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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第四十八話 善良を騙る不埒な優しさだった

第四十八話です。なんとか空けずに投稿できました。心を込めて書きあげましたので最後までお楽しみいただけると幸いです。まだまだ続きますよー!

評価して下さる方が増えてきたことに、驚きと嬉しさを隠せません。そして見て頂ける方も徐々にではありますが増えています。それが何よりうれしいです。いつもありがとうございます。

 視界が赤色に霞む。激しい息切れと響く鈍痛が全身を確かに震わせた。見下した真白の眼が妖しく濁り、鋭利さを増した殺気が狭い通路を包んでいく。

 「落とし物でもしたかい?」

 虚無を貼り付けたその顔で真似た笑顔は、出来の悪い作り物のように歪んでいた。痛手を負った内臓のことなど全く気になっていない様子の彼女は、額の汗を拭いながらも余裕の態度。


 「いつまで遊んでいる。」

 追い込まれていた状況を覆した張本人である男が長い腕を垂らして歩み寄って来た。呆れを孕んだしゃがれ声を吐き出した口から、鋸刃のように尖る歯が覗く。

 「良いところに来たな【サード】…少し手間取っていてな、予想以上にやるらしい。」

 隣に立った【サード】と呼ばれた男。表情が分からないどころか目が見えているのさえ怪しい。赤布に覆われた全身が細身ながらも鍛え上げられた筋肉を強調している。


 まだ決着がついた訳ではないというのに目を離して会話する二人。舐められていることに腹が立ちながらも、疲労と痛みに襲われた身体を癒すには丁度いい。大分落ち着きを取り戻したベルフィーナは静かに後ろへ飛び退いた。


 「おっと、逃げられては困る…お喋りは終わりだ【サード】。それに、そろそろ裏切り者に止めを刺さなければなあ。」

 「裏切り者…?」

 口角を上げた【ファースト】の言葉に返した男。見渡す限り女以外の影は無い。

 失血に倒れた龍貴は立ちあがることは出来ずとも、自らの力で戦線より離れていたのだ。それを証拠に男は何かを引き摺ったような血の跡を見つける。


 「ああそうそう、お前も【セカンド】と呼ぶのが相応しいな。」

 隣に立つ女が何を言っているのか分からない。自分の呼称を何故、そう聞き返そうとした男は思いとどまる。余所見を引き戻させた強い殺気は先ほどまで膝を着いていた手負いの獣からだった。纏う赤いオーラが揺らめいて、血に濡れた片の瞳が真赤な線を引く。


 「お前、まだやるのか。」

 不思議な感覚を覚えた。男は敵である女に声をかける。状況は既に絶望に堕ちているはず、尻尾を巻いて逃げれば生きながらえる可能性もあったというのに何故立ち向かう。

 しかし答えは返ってこない。いや返されずとも男は理解した。目に灯る決意は必殺を誓った炎の揺らぎ。二対一は卑怯などと言ってはいられない。こういう時追い詰められた獣というのは、全てを燃やし尽くすのだ。


 「油断するなよ…」

 「くふふ、既に瀕死さ。」

 白目を糸のように細めて笑顔の真似事をする女。こいつは分かっていない。

 

 

 「あれは私の傑作だ。」

 【サード】の地位を任じられた時、暗い部屋で二人閣下は言った。

 「【ファースト】では無いのですか?」

 一度遠くから見たことがある。あの戦闘力に比肩するとは思えない。それを一番分かっているのは他に無いあなただろうに。


 「ただ一番最初に作り上げたというだけさ。真に【ファースト】を名乗るには無駄が多い…【サード】、お前も例外では無い。しかしあれにはそれが無い。ただ命令を遂行し、たとえ誰が相手だろうと殺戮に微塵の躊躇も抱かぬ。」

 「慈悲は、感情は、無駄だと?」

 掠れ声で聞くと、背を向けて座る男が愚問だと嘲笑を返す。答える必要もないと、部屋には静かな笑い声だけが残っていた。



 分かっていない。あの男も。確かに怯えや痛みは身体を鈍らせ、悲しみや憐みは心に刺さって抜けない杭だ。しかし、しかしだ。どれだけ邪魔になろうと、足を引っ張る重りに枷になろうとも、時に焚きつけ鼓動するのは感情なのだ。熱を持った心というのは圧倒的強者の喉笛をかき切る刃を宿す。たとえ身体を引き裂かれ倒れようと命の灯が消えてしまおうと、想いを抱いて最後に燃えるのだ。


 血よりも赤いオーラが、ベルフィーナの心臓近くに集まっていく。纏っていた覇気が小さく消えてしまったというのに、爆発的に凄みを増した威圧。彼女の身体から立ち上がる湯気は幻影では無い、沸騰した血がボコボコと音を立てている。


 来るぞ、と構えた時既に剣は走っていた。二人を纏めて薙ぎ払うほど大振りだというのに、目で追うのがやっとの速さ。鋼鉄の杖と仕込み杖を同時に弾いた強烈な一撃が、二人の身体を浮かせる。

 「まだ動くかこいつ…っ!」

 突然の衝撃で杖を手放した【ファースト】が苦し気に叫んで地面に手を着く。低い姿勢のまま放った回し蹴りが顎を掠めた。迫るベルフィーナとの超近距離での肉弾戦。


 肉体のぶつかる音が静かな廊下に響いた。防御してるとはいえ重い衝撃が両者を削る。時折横から挟まれる爪の斬撃も片手の剣が難なく防ぐ。狂化状態に入っているベルフィーナの猛撃は止まらない。優勢に見えるがしかし明らかに先ほどよりも苦し気な表情を噛み殺している。


