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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第四十二話 元の形を忘れてしまって

第四十二話です。なんとか九時にあげられましたー-!是非読んで下さい!

いつも応援して下さる方々本当にありがとうございます。これからも是非に!!!

 何十何百と往復した道だというのに、いつもとは違う低い景色。壁伝いに抜けた腰を支えながら必死に歩く男は額の汗が床の絨毯に落ちるのも気にせず、目的の部屋を目指す。

 「はあ、はあ…」

 参加者には決して知られることが無い、黒く大きな扉をノックする。勝手に開いた扉、中薄暗い廊下を飲み込むような闇の部屋、光りを閉ざした空間に慣れない目を擦る。


 「遅かったではありませんか【サード】、人造血戦兵(ガーディアン)はどうしたのですか?」

 「か、閣下お許しを。お預かりした人造血戦兵は全て損壊を確認…商品の調達も、も申し訳が…」

 そこまで言った言葉を止めたのは、閣下と呼ばれた背を向けて座る人物が立ち上がったからだった。隣に控えた執事に持っていたグラスを渡すと、暗い中捉えた顔には焦げたような刻印。


 「やはり感情を消しておくべきでしたか。下がりなさい、貴方にはまだやるべき仕事が残っています。商品もまあ心配は無いでしょう、もうそろそろ二人が戻る頃です。」

 「あ、あ、有り難きお言葉…っ!」

 不問、というわけではないだろうがしかし粛清は免れたことに安堵する。同時に、戻ると言われた二人に対し増幅する劣等感。

 【ファースト】と【セカンド】。閣下を除き唯一自分の上に君臨する二人との差は歴然、今回の事でまた引き離されてしまうことに加え自分の立場も危うくなった。


 内心の怒りを決して噯にも出さず、壁を背に立った暗号呼称を【サード】。滝のように流れていた汗が一切の姿を消してしまうほどの緊張。威圧感が部屋を覆う。


 「それで、誰にやられたのです。」

 高い調子の問い。好奇心に満ちた顔に丸く大きな目が剥かれた。

 【サード】は広間であった二人の特徴、そして戦闘に関するすべてを報告し始めた。



 

 カカッッ

 甲板を突いた足音が夜の空に短く響く。真白で統一された装いに金の方眼鏡(モノクル)。長い白髪を後ろで束ねた細身の女は、手に持った趣味の悪い装飾の杖を回し肩に掛けた。


 「まさか君を追い詰められる人間がいるとはね。」

 笑いかけたのは足元に膝を着く男。心臓近くに突き刺さった剣を抜こうとしているが、流れ過ぎた血に力の入らない手が滑る。

 

 「抜いてくれると助かるのだがな…」

 低く唸った男は苦い顔をしながら、女の顔を見上げることなく小さな不満を漏らした。

 「おっと失敬。」

 グシャァア

 乱暴、粗雑。胸に刺さった剣を、自分の服に血が飛び掛からないよう杖で押し出した。常人であれば既に致死量近い血が更に吹き出し、甲板の隙間に染みていく。


 無表情の女。感情の一切を殺し、白い部分の無い黒一色の眼。全てを取り込んでしまうような闇を投影したそれは、人形のように死んだ眼。その瞳が射貫くのは、海の流れを必死で追い泣き叫ぶ少女。

 「君の獲物を邪魔するわけには、と思っていたが。」

 一瞥しただけで分かる、傷を回復させるのに動けない男に断る必要は無さそうだ。

 少女がこちらをキッと睨む。荒い息で大粒の涙を飲み込むと、視界を拭い両手を構える。


 「くふふっ、やる気のようだ。」

 クルクルと腕に掛けた杖を回す。少女が詠唱を始めたというのに、余裕そうな女は片眼鏡を手で直す。先ほどから聞いていたから分かる、あの言語列は光線を放つもの。


 「【牙天の咆哮】っ!!!」

 眩い光が女の胸元で強く輝く。収縮していくそれが一際大きな光を放った直前、掠れる像を残した女の姿がぶれる。

 「【ファースト】ほどの力は無いが、速さは私が上なんだ。」

 耳元、そうさ囁いた女。相当の速さを持っていた【ファースト】と呼称される、獅子のような男よりも更に上。それを見せつけるためにわざと打たせた攻撃を、彼でも避けきることが出来なかった光線を華麗に躱す。

