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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第四十一話 磨り減っていった心はもう

第四十一話です。いやあ遅れまして…本当にすみません。本当は切りのいい時間に投稿したかったのですが待てず、書き上がってすぐに更新してしまいました。数々の物語が進行していき、一つに交わるその時をお楽しみください。

いつも見て下さる方々本当にありがとうございます。

どうぞ本編へ!

 「出ましたぁあ!!今宵最高落札額、落札者の方は三百……」

 会場を震わせる絶叫が響く中、不安そうにな面持ちのレティシアはソワソワと落ち着かない様子で辺りを見回した。探す二人の姿は未だ無い。


 「遅いですね…」

 「…ん、ああ。確かにな。」

 既に後半へと突入した一夜目の競売は商品のレベルも落札額も、そして会場の熱狂も最高潮へと昇り、異常なほどの盛り上がりを見せていた。だというのに、開始直後から会場を抜けた桜とベルフィーナはいくら待っていようと帰ってくる気配が無い。


 ゼアリスはステージを見詰めたまま、適当な相槌を打って返す。競売が始まってからずっとそうして上の空な彼女は肘掛にもたれかかり、時折落札者の顔を伺うように目線を運ばせると小さな舌打ちを打つ。誰かを探しているのか、しかしあまりにも二人への興味が無さすぎるのではと内心で不満を溜めるレティシア。


 探しに行こうか、しかし一人では危険だろう。隣を見ても彼女に期待は出来ない。とすれば頼みの綱は後ろで佇んだ鉄面の騎士だろうか。

 「あの…」

 立ち上がり声をかけようとしたレティシア、しかし胸の前を手で制される。何を、とゼアリスの方を見ると彼女は仮面の下、鋭い目を更に細めて狂気的な笑みを浮かべていた。クツクツと噛むように笑い護衛騎士のビンへ目配せをする。


 「やっと見つけたぞ……」

 小さく呟いたゼアリスが立ち上がり、ついて来いと手招きをする。何事か未だ分かっていないレティシアは残されるわけにもいかず、ゼアリスとビンの後を追った。


 レティシア達の席は最後方、会場の参加者が全て見渡せる場所に位置していた。そこから少し歩いて東の端にある孤立した席。魔法灯の光があまり届かない薄暗い場所に男が一人、ふんぞり返るように座っていた。


 「まったく隠れるのは地上だけにしてくれよ。」

 「はっ、おいらにゃあ影がお似合いなんだよ…っと、ぐははぁ懐かしい顔じゃあねえかい。」

 ゼアリスが明るく気さくな調子で話しかける。男は背中を見せたまま答え、こちらに顔を向けた。真っ白い髭を蓄えた男の顔は渋く、声もしゃがれて低い調子。茶色い仮面を着けた彼は図太い腕で生えっぱなしの長い髪をかき上げた。


 豪快に笑い声を上げた男は席を立つ。見た目で分かる精霊族ドワーフ種特有な低い身長に頑強な体格、小柄な彼は満面の笑みを見せた。

 「うぐうぐっ…がはああ!いやあ驚いたぜ、まさかあんたがこんなところにねえ…」

 腰に携帯した酒瓶を煽り酒気を帯びた息を大きく吐く、よく見れば仮面で隠れていない頬が仄かに赤く染まっていた。


 「相変わらずだなベルべ、仕事を持ってきたぞ。」

 鼻を摘まんだゼアリスはパンパンに膨らんだ麻袋を投げる。反射的に受け止めた彼の両手がその重さに下がったのを見るに相当な物、言葉的には金であろう。鼻を擦って笑った、ベルべと呼ばれた男は親指で会場の外に促した。


