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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第三十話 ただ生きていたかっただけ

第三十話です。皆様にご報告が!大したものではありませんが、この小説がついに十万字を越したことを報告させていただきます。これも皆さまが見て下さるおかげです。読者様のおかげでここまで来れました。こんな所では終わりません、まだまだ続きます本作品をどうか応援よろしくお願いします!!!

感想お待ちしておりますね!

 始まりは怪物の鳴き声からだった。歪な身体が迫りくる、ペタペタと五本足を夢中にはためかせた本の虫が龍馬を狩ろうと猛烈な突進を見せる。


 「そう来なくっちゃあな。」

 シシ、と少年のような笑みを見せた龍馬。命かけた戦いとは思えないほどの楽しそうな笑顔、ゆっくりと納めた灰屍の鍔に指をかける。間合いまではほんの僅か、獣のような野生のオーラが龍馬の身体を覆う。


 「下がってろよ、火傷するぞ。」

 教会内を炎が奔る。近づけば彼の紫炎に焼かれてしまうだろう、しかしそんなことはただの理由付けに過ぎない。龍馬は邪魔をされたくないのだ。加勢しようとするベルフィーナを下げたのは単純に戦いに没頭したいから。


 全く格好つけて…心の中で笑みがこぼれる。頼もしく前に立ったリョウマの横顔は既に自分のことなど頭に無いようで、その鋭い目にゾクゾクと興奮する。


 「食い殺せ!!」

 瑠璃の君に呼応した本の虫が気味の悪い呻き声を上げた。巨躯が龍馬を覆い隠そうと、炎海の中影が濃くなる。片顎が鋭く光った、鋭いそれは捕食者の証。


 「五本じゃあ、バランスが悪ぃだろ?」

 姿を現したのは残酷に凶暴を追い求めた楽しさだった。牙を剥いた凶暴が滑り出した灰屍を加速させる。

 百の連撃が、無理矢理に繋がれた日本の腕をバラバラに斬り落とす。体内の熱を吐き出した口元が抑えきれないほどに歪む。腕の切り口は次の瞬間に紫炎で焼かれ、少し吹き出した血も蒸発して臭いを放つ。


 「来いよバケモン。」

 指を折り挑発する。意味を感じ取ったのだろう、激昂した本の虫が身体を震わせた。

 左右に激しく動き針を飛ばす。炎を避けながら放つ毒針は音のしないマシンガンのようで、弾切れのない射撃が隙間なく龍馬を襲う。


 激しい攻防、針を全て斬り伏せながら近づいていく。とてもゆっくり、一歩一歩を確実に踏みしめながら、死神の足は止まらない。


 炎の結界が龍馬と本の虫を取り囲む。土俵のように狭い戦場で高速で動く蜘蛛と、針を弾く剣士。

 斬り伏せていた毒針を徐々に前へと飛ばしていく。段々と多くなっていく反撃の弾丸が怪物の手足を掠め始めた。


 キシキシキシキシッッ

 苦しそうに鳴いた蜘蛛は自らの毒と小さく蓄積していく傷に苦しめられていく。少しづつ確実に鈍くなる動き、必死に動く本の虫が尋常じゃない量の涎を垂らして息を切らした。


 策士策に溺れるとはこのことか、強力過ぎる猛毒を分解することが叶わない。酸性故、傷口が溶けていく。シューシューと音を立てながら焼け爛れていく身体が綻び、鈍った動きで威嚇を見せた。

