第三十四話 それはとても早くて
第三十四話です。前書きは今回短く、いつもみていただきありがとうございます。
大空に羽ばたいた海鳥が高らかに声を上げ、地上の人間を見下ろしていた。
港町トートデール。早朝からの活気は陽が高く昇った今も溢れたまま。帝都よりも人口密度は高いだろうか、しかし平和で暖かい雰囲気は同じ。違うところはと言えばその多くが商人だというところだろうか。
馬と車を宿に停め、船着き場に向かう道を歩く。丁度小さな観光船が停泊したようで、降りて来た人々の波をかき分けながら進む。
黙って歩き続ける皇帝ゼアリスの後ろを小鴨のように着いていく五人。振り返ることなく目的も告げない彼女、そのまま船でも見に行くのかと思われたが大通りの途中で小道へと入っていった。
貿易でにぎわっているこの街にはスラムらしき貧民街は無いがしかし、こう細道となると浮浪者の姿はちらほらと見えて来る。
そんな通り外れの小さな道。帝都のスラムを見た龍馬は驚いていた。何故なら浮浪者の誰もが笑っていて、中には目が合うとウインクを飛ばしてくる人もいる。あそことは違う、一人として絶望の顔に染まっていない。龍馬たちがこの街の者では無いと分かるのだろう、酒を掲げて歓迎の一杯を空けた。
そんな光景を二三度見て着いたのはこれまた雰囲気の違う店の前。決して綺麗とは言えない道には合わないような洒落た入り口に看板は、夜の街に映えそうな見た目。
「入るぞ。」
そう言ったゼアリスは誰の答えも待たずに扉を押し開いた。
カランッと気持ちの良い鐘の音が鳴る。明るい店内、衝撃の光景が目に飛び込んだ。
壁一面を埋め尽くすのは色とりどりで形も様々な仮面達。デザインも地味な物から派手に装飾されたものまで幅広く、百を優に超えた顔たちが一行を取り囲んで見下ろしていた。
「うっわぁ…」
感嘆かそれとも軽い嫌悪から漏れた溜息か、その気色の悪さに身体を震わせた桜が声を漏らす。無理もない、閉じた入り口にも派手な仮面が三つ並んで掛けてあったのだ。どこもかしこも仮面だらけのその店は仮面屋なのだろう、寸法を測るための器具が床に置かれていた。
「あの、ここって。」
「仮面屋【スキン】。宴に必須である仮面の作成を頼みに来たんだ、が…店主は何処にいる。」
見渡してもあ在るのは無造作に並ぶ椅子に道具、不気味な仮面だけ。ゼアリスが壁をノックするが、奥の扉が開かれることは無かった。
しばしの沈黙。壁に掛かった仮面を流し見る。
諦めて帰ろうとしたその時、
「あれ、帰っちゃうのかい?」
扉の方を振り向いた桜の肩に誰かが手を掛けた。誰のものだろうか、息良い欲振り返った彼女は、目の前に飛び出してきた異形に仰天し、店中に響き渡る叫び声を上げた。
「いやあ、あんなに驚くとはねえ…ごめんよ。」
「ううぅぅー…」
彼。店主の男が、唸り声を上げて睨む桜に謝罪する。苦笑いを浮かべているのだろうか、しかしまったく見えない男の顔には赤い骸骨の仮面が着けられている。ハッとしてまだ仮面を着けていたことに気が付いた男は慌ててそれを外して顔を見せた。
「久しいね君主ゼアリス!それに君もね。」
爽やかな笑みを見せた男は明るく挨拶をした。君も、と目を向けたのは護衛騎士のビン。手を挙げて答えたゼアリスとは違いビンは変わらず無言を返す。
「そして…新しいお客様だね。ようこそスキンへ!俺は此処の主、ルルルだ。」
「るるる?」
あまりにも奇妙な名前に思わず聞き返す龍馬。その反応は予想の範囲内だったのだろう微笑みを浮かべた彼は龍馬の目の前に指を浮かべる。
「ルカッド・ルーサー・ルペンドーラ、長いからルルルって呼んでもらっているんだよ。」
空に指を走らせたルルル。長い名前を書いたことは分かったが如何せん読むことは出来ない。
「誰も読んでないだろうがルカッド。仮面を頼みに来たんだ、私とこいつらの分。」
口を挟んだゼアリスが本題に入る。ルルル改めルカッドは両肩を竦めて頷いた、
仮面職人など需要が無いように思えるが以外にも求める者は多いようだ。ルカッドの作る仮面は全て革製で、その精巧さと独創的な意匠は好む人間にとっては最高品質の仮面らしい。それに仮面本来の用途だけではなく、家具としての需要もあるという。
「ふむふむ……」
桜・龍馬・レティシア・ベルフィーナの四人をじっくりと見回しながら思案顔を浮かべる事数分。」
「よしっ!出来上がったよ、次は寸法だ。」
今の数分で四人分の仮面を頭に描き上げたのだろうか、一流の職人というのは間違いではないらしい。整った顔で爽やかに笑うルカッドが今度は椅子へと誘導する。
顔の大きさ形を測り、加えて好きな色や仮面の型を全面にするか半面にするか…等々を聞いて完成形を固めていく。
「よし、よし!」
