第四十三話 必死に保とうと
第四十三話です。第三章、着実に進んできております。展開していく物語を楽しんで頂けるととても嬉しいです。いつも見て下さる方々本当にありがとうございます。
追記。この小説の累計PVがなんと、一万PVを超しました!!!思わず拍手をし、喜びの声が漏れました。皆様のおかげで続けることが出来ています。本当にありがとうございます!!!
闇が私を飲み込んでいく。殴られた痛みも、海の冷たさも、もう感じることは出来ないでいた。感情を失った目に見えるのは波の青だけで、藻掻こうと最後に動かした手から全てが零れていく。
底に落ちていく。暗闇に堕ちていく。
護ろうとしたものを残して溺れる、罪と過ちで重くなった身体が墜ちていく。
私は何のために。殿下、サクラ様、リョウマ。
退屈な日常を壊してくれた三人を、守れない私は愚かに死んでいく。深い青の世界で見えた、底の暗さに身を隠したい。意識が揺蕩い薄れていく。
脳裏に、走馬灯というには中身が足りない私の思い出が。幼い頃から只管に自分を鍛え上げて来た。女は騎士に成れないと、ほざいた駑馬の上を駆け上がっていった。いつの間にか王国最強の女だと言われた、だが同時に本物の強者を知った。まだ負けてない、正真正銘の最強の騎士に異界からの剣士、そして先ほどの。
負けるのは嫌いだ。私は強い、それを証明させたかった。それなのに私を庇う馬鹿もいた。いきなり目の前に現れたあいつは私を、そして殿下を身を挺して守った。私の役目を奪ったあいつに嫉妬したと同時に、心に何かつっかえる気持ち。それを知らない私はまだ死ねない。
あの時、混沌と対峙したあいつの目には胸が締め付けられた。いつも素っ気ないあいつが感情を剥き出しに怒り、叫んだあの時。傍観することしか出来なかった私を動かした咆哮が全身を刺激した。覚えのない心地良い痛みに、首を傾げるしかなかった。私は知らなければ気が済まない質なのだ、だからもう一度。そう願って我に返る。
誰も傍にいない。笑いかけるのは孤独だけ。
願うならもう一度…
途切れた意識、最後まで感じていたのは侘しさだった。
「…!……!!」
胸が温かい。闇を晴らす一筋の光に目を細める。生きている、何故。自問自答を繰り返す中、掠れる視界に伸ばされた手はこちらを掴み上げようとしている。しかしあと少しで届かない。
起きろと誰かが言っていた。聞き覚えのある声に指を浮かす。
こんな所で死なないだろう?
むかつく言い方をするこの声を、私は知っている。これが夢でもなんでもいい、ただもう一度温もりに触れたいと伸ばす手は力なく彼の指を撫でた。
しかし、それだけで十分だった。決して離さないと込められた力が少し痛い。鼓動が聞こえ始めた、呼吸が戻っていく。感覚が息を吹き返した、血液を流そうと胸に当てられた手が熱い。
「ごぶふぅぅっ!」
喉を逆流してきた潮臭い水を吐き出した。朦朧とする意識、彼が口を付けて息を吹く。
夢だろうか、いや夢だ。しかし夢でもやめてくれ、今吐いたばかりだろう?
私の初接吻を奪うにはちょっとだけ乱暴じゃないか。知らないだけでこうなののだろうか。どうせ夢だと、重い手を動かして彼の頭を優しく抑える。
子供の頃の記憶に在った拙いやり方。啄むように軽い、柔らかい唇を優しく食む。ちょっと歯が当たったがまあ愛嬌だろう?別にこれから先する予定も無いのだ、夢でくらい堪能させてくれ。
しかし気になるのは相手が彼だということだ。確かに交流の深い男と言えば真っ先に名前を挙げるだろう。口付けをする相手が彼だから別にどうということは無い。それに嫌でも無い、むしろ何故か少し嬉しい。ぽかぽかと心が温かい。
だがしかしそれではまるで……ん、まるで?
