第四十四話 搔き集めたのは悪意だった
第四十四話です。一日空いてしまい申し訳ありません!!遅れながら続きをお楽しみいただきありがとうございます。いつも見て下さる方々、そして新しく見て下さる方々ありがとうございます。
また評価を付けて下さった方が増えたようでとても嬉しいです!!これからもどうぞよろしくお願いします!!
「閣下、土産を持ってまいりましたよ。」
バシャバシャバシャッ
暗い室内で唯一の灯りは、執事が掲げた青い灯だけ。その中で聞こてくる水音は、競売中には別段珍しいものでは無かった。終わるまで数分を黙って待つ、【セカンド】と呼ばれる彼女は肩に担いだ少女を静かに下ろした。
彼の悪い癖だ。出品条件に満たず廃棄が決まったものを自らの手で壊し、派手に汚すから下の者がいつも大変そうに愚痴をこぼしている。
手を洗う彼は落ちる赤を見詰めながら、楽しそうに鼻で唄う。入念な行為は水が色を無くしたというのに続き、どこか聞いた覚えのある鼻歌も大きくなる。
「ご苦労、やはり君は忠実だ。」
キュウッと鳴る蛇口、最後の一滴が洗面台に垂れる。照らされた顔がこちらに向いて、刻印を歪ませて笑った男。濡れた手を拭き皮手袋を嵌めると、翁の差し出したグラスをとる。男は目の上に掲げてゆっくりと回す。真赤な中身に蒼い炎が映し出されたそれを一気に煽ると、恍惚な表情を浮かべて息を吐く。
「ほお…なかなかじゃあないか。」
横たわらせた少女の傍に屈ませじっくりと観察する。上玉とまではいかないが可愛らしい顔をしている彼女の顔・身体を舐めるように見た男は【セカンド】を見上げた。
「十七、八といったところか。顔に傷も無い…見たところそれなりの額にはなりそうだ。」
「それだけではありませんよ、この子。妙な能力を使います。」
【ファースト】との戦闘を見ていた彼女は詳細を話す。あの巨躯を吹き飛ばすほどの光線に、どんな攻撃をも防ぐ光の盾。そして傷を瞬時に治す治癒の力、ただの奴隷には無い特別なものを持っていることを聞いた男の顔が嬉しそうに歪んだ。
「それは是非見てみたい。」
指を鳴らし執事の翁を呼ぶ。口髭を撫でつけた彼は黙って頷くと少女を優しく抱きかかえた。
「明日までに済ませておけ。最終の繋ぎにはなるだろう…」
「御意。」
閣下と呼ばれる男は翁にそう言い残すと奥の扉に消えた。
未だ目を覚ます気配の無い少女は、翁の腕の中で苦悶の表情で唸っている。起こさぬよう慎重に部屋隅の檻の中へ下ろし、扉の鍵を閉めた。
「【セカンド】、彼はどうしたのですか?」
彼、というのは【ファースト】の事だろう。心配そうな表情で彼女にそう問いかけた。
「どう、と言われましても…」
特に気にする必要はないだろう。あの傷、あの失血量でも彼なら大事ないだろう。特別性の身体に血は簡単に崩せるようなものでは無い。
常人では二度死んで足りない程の重症を見ても尚過信してしまうのも無理はない。それほどまでに【ファースト】は別格の存在だった。しかし彼も所詮は人間を元に作られている、それを【セカンド】含め幹部内でも知る者はいなかった。
「遅いですねえ。」
ただその事実を知る翁は目を瞑り息を吐いた。魔法の灯をフッと消し、闇が覆った部屋を出る。探しにでも行くのだろうか、どうせなら明かりはそのままに。そう思うのもすこしの間、徐々に暗闇に目が慣れていく。
「そんなところで何をしている?」
ふと一際闇の濃い部屋の角を見る、怯えたように立ち竦んでいる【サード】と目が合った。放心した様子であらぬところを見ている男は、【セカンド】の声に気づいていない様子。
「く、ふふっ!なんだ、得意の人形遊びはやめたのか?」
無表情のまま馬鹿にするような笑い声をあげた彼女。人形遊び、そう形容したのは彼が何処に行くにも引き連れている人型血戦兵のことを指していた。それがどうだ、今は一体の影も無い。
「…お前も今に分かるさ。」
そう、力なく呟いた男が暗闇から姿を出す。虚ろな表情に染まったその顔に思わず息を飲んでしまう。
「所詮私たちは広い世界を知らぬ蛙…」
【サード】、そう呼ぶには見覚えの無い顔だった。顔面の半分が赤い刻印に埋まり、首には長い文字列が並んでいた。それはとても見覚えのあるもので、そしてとても強烈に記憶に刻まれていた。
ブツブツと眼を見開いたままに爪を噛む彼は諦めたように笑いを吐くと、光りの消えた瞳で【セカンド】を見詰めた。まだ何か言いたげな視線は狂気を孕んでいて、乏しい彼女でさえ警戒を抱いた。
「【サード】。」
そう呼んだところで一つ気配が増えたことに気が付いた。音も立てず現れたのは背の低い、いやだいぶ背を丸めた猫背の男。長い髪を三つに束ねた極限まで細く絞った身体の男は、顔の一切を赤い布で隠して隙間から尖った歯を見せた。
「閣下のご命令だ、立て。」
低く掠れた声。唸るようにそう言った男はおもむろに【サード】の方へと歩み寄り、腕に嵌めた鋼鉄の手甲を首に突き付ける。鋭い爪が闇の中銀に光り、少し引っ搔くと簡単に皮膚を切り裂いた。
