第五十一話 嚢の中で遊んでいた
第五十一話です。こちらの話は時系列的には前話の少し前の出来事でございます。最後までお楽しみいただけると嬉しいです。
やはり毎日投稿するのが皆様にとっても私にとっても良いことであると分かりました。なるべくは空けずに投稿しますので、応援よろしくお願いします!
熱狂の渦に飲まれた会場は勢い良く開かれた扉の音などすぐに搔き消してしまった。一人増えようとなんら気にも留めない仮面の人間達は、ステージに置かれた透明な箱に目を奪われている。正しくはその中、横たわって気を失った少女に。
出て来たばかりなのか、説明を終えた競売人が最低売却価格を高らかに宣言した。それを皮切りに続々と手を挙げる人々。少しずつ、段々と上がる金額に焦りが募る。
目当ての人物を見つけた龍馬は一直線にその下へ駆けた。肩を叩き振り向かせたのは当然かの皇帝、ゼアリス・グリード・ガヴェインだ。
「遅いっ!」
叱りつけた彼女が隣で酒を煽る男を押しのけ席を空けさせた。後ろから跳び座った龍馬がすまん、と一言神妙な顔で彼女を見る。
「思った以上の価値がついている…厳しいぞ。」
何故こんなことになったのか、それを聞いている暇はないと察したゼアリス。元よりこうなることは念頭において計画を立てていたのも幸いだった。
ゼアリスの話を黙って聞く。最低落札価格が思っていたよりも高いのは競売人の説明によるものらしい。容姿は中の上、年齢も十七とこの競売が出すには過ぎた頃合い。それを鑑みれば普通より低いはず、なのに先に出た堕ちた天使より少し下ほどに落ち着いたのは桜の能力故だった。
捕まった時の必死の抵抗が伝わっていたのだろう、攻・防・治癒に優れた特殊能力が魅力を上げた。性格も強気だというのが刺さる者、それを屈服させてやりたいという変態、そして純粋に珍しい力を求める者など様々な人間がこぞって値を吊り上げていった。
「…」
見詰めた先、横たわる桜。見たところ外傷は無い様だが、心配と不安が膨らんでいく。このままではまずい、しかし。
龍馬も手を挙げて額を提示するが、次の瞬間には上塗りされてしまう。手元に持っている金は限られている。混沌の討滅で得た報酬はかなりの額であるとはいえ、ここに来ている者であれば簡単に出せてしまう程度。奥の手として持っている、ローデンス王に貰った謝礼も僅かな足しにしかならない。
「時間がないぞ。」
明日の夜を見据えた参加者がほとんど、しかしそれでもギリギリな値段。勢いが収束していく価値の塗り合い、そろそろ決まってしまうというところで龍馬が再び手を挙げた。
「おぉっと!さぁさぁどうでしょうか、これ以上を叫ぶお方は~…」
今持っている金の全てを余りなく提示した龍馬が祈る。しかし願いは儚く散っていった。いきなり倍の落札額を提示したのは、仮面の上からも分かる下卑た目をした豚貴族。手に入ることを確信したその男が馬鹿にするようにこちらを見下した。
そんな視線など既に頭の外、脳裏で走るのはここに来る前に掛けられたある言葉。
「いざとなったらぼくに頼って、君がぼくのモノになるならなんでもしてあげる。」
そう耳元で囁いて背中を押した悪魔。決して飲みたくないと拒んでいた条件だ、がしかし今迷いは一切なかった。挙げた手が示すのは前に倍の意、後悔は一切ない。自然と天を指していた手が宣言する。
その女は、俺の【大切】だ。
悔しそうに不細工な顔を更に歪ませた豚貴族が最低金額で吊り上げる。しかし下ろすことなく再び値を上げた龍馬。引くことは無いという意思を全面に、覚悟の顔でステージだけを見詰めている。
「愛だな。」
短く言ったゼアリスに笑みは無く、ただ龍馬を見詰めて離さないその眼は温かく光っていた。彼女自身何故そんな感情が湧いて来たのか分からない、自然溢れた言葉。しかし自分の頭で巡る、何故ここまでするのかという問いに答えるにはそれが最適解だった。
「そんなんじゃあねぇよ。」
恋は衝動、愛は執着。なんて言うけれど、そんなにも簡単に名前が付く感情ならば、これほどまでに苦労はしていない。得体の知れない正体は時に重く粘り、そして消えそうな程に脆く不確かだ。
