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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第三章 オークション
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第三十七話 笑う事を許されたから

第三十七話です。今日は九時に予約出来ました!久々な気がします。いつも見て下さる方々のおかげでございます。これからも何卒宜しくお願い致します。

 私は何故生きているんだろうか。そう思ったのは何度目か、考えることを辞めてしまうほどに多い。死んでしまえば楽になるだろうか。不自由な自分から解放されるために消えてしまおうと、幾度も身を投げようとしたあの日。あの人たちがいたから耐えられた日常も壊されてもう、私には何もない。


 聞こえない、見えない、歩けない私に食べ物と着るものをくれた。五感が機能しない私には味なんて分からなかったけど、あの二人のおかげで温かさぐらいは分かるようになっていた。顔も声も知らないけれど、少しだけ分かる二人の手の温もり。私はそれだけで幸せだった。それなのに、


 神様、あなたは私からまだ奪うのですか。


 神様、私が何をしたのでしょうか。


 神様、教えて下さい。私は今、何のために生きているのでしょうか。


 神様、神様、神様。私は、何故。なぜ。生まれて来てしまったのでしょうか。



 運ばれる身体。ここが何処かなんてわかるはずも無く、少しだけ機能する身体の感覚は肌寒さを教えてくれた。こんなに冷たいなら触覚も完全になくなってしまえば良いのに、そう願うばかり。

 舌を噛み切って死んでやろうと何度も試みた。でもいつも、頭に浮かぶ二人の笑顔。妄想だけど、想像だけどあの二人が止めて来る。見えない聞こえない私にも分かる、あの二人はもういない。


 二人につけてもらった名前、幾度もなぞった忘れられないもの、消えてなくならないもの。

 私はアリアンナ。神様に嫌われた、死ねない咎人。




 眼前に広がる美しい光景。心地の良い海風が吹いていた。肌を差す夕陽、鼻を抜ける潮の香り、穏やかな陽気が心を温める。

 「はあ…」

 思わずため息を吐いた桜。奴隷競売と聞いてからこの船に入って気を休めることが出来なかった、そんな中でのやっとの息抜き。問題が解決したわけでは無いが今だけ、ほんの少しでもと波に目を向ける。


 客間を出て数時間、船内を歩き回った四人は休憩のために甲板へと出ていた。


 「サクラ様、こちらをどうぞ。」

 穏やかに過ぎる流れに気を取られていた桜にベルフィーナが声をかける。手にはお空く綺麗な飲み物が注がれたグラスを掲げていた。

 

 「ありがとうございます。」

 毒見は済んでいますので、と物騒なことを言う彼女。苦笑いを返してグラスを受け取る。冷たい水滴が手に触れ、カランッと氷が解けて音を鳴らした。

 「っはああ…おいしい!」

 喉が渇いていた桜は一気に中身を煽った。仄かな酸味と確かな甘みが口に溶け、味わったことの無い美味な果汁が喉を潤した。


 静かな船の甲板。外に出ているのは四人だけ。海に沈みそうな陽を眺めた桜は吐き気を紛らわせる。気持ちの悪さは船酔いからでは無かった。

 様様な施設を回り見た仮面の人間達、娯楽を楽しむ姿とこれから人間を買う姿の想像が重なって言い様の無い吐き気が湧いて来た。もう陽も落ちる、心を占めるのは矛盾への葛藤だった。


 「深く考えすぎるなよサクラ。」

 声をかけたゼアリスが、軽く肩を叩く。仮面の下、慰めるような優しい笑顔に少し救われる。

 「参加しようがしまいが、今日も明日も人が買われるんだ。それは皇帝の私にだって変えられない。が、これだけは言っておこう。お前が参加することで救われる命が、少なくとも一つはあるのだ。」

 

 人を買う、なんて下衆な行為なのだろうか。でも参加しないのはまた、命を見捨てるという下衆なのだろう。ただ言葉を良いように言い換えただけ、これは自己満足に過ぎないが覚悟しなければいけないのだ。


 「私、参加します。」

 いつまでも自分だけ美しく、穢れの無い身体ではいられない。綺麗ごとはもう捨てた、命救うためならば悪魔になる覚悟を決めるのみ。


 「参加者は皆三日目が本命だ、おそらく今日と明日は地獄の光景だろう。それでもか?」

 これは脅しではない。【覇人】を是が非でも手に入れたい者は極力金を使わない。そのためこの二日間に出品される奴隷達はおよそ人間が付けられるような値段では無い、低すぎる価値で取引される。その人の一生を奪うには安すぎる。


