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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第四十話 鏡に映った自分だった

第四十話です。戦闘シーンを考えて書くというのはとても楽しいですね。早くももう四十話となりますこの小説は、未だに題名が仮のものという何とも不甲斐ない…色々と考えてはいますがもうしばらくかかりそうです。これからもどうか応援よろしくお願いします!!

 力強く踏み出す一歩が甲板に悲鳴を上げさせる。無言のまま迫りくる男に対するベルフィーナと桜は、気合を入れて強く歯を食いしばる。

 加減していたわけではない、先ほどは急すぎた襲撃に間に合わなかった強化魔法を二重に掛け挑む。赤いオーラが身体を包み、輝く刃を男に向けた。半歩後ろで両手を向けた桜も既に【聖盾】の詠唱を済ませ、攻撃に転ずる準備は万端に気を落ち着ける。


 一番最初に覚え、何度も訓練した癒しの力である【巫女の光】とは違い、攻守の【牙天の咆哮】と【聖盾】は詠唱が必須である。加えて聖女としてまだ力の乏しい桜は、能力を並行して行使することも出来なかった。


 間合いの外で足を止めた男もこちらを警戒しているようで、双方迂闊に手を出せない。明らかに戦闘力が釣り上がったベルフィーナと、絶対的な守りと強力な一撃を見せた桜を前に男も迷っているようだ。ただそんな状況にあるというのに、表情を変えないのが不気味に映る。


 先に仕掛けたのはベルフィーナだった。桜に目で合図を送り、抜き身の剣を突き立てた。

 強化魔法を重ね掛けしたベルフィーナは男の予想を遥かに超えて素早く、無防備に空いた脇腹を襲う攻撃を避けられない。

 

 ギィィイインッッ

 刃が交わる鋭い音が響いた。避けきれない超速の斬撃を防いだのは、手に嵌めた鋼鉄の手甲だった。指まで覆って長い爪まで伸びた精巧な造り。鋭いそれは肉を切り裂くなど容易な形状で、加えてベルフィーナの一撃を受け止めて何事も無い頑丈さ。


 しかしそんなことはどうでも良かった。恐ろしかったのは、その手甲をいつ嵌めたのかただそれだけ。対峙した時には確かに素手だったはず、そしてベルフィーナが仕掛ける直前もその手には何も無かった。つまりはこの一瞬、強化魔法を掛けた彼女の動きを上回る速さで男が動いたということを示している。


 「終わりか?」

 太く全身を底から震わせるような低い声。初めて声を上げた男の鋭い眼光がベルフィーナを射貫いた。咄嗟に距離をとって身構えるたベルフィーナは、一気に流れる冷や汗にも気を配れないほどに余裕が無かった。彼女は後悔していた。あの時、桜だけでも逃がすべきだったと。


 この男は危険すぎる、どころでは無い。猛獣のように轟くオーラに恥ずかしさも消し去るほどに震えてしまう。しかしそれでも諦めてることなどは出来ない、何故なら未だ必死に詠唱を行う彼女がいるから。


 「【牙天の咆哮】!!」

 彼女の叫びが夜の空に響いた。小さな光が男の顔前に収束していく。天に歯向かう大敵に向けられた防御不可の一撃をしゃがみ避けた男。

 それはほんの一瞬、しかし彼女が攻め込むには十分な時間だった。更に光が男の視界を遮ることで彼女の攻撃を上手く隠してくれた。手甲での防御を縫った斬撃が狙うのは当然、桜の咆哮が直撃した無防備に空いた鳩尾。


 固い腹筋には刃が食い込みはすれど斬り裂くことは出来なかった。しかし重い衝撃が男の身体をくの字に折り曲げて後方に勢いよく吹き飛ばす。先ほどと同じ場所に大きな罅を作った男は、血を吐き出して倒れ込む。意識はまだあるようだ。


 「はあ、はあ、はあ…」

 「サクラ様!」

 急いで駆け寄ったベルフィーナ。桜は肩で息をし、尋常ではない程の汗をかいていた。聖女の力は強力であるのと引き換えに、多大な体力を消耗する。桜の様子を見るに、力を使えて後一度か二度が限界だろう。


 「サクラ様は守りに専念を、後は私が。」

 ここは死ぬ気で抑えるしかないと構えたベルフィーナ、隠した右目を閉じたままでは終えられそうにもない。時を止めていられるのはほんの僅か、瞬間を違えば無事では済まない。


 桜が【聖盾】を唱えたのを見て身体を屈める。相手が猛獣のような強さを誇るならば、ベルフィーナの姿は手負いの獣を追い詰め仕留める狩人…とはかけ離れたこちらも獰猛な肉食獣。剥き出しにした歯から唸りが漏れる。フシュゥゥと吐いた息は熱を持ち、甲板に突き立てた爪が板に食い込んだ。