手を伸ばせばいつも触れることが出来て、冷たい世界に色をくれる。灰色に凍った世界が、彼女の体温で溶かされて透き通っていく。
「あいつはいないとダメなんだ。あいつがいないと俺の歯車が動かない、おれの命は燃え盛らない。」
カンカンッ
机を叩く木槌の音に力強く握り閉めた拳を下げる。吐いた言葉はゼアリスに語り掛けるというよりは自分に言い聞かせているようだった。彼女の価値は金なんかでは測れないという怒りを抑えるために、強く絞った覇気を放つ。会場全体が一瞬静かに硬直するほどの怒気を孕んだそれは、空気に罅が入ったような音を鳴らした。
「ふぅぅ…」
隣の彼女も安堵の溜息を長く漏らす。握り締めていた掌にはじっとりと汗が滲んでいた。
透明なケースが裏手に運ばれていく。取引が行われるのはその日の競売が終わった後、早朝に片足を入れた頃。とりあえずの不安は去ったが龍馬はまだ安心出来ていないのだろう、面には出していないが固く閉じた拳が震えてナニモン
少しずつ喧騒の戻った会場で競売人の言葉が響く。宴は終了し、ぞろぞろと人波が出口に押し寄せる。
「で、にいちゃんは誰なんだい?」
反対側、突然の龍馬の襲来で押し退けられたベルべが身体を乗り出してゼアリスに問う。すっかり忘れられていた彼が気まずそうに頭を掻きながら、酒瓶を腰に戻した。。
「私の護衛、ってことになっているが…こいつは他の女にご執心さ。」
悪戯に笑う彼女。わざと困るような言い方に龍馬も苦笑いで黙り込む。
「ぐはははぁ、お前さんが正しいぜ。」
龍馬の肩に手を置いたベルべが龍馬に囁く。聞こえていたのか、ゼアリスが彼に睨みを利かせた。
怖い怖い、と龍馬の身体に隠れるベルべ。人も減り、静寂の帰って来た会場に残る四人。しばらく弛緩した空気中で談笑する。
特に意味の無い会話、言葉を交わす二人に挟まれた龍馬が立ち上がる。受け渡しの時間まではまだ余裕がある、しかしその前にアディラに会いに行かなければならない。
ゼアリスに断りを入れ会場を後にした龍馬、それを見送った三人。先ほどまで楽しそうに話していた二人は扉が閉じるのを合図に急に黙り込んだ。
「それで…何もんだいあいつは。」
神妙な顔をしたベルべが何処から取り出したのか、まだ栓の詰まった酒瓶を手で回しながら先ほどと同じ問いを投げかけた。しかし今度は別の、本当の答えを求めたもの。
「あんなのは久しぶりに浴びたぜぇ?」
首元にナイフが突きつけられたような感覚を覚えた、あの殺気は常人のそれでは無い。会場全体を黙らせてしまうほどに濃く、重い怒気を隣で感じていたベルべ。いつも飄々とした様子の彼でさえ緊張に凍ってしまったのだから、リョウマという男がただの護衛でないことぐらい肌で理解していた。
ゼアリスは軽く鼻を鳴らすと、彼の手から命の水を搔っ攫う。
「あ、おい!」
「……ぷはぁあ。言ったろ、護衛だって。あいつにはかかわらない方が身のためだ、ベルべ。体質か、それとも何か…」
何の因果か、龍馬の周りには得体の知れないものがうようよと滞留している。彼は引き寄せるのだ。強者だけではない闇を、そして混沌を。
酒瓶を返したゼアリスが軽く手を挙げて別れを告げた。鉄面の護衛を引き連れていなくなった会場には、栓を開けて瓶を傾けたベルべだけ。
「なんでい、おいらは蚊帳の外…って、ちっ。ねえじゃあねえか…」
虚しく残った空瓶を懐に、不満を吐いて席を立つ。
二日目、表面での成功を収めた競売は最後の夜を残して眠りについた。それが安息が故の沈黙か、嵐の前の不気味な静寂なのかは分からない。無音の会場に扉の音だけが大きく響いた。
残すは最後の夜となりました。第三章ももう少しかな、と考えております。既に第四章の展開も考えてありますのでご安心を。
宣伝というわけではありませんが企画のほうにも応募させていただいておりますので、皆様のお力をどうかお貸しください。勿論見て頂けるだけで私、幸せでございます。
これからもどうか、お付き合いください。




