第三十八話 笑ったのに全てが虚実の妄想で
第三十八話です。またまた遅れましてほんとうに申し訳ありません。競売はもうすぐ始まりますが、今回は龍馬視点のお話でございます。
いつも見て下さる方々本当にありがとうございます。ではどうぞ!!
「な、な、なあにしてるぅ、早あしろぃ!」
焦りながらねっとりと叫んだ男の前でたじろいだままの屈強な護衛達。後ろでただ見ているだけの男に対して、二人を目の前にした護衛の額には汗が伝っていた。
「つーぎーはー…誰かな?」
手首を回して目線を運ばせる銀髪の子供。雇い主の前で怖気づくことは出来ないと、そう奮い立たせようとも脳裏に焼き付いたあの光景に足が動かない。後ろの彼には見えなかったから意気込んで尻を叩けるんだ、到底踏み出せない。なぜなら目の前の奴は、子供のふりをして笑う狡猾な悪魔だから。
パアンンッッ
思わず振り返ってしまったのは、ここで聞こえることなど考えられない大きな破裂音が背中で鳴ったからだった。ぴたり静寂が襲った広間、何が起きたのか分からない中で理解出来たのは何故壁にひびが入っているのか。壁にもたれかかって地に落ちた護衛の一人、ピクリとも動かない彼は生きているのだろうか。
「おい、殺してないだろうな…」
「あはっ、加減したつもりなんだけどねえ。」
龍馬の問いに振り返ったアディラは鼻歌を歌って笑顔で答える。何が起こったのか、背中合わせの龍馬には状況の把握が出来ないがこいつがやったということは間違いない。
「ってぼくのことよりそれ…早く話してあげないと。」
「ん、ああ…」
アディラの言葉に自分の手を見た龍馬。気を取られて忘れていたそこには護衛の一人の首を鷲掴みにして皮膚に食い込む指。必死に空気を取り入れようと藻掻いて白目を剥いた若い護衛は、締め付ける腕を剝がそうとするが最後に短く息を吐いて意識を手放した。
「忘れてた。」
彼の涎が垂れそうになってやっと手を離した。痙攣しながら地に落ちる彼を覗き込んだアディラが、たははと苦笑いを浮かべる。
やはり似た者同士の二人。戦慄する広間の静寂で二人を除く全ての人間が背中の悪寒に耐え切れずにいた。一番恐怖を感じていたのは雇い主の男、護衛の壁がいるというのに突き抜ける威圧感が痛いほどに肌を刺激する。
(なんだ、なんなんだこいつらぁ!!)
船に乗り現在の地位まで上り詰めて二十年、苦労という苦労を感じずに生きて来た。男の名は【サード】そう呼ばれて早十年。元の名を語られることは無いからか、もう既に廃れ忘れてしまった。
三番目。その地位に甘んじているわけでも、胡坐をかいて驕っているわけでもない。何年経とうと毎日毎時間、這い上がらんと企てる馬鹿どもを警戒しなければならない。
つまらない、退屈な任務であっても失敗は許されない。こんなところで躓いてはいられないのだ。
大型遊覧船の仮面舞踏会、その実態は奴隷を競売にかける非人道的な宴だ。しかしそんな事にとやかくいう程もう善人では無い自分は、いつも通り任務をこなそうとしていたのに。
こんな、こんなことがあるのか。思わず信頼厚い護衛達の後ろ、焦って急かすことしか出来ない。裏返った声を嘲笑うように口角を上げた、まだ子供にしか見えない銀髪は子供の頃に染められた悪魔の形をしていたのだ。
「…誰かな?」
にやり、その形相に足が竦む。指を運ばせるのが一つまた一つと近づいてくる。壁のように前に立った護衛は六人、反対側にも六人と完全に逃げ場は無くして捉えているはずなのにこの劣勢感。
「やっぱり順番なんて面倒くさいや。」
ふっ…と手品か幻想か、銀は軌道も見せず奔って気が付いたらそこにいた。
「どうせ皆、殺すんだから。ね。」
言葉が鋭い刃のように首元に突き付けられて動けない。悪魔のような笑みは一切鳴りを潜めて、凍りついた瞳は見つめられれば火傷してしまうほどに冷たい。目を反らそうとも微動だに出来ないのはその冷気による枷のせいだろうか。
ゴッ
と鈍い打撃音が重なって聞こえた。声無く倒れる二人を足元に伏せ棄てながら、残る三つの障壁もなぎ倒す。銀の進行は止まらない。
「あはっ!」
狂気?殺気?だとしたら今まで自分が演じて来た凶悪などほんの戯れだったじゃあないか。全てを覆すのは子供大人男女関係なく放たれる、ただ純粋な殺意。非道な行為で自分に酔っていた憐れな男は今悟る、自分はまだ砂場で遊ぶガキに過ぎなかったことを。
延びる手は小さくまだ子供で、絶望を掌握しているには幼過ぎた。胸倉を掴まれ身体が浮く。バタバタと足掻く気力も無くて、閉まる喉元で息をするのに短い悲鳴を吐く。助けてという声も虚しく、呻いて消える息に溶けてしまった。
「ばいばい。」
一際歪んだ笑顔を見せた、首が締まって意識が遠のいて行く。こんなところで死ぬなんて…そう思った最後の時、指の力が少し緩んで呼吸が戻った。見えた光明に締める手を剥がし、背面で這って距離をとる。
