第四十六話 人を模った鏡像で
第四十六話です。本当に遅れまして申し訳ございません。
前書きは短く、いつも呼んでいただける皆様本当にありがとうございます。
確かな喧騒の裏に隠れて動く影が二つ、長く薄暗い廊下を蹴り進む風は止まることなく奔っていた。音も無く通り過ぎていくそれらは誰にも気づかれず、ところどころに立つ見回りもすぐ隣に違和感を感じた時にはもう遅い。振り向いた先、そこには影すらない。
一度も戦闘は無く、迷路のような廊下の途中で息を吐く。一人むくれ顔で横を見た銀髪の子は不機嫌を全身に来て肩をつつく。
「ねぇ~え~退屈なんだけどぉ。」
「…静かにしてろ、見つかったらどうする。」
慎重に角から先を覗く龍馬。対してアディラはというと緊張感の欠片も無い表情で暇を嘆いていた。
地図も無い、ただ只管に入り組んだ道を行くこと十分程度が過ぎた。龍貴の予想通りに進むも、それ以上に交差する道のりに二人は苦戦を強いられていた。
「もう少しのはずなんだけどなあ…」
景色の一切が変わらないからか既に通った場所なのではないか、そんな考えが頭を過る。未だ昇降機らしいものも見えないが、配置されている兵が増えているのを見るに近づいているだろうとそう願いたい。
それから五分が過ぎた。徐々に制限時間が迫っていく。できれば桜が乗った昇降機を待ち伏せできれば良いよ考えていたがしかし、そんな二人の前に避けきれない障害が立ち塞がっていた。
角から覗いた通路の奥、今までのものとは違って幅の広い道。一つ見えるその影は明らかに人間のものとは異なっていた。
「ねえねえ、見てよあれ!」
興奮して浮足立ったアディラは小声で龍馬の袴を摘まみ引く。キラキラと輝かせた目で好奇心を吐き出した子供は指を向けて飛び跳ねた。
体長は目測三メートル弱、その巨体を支えるのは丸太のような固く太い足。意匠に発達した筋肉は血管をくっきりと浮かび上がらせて、地を掴む指は両足に八本ずつ。そして何より姿を異形たらしめているのは四対の長い腕だった。折れ曲がる関節は右に左に無理なく動き、内二本はとても細くもう二本は足のように太く大きかった。
「あはっ!」
嫌な予感がした龍馬は横で跳ねる子供を制しようとしたが時遅く、駆け足で飛び出したアディラは待ってましたと言わんばかりに無邪気な笑顔を魅せた。
「はぁぁぁ…しゃあない。」
とぼとぼと龍馬は歩いて行き隣に立った。こちらに気が付いた異形が小さい顔をぎょろりと向ける。
ミシミシと音をあげて暗闇から見せた顔は、まるで無駄なパーツを排除したように大きな目が二つとおまけのように鼻の位置に空いた小さな穴。口も耳も無い、髪の毛の一本も生えてない。化物を表すには十分なほどに気色の悪い姿。
協力してぶっ倒すぞと声をかけようとした龍馬、しかし分かっていたのだろうアディラは歯を剥き出しに好戦的なオーラを身にまとう。そして姿勢を低く突っ込んだ。
「絶対譲らないからねっ!!」
そう置き去りに叫ぶと両手に何処からか出した小さなナイフを二本、くるくると遊びながら化物に迫る。
「はっはは!」
楽しそうに顔を歪めたアディラに対しすかさず戦闘態勢に入った巨体からは、不規則に軌道を変化させた細腕の拳が振り下ろされる。しかし関節の曲がりをバネに速度を増す両手の打撃は、幾度降られようと小さな身体を掠めることは無かった。
「そんなんじゃあぼくには当たらないよお…」
残念そうに短い口笛を吹いたアディラは連撃の全てを難なく躱し、交差させるように振るったナイフが肉を抉っていた。小さな傷ではあるが既に何十という数刻まれたそれは確実に効果を与えていく。
「アディラ、遊んでる暇は無いぞ。」
「ごめんごめん。」
