第三十二話 日常が
第三十二話です。一日空けてしまって申し訳ありません!どうか読んでください、これからが見て欲しいところとなりますよ(小声)
暑い日に涼しい日と寒暖差に隊長を崩される方も多いと思いますが、この小説を読んで誰かを元気づけられたらと願います。
混沌の討伐、そしてマクベルの死去から約一週間の時を数えた。帝国ガヴェインの日々はなんら変わらず平和に過ぎていき、龍馬の怪我も既に姿を消していた。
ただ一人の生存者であった少女は施設に引き取られることが決まったが、それも目を覚ますのを待つのみ。依然一人だけベッドの上。診断した結果彼女の身体は健康体だが心が壊れているそうで、治るかも分からないという。
遺恨を残す形に終わった今回の戦い、大量の死者を出したものの混沌の討滅という大目標は達成できた。
龍馬は病床から早々に立ち、皇帝に呼ばれるまでの数日を気長に待ちながらも退屈な日常を謳歌していた。桜には散々に泣きつかれ、ベルフィーナからは、
「かっこよかったよ。」
と一言。慣れないからか少し歪な笑顔も輝いて見えた。以来数日、顔を合わせる度に恥ずかしそうに目を反らしたのが忘れられない。
「くれぐれも大人しく!」
そう釘をさすのはミルバーナが誇る美王女レティシア。廊下を歩く途中足を止めて振り返り、龍馬の眉間を小突いて頬を膨らませた。
「あいよ。」
ぶっきらぼうに加えて無礼な口調に、ベルフィーナの鋭い睨みが飛んで来る。
相変わらずツンとした雰囲気を崩さないレティシアは、偶然にも一週間毎日顔を見合わせた。にも拘わらずそっぽを向いてすぐにどこかへと行ってしまう。
ただ少し、彼女の見る目が変わった。ような気がする。
レティシアにベルフィーナ、桜に龍馬の四人に加え少し後ろを付いてくるマクベル。皇帝に呼び出された五人は、混沌による大虐殺の目撃者として召し上げられた。実際はただ話を聞きたいというゼアリスの我儘であるが、それを知る者も反対する者は誰もいない。
重厚で堅牢な扉。閉ざされた中からは冷たい空気が抜けてくる。顔も見ていないというのに、最初に謁見した時の威圧感が忘れられない。しかしそれを知らない、皇帝と初めて顔を合わせる龍馬は何食わぬ顔で欠伸をする。
マクベルは変わらずだ。あの日から、黒の帽子と手袋を取ることは無い。違いと言えばそれだけだろうか、どれだけ一緒に話していようと一粒の違和感を覚えることは無かった。
扉の前、声がかかるまでの沈黙。胸に手を当てて深呼吸をするレティシアが、兵士の声を聴き息を整える。開かれた玉座の間は足を踏み入れた途端に全身を硬直させる覇気を内包していた。
「さあ聞かせてくれ。」
近づき膝を着こうとした五人を制するように言った皇帝ゼアリスの顔には、心の底から恐怖を掴み上げるような笑顔が張り付いていた。好奇心を全面に出し、玉座から身を乗り出して聞く。
「混沌は、一人の少女でした…」
レティシアの始めた語りを一言一句聞き逃さんとするゼアリスは、視界を遮断して玉座に腰掛ける。
「深い暗闇の中、場所はただ一つ灯りが点いていた教会で、とても恐ろしく短い時間でした…」
時間にして僅か数十分だっただろうか。彼女は分かりやすく、そして彼女自身が知らない後から聞いたことも含めて話した。詳細からあの夜が明瞭に思い出された。桜は一度聞いた体験だというのに身震いをする。
「……そしてここにいるリョウマが戦いを制し、聖女であるサクラが完全に対象を滅しました。」
言い終えたレティシアが溜息を吐く。乾いた喉を咳で飛ばし、目を上げた。底には何かを考えるような表情のゼアリスが。