「がっはっ…ぐっごほっ!」
「っぶねえ、殺すなっつったのはお前だろうが。」
あと数秒遅ければ首の肉は裂かれ、骨は粉砕されていただろう。それを笑いながら行おうとする子供がいるなんて。強く取り上げた腕には尋常じゃない力が込められており、気を抜けばまた男の首を締めに行くだろう。
「リョウマ…やだな、冗談だよ。」
見開いた目も細められ、歪に上がった口角も緩められた。冷徹な悪魔は姿を隠して、優しく笑ったアディラは腕に込めた力を弱めて肩を回す。
ちらりと後ろを向いたアディラ。見開いた目は高揚で光り、乾いた笑いが口から洩れる。
(はっはは…変わんないじゃんか。)
壁に床に椅子に卓、減り込んで動かない護衛達がぼろ雑巾のように散らばっている。嵐だってもう少し優しく通り過ぎるだろうに。その惨劇の跡をあの一瞬の内に行ったとするならとても恐ろしい。
「それで、こいつらはなんなんだ?」
流れるように戦闘に入ってしまったから聞くのを忘れていたが、急に襲って来たこの集団はいったい。
その時遠くで大きな歓声が響き渡った。奴隷競売が始まったのだろうか、船中に熱狂が奔る。
「ぼくらも行こ、詳しくは歩きながら…」
「余興?」
広間から出て数分。迷路のような廊下がいつまでも続いている中で、先ほどの集団が何者なのかをアディラが語る。この船に乗る必須条件としての一つは仮面を着ける事、しかし奴らは皆素顔を晒していた。彼らはこの船の持ち主、つまり競売の主催者である人物の手下のようなものらしい。
「そ、競売を盛り上げるために毎回やってるらしいよ。」
そして、彼等の目的。それは競売の中での一種の余興というのは参加者の内何人かを攫い、競売へ出品するというものだった。その為船に乗るには皆五人の護衛を着けて警戒するのだ。船の中で一人になる、それは商品として誰かに買われることと言わば同義。
「どこまで腐ってるんだ…」
龍馬は呟いた、許すことの出来ない所業に溜まる怒りを抑える。彼女らは無事だろうか。あのビンという騎士とベルフィーナがいれば心配はないだろうが、あの少し抜けた連れを思い出す。一人になってなければいいが。
前を歩いていたアディラが急に止まる。振り返った顔は不敵にほほ笑んでいて、その眼は龍馬を見透かそうとしていた。
「どうでもいい、本当はそうなんでしょう?」
クスクスと可愛く笑う。しかし何を言っているのか分からない。
「何が、」
「わかるよ、だってリョウマと僕は似てるもん。」
似てる。それは顔でも身体でもない性格、ともまた違う。もっと深く、奥底に滞留するもの。
「競売で子供の奴隷が醜い貴族に買われようが、その奴隷がどんな仕打ちを受けようと、船内で誰かが攫われて商品にされようと全部…どうでもいいんでしょう?」
見開いた目、首を傾げて射貫く瞳は冷たい。先ほど見た非道な一面が顔を覗かせる。
何を馬鹿な、そう思った龍馬は言葉を紡げないでいる。何故か、否定の言葉が出てこない。
脳裏に蘇る闘いの記憶。
「待ってろよ、すぐだ。すぐに楽にしてやるからなぁ!」
あの時、混沌の欠片に飲まれた錆びた騎士にかけた言葉。
「人間のことを良く勉強したんだな。それなのに、そこまで人間を理解しているというのに何故だ!!何故、あの怪物に子供達を…」
あの時、少女の皮を被った混沌に叫んだ嘆きも。
悲しみと憤りとがぐちゃぐちゃに混ざった感情で吐き出した言葉、あれが偽物だと?
「偽物じゃあないよ。ただ、ぼくやリョウマにとって感情なんて所詮盛り上げるための刺激の一つ。」
闘いを、戦いを最高潮に引き上げるために感情を高ぶらせる。もっと刺激を、もっと狂乱をと沸々戦闘に熱を持たせる、ただの模倣。
「違う…」
「違くないさ、だって…」
「だってリョウマ、楽しそうだもん。」
苦しい、胸が頭が。分かってしまったから、ロドムの時も瑠璃色の君の時も俺は。
俺は笑っていたから。
人を殺すことなんて初めてだった、鍛錬を積んでいたとはいえ人を斬るなど経験は無かったはずなのに。殺したことに罪悪感など抱けなかった自分を思い出す。そうか、俺は楽しんでいたんだ。アルフレッドが一度死んで、駆け寄った桜は涙した。俺だって悲しかったでも、その悲しみはあいつとは違う。死線の中、狂気を纏った戦いが終わってしまったことに対しての虚しさだったのだ。
自然に湧く感情は楽しさだけだった。哀しみも怒りもそれは一時自分を昂らせるための刺激物。どれだけ死闘を楽しめるか、ただそれだけを考えていた。
「リョウマぼくと行こうよ。ぼくと一緒に、世界を壊そう?」
天使の手招きだった。悪魔の笑顔だった。手を取って歩き出した足音は二つ、死神のものだった。
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