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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第四十九話 たすけてと嘆いたのに

第四十九話です。まさか一日空けてしまうとは、本当にすみません…お待たせしました、続きでございます。応援頂ける方々に感謝を込めてかき上げましたので最後までどうぞ、お楽しみくださると嬉しいです。

 ぱさり、軽い音を立てて落ちた包。先ほどまで背負われていた長布が中身を消して地面に横たわる。取り出した、二本の何かはこの世では珍しい片刃の剣のよう。確定するには少し歪な形で作られた、しかし見覚えのある姿。


 二つとも左右対称に刃のついたそれは持ち手が輪っかを描いている。細長い輪っかだ。記憶にある()()と明らかに異なった大きさ。両手を広げ輪のしかと掴んだアディラ・デロ・セントグレン。

 口笛だけが不気味に続いている。黒一色に装飾の一つも施されていない武骨な金属の塊。


 今が好機、直感が語り掛けて来た。老人が一歩を踏み込んだ。それが間違いだったのだ。途端全身の汗が引いて感じる悪寒が恐ろしい。撫でた殺気が肌を舐めて心臓の鼓動を縛り付ける。

 ぴたり音の止まったそこは、誰も生きることの許されない。死地だった。


 ガキンッッ

 二つが結合し嵌る音を黙って聞く。持ち手の輪っかを鷲掴みにして一つになったその姿は記憶に確かに在る。しかし明らかに異なった大きさは恐ろしく目を奪った。

 ジャキッ、ジャキッッ

 剣を振るう音とは聞き間違いの余地も無い。空気を挟み、狂気の声を上げる。


 ジャキンッッ

 命を、魂を、挟み斬り裂き断つ。黒く禍々しい、死そのものを象った大鋏(おおばさみ)。限界まで口を開いた鉄の怪物が、地獄への手招きをしている。こっちへ来いほら、安眠を約束してあげる。


 優しい笑みを浮かべた子供の悪魔が闇を投影して渦を無く目を向けた。分かっている、ここは立ち入ってはいけない禁域だ。侵入者を排除せよ、なんて命令を塗り潰して大音量で鳴る警鐘が逃げろと叫ぶ。

 いや、それは間違いだ。ここが禁域、死地だと言うならば侵入者は自分の方。何も知らず呑気な馬鹿は自分で、すでに逃げられない罠の上。

 

 恐れを知らないことが救いか、知っていたのなら糞尿にまみれて脱兎の如き敗走をしていたに違いない。涙を撒き散らし泣き叫んでいる姿が目に見える。認めざるを得ない、奴は…

 「死神、か。」


 バッッツンッ

 こぼした言葉をかき消したのは、戦闘が奏でる音楽からは調子の外れ過ぎた音だった。開けた視界に銀色の残像だけが残り、目の端に揺らいだ破壊的な殺意が通り過ぎる。


 声も出せずに佇んでいた老人は安堵した。そうか、私のことを見逃してくれたのだ。ああなんと慈悲深い、恐れ戦いた老骨を見てあの子供の()使()は憐みを持ってくれたのだ。

 (馬鹿な、そんなはずは無い。いや、絶対そうだ!見ろっ、その証拠に身体が軽い!)

 乾いた笑いがこぼれてしまう。あの子が姿を消したからか、束縛する恐怖の鎖が解かれて身体が身軽になった。今なら何でも出来る気がする。


 皺が深くなって老け込んでしまった顔を喜色が染める。本当に浮いてしまいそうな気持だ。羽が生えたのか、老いた身ながらそんな幻想を想ってしまう。はははっ、なんてことだ。軽い、軽いぞっ。全身が、特に右側が……右、が。右。


 「あれ、もう終わりなんて言わないよねぇ…」

 心底残念そうな声に、サァーッと血の気が引いていく。引き戻された現実はとても、残酷だった。滝のように流れ落ちて、地面からの飛沫が足元を濡らす。髭を撫でつけようとした腕が言うことを聞かない。それどころか、地面でこちらに姿を見せた掌が意識を失って、力なく僅かに指を閉じている。


 後ろを勢いよく振り返ったからか、目の前の地面に飛び散った雫がパタパタと音を立てた。

 「な、にが。」

 大鋏を肩に掛けてこちらを見る破壊の主に問う。一瞬であなたは何を奪ったのか、分かり切っているのに認めたくはない。無くなった右腕を拾い上げることも出来ずに見せる必死の抵抗、踏み込んだ爪先が地面に罅を入れた。


 「っ!!」

 頭を刈り取ろうと放った右足が空を切って音を鳴らす。空間を削り取ってしまったのかというほどに強力な蹴りを難なく避けたアディラは、その小さい手で足首を掴むと尋常じゃない力で持ち上げる。

 フワッと浮いた身体が瞬いた直後投げ飛ばされ、宙で立て直した体勢に放たれた拳が腹に減り込む。受け流すために回転させた身体が風圧に押されて、不安定ながらもなんとか地面を滑った。


 「ぐぅぅ…」

 躱しきれずに掠めた衝撃が横っ腹を抉り取り、喉を逆流してきた血を吐き出す。早いところ勝負を決めなければ出血多量で命は無い。長くない、そんなこと考えている自分を嘲笑う。時間、そんなものがあるとでも思ったのか。


 「次は?」

 片方の口角を吊り上げたこの子供は、楽しむことだけを考えている。自分から来る気は更々ないのだろう、完全な待ちの姿勢で首を傾げている。

 自分に残された道はもう立ち向かうことしかないと悟った老人は、おもむろに服を脱ぎだした。


 「こうすれば…あなたも私も、長く楽しめますよ。」

 服を引きちぎり作った長布で右腕と腹を強く締め付け止血をし始める。ジワリと当てた布に滲む血が痛々しいが、しないよりはましだろう。私も、そう言ったのは自分を偽ったものだった。とてもじゃあ無いが楽しむ余裕などない、それどころか戦いを再開する気持ちさえ揺らいでしまっている。