 それは龍馬との戦いで見せた、彼女の奥義ともいえる力。全身を覆う赤いオーラが色味を濃くしていく。

【狂化魔法】、それは我を忘れ敵を屠ることだけに全てを捧げる限界突破の力。絶体絶命な時以外決して使うなと念押しされたが、それが正に今この時なのだ。どす黒い血のようなオーラは一瞬眩しく光ると、彼女の身体に消えていった。


 見合った二匹の獣。一方真赤に燃える獅子はその巨躯で仁王立ちをし、強烈な殺気を放った瞳で見下ろす。そして一方蒼く吠える王女の忠犬はしなやかな身体を極限に伏せ、激流を灯した片目で睨みつける。二人の眼光がバチバチと火花の幻想を見せて、混ざり合った殺気に慄き退きそうな桜は震える手を握りこんで見守った。


 パパッ、と魔法の灯りが点滅したのを合図に両者が大きな一歩を踏み込んだ。

 「ふんっっ!!」

 鋼鉄を纏った五爪の斬撃が空を切る。身体を捻ることで躱したベルフィーナの横を、大きく鳴いた風と衝撃波が抜けた。回転の勢いをそのまま乗せた愛剣を喉元目掛けて斬り振るった。


 ドッ ビシュッ

 「あぐぅっっ!」

 剣が首を撫でたのと同時に男の膝がベルフィーナの腹に直撃する。吹き飛んだ彼女は、ゴロゴロと甲板を転がるのを剣を突き立てることで止めた。鎧がひび割れ落ちるほどの一撃を、空ぶったあの態勢から繰り出せる身体能力を素直に称賛する。鈍い痛みを感じつつ見たのは血の滴った男の首元、両断する気で放った斬撃は鋼のような筋肉に弾かれ皮膚を少し裂くのに終わってしまった。


 狂化状態のベルフィーナは短く唸り声を上げ、地面とほぼ平行の姿勢で飛び掛かる。雷のような軌道を描いて切迫した彼女。しかし当の男は、呑気に傷ついた首の血を拭っていた。

 舐めている、いや敵ではあるがそんな事をするような男には見えない。つまりは本気でベルフィーナを危険視していないのだ。


 「王拳(おうけん)…」

 そう呟いた男は全身のオーラを掌に収縮し力強く握りこむ。ギュルギュルと音を立てながら回転する赤い覇気を拳に纏い、甲板を踏み抜くほどの踏み込みで殴りこむ。

 王拳、それは王だけに許された屈服の一撃。振り翳すだけで全てを怯えさせ、従わせるほどの剛撃は衝撃波を飲み込みながらベルフィーナの息の根を断とうと叫ぶ。


 しかし彼は知らない、今この時を待っていたのは彼女の方だったということを。歪み睨んだ白目を瞑り、姿を現した右目を開く。ベルフィーナにのみ許された絶対的時間。

 広い世界に数ある魔眼の中で、特別も特別な彼女の片目の名は【時獄の魔眼】。流れる時に唯一抗うことが出来るのは、地獄の痛みを耐えた先に到達した者のみ。


 一秒も要らない、ほんの一瞬あれば十足りる。わざともう一度首に振るった剣を手首で反し、初めから一貫して狙うのはただ一点。

 「ぉおおおお!!」

 全体重をかけ撓らせた甲板をバネに飛び上がるベルフィーナ、固定した愛剣で鋼の肉体を貫いた。

 グシュゥッッ


 動き出した世界で鮮血が舞い踊る。心臓の位置に刺さった剣を更に深く深く叩き込んだベルフィーナを襲うのは、一瞬で場所を変えた彼女目掛けて反射的に軌道変更した王拳。

 下から抉りこむように放たれた拳がベルフィーナの身体を空高く吹き飛ばした。男にとっても最後の一撃、膝から崩れ落ち大量に吐き出した血がバタバタと辺りに舞い散った。


 サクラ様、どうか泣かないで。今の内船内へとお逃げ下さい。殿下をどうか…どうか…


 途切れかかった意識の下、彼女に笑いかける。反転した世界、甲板の上で叫ぶ彼女の声は聞こえない。遠のいて行く船を宙で見下ろしながら、赤い血が滴る両目を閉じたベルフィーナは冷たい海に姿を消した。


 「ベルフィーナざぁああんっっ!!」

 泣き叫んだ桜が船の通り過ぎた波を見る。暗い海面に残る白い泡に、彼女の影を見ることは無かった。

今回も見て頂き本当にありがとうございます。お蔭様で当小説の累計PVが一万という大台へ後少しというところとなりました。投稿すれば見て下さる方がいる、それがどれだけ幸せかと今も噛み締めています。

感想、ブクマ、誤字脱字報告、いつでもお待ちしておりますのでどうか、どうか!!!見て下さるだけでもありがたいので何度も目を通していただけると幸いです。

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