 キーキーッ

 甲高い嘆きを上げた本の虫。それは恐れから来た拒絶の叫びだった。後ろの炎に身を屈め、前の死に怯えて身を縮こまらせる。


 「安らかにな。」

 上段に構えた灰屍が紫炎を纏い死を見せた。震える怪物を見て少しの逡巡、この子もまだ赤子なのだ。この世に生を受けて間もない、何も知らない無垢な子供。

 食欲という抗い様の無い欲求に従っていたにすぎないのだ、表情は分からないがカタカタと小刻みに揺れる瞳が龍馬を見詰める。


 眠ってくれ。

 罪は無い、だがこの子は殺し過ぎたのだ。

 振り下ろした紫に光る灰屍。しかし、その斬撃が本の虫を切り裂くことは無かった。最後の力を振り絞った蜘蛛は後ろに飛び上がり、炎の海へと身を投じる。


 「そうか、それがお前の最後なんだな…」

 焼かれていく、声も上げずに炎に包まれた本の虫。鳴き声を上げることは無かった。最後の最後まで龍馬から離さずにいる八つの目が、悲し気に潤んだような気がした。

 黒く焦げていく。赤子の最後、紫の炎が大きな身体を崩していく。灰も残らない忘却の炎、時間にすればほんの僅かだった。


 「ああ、ああ…私の子…」

 膝から崩れ落ちた彼女が悲し気に俯いた。嘆き悲しみ床を叩く。

 「終わりだ瑠璃色。」

 刃を顎に当て、上を向かせる。涙を流す混沌が憎しみの目を向けて龍馬を睨んだ。唇を嚙み締めた彼女が立ち上がり髪をかき上げる。


 「終わり…これで終わると?」

 にやり、不敵な笑みを一つ。その不気味さに思わず一歩退いた。クツクツと笑う彼女が両手を広げ天を仰ぐ。混沌何故恐ろしいのか、次の瞬間それを体感することになった。


 「キヒ、キヒ、ゴポゴポ…」

 胸を抑えて口を大きく開けた瑠璃色の君。喉の奥の深い闇からおぞましく蠢く何かが顔を見せる。

 「リョウマ離れた方が良い!!」

 呆然としていた龍馬はベルフィーナの叫びによって引き戻される。ハッとして身を引いた、足元を殺気が埋め尽くす。

 

 滝のように口から飛び出した闇の奔流が床に広がり炎を消していく。

 「ゴポ私が、ゴポただの少女で、ゴポゴポ終わるわけが無いだろう?」

 口を拭った彼女が身悶えし、食い破った指の血を垂らす。

 ポタリと一滴、闇の流れが激しさを増す。うねり、膨張した暗い液体。グネグネとまるでゴム紐のように弾力を持っていて、広がったと思えば縮こまった。


 「見ろ見ろ見ろ!これこそが、この闇こそが私の真の能力!人間に限らず生物を改造し、姿形を異形に進化させる…くくふふふ!!」

 闇の液体の正体、それはリーシェの内臓だった。人の一部、あるいは全身を異なる者へと作り変えるという恐ろしい能力が、腸の全てを闇へと変えた。

 生きたまま。彼女はそう言った。一縷の望み、それは混沌を引き剥がしリーシェを助ける事だった。しかし彼女の内臓はもう戻らない。


 ドロドロになってしまったリーシェの一部、もう彼女は助からない。

 「リョウマ…」

 胸を抑えたベルフィーナ、顰めた顔が深刻な哀しみを表す。


 「ほら、誕生だ。闇の子が今、正にこの瞬間にたんじょ、」

 「リーシェ、悪い。君の笑顔をマクベルに見せたかった。」

 遮った龍馬。きつく目を瞑り眉間に皺を刻む。


 カチンッ

 ゴウゴウと音を上げる炎の教会に、納刀する音が響いた。音の止まった世界で亀裂の走る。

 百骸夜行を哀しみで昇華させた紫の百撃。音を立て崩れていく彼女の身体。


 灰骨煙焔・餓楽餓楽(がらがら)

 リーシェがせめて楽に逝けるように。ただ混沌に許しは無い。永劫餓えて苦しむと良い。


 「た、だ私は生きたかっただけ、なんだ……」

 「地獄で悔いねえ。お前が奪った命の名前を魂に刻みながら…」

 肉も血も骨も皮膚をも焼き尽くす。灰を残して消えていく。

 ベルフィーナと龍馬は顔を見合わせた。哀しみに染まった彼の顔を、誰にも見せないように胸に抱いた。


 