 少女の目の前に瞬く隙も無く現れた女、持っていた杖が深く少女の腹に減り込む。残像が見える程の速さを乗せた一撃は、簡単に少女の意識を刈り取った。


 「さて。できれば騎士の彼女も欲しかったなあ、見た目は悪くなかったのに。」

 飄々と呟きを落とし、海の方を眺め踵を返す。既に冷たい波の中、死体にも需要はあるが探すには骨が折れる。

 「先に行ってるよ。」

 肩に少女を担いだ女は、未だ回復のために蹲る男にひらひらと手を振ると船内へと姿を消した。



 残された男は熱い息を吐く。傷がみるみるうちに塞がっていくのは、この忌々しい血のせいか。しかしそれにも限界がある。流れ過ぎたのか段々と身体が冷たく、そして固まっていくのを感じる。

 もう声も出ない。【セカンド】は気が付いていたのだろうか、心臓近くの血管から血が止まらない。彼女が剣を雑に抜いた()()()もあるがしかし、あの騎士の決死の一撃が命に届いていた。


 この世に生を受け数十年、命奪う事千を超した。未練など感じて良い人間ではない、それにただの人間などとも呼べない作り物。ただ一つ、微かに羨望していたものは手に取ることが出来なかった。

 混濁する。感情が無いことを感謝したのは初めてだった。心が揺れていたならば最後の景色が濡れて掠れてしまっていただろう。晴れた夜空、邪魔する者は何もない。

 手を伸ばした。浮かんだ星が自由に輝いている。掴もうと、開いた指が力なく閉じていく。


 死の間際、落ちる手を誰かが掴んだ。

 「ねえ君、取引しない?」

 天使の笑顔だった。握られた小さな手の温もりが、冷めた体温を包んでいく。


 だ、れだ

 最後の力で口を動かした。声には出なかったが天使は笑って返す。銀の髪が風に靡いた。

 「アディラ。ねえ君なら救えるでしょう?」

 



 「どうしたの?」

 手を引いていたリョウマが急に足を止めた。広間での戦いが終わってからずっと考えこんでいた彼が、窓の外に顔を向けている。

 「今、誰か落ちていった…ベルフィーナ、?」

 信じられないと目を見開いたリョウマが駆け出すのを瞬発的に抑えたアディラは、回りこんで彼の顔を見る。思わず頬を膨らませて嫉妬してしまう、それほどに彼の顔は必死だった。


 「護衛の子?」

 「ああ。ていうかここどこだ…」

 アディラの言葉を反芻している内、無意識の世界へと溶け込んでいた龍馬は見覚えのない廊下の景色を見渡す。靄がかかったような頭を振り払い、成すべきことを考える。

 

 「ぼくと一緒に行ってくれるって…」

 「あーすまん、あん時は何も考えらんなくてな。頼む、行かせてくれ。」

 アディラも龍馬が呆けているのを無理矢理連れて来た自覚があり、それ以上の我儘を抑えるしかなかった。膨れた顔で仕方なく頷き彼を見送る。


 「やっぱり待って…ぼくも行く!」

 龍馬が誰かのために走っているその姿が羨ましくて、妬け焦がれてしまったアディラは彼の後を追う。


 廊下を行くこと数分が過ぎ、船外に出た二人は二階の露台から甲板を見下ろした。そこには膝を着いた大柄な男が一人だけ。ベルフィーナが落ちたとすればここからだろう。戦闘があったのか、男の周りは血が淀を作っている。


 「あいつがやったのかな。」

 「だろうな、聞いてみるか。」

 ふわりと手すりを飛び越えた龍馬。後に続いたアディラはクスリと笑う。

 (そう、そういうところだよリョウマ。あんなに取り乱していたのに死闘の結果彼女が負けたと知った途端、しょうがないことだって冷たくなれる。そういうところにぼくは痺れているんだよ!!)