「ふむ、ご苦労だった。教会でのことは放火として処理し、犯人も死亡したと報道した。死者も多い、収束に向かうのはまだまだ先だろう。…リョウマといったか、報酬に期待しておれ。もちろん!サクラもだ。」
龍馬以外が頭を下げた、すかさず彼も習って目を伏せる。玉座に胡坐をかき、美しい自慢の髪をかき上げたゼアリスは心の中でほくそ笑む。
「さて、だ。本題を話すとしようか…ビン。」
彼女の言葉に皆顔を上げた。混沌の話を聞くのが本題だとばかり思っていたのは共通のようで、ぽかんと口を開けたままゼアリスの話を耳に入れる。
呼ばれた護衛騎士のビンは何も言わず、紙切れを一枚差し出した。下から見えるのは赤と青で色付けられた、チケットほどの大きさであるということ。
「とある宴に招待されてなあ。場所は特殊も特殊、三日間の大型遊覧船の上で行われる。くくく、想像だけで素敵だろう?一国の主から有名な踊り子、一級の鍛冶屋に大商人も。中には口に出来ない職業の者も…と多種多様な人間、種族が参加する。会の名を【仮面舞踏会】!参加する条件は二つ。招待状を持っている事、そして仮面を身に着けている事だ!」
ピラピラと招待状を見せつけるゼアリスが高笑いする。
表も裏も、善人も悪人も関係ない。仮面必須という条件がそれを可能としている。大量殺人鬼だろうが国王だろうと全てが入り乱れる宴。
何故それを見せつけたのだろうか、自慢だけとは考えられない。こういう時の嫌な予感というものは得てして当たるもので、辟易するところだがしかし龍馬はそう言った面倒な出来事というのも嫌いでは無かった。
「この招待状は一枚に付き最高五人の護衛を付けられる…言いたいことは分かるだろう?」
ニヒルな笑みを浮かべ、察しろという顔を見せた。五人、つまりはそういうことだろう。彼女の隣で佇む護衛騎士のビンは当然に、龍馬・桜・レティシア・ベルフィーナで五人丁度だ。
「十分に悩みたまえ。船の行き着く先は隣の大陸。人間よりも獣人の比率が高く未開の地も多いが…君達の探し物も十分に発見されている場所だ。」
含むように言った、探し物とはおそらく混沌の事だろう。まさか断るなどはしないよなと言いたげな視線と、食いついてくることを確信して上がる口元。
目を合わせた一同。レティシアの目はもちろんのことだが、驚くことに桜の瞳にも決意の火が灯っていた。頷いた三人はゼアリスに向き直る。仕方なし、そう格好つけて息を吐いた龍馬は誰よりも早く船に乗ることを決めていた。
「よし、そうと決まれば話は早い。一月後、ガヴェインの果ての港町で乗船だ。遅くとも二週間後には此処を発つとしよう。」
ひざ掛けを叩いたゼアリスがまとめる。皆その言葉に賛同し、長く着いていた膝を上げた。ふと、彼女が目を向けたのは弟、マクベル・グリード・ガヴェインだった。頬杖を突きなおし、ふふっと短く笑う。その眼はいつもの威圧的なものでは無く、初めて見るような優しい慈悲の籠ったものだった。
「そうか、あいつはもう行ったのか。」
問うでもなく、ただこぼしたその言葉。ゆっくりと閉じた目を更にゆっくり開いた彼女は、とても心地よさそうに笑った。
あいつ、それが誰を指しているのかを瞬間的に理解した。そして彼女も既に気が付いているのだった。
言葉を発することなく近づいたゼアリスが優しくマクベルの頬を撫でる。
「聞き分けの無い愚かな人間だった。我と血のつながりがあるとは考えにくいほどに野心を持たない人間だった。」
遠い過去を懐かしむ姉の顔。
