第五十話 伸ばせたはずの手は
第五十話です。いやあ驚きました、もう五十に到達してしまったとは…いや、まだまだこれからです。
もっと驚いているのは、またもブックマークと評価が増えていたことですね!本当に嬉しいです!!
いつも見て頂きありがとうございます!!節目ですが特段変わり無い続きですので、お楽しみいただけると嬉しいです。
肉体が上げているとは思えない金属音が鳴り、時折火花が散って薄闇を明るく照らした。大鋏は閉じままま重厚な鈍器として振るわれて、白黒に明滅する鋭い蹴りと激しく衝突する。
どちらも引く気は無い攻撃の嵐が三分を数えた。均衡した破壊力に押し合う衝撃。均衡して動かない状況で一つ異なりを見せているのは、互いの表情か。
キンッッ
弾かれた両者が足の平を地面で擦る。すかさず間合いを詰めた【オリジン】は腹を下から殴り上げた。空を切る拳、放たれた衝撃が天井を破壊する。破片の雨が降る中で左右にぶれた老体。
王の拳と呼称した一撃が派手に壁を破壊した。裏拳は肘を押さえられて衝撃だけが飛んでいく。こんなことなら右腕も受け取っておけば良かっただろうか、そんな考えに苦笑いを浮かべた。
他愛ない誇りなど捨てるべきだった。相手は遥か高みの強者。こちらの攻撃は全く持って当たらないというのに、偶に飛んで来る軽い衝撃が優しく全身を撫でる。
メキッ
無理に継続した王拳が身体の限界をつつき始めた。悲鳴を上げる骨に筋肉が亀裂を付けて壊れ始めた。
メキメキッ
踏み込んだ足も地面と同じく破片を散らした。渾身で放った正拳突きもいとも簡単に掴み上げられ、纏ったオーラごと握り潰された。
「むっぐぐぅ…っ!」
飛び退こうとするがびくともしない。骨が小さくなっていく破壊されていく嫌な音、吹き出す血と捩じりこぼれる肉の欠片。
鈍い衝撃が腹部を襲った。縛り付けていたものがとれ、闇の中へと飛んでいく【オリジン】。手首から吹いた血飛沫が、空中で綺麗に線を描いた。
ぐちゃぐちゃになって原型を留めていない拳を落としたアディラが、大鋏を開いて閉じる。擦り合わせて鳴った音が、悲鳴のような叫びを模した。
ジャキッ、ジャキッ
薄闇から現れる姿を迎える金属音。血を垂らしながら歩み寄る老人は、しぶとく未だ闘志を灯す。
「楽しいね、最高だね!」
片方は必死に全てを振り絞りながら苦しい顔、もう片方は喜色満面。死が隣で囁くこの状況で狂気を噛み締めながら笑う子供は無邪気に遊ぶ。これが遊戯だと言うならば、今まで見て感じて来た景色は幻だ。そう思うことでしか救われない。
虚勢を吐く余裕も無い、言葉を紡いでいる猶予も無い。長引いていた戦いも終わりが近い。
「でもね、そろそろ時間なんだ。」
限界まで開いた鉄の怪物が、その大口から鋭い歯を見せつける。武骨な黒が妖しく輝いて、冷たい終わりを魅せつけた。
言葉の代わりに吐いた息が唇を震わせて、全身の恐怖を強制的に縛るほどの殺気に汗が引く。直視してしまえば動くことが出来ないから、閉じた目を更にきつく結んだ。低い体勢を取って地面に体重をかける。罅が奔った足元が破片を散らし、後ろで組もうと相方を探す手首を失くした左腕。
静まり帰る廊下に、一瞬の轟音。両足だけに集中させた覇気を鋭く尖らせて穿つ最高の一撃が、
バッッッッッ ツンッ
搔き消されて散っていく。
四方に飛んでいった両足に長さの違う両腕が、舞いながら流れる景色の中に映って落ちた。
転がった達磨は軽い音を立てて、抗うことも出来ずに転がっていく。四つの穴から流れ出る赤い川が細くゆったり広がっていくのを止めようと、起こす頭を力なく地面が受け取った。
首に小さな手が触れて、持ち上げられる感覚を覚える。開いた目は徐々に光を失っていき、ぼやける視界も色を失っていく。
最後に見た死神の顔は、虚ろな世界で微笑んだ。
薄闇の覆った廊下の先に目を向けた。近づいてくる新たな気配を敏感に感じ取ったアディラは、手に持っていた物を投げ捨てる。
「次は君が遊んでくれるの?」
