだった。

 革職人の彼にとって鉄の面を作るなどもってのほか、しかし彼が怒りを抱いているのはそこでは無い。自分の命と天秤にかけた時に切り捨ててしまったことに対してだった。命が惜しかったのだ。それが何よりも耐え難く、今日まで増幅し続ける憎しみを抑えて来た。


 「お前の仮面は特別でなあ…何を素材にしたと思う?」

 特別性だと手渡された仮面を外し感触を確かめる。滑らかな手触りでとても良い革を使っているのだろう。それがなんだと、彼の顔みると醜い笑みに歪んでいた。

 その凶悪な笑みで全てを悟ったゼアリスが信じられないと目を見開く。頭の中に浮かんだ考えは余りにも人の道を外れていて、しかしそれが正解だと目の前の男が肯定する。


 「ふ、ははははっ!いい、顔だぁ。その綺麗な顔をもっと歪めて、頂くとしよう。」

 「貴様、本当は何者なんだ。」

 あの好青年は何処に行ってしまったのかというほどに、その笑顔は作り物を握ったような不格好さを持っていた。しかし変わってしまったのでは無い、彼は被っていたのだ。 


 「ルカッド・ルーサー・ルペンドーラ…良い名だろう?だが改めてこう名乗ろう。」

 怒りを潜め、姿勢を正した彼が紳士然としたお辞儀をする。

 「私は【フェイス】…皮職人、君の顔を奪わせておくれ。」

 本当の仮面の下、醜い猟奇的な瞳が光った。


 

 「二人、か。」

 「違うよお、ぼくの獲物。」

 一歩先に出たアディラが揺らめいた。小さい体に内包する狂気を真正面で受け止める男は尚も残念そうな顔。余裕そうな態度を見せているのが虚勢なのかは分からない。


 「アディラ、譲ってくれ。」

 「えーでも……あーあ嫉妬しちゃうなあ。」

 言いかけた彼女は龍馬の顔を見て悟った。仕方ないと素直に身を引くと頬を膨らませて椅子に座る。

 「ただじゃヤダなあ。」

 「あとで何でも言え。」

 「っ!絶対だよ!!」

 嬉しそうなアディラを背に、龍馬は彼を見る。身を屈めて椅子に座った男は一つ溜息を吐くと立ち上がった。


 「そんなに私と戦いたいか。嬉しいが、すぐに終わっては困るな。」

 首の骨を鳴らした男は片手に着けていた手袋を外し落とす。龍馬も仮面を棄て、お互いが素顔の対面。

 「私は、ゼド・ロクシオン。」

 「獄龍寺龍馬。忘れるなよ、顔だけじゃなく全身に刻め。」

 柄に手をかけ、鯉口を切る。


 「く、ははっ!退屈を忘れさせてくれるかい?」

 大きく広げた両手の先、掌で蠢く文字が光を帯びる。


 「笑えよ、もっと笑え。それがお前の最後の愉悦だ。存分に楽しみに浸って名残惜しく別れを告げな。これから感じる快楽は、お前が望むより苦しいぞ。」

本当は今日の朝九時に…

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