「けれど、あいつは一度も私を否定したことが無かったんだ…今の私が出来たのも全部あいつのせいさ。」
凶暴な笑み、しかし頬に伝う涙は止まらない。笑いながら声も無くこぼれ続ける気持ちを、決して拭わない。惜しむように離した手、マクベルは同じ場所を手でたどる。黒い袋を外した素の肌で。
「邪魔をしたな。」
ゼアリスが扉から出るように促した。それに従い玉座の間を後にする一同。重い音が響き扉が閉じられた。残ったのは頬を濡らした皇帝と、彼女の後ろに立つ護衛騎士。
「私に残ったのはこの国と、後はお前だけだよビン。」
彼女が指で何かを弾いた。騎士はそれを上手くつかみ取ると、掌を広げ目を落とす。それは小さな玉だった。小さく、漆黒に染まった感触は硝子の物。
「まだ未熟者で助かったよ…それは残りだ、味わえよ?」
クツクツと楽し気に笑った彼女。その言葉を聞き、騎士はそれを噛み砕いた。バリバリ、小気味良い音を奏でた後に嚥下する。
数秒後、胸を抑えた騎士は蹲るがそれもまた数秒。長い息を吐いた後、すぐに体勢を立て直す。
あの夜の現場に残っていたのは、火災の跡と大量の死体。それだけかと思われたがしかし、床に撒き散らされた闇の跡、その中心で隠れるように存在した小さな小さな混沌の一部。
聖女の能力がまだ未熟だったためだろう、ほんの僅かに残った一部はもう既に息絶えて、これからの復活はあり得なかった。
メキッ、メキキッと騎士の身体が一瞬隆起する。膨張した筋肉が収縮し、身体を締めている鎖が食い込んだ。しかしそれもすぐに収まり、普段と変わらない騎士の姿がそこにはあった。
「よし…さあビン、残された我らが成すべきことを成そうじゃあないか。その為には一月後、だ。」
先ほどの凶暴な笑みを濃くする。涙と共に流れてしまった、歯止めになっていた彼への気持ち。しかしもういない、彼女の進撃を止める者は一人も。
ギギギギッ
小さく、人一人が通れるほどに開かれた大扉。外から何も言わずに入って来たのは龍馬だった。
「忘れ物か?」
「ああ、一つだけな。」
静かに閉めた扉。彼が何をしに来たのかおおよその予想は付いた。
黒い杖を突き、何だ?と聞いたゼアリスに答える。
「仮面舞踏会…なんて冗談だろう?あんたがんなもんに惹かれるとは思えねえ。」
「く、っはは!」
彼の言葉に大きく笑った。やはり、と。この男を選んで良かったとゼアリスは確信する。見開いた目は尖りに尖った圧を放ち、攻撃するような笑み。
「仮面舞踏会だよ。大勢集まった奴らが楽し気に声を上げ、笑顔で叫び、莫大な金が動く。私利私欲に溺れながら娯楽を謳歌するのさ…表向きは、な。」
強く杖を鳴らした。跡が付くほどの大きな音が響く。
「表…真の目的があるんだな。」
「……たとえ陸を離れた海の上に隠れようと、どれだけ必死になって体面を取り繕うったってはっきりと感じる。綺麗ごとを上塗りしたってな、底の嫌ぁな臭いというものはこびり付いて一番に臭ってくるんだよ。」
激しい怒りが湧き出たのを感じた。怒髪天を衝くとは正にこのことだろう、彼女の周りに揺らめくオーラが歪んでいた。
「奴隷競売だよ。三日間休まずに行われる、反吐をかき混ぜたような醜悪だ。」
爆発を起こした巨大な怒りの感情が、静かに抑え込まれて彼女に宿る。
ゴクリ、龍馬の喉が鳴った。
今日はとても良い日だった。雲一つない晴天の、気持ちの晴れる最高な一日だった。
ただそれは巨大な嵐を前に鳴りを潜める、静かなで穏やかな朝に過ぎなかった。
第三章 奴隷競売
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