 しかし、彼女には愚問だったようだ。桜は強く頷いて返す。覚悟は見えた、ゼアリスは微笑んで三人を見渡し指を鳴らす。

 「行こうか、人が創り出す地獄へと。」

 一人客間に置いてきたのを忘れて、覚悟の決まった四人は陽の落ちた夜の空を背に船内へ歩き出した。



 四人が船内へと足を踏み入れた少し前、大きな欠伸とともに目覚めた龍馬。部屋を出るが誰もいない。

 「……」

 さてどうしようか、船の構造は全く分からない。手持ち無沙汰を紛らわせるためにとりあえず、客間を出た龍馬は背伸びをしながらゆっくりと歩く。


 長い廊下、外は暮れだしてもう夜が近い。他の客間の前を通るが人の気配は感じられない。皆既に競売会場へと行ってしまったのだろう。誰かに場所を聞こうと思っていたのに、これでは会場まで辿り着けそうにない。


 広い場所へと出た。誰もいないかと思いきや、こちらに背中を見せて座る者が一人。驚いたのは全く気配がしなかったこと。呼吸の音も衣擦れも一切が聞こえない。

 何者かと思いきや、見覚えのある後ろ姿。銀の髪が肩で切り揃えられた中性的な姿。座る横に立てかけられた大きい筒は一度見れば忘れない。


 「あれ、兄ちゃん。今朝ぶりだね!」

 椅子を飛び跨いで近づいて来た、暗殺者アディラ。同じ船内にいるとはいえまさかこんなにも早く【鏖殺】に会えるとは。


 「アディラ・デロ・セントグレンだったな。これは?」

 指に挟んで取り出したのはもらい受けた封筒。蝋が開かれているのを見たアディラは嬉しそうに目を輝かせた。ほんの一瞬、目の前に迫ったアディラはこちらを見上げて笑った。奇抜な仮面の奥で無邪気な瞳が光る。


 「アディでいいよリョウマ、そんで何?依頼??」

 ワクワクと擬音が聞こえてきそうなテンションのアディラ。ずいずいと近づける顔を手で振り払うと、頬を膨らまして抗議してくる。

 「ちげーよ。何が目的で俺に渡したんだ?」

 「目的…別にそんなの無いけど?」

 ぽへぇと間抜け声が口から洩れたアディラは、何を聞いているのかと疑問符をいっぱいに浮かべている。


 「やっと見つけたんだ、ぼくに似た人を。」

 「似てる、何処がだ。」

 顔も背格好も全く違う。なのに似ているとはどういうことか、袖を引くアディラはただの子供のように見える。未だに信じられない暗殺者だということ。


 「すぐに分かるよ、ほら…」

 近づいてくる気配を感じ警戒態勢をとる。四、五、六と増えていく気配が二つの出入り口を封鎖して取り囲んでしまった。


 「おやぁこんなところに人がいるではありませんかぁ!」

 ご立派な細髭を撫でつけ糸目で笑う男が、屈強な男達の間から姿を現した。仮面を着けていないところを見るにこの船の者だろう。胡散臭さの塊とも言うべき男のねっとりした笑い声が耳に触る。


 「競売はもう始まりましたよぉ?ここでぇなぁあにをしているのでしょーう。」

 気に障る話し方だ。気色の悪い抑揚のつけ方をする男がにこやかに笑う。不気味な笑顔だ、何を考えているのか分からない。掲げた指をまるで指揮棒のように振り下ろす。

 「やりなさぁい。」

 そう言って振り返った男、と同時に屈強な護衛達がじりじりと二人に迫り出した。


 「なあ、」

 どうする?と声を掛けようとしてアディラの方を見る。

 ああ、そういうことか。先ほどの似てるという言葉の意味がこうも簡単に分かるとは思わなんだ。


 「後ろ任せるぞ。」

 「ははっ、殺しちゃあだめだよリョウマぁ!」

 一斉に駆け出した二人は護衛の男達へと向かう。どうするかなんて聞かなくても分かった。アディラの顔は喜色満面、闘いを心から望む狂の顔。それはまるで鏡を見ているようで、瞳に映った自分の顔も戦いを前に酷く歪んでいた。

第三章これから盛り上がっていきますので、つづけて読んで頂けると嬉しいです。読んで頂けるだけで幸せです。評価して下さればもっと幸せです!感想も一言でもいいのでよろしければ!!

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