 蚊帳の外、慌てたレティシアもそれに続いて会場を後にする。最後まで耳に届くケースを叩く音を背に、目を向けず逃げるように。

 「陛下、彼は…」

 向き合った二人が話し始める前に問いを挟んだレティシア。このまま話に入れないのは御免だと、強引にも捻じ込んで間に入る。


 「おうおう、どう紹介してくれるんだい?せめてカッコよく…」

 「こいつはベルべ・モンテテイロー。しがない、なんて決して言えない程の名鍛冶職人だよ。」

 滅多にというより全く人を褒めるところを見たことが無かったゼアリスが、べた褒めするほどの名工。言葉を遮られたベルべはしゅんとしていたが、彼女の言葉に鼻を擦って自慢げに胸を張った。


 「ぐははぁ知らねえか、まあ無理ねえさ。おいらの客は二十もいねえかんなあ。」

 誇るようなことではない気がするが、しかしそれほど知る人ぞ知るというやつなのだろう。武器や防具の事には疎いレティシアはそれ以上に聞き詰める事はしなかった。しかし楽しそうに笑う男だ、酒を大量に流し込む姿はただの酒好きのおやじにしか見えない。


 「何故こんなところに。」

 「え、?」

 突然、脈絡なくそう言ったゼアリスが悪戯な顔をレティシアに向けた。それは彼女がまさに聞こうとして飲み込んだ言葉、

 「くっははは…ずいぶんと雄弁に語る顔だな、全く…愛い奴よ。」

 蛇のような眼を細めたゼアリスは、硬直して戸惑うレティシアの顔に指を這わせる。母親が赤子を撫でるかの如く、しかし真逆の妖艶さを持っていた。


 煩わしい手を振り払ったレティシアを、鼻で笑ったゼアリスがベルべに目で聞いた。好きにしろと言うのか、酒瓶の一滴を舐めとる。

 「王国一、大陸一、そう呼ばれたのもほんの十数年前だよなあ。稀代の名工なんてのも驕りじゃあ無い。モンテテイローの武具は世界一だ!…なんてな。」

 「ぐはは!肴にしてはちと薄いが…いやしかし事実だぜ嬢ちゃん、おいらは世界一の職人さ!」

 大きく両手を広げたベルべは乾杯しよう、と言って瓶を突き出した。しかしゼアリスは応じることなく、冷たく笑って返す。そして言う。


 「お前が()()を歩み始めるまでは、な。」

 にやりと悪い笑み。目は鋭くベルべを射貫き、責めるような瞳が彼を刺す。しかしそんな事歯牙にもかけないという風な態度をとった彼は、短く鼻を鳴らして新たな酒瓶を開け始めた。


 「ひでえこと言いなさる…お前さんにとっちゃあ外道でも、おいらから見りゃあ立派な道さ。神秘の追求っつうもんはやめられねえのさ、ぐはははぁ!!」

 キュポッッ、と気持ちの良い音で空いた蓋を投げ捨てたベルべ。大きな歯を全面に見せてレティシアへと語り掛け始めた。

 「なあ嬢ちゃん、お前さんは何かを美しいって思ったことは無いか?」

 渋い顔に似合わない言葉、しかし顔はにやついているが目は本気の色をしている。


 「…花や空の色、落ちる陽の赤さや波の輝きを見た時でしょうか。」

 「おお、良いじゃあねえか。たがな、それは真の美しさとはちと違う。」

 短い足でレティシアの傍に歩み寄ったベルべが、背中に掛けた大斧を抜き見せる。ギラリ光る刃の銀は、全てを力任せに断ち切らんとする輝きを放っていた。


 「剣は人を殺すためその刃を尖らせる、人は生きるためその命を熱く燃やす。この二つが重なり融合した時、初めて真の美しさっつうのが出来上がるのさ。」

 陶酔したように語るベルべの言ってることが分からない。美の融合、それがどう関係しているというのか。そんな疑問を落とそうとしたレティシアは次の瞬間に絶句する。


 カラカラカラカラ ゴキコキゴキコキ

 なんと気味が良い音なのだろうか。聞き覚えがあるのに思い出せない、身近であるはずなのに縁遠い、そんな違和感を孕む。それは斧の柄から出たものだった。

 「相変わらず趣味の悪い…」

 呟いたゼアリスが舌打ちをする。それを誉め言葉として受け取ったベルべは自慢げに笑い、大きく胸を張った。


 背骨。それを形容するに最適な言葉だった。必ず在って、無くてはならない要の支え。しかしそれは人間にとってであり、斧に在るはずの無いもの。白く太い骨が関節で繋がった鎖のような持ち手が伸び、まるで蛇がうねる様にベルべの身体の周りを取り囲む。