 その行為に対し笑顔で頷く死神が、嬉しそうに目を細めた。弧を描いた口元から漏れる息が冷たい。

 「まだかなぁ、まだかなぁ…ふふふっ!」

 呟いたアディラが可愛らしい笑い声をあげる。口元を隠した仕草に見合わない、全てを飲み込まんと小刻みに揺れるまん丸の瞳。妖しく濁る水晶が決して逃がしてあげないよと囁いていた。


 片手だけだからというのを理由にして、緩慢な動作。醜く永らえようと命を請うのは初めてだった。縛る布を口ではさみ、堅く強く結び付けたのをしまいに応急処置を済ませる。これで暫くは大丈夫だろう、【セカンド】ほどの再生能力は無いが時間が経てば傷も塞がる。願わくば落ちた腕を拾い結合させたいがあの攻撃を掻い潜るのは絶望的だ。


 「終わったぁ?」

 ゆらりと立ち上がった死神が重い鉄の鋏を開く。あれさえなんとかできれば良いと、そんな考えを棄てなければ未来は無い。おそらく素手の勝負でも勝ち目は薄いだろう、それに片腕という絶対的不利な状況。覆すには一撃の重みが必要だ。


 「王拳。」

 左拳で渦を巻き始めた白と黒のオーラが、螺旋を描いて覇気を放つ。これを使えるのは編み出した【オリジン】と教え込んだもう一人、しかし比肩するに値しない程彼の技は洗練されていた。触れずとも周りに傷をつけてしまうほどに強力な回転を見せる。


 当たれば良い、少し掠めれば御の字だ。そんなせこい考えを持ってしまう自分を恥じながら、見開いた目で姿を捉える。地面を駆け、空気を蹴る。音を越えた身体が一筋の線を描いて死神に迫る。

 反応出来ないだろう速さ、貫くだけを思って放つ一撃。しかしそれははったりだ。馬鹿を演じた直線の動き、強力な破壊力に隠した足での蹴り上げを無理な体勢から繰り出した。


 「うっ…」

 受身を取れずに転がる中、呻き声を聞いて直撃を確信した。しかし、

 「っわぁ、びっくりした!」

 右手で鷲掴みにした大鋏、驚いている顔は嘘ではないのだろう。胸から顔にかけて抉り取ったと、その考えは希望的観測過ぎたのだった。左手に掴み掲げた()()の雑な傷口がこちらを見ている。鋏で切り取ったのではないのだろう、強引に捥ぎ取ったような膝下辺りが捻じれている。


 「ほらっ。」

 ニコッと微笑んだアディラが肉片を投げた。立ち上がろうとする【オリジン】はバランスを崩して片膝を着く。足元には膨らみを失くした裾が赤く引き摺られた跡を残している。

 眼の前に転がって来た肉片を見る。慈悲を投げられたのか、私は今。噛み締めた唇から血が滴った。言い訳で自分を殺しながら足を受け取り、引きちぎった裾から見える膝にくっつける。アディラの関心するような声を聞きながら、再生することに集中する。


 再び立ち上がり、何度か左足を地面に突いて感触を試す。拍手したアディラが無防備に背中を向けて、地面に落ちた右腕を拾い上げた。

 「ほらほら、これも!」

 びちゃっと血を撒いて落ちた右腕を見下ろす。何をされたのか、見上げた子供は嬉しそうに笑った。


 「それもくっつけてさ、また一から楽しもうよ!!」

 血管が音を立てた。二度も、見つけられたのは最早慈悲では無い。

 (私を馬鹿にしている、のか?)

 沸々破裂しそうな憎悪で視界が塗り潰される。生を受けて六十と余年、圧倒的な力を持って恐れを抱かれながら過ごして来た。それが今、年端も行かぬガキに一度ならず二度も。


 白いオーラが身を覆う。命振り絞らなければ出せぬほどの殺気に、上から渦を巻いた黒。王拳が全身に渡り、立っているだけで地面を抉る。

 「滅し、磨り潰してくれる…っ!!」


 呆けたアディラの後頭部をとてつもない覇気が掠めた。しゃがんで避けたところ追撃の左足の底が迫る。咄嗟に受けた掌がひりひりと痛み、衝撃が身体を後退させた。

 笑みを消したアディラが閉じたままの大鋏を振るう。鈍器と化した鉄の塊が轟音を奏でた。しかし、低く屈んだ【オリジン】は既に足元。殺意に満ちた掌底を間一髪で躱す。


 後方に宙返りをした小さな身体を連続の回し蹴りが襲う。その一撃が大鋏に当たり、握りしめていたアディラも共に弾き飛ばした。


 壁に叩きつけられ落ちたアディラが身体を起こす。危ない、と溜息を吐きあまりにも強力だった蹴りに驚いた顔をした。しかし更に驚愕していた【オリジン】。全力の一撃だったにもかかわらず、直撃した大鋏は僅かな歪みも見せていない。何で創られたものなのか、傷一つ無いそれを睨む。


 「痛いじゃんか…ふふっ。」

 割れた唇を舌で舐めとったアディラ。全然といったところか。見せた余裕が虚勢であって欲しいと願ういながら、鈍く軋み始めた老体で再度飛び込んだ。

いつも見て頂きありがとうございます。そして新たに評価して下さった方も本当にありがとうございます。これからも頑張っていくので、離れず見守って下さると幸いです。

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