 短く唸ったベルフィーナが一瞬動きを止めた。それを好機とみた【ファースト】の膝が鋭く減り込み、続く胸への掌底が彼女を飛ばし突き放した。


 身体から聞こえてはいけない音が鳴る。二度地面を跳ねて転がった彼女は通路の奥、薄闇で一度ピクリと揺れた後動きを止めた。

 「くふふ、ふふ…」

 勝ち誇った【ファースト】が指から流れ落ちる血を舐めた。恐ろしいほどの執念、ベルフィーナの剣は最後に指を三本斬り落としていたのだった。


 地面に落ちたベルフィーナの剣を手に取った【ファースト】がゆっくりと歩き出す。続く男と二人、地面に伏した彼女の息の根を止めるため。

 ふと、目の端に映った大きな身体。男は見覚えがあったその姿に目線を移す。動けないのだろうか、苦しそうな表情の大男。あれは【ファースト】だ。それが敵である彼女へと心配そうに手を伸ばしている。


 どういうことだ。足を引きずりながら歩く女を見る。先ほどの言葉を思い出す。

 「【セカンド】と呼ぶのが相応しいな。」

 頭の中で噛み合った、一人知らなかった事実。【ファースト】をやったのは、こいつだ。


 「何故彼を。」

 「ん…言っただろう裏切り者だと。あいつは後だ、まずは。く、ふふっ。」

 裏切り、それは重い罪だ。

 男は、横たわる()【ファースト】を見る。強さの象徴として君臨し、武力組織の頂点。

 そんなあなたが、何故裏切ったのですか。


 強さを尊敬していた。それが人の手によって創り上げられたものだと知っても尚、その憧れは止められなかった。幼い頃から只管に破壊を、奪うことを躊躇するなと叩き込まれる日々に生きて来た俺の目標。それが彼だった。


 聞けば、俺は船に捨てられていたところを拾われたらしい。自分の正しい出自も知らない俺は、閣下と呼ばれる男の下で生きて来た。武力組織で鍛えられる者は全てそいつを信仰し、崇めていた。しかし、俺は違う。俺が見上げていたのはただ一人、親代わりとして育ててくれた【ファースト】だった。


 子供が見れば泣いてしまうような強面、しかしそれに隠れた優しさ。

 子供が一人だったからか、ただ一人俺だけの面倒を見てくれたあの人を親代わりに生きて来た。頭を撫でる大きな手の温もりを覚えている。


 「船で生きるのか?」

 十五になった俺にあの人は聞いてきた。

 「はい、ここで育ちましたから。」

 そう返した言葉は嘘だった。本当のことは恥ずかしさからか言い出すことを躊躇ってしまう。

 「…好きに生きろよ、お前は自由になれる。」

 そう言った彼が珍しく、哀し気な表情をしたのが忘れられない。


 違うのです、本当はあなたが居る此処で生きていたいのです。親の顔を知らない俺にとって、あなた以上の存在はいないから。

 任務中喉と顔をやられた俺を、自分のことのように心配してくれた。汚らしい声を一言一句逃さないように黙って聞いてくれた。


 一人前になった時暫く顔を合わせないからと貰った手甲は、毎日磨いて忘れた日は無い。俺の中大部分を彼のそ存在が占めている。彼だけなのだ、俺の名前を呼んで…名前?いつから、彼と顔を合わせなくなってからだ。忘れるわけが無いのに、思い出そうとしても靄がかかる。


 頭痛を振り払った。見えた景色、足元に横たわる女に剣を突き立てんとする姿。

 「哀れだなあ。お前の剣の味は、不味かったぞ…っ!」

 勢いよく振りかぶる。喜色を知らない、感情を真似たその顔が一際大きく歪みを見せた。


 (俺は…っ)

 巡る迷いと心を縛っていた鎖を解き放ったのは、忘却の海に堕ちた名前だった。

 「ガラァーシュゥゥ!!」

 自然と身体は動き出していた。叫びの反響と風を撃つ音を背に残し、疾走した身体が火花を散らした。

 ガラーシュ。俺の、あなたが付けてくれた名だ。鋼鉄が背中から腹を貫き、振り下ろされた剣を掴み止める。


 「な゛あ゛ぁあ…お、まえ…っ!」

 掴んだ剣と共に彼女を振り落とす。壁に叩きつけられた【ファースト】が大量の血を吐いて呼吸を終えた。足元に伏せた、先ほどまで敵対していた彼女を見る。膝を着いた男は彼女がまだ息をしているのを確認すると、慎重に身体を抱きかかえた。


 「……お久しぶりです。」

 「ガラーシュ。ありがとう…っ」

 彼の傍へと歩み寄り、両膝を着いた男は深く頭を下げた。声をかけた彼は掠れ声で言う。涙を見たのは初めてだ。久しく見た彼の優しさは健在で、自分のことなどどうでも良いと彼女の心配をする。命はまだ消えていないが危ない状態、このままでは確実な死が待っている。


 「助けを呼んできます、必ずすぐに。」

 彼女の身体を静かに寝かせ、風を纏って走り出す。ここで終わらせてはいけない、二人とも助けなければ俺は今生きている資格は無い。


 薄暗い、長く続いた廊下を走る中。耳を僅かに触ったのは金属の擦れる高い音。

 闇の先見えた天使の笑顔。男はまるで光に誘われる羽虫のように近づいた。

続きもなるべく明日の九時に投稿できるようがんばりますので楽しみにお待ちいただけると幸いです。

これからも応援よろしくお願いします。式神楽をどうぞよしなに。

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