全ての工程が終わったのは一時間を軽く越した頃。パンッと手を叩いたルカッドが、壁にもたれて浅い眠りに入っていたゼアリスを起こす。
「出来上がるのは丁度一週間後。君達も船にのるんだろう?それには余裕で間に合うさ。」
ルカッドも仮面舞踏会の事を知っていたようだ。それもそうだろう、毎年この時期になると仮面作成の依頼が増えるのだから。
「ん、君達?」
僅かな引っ掛かりを覚える。もしかして彼も、そう思って目を向けると微笑んで頷いた。
「俺も呼ばれていてね、勿論参加しようと思っているよ。」
招待状を見せつけたルカッド。楽しそうに話す彼とは対照的に桜やレティシアの顔には影が濃くなる。参加する、それだけで悪になる競売。しかし今彼を止めたところで何も変わりやしないということが、彼女達の湧き上がる気持ちを抑え込んだ。
「そうか…ありがとうなルカッド。」
ゼアリスが分かれの挨拶を告げる。一週間後、出来上がった仮面を取りに来ることを約束した龍馬達は見送られて店内を後にした。
「ルカッドさん…良い人そうなのに。」
続く言葉は何故オークションなんかに、だろう。好青年であった彼が胸糞悪い競売なんかに出るなどと、桜はじめベルフィーナにレティシアも信じられなかった。
「招待状が来た者は半ば強制参加なのさ。彼も私も断れば様々な方面に角が立つ…信じるしかないさ、そんな事よりも我らの目的はただ一つだ。行くぞ。」
宿に向かって歩き出したゼアリス。彼女の言う事を今は聞くことしか出来ない。しかし、ルカッドが競売を憎んでいるようには思えなかった四人は複雑な心境をしていた。
鼻歌交じりに革を触る。四件もの依頼が一気に入ってしまったことで忙しくなるが、彼にとってそれはとても心地の良いことだった。
頭に思い描いた完成品を目指して、四つの仮面の制作に取り掛かる。仮面づくりを初めてもう十年、慣れた手つきで鞣した革と装飾を並べて思考する。
「革いじりは楽しいかい?」
そんな彼に声をかけたのは一人の女。とても美しい、そしてとても恐ろしい女だ。真っ黒に揺れる艶髪は一つ一つが宝石と同じ価値を持っているように綺麗で、その肌は陶器のように白く透明だ。仲間でなければ是非にも、欲しい顔。
「隠れて観察なんて珍しいじゃあないか。」
「訳があってね。それよりもあの子達も競売に参加するとは…」
彼女の言葉に手を止めた、彼が振り返り少し驚いた顔をする。
「おや、知り合いだったのかい。」
「私が一方的に知っているだけさ。血の皇帝ゼアリスに、あの男…名前はリョウマ、だったかしら。」
妙な格好をして腰に剣を差す男。あの男のせいで管理人の殺害が失敗に終わったことを覚えている。
「まあそんなことはどうだっていいさ。俺は忙しいんだ【ディープ】、それに君も帰ってくれよ。」
目も向けずそう言ったのは天井に潜み隠れた者に対してだ。音も無く姿を現した、目だけを覗かせ全身を黒い布に包まれた長身の男。【ストーカー】に似たこの男は彼と似て痩せぎすな体格、異なるところはその腕と足の太さだろうか。異常なまでに発達した筋肉は全てをなぎ倒すために身に着けたこの男の武器だった。
「おや、【チェイサー】早かったね。」
【ディープ】が声をかけた男は追撃者を冠する名を持つ者。【チェイサー】、目標をどこまでも追い続けて殺す。それだけでは無く組織の裏切り者を粛清するまさに掃除人。
「…行方不明のストーカーだが、もう死んでるな。」
「!?」
【チェイサー】の言葉に驚いた二人。【ストーカ】の任務は何の力も持たない、ただの書殿の管理人の殺害だったはず。それが一度は護衛の邪魔で失敗し、そしてあまつさえ死んだなどとは信じられない。
しかし【チェイサー】が出した手には彼の愛剣の破片が。彼が消えたであろう現場に残されていたのはこれだけだったという。
「リョウマという男の仕業か、それとも別の…」
「俺は彼の殺しは受けないよ、大事なお客様だからね。ま、今のところはね…」
沈黙が店内に続く。あのリョウマという男は危険だ、今の内に排除せねばならない。
「私達も船に乗るしかなさそうだ、【チェイサー】武器の準備を怠らないようにね。」
「くれぐれも俺を巻き込むのはやめてくれよ?競売は最高の素材探しの場なんだからね。」
苦言を呈した男が嫌がるように手を払った。
「…オレは手下を連れ、護衛として船に潜り込む。」
「あんたも、いつまでも動物の皮は飽きただろうしね。刃を研いでおきな、【フェイス】。」
それは猟奇的な殺人鬼の名。
「ああ…まったく、楽しみだよ。」
心の底が湧き踊る。楽しみに快楽の麻薬を求めた男は、人の顔の皮を剥ぎ蒐集する。
ルカッド・ルーサー・ルペンドーラ、異常殺人鬼。またの名を【フェイス】。
これからもどうか応援よろしくお願いいたします。
いつもありがとうございます!!!!