 「ひっ!」

 思わず身を引いたレティシアが短く小さい悲鳴を上げる。とても綺麗で悍ましい形状が、恐れる心を握りしめて離さない。

 「人体錬成(じんたいれんせい)器官武器(きかんぶき)…こいつが踏み入れた悪魔の領域だ。」

 豪快に笑い、美しさに酔い焦がれたベルべ・モンテテイローは骨の柄をなぞる。トクトクと、まるで飲ませるようにかけた酒が関節に染みていく。鼓動を感じる。あの武器は、生きている。


 「じゃああなたがこの船に来たのは…」

 「ぐははははぁ、おいらはなあ魅入られちまったんだよぉ。ここは良い、いーい素材が手に入る。」

 素材、それがどういう意味を持っているかなど考えなくとも分かる。人の肉を骨を皮を、この男は武器に使うというのだ。


 「悪魔…っ!」

 取り乱すレティシア。透明なケースに入って叫ぶあの子達を見て何も感じないことが許せない。あまつさえそれを玩具のように弄ぼうなどと。

 「悪魔、ねえ…」

 何か言いたげな視線。それが誰を指しているのか、激昂したレティシアは気が付かなかった。


 「ビン、彼女を。気分を落ち着かせて来い…」

 「…失礼します。」

 無理矢理、話を遮るかのように口を挟んだゼアリス。急かすようにビンを呼んで連れて行くように促す。去り際、憎しみの目をベルべに向けたレティシアはビンの護衛で立ち去った。


 二人を見送るゼアリス。変形させた愛斧の姿を元に戻し背中に掛けたベルべが噛むように笑った。

 「笑えるなぁあの嬢ちゃん、隣にもっと邪悪な奴がいるとも知らずにな。」

 「そんなことはどうでも良い。仕事の話だ、ベルべ。」

 「まあこんな大金貰ったとなりゃあ受けねえわけにはいかねえ、ほれ話してみろ。」

 麻袋を掲げたベルべがいやらしく笑う。邪悪、そう言われて否定しないゼアリスが懐を探り何かを取り出した。それを見た彼が限界まで目を開く。


 「おいおいそりゃあ…」

 それはとても紅い、掌に乗るほどの宝玉。禍々しく黒が流れ、ドクドクろ波打つ玉は【竜の心臓】と呼ばれる魔法触媒だった。生きた竜の血肉と何百何千と濃縮された魔力を固めた希少品。


 「魔杖を一振だ。金も足らねば追加を持たせよう。ま、この三日は無理だがな。」

 今の手持ちは全額をアリアンナの落札に使うつもりだ。ただゼアリスは金に糸目を付けぬ性格、陸に上がれば今以上の資金を送ることも嘘では無かった。

 ベルべはこれで十分だと麻袋を指す。中身の形が分かるほどに膨れたそれは今でも相当な重量を持っていた。


 「依頼承ったぜ、しかし…あんた戦争でも始める気か!?」

 半ば冗談で問う。しかしゼアリスの目は本気で、彼女の瞳の奥で笑う邪悪な何かに冷え震えた。

 「くっ、くっははは!ベルべ時代は、変わるぞ?もうすぐだ、私の手で塗り潰す。」

 強く握りしめた拳、嵌めた皮手袋がギュッと音を立てる。


 「見せてやるよ、特等席でな。」

 鮮血の時代が産声を上げるその時は近い。

見て頂き本当にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。

感想等無くても見て下さるだけで嬉しいです。これからももっと多くの方に見て頂けると幸いです。

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