龍馬の声にハッとする。楽しさで忘れていたが本来の目的はこの先、早いところこの障害を抜けなければ。アディラはナイフを逆手に持ち直すと、足を慣らすため軽く二度飛び跳ねた。三度目。軽い身体が地面に着いた瞬間、その小さな影が姿を消した。
空気を裂く音が龍馬の耳にも届く。化物へ向かって一直線に放たれた弾丸のような突進が、遮る連撃の全てを後ろに見せる。垂れさがっていた太い腕の方も動き、目の前に飛び込んできた蠅を叩き潰すように大きな掌を合わせた。四つ腕が煩わしい羽虫を逃さんとする。
パァァアアンッッ
通路に爆音が響いた。それと同時に咲いた血の飛沫。それが誰のものなのか、落ちる四つの手首を見れば語る必要も無い。空中の肉塊を踏み台に跳び上がった小さな身体が、硬直した化物の視界を埋めた。口も無ければ声帯も無い異形は唸ることも出来ずに、ただその小さな頭を傾げた。
血の詰まった風船が弾けた。飛び散る赤に染まらないよう、まるで雷が落ちるようジグザグに地面に走ったアディラ。口笛を吹いて迎える龍馬と手を合わせ叩く。
「お見事だな。」
「ま、所詮本番の前戯だよん!」
にっししし、と得意気に笑ったアディラ。世界最強と謳われるには十分すぎる妙技。加えて大筒を背負いながらとは思えない速さには最早感嘆の言葉しか出なかった。
パチパチパチパチッ
一仕事終えたアディラを労っていたところ、通路の奥化物の方から拍手の音。
「いやはやお見事。まさかこうも簡単にヒガンテを…」
ミシッ、メキメキッ
化物から骨が軋むような音がする。
「ヒガンテを怒らせてしまうとは。」
そう言って消えた誰かの気配。それと時を同じくして動き出す、ヒガンテと呼ばれた化物。
巨獣型血戦兵・ヒガンテ。それはある程度の思考野力を持ち、命令に忠実で絶対服従な人型とは全く異なもの。一度味方以外を目の前にすれば湧き出す殺戮衝動を止めれない。超破壊的力を持つ巨獣は、全てを貪り食えという欲求に付き従い死ぬまで止まらない暴獣だ。それはたとえ、ちんけな頭を一つ飛ばされようとも。
ビキビキッ、ゴキッゴキッ
驚異的な速さで再生した手首から先、その四つ腕が重く巨大な身体を支え起き上がらせる。太く屈強な足は踵を上げて趾行状態へと変化し、地を舐めるように全身を低く構えた化物は八本の指を突き立てた。
六足歩行の暴獣が頭の無い首を二人に見せつける。どす黒い血が垂れて地面を汚し、隆起した筋肉が沸騰したようにボコボコと音を立てた。徐々に肉が盛り上がり、形作るのは先ほどアディラに蹴り飛ばされ吹き飛んだ頭。大きな目玉が二人を捉える。
「リョウマ。」
心底楽しそうに嬉しそうに笑顔を向けたアディラ。今すぐにでも飛びつきたいという顔で龍馬の袖を引く。まったく、恐れというものを知らないのかこの子供は。ガシガシと頭を掻いた龍馬は興奮する子供を落ち着かせようと銀の髪を撫でつけた。
力、速さ、再生能力、どれをとっても一級品。野に放てばさぞ多くの人間を屠り尽くしただろう。しかし今、猛獣は檻の中。加えて共に入れられたのは、狭く生きづらい小さな世界など簡単に捩じり壊してしまうほどの強者。狂者、暴を喰らう狂は抑えきれぬ衝動を奮い立たせた。
「あはぁ…ごめん、待てないや。」
裂けてしまうほど歪めた獰猛な表情。龍馬の手を振り切って向かうアディラの瞳は黒く禍々しい光の尾を引いていた。
ドドドドドドドッッッ
岩のような巨体が支えになった連撃は、一発一発に明確な殺意を込めて放たれる。壁も地面も天井も、そんな境は元よりない。踊るように足を運ばせるアディラの、常に半歩先を狙っての攻撃はその全てが船を殴るだけ。
「ねえねえ、そんなんじゃあ当たらないよ?」
時折しゃがんで膝に頬杖を突いたアディラが、攻撃の合間に化物の顔をしたから覗きこむ。身軽に躱す小さな体を只管に追撃するが、速さの違いは明確。