肩を優しくタップされ、反射的に手を離す。
「ぷはぁっ…」
止めていた息を吐く音が重なった。見開いた眼、唖然とするリョウマの瞳に映った女は煽情的に、朱に染まった顔で幸せそうに笑っていた。
「わすれてくれぇぇええ!!!」
寒空に響く叫び声は大変に上ずっていた。頭を抱えた護衛騎士が、ガンガンと板に頭を打ちつける。せっかく治したというのに、切れた額から少し血が流れた。
「あー…まあ死なずに済んで良かったぜ。」
気まずそうに目を反らした龍馬の言葉に彼女がぴたりと動きを止めた。
「良かった、?…ぁぁああああ!!」
そして再開した。聞き間違いというよりも思い込み。先ほどの熱烈なキスの感想とでも勘違いしたのだろう。もはやいつもの面影がない程に取り乱した彼女は、少しして力なく項垂れた。ぶつぶつと小さく何かを言いながら上げた顔は、卑屈に笑っていた。
龍馬がこの状況をどうにかしてくれと目を向けたアディラも、限界まで木の実を入れたリスのように頬を膨らませてベルフィーナを睨んでいた。溜息を吐いた龍馬の肩を、思わぬ手が引く。
「再び受けた命だ、俺はあんたらに着いていこう。それで、あの騎士にはもう一人連れが居たのだが。」
獅子のような男。名前をまだ聞いていない彼が少し心配そうな顔で龍馬を覗く。
「そうだ、サクラ様!!貴様、彼女はどうした。まさか…」
「待て待てベルフィーナ、お前を助けたのもこいつだ。少し落ち着け。」
先ほどまで戦った男が龍馬と普通に話し、更に庇われている事に驚きながら、桜を探し辺りを見渡しても影が無い。もしや自分と同じく海の中に…そう思って詰め寄ったベルフィーナを制した龍馬、彼を見て再び顔が熱くなる。
「いや彼女は無事だ、今のところはだがな。俺の元仲間が連れて行った。」
安堵は出来ない。ベルフィーナからすれば急に襲ってきた男の仲間に攫われた彼女が、無事であるとは思いもつかなかった。
「ねえ、とりあえずさあ説明して?ベルちゃんも少し落ち着いてさ。」
見かねたアディラが間に入る。男が嘘を言っているそぶりも言う必要も無いことは分かった。何も知らないでは救助することも出来ないとベルフィーナを説得し、四人は一先ず甲板に腰を下ろした。
「俺は【ファースト】、そう呼ばれていた。この船の持ち主、そして競売の主催側の者だ。」
胸糞の悪いこの会を開いた者と聞き、取り乱すのを抑える。【ファースト】というのは主催者が作った武力組織内での暗号呼称らしい。そして彼はその中で最高の武だという。
既に仮面をしていないベルフィーナを除いた二人も、素顔を見せながら順に名乗る。
「武力組織の三幹部、俺と【セカンド】、【サード】には競売の最中言い渡される任務がある。それが競売を一際盛り上げる、参加者奴隷の調達だ。毎回競売に参加しない者を探し出し、攫って商品とする。それが俺たちの使命。」
そして今回、それに運悪く該当したのが桜とベルフィーナの二人だった。相打ちに終わった死闘を影で観察していた【セカンド】が桜を連れて行ったらしい。
「ではサクラ様は…」
「ああ。明日の夜の目玉として出品されるだろう。」
低い声を更に深めた男が顰めた顔で目を瞑る。沈黙が流れた、明日までに救出しなければ誰かの奴隷に…そう考えただけで憤怒に燃える。そんなことはあってはならない。
「あー【ファースト】。お前本当の名前は?」
「ん。ああいや、済まないな。俺は生まれてから今まで、その名以外で呼ばれたことは無い。」
龍馬の急な外れた質問に詰まった男は、哀しい事実を語る。幼い頃から武を叩きこまれ、やりたくもない仕事を強制されて来た。
「リョウマ、今はサクラ様が…」
「いや、大事なことだろう。お前、本当に俺たちと来るのか?命懸けてあいつを救う覚悟はあるのか?」
ベルフィーナを制し、龍馬が問う。真剣に射貫く視線が男の心を逃さない。
「リョウマにアディラ、お前達二人が来なければ俺は死んでいた。一度俺の人生は終わったんだ、次は二人のために使わせて欲しい。」
龍馬が落ちるベルフィーナに気が付かなければ、アディラの持つ奇跡の薬が無ければ失われた命。燃やすには十分過ぎる理由に恐れも戸惑いも、後悔もない。
「…分かった。じゃあ【ファースト】なんて捨てろ。忘れて、この名を新たに刻め。」
ベルフィーナの額から流れる血を指に付けた龍馬が、甲板に文字をなぞる。ちょっと、という彼女を無視して書き上げた二文字が男の新たな名前。
龍貴
「りゅうき、と読む。上がりゅうで下がき、だ。」
「龍、貴…龍貴か。」
何度も何度も口にだして反芻する。彼にとっては見たことも無い文字だった、しかしそんな事些細でどうでも良い。番号の呼称じゃない、自分の為の名前。
「龍、これは畏れと憧れの象徴だ。貴、これは貴いという意味を表している。良いか龍貴、気高く生きろ。お前がしたきたことは絶対に消えないし、消してはいけない。だから生まれ変わったお前はその強さを、貴い命を守る為に使え。」
いつになく真剣な瞳の龍馬。生きる理由だったとはいえ彼は許されてはいけない、だが新しい人生が罪で塗り潰されてしまっては救いがない。
「ありがとう、ありがとう龍馬。」
歪んだ顔。初めて流した涙は熱かった。今一人、新たな誕生に祝福の笑顔を送る三人。
「よしお前ら、さっさと泣き虫を攫いに行くとしよう。」
立ち上がった龍馬の背中に続く。暗殺者アディラに騎士ベルフィーナ、そして龍貴を加えた三人は半着袴の男を追う。動き出した時計の針が、交わる瞬間を目指して。
今回も見て頂きありがとうございます。これからも大勢の方々に見て頂けるよう、押し上げて頂けると最高に嬉しいです。ですが多くは望みません、今見て頂ける方々本当にありがとうございます!!一般的に見れば数は少ないかもしれません。しかし私にとって一人一人が宝です、どうかこれからも応援して下さい。本当にありがとうございます!!!
長くなりました皆様、良い夢を。8/24 AM4:22 おやすみなさい。