絶望が正常と偽って立っている。地獄のような光景で微笑んでいる子供に、初めて感じる恐怖を越えた何かが身体の震えを奪い去る。
キュウッとしまった喉が息を吸うのを、言葉を吐くのを阻害した。何か、何でもいい。言わなければ殺される。近づいてくる小さな身体、背に広がるこの世とは思えない赤の世界。
「ねえ、誰?」
ツンツンされる頬から血の色が失われていく。反応が無いのを見て広げられた大きな鋏がさらに感情を煽った。絞る声は小さくいつにも増してしゃがれていたからか、鳴っているのか分からない程細い糸のよう。しかし聞いていたのがアディラだったのは、この状況で唯一の幸福だった。
「龍貴って言った?龍貴がどうしたの??」
どんな微かな物音も聞き逃さない最高の暗殺者が、聞き覚えのある名前に反応する。全方向から押しつぶすような殺気を解き、弛緩して空気が返って来た。途端にぶわっと吹き出す汗が赤い布から染み出す。
「はぁ、はぁ…っりゅ、龍貴さんとベルフィーナさんが重症で…」
やっとのことで吐き出した言葉を紡ぎ、駆け付けた理由を伝える。龍貴という言葉に反応したから話したが本当にこの子供は味方なのだろうか。その考えを拭うように、小さな手が手甲の上から身体を引く。
「どっち、案内して!!」
二人は駆け出した。速さに自身のあった元【サード】の前を疾走するアディラに道を叫びながら、急いで二人の下を目指す。
「もう少しだ、必ず戻る。」
「ああ…私もまだ死ねない。」
辛うじて意識を取り戻したベルフィーナが力なく言葉を漏らす。折れた骨に傷ついた内臓、離す度に血を吐いた彼女を龍貴が止める。
荒い息が小さくなっていく。無理をして笑っていた彼女も既に限界を過ぎているのだ。そこまでして生きたいと思えることに、少し羨ましく思ってしまった龍貴。
自分は命が尽きそうな時に諦めず生に縋ることが出来るだろうか、そう思って力強く頷いた。今までの自分なら無理だった。でも今は違う、名前をくれた龍馬の為なら悪魔に魂を売ってでも生きてやる。
「頼むぞ…」
そのためにこんな所で死ぬわけにはいかない。彼の役に立って死ぬまでは、この炎消すわけにはいかない。そして隣、自分と同じ彼を想って燃える彼女を絶えさせやしない。
「龍貴ぃ!」
力振り絞って上半身を起こしたところ、遠く闇の中から名前を呼ぶ声。凝らした目が捉えた二人の姿は待ち望んだものだった。声の主が腕を振るい何かを投げる。飛来した液体の詰まった小さな容器をしかと掴んだ龍貴は、素早く栓を開けてベルフィーナの口元に流し込んだ。
「うぐっ…」
ゴクッ、ゴクッと音を立てながら嚥下する。彼女は少し苦しそうにしながらも、一滴もこぼさないように全てを飲み込んだ。大きく息を吐いて頭を地面に着けた彼女が小さく感謝を述べる。
「ほら、龍貴も。」
近づいたアディラが手渡す【女神の涙】を受け取り、一気に煽る。こんな短い間隔で飲む物ではない程に高価なはず、それを簡単に渡してしまうアディラに深い感謝を思いながら龍貴は最後の一滴を舐めとった。
とても心配してくれているのだろうという龍貴の思いとは裏腹に、冷や汗を拭ったアディラの心の中は命を救えた事とは異なった安堵に染まっていた。
(間に合ったぁ~…ふぅ、リョウマに嫌われるところだったよ。)
実際嫌うなんてことは無いが、二人を死なせてしまったと知れば龍馬は悲しんだだろう。
元気とまでは言わないが、命の危険は消え去ったベルフィーナがフラフラと立ち上げる。
「リョウマは…?」
アディラと一緒にいたはずの彼を探すがどこにもいない。代わりに見覚えの無い、不審な布男。助けを呼んでくれたという彼に頭を下げたベルフィーナがアディラに問う。
「ちょっとね。さぁ、どうなってるかなぁ…」
闇の先、彼は一体どうしているだろうか。背中を押したアディラは彼の姿を思い浮かべた。
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