いくら挑発しようと現状これが最速であるヒガンテの動きは、アディラにとって欠伸が出てしまうほどに鈍間だった。避けるのも面倒になったのだろう退屈そうに目を瞑り、指でなぞるだけで拳の軌道を外していく。
「ほら、えーっと…そうっ!電流が流れてるとかさぁ、じゃなきゃかんったんに触れちゃう、ぞ!!」
メキャメキャッッ
速さに特化した細腕の耐久力はアディラの想像通り、地面を打って伸び切った筋肉に骨を蹴り抉り粉々にする。細いから弱い等ということは無かった、本来人間の蹴りなどで折れて良い硬さでは無かったはず。だがそれは普通の人間に限ってだ。化物が対峙するのは天使の中身を喰らい尽くして包みを着飾っている、小生意気な悪魔の捕食者だ。
曲芸師のように指の間でナイフを回す。龍馬からの急かすような視線を背に受けつつ、未だ面白みのない戦闘を終わらせたくはない。
龍貴との待ち合わせは二手に分かれてから約三十分後、別の通路を進み昇降機の前で落ち合う手筈となっていた。まだ時間はあるとはいえ早いに越したことはない。
そう思い、重い腰を上げたアディラ。作り物の怪物には勿論息切れなどない、が既に百近くの打撃を打ち込んだ拳は悲鳴を上げて血塗れになっている。
地面を打ち付けた二本の太い腕を躱し、その上を疾走する。一瞬で首元へと迫ったアディラは再び頭を吹き飛ばす。細い腕がくねくねと、身体を上る小虫を掴もうとするが追いつかない。
筋肉を簡単に切り裂いていく鋭いナイフ。噴水のように血が噴き出して辺りを真赤に染めていく。まるでトカゲが木の幹を這うように、化物の全身をくまなく切り刻む。
「あっはは…」
笑い声を上げながら駆け回っていたアディラが蹲る化物の前で動きを止めた。腱を切られて立ち上がることが出来なくなった巨躯が沈む。
「アディラ。」
龍馬の声は心配のものでは無い。未だ化物が放つ強い殺気を塗り潰す、更に濃く強い覇気が歩いて来た。それは足音無くゆっくりと近づいてくる。
「邪魔。」
細足で化物を通路の壁へと叩き飛ばす。たった一撃、いかに加減していたことが分かるとてつもない破壊力など最早どうでも良い。薄暗闇からやってくる怪物の姿を遮るものを排除したアディラは、一転笑みを消して構える。
「そろそろ出番ですかな?」
聞き覚えの新しい声の主がわざと足を鳴らして姿を現した。コツコツと、黒い執事服に身を包む老人は蓄えた口髭を指で伸ばす。
「…」
黙るアディラがナイフを仕舞い、冷たい表情で口角を上げた。
「粛清といきましょうかな?あぁそうそう、あなた方のお探しの少女は此処にはいませんよ。」
「なに?」
糸目の老人の言葉に龍馬が聞き返す。まずもって何故そのことを知っているのか。計画が読まれていたということに驚きを隠せない。
「今頃は、始まっているでしょうかねぇ…」
冷笑を浮かべた老人が不気味な声で言う。敵ながら嘘を吐いているとは思えない。
「リョウマ!」
跳んで後退してきたアディラが龍馬の袖を掴む。耳元で何かを囁いて背中を押した。
「頼んだぞ…」
そう言い残した龍馬は地面を抉るほどの踏み込みで駆け出した。残ったアディラが老人に向き直る。
「よろしかったのですか?二人がかりで来れば…」
老人は思わず言葉を止めた。残った少女のような風貌の子供が背中の包を開き始める。鼻歌混じり、底か楽しそうな笑顔の子供。
「丁度良かったよ、見られたくなかったから。」
包から覗いた銀の輝きが老人を刺激する。ビリビリと震える殺気が凄みを増した。
「何分…もってくれるかなあ。」
狂気的な笑みが覇気を吐く。姿を現した【鏖殺】が揺れた。
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