「お、お前は…」
「俺が【サード】だ。」
それは通告だった。顔面と首への刻印はごみの分別をつける張り紙で、用なしの廃棄物を回収しに来た男は掃除人。無理矢理に立たされた男はもう処理の決まった生ゴミで、悲観した顔も許しを請う叫びも最早意味をなさなかった。
「やめろ、やめろぉおお!」
閉じ込められたのは他より分厚い壁に囲まれた、家具の一つも無い真っ暗な部屋。呼吸を荒くした元幹部の男は固い扉を叩くが、震えさせつことも出来ない。
「わたしはぁ、はあわたしはこんなところでえ!」
赤い刻印が一瞬大きく光った。呼応して首に刻まれた文字列が起動する。音無く回転したそれが、カチッと静かに嵌る。
パンッッ
軽い破裂音が鳴った。瞬きの間、照らされた部屋の中にまた一つ染みが増えた。
作戦会議は甲板の上、夜の風を受けながら行われた。
「主催者に会えるのは組織内でも限られた人間だ。三幹部にそば仕えの老人、それ以外は商品だけ。」
龍貴が言うに、現状況で桜を取り戻すのはほぼ不可能らしい。主な理由として、商品が収納されている部屋は主催者とそば仕えの二人しか知らないことが挙げられる。探すにも船を割る方が簡単だそうだ。
「ふーん。じゃあ狙いは?」
「狙うは、商品が収納庫からステージに運ばれるまでの間だ。」
信用厚い老人が担うその役目、絶好の機会であり唯一の機会。襲撃するならば商品が主催者の傍を離れるそこしかないらしい。
商品の通る経路はこうだ。
秘密の収納庫から主催者自らの手で老人の手へ。昇降機による移動。そして昇降機から降ろされステージまで長い通路。この間、龍貴の予想では約三十分ほどらしい。
「ずいぶん詳しく知ってるな。」
場所を知らず、予想の域を出ないにしては断言する龍貴。失敗は許されないこの状況では不安が大きすぎる。最悪、競売自体の破壊も考えなくてはならない。
「長くいればある程度は予測が出来る。この数十年、命令だけを聞いて生きて来たわけじゃあない。」
龍貴の言葉、それは彼の人生がいかに辛いものであったかを表していた。
この船で生まれ育った彼は、商品の調達を義務として刻まれた。幼い頃からただ只管に弱い人間を狩る、それが悪いことであるなどとも知らないで。幸いなのか彼はとても強かったから、泣き叫び逃げ惑うなんて誰も出来ずに。
そんな暮らしの中彼の心で葛藤が起こり、束縛される生活で無駄になることが分かっていても疑問を持ったのはある日。
もう何年も前の嵐の日だった。いつものように商品の調達をしていた彼は子供の前に立つ。話せもしない泣きもしない、可愛い赤子の純粋な瞳。子供も商品にすることは珍しくない、そう思い拾い上げた片手で足りる命はとても軽かった。
親はどうした。ふと思った、そして探して見つけたのは一人の女。肩に背負った赤子を見て、彼女は引きつった顔で笑いこう言った。
「ねえそれ、出品するんでしょう?だったらさぁ私にも、ね!……ほらぁ、言わなくても分かるだろぉ!?金だよ金ぇ!!そいつは私の子供なんだよ、だから。ね??」
競売会場に入ることを許されていなかった彼が初めて見た、この世のものとは思えない下卑た笑い。醜く歪んだ彼女の顔は、自分の子を見る視線では無かった。
(俺のしていることは本当に正しいことなのか?)
正しさの刻印は消えず、いつまでも檻の中閉じ込められた真実は海に隔たれて明かされなかった。海鳥も言葉に答えることはなく空の上、憐れな彼を見下していた。
脳内で混ざり合う生きる意味の正しさと、育ての親への疑心。あの目は知っていた、見たことがあったから。自分を見ているようで見ていない。ただ価値だけを透かした、慈悲を騙った嘘つきのもの。
「君は今日から【ファースト】だ。」
名という鎖で心を縛る偽りの瞳。生きる意味、衣食住を与えられた。そして力も。肯定してくれたと思った。でもそこには、一欠片も愛は無かった。
来るはずの無い解放の時、強く願いながら育ての親の動向を探る毎日。怪しまれないように細心の注意を払いながら、磨き続けて来た知識と力。それが今、陽の下に照らされる。
「必ず成功させる。明晩、失敗は許されないぞ。」
龍馬の言葉に皆強く頷いた。目玉企画の参加者奴隷が登場するのは決まって最後、輸送が開始されるのは五つ前の商品が紹介される時。
龍貴と三人で二手に分かれた。彼は主催者側に潜り込み時を待つ。
「気を付けろよ龍貴、無理はするな。」
心配されることなど初めてだった彼は、龍馬の言葉に面食らう。それが妙に嬉しくて、似合わない笑顔が思わずこぼれた。
一人船内へと向かった龍貴、廊下の角を曲がったところで見知った顔に出会った。
「おお【ファースト】、ここにいましたか。」
ホッと安堵の溜息を吐いて肩を優しく撫でるのは、そば仕えの老人。探されていたのだろうか、帰ろうと促す彼に着いていく。近く決行の時を待つ彼は、再び自分の名を心に刻み込んだ。
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