 ベルフィーナは負けた、そして海に落とされた。助かるのならば助けたいという気持ちは当然あった、しかしそれで死ぬのもまた理であると龍馬は考えていた。


 「あ、待った。ぼくが話すよ。」

 龍馬に見えないように不敵な笑みを浮かべたアディラ、頭を巡る最適な計画にこの男を利用するのだ。

 二言ほど交わしだろうか、アディラは懐から液体の入った瓶を取り出すと男の頭上でひっくり返す。


 バシャバシャバシャッ

 蒼く澄んだ液体が男の全身を濡らし、大きく空いた胸の穴からは音を立てて蒸気が漏れる。

 「なんだそれ。」

 「んえ?知らないのエリクサー!?」

 仰天するのは無理もない。この世界では誰もが知る、とても高価で希少な薬、どんな怪我もかければ塞がり、どんな病気も飲めばたちまち治ってしまう。


 「あー知ってる知ってる確か…」

 別の世界から来た龍馬も言葉だけは教えられたはずだった。熱弁していたレティシアの言葉を思い出そうと頭を捻り絞る。

 「確か、女神の…唾液だったか。」

 「涙ね、な・み・だ。」

 適当な龍馬に肩を落としたアディラ。だがその間違いに思わず笑ってしまう。


 (唾液って…)

 漏れる笑い声に恥ずかしそうに頬を掻いた龍馬。

 「じゃあこれからは僕もそう呼ぼうかなあー。女神の唾液、略して神唾(かみつば)だね!」

 「いや、良いから…」

 そんなくだらないことを言っている間に、目を覚ました男がのそりと立ち上がる。大量に流れた血が未だ完全に戻っていないからか、少しふらつきながらも意識は既にはっきりしているようだ。


 「感謝する…」

 低く威圧感のある声が腹に響く。険しく渋い顔、そして重い声とは反して素直に頭を下げた男は太い腕を組んでこちらを見下ろした。

 「うん。で、やってくれるんだよね?逃げるなら…殺すけど。」

 彼と躱した取引、それは命を助けることと引き換えにベルフィーナを海から救い上げるということだった。勿論断ることなど考えていなかったが、とてつもなく濃密な殺気とカラッと晴れた笑顔に恐々とする。


 自ら殴り飛ばした先ほどの騎士を助けに行くとは思うはずも無かった、しかし願っても無い機会。再び与えられた命を無駄にする余地は無い。

 驚異的な嗅覚と探知機に似た優れた気配を探る能力を全開に、冷たい海に飛び込んだ男は水を得た魚が如く波の中を疾走する。


 (いる、辛うじてだがまだ生きている。)

 沈んでから数分が過ぎた。命の揺らぎが分からなくなる前に見つけられたことは奇跡に近い。戦いで鎧を砕いたことがまさかこんな時に効いてくるとは思いもしなかった。

 彼女を担ぎ上げ、静かな海を船に向かって飛び泳ぐ。激しく波しぶきを上げる船の近く、船底を掴んで這い上がる。とてつもない握力に腕力、こんな芸当が出来るのはこの男だけだった。


 獣が水切りをするように震えた男が、優しくベルフィーナを甲板に寝かせる。冷たくなった彼女は大量に水を飲み込んでいるようで息をしていない。まずやるべきこと、それは見ずを吐かせるのでは無く心配蘇生をすることだ。

 本で学んだ程度だが知識はある。龍馬は必死に胸骨圧迫をし、人工呼吸を繰り返す。


 「アディラ、神唾はねえのか!?」

 「あるけど息を吹き返してからじゃなきゃ、効果は無いよ!」

 外傷の無い状態ではエリクサーを飲ませなければならない。起きろ、起きろと何度も上下させる手に汗がこぼれ落ちた。


 「ごぶふぅっ!」

 やっと息をし始めたベルフィーナが大量の水を吐き出した。呼吸が正常になって来たのを確認し、一先ず安堵する。しかしこのままでは何も変わらない。飲ませるにもまだ意識もおぼろげな彼女にいきなり飲ませるの難しい。

 

 龍馬は咄嗟にエリクサーを奪うと、中身を勢いよく煽る。そして頬に含んだまま、彼女の口に直接流し込んだ。少しずつ、口から移していく。瓶の中身が空になるまで何度も何度も、止めることは無かった。

いやあ書くのは本当に楽しいですね。そして見て頂けるのは本当に幸せです!!これからもよろしくお願いします。式神楽とこの小説を愛して下さると嬉しいです。

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