 「リョウマ!」

 焼き落ちた教会の扉の影からマクベルが叫ぶ。その声に驚いて思わず突き飛ばしてしまった龍馬が床の上で呆れていた。

 「少し優しくしてくれてもなあ。」

 「す、すまない…つい。」


 マクベルに続きレティシアと桜も顔を出したが、激しさを増す炎の前に戸惑って足を止めていた。

 「このままじゃあ教会が全焼して…」

 桜が中に入ろうとするが、凄い熱波に近づけない。レティシアが彼女の肩を引き止め下がらせた。私にお任せを、と言った彼女が両手を突き出して言葉を紡ぐ。


 空に浮かぶ大きな魔法陣。青色に光った文字列が回転し、現れたのは回転し渦巻く大量の水流。音を立て回る水の柱が床を這い、紫炎を次々と鎮めていった。

 水の中位魔法。使える者は少なくないが、ここまで上手く操るのは彼女の他に数えるほどだろう。炎上している場所を的確に、無駄なく鎮静していく魔力操作は見張るものがあった。


 「すごい…」

 憧れの視線を向けた桜、尊敬の心に少しだけ羨ましさが見える。

 炎が消えた教会は全てが流れ、残ったのは焦げ跡と何も無い床だけ。感嘆の声を上げた龍馬とベルフィーナに近づいて労いの言葉をかける。


 「今回は本当に助かりました…リョウマ、ベルフィーナ、あなた達は立派に役目を…」

 ドクンッ

 鼓動が聞こえた。皆同じく聞こえたのだろう、警戒態勢に入る。段々と大きくなっていく心臓の音が耳の奥に響いて止まない。


 「油断してはいけない!混沌はまだ、()()()()()()()()!!」

 黒の君に支えられたマクベルが叫んだ。目を向けたのは瑠璃の君の灰が積もっていた跡。そこには、いつの間にか変色した黒い塊が動いている。


 「はあ、はあ。それが混沌の核だ、それを破壊しなければまた力を取り戻すぞ。」

 必死に歩いて来たマクベル。手に持っているのは分厚い本。

 「そして、それを完全に破壊できるのは君だけだ。」

 差し出したのは【聖姫巫女見聞録】だった。相手は、桜。聖女としてこの世界に召喚された少女に向けて渡された、この世でただ一冊残る希望の本。


 「急げ、まだ逃げる力は無い。聖女としてこの混沌を、破壊するんだ。」

 マクベルから託された見聞録は本としての質量に加えて、責任という重圧が込められていた。いつもの桜だったら、でもだってと理由をつけて戸惑っただろう。だが彼女の目には強く意思の炎が灯っていた。


 「やります…うまく出来るか不安だけど、私が役に立てるなら!」

 スピンが挟まる場所を開く。古い紙に流麗な文字、とても三百年近く前のものとは思えないほど綺麗な状態の見聞録は分かりやすく絵と図で解説があった。が…

 「えっと…読めない…」

 苦笑いした彼女に、まったく…と息を吐いたマクベル。呆れてはいるが優しく本を取り、丁寧に内容を説明した。


 「ふう…いきます!」

 手を握り、強く固く祈りを捧げる。


 「我、聖なる姫巫女。」

 宣言する。聖女が持つ本来の力。それは天の光を身に宿し、邪悪を打ち消す神の手を借りた超越の御業。

 闇の住人を鎮め、忘却の彼方へと消し去る奇跡。淡く美しい光が彼女の手を覆う。詠唱が進むにつれて大きくなっていく輝きはとても温かく、そして闇に生きる混沌にはとても眩しく、優し過ぎた。


 黒い核が天の光に焼かれていく。声は無いが苦しんでいる様子は見えない。まるで自ら受け取るように、光りを全身に当てていく。小さく薄くなっていく混沌だったもの。ただの黒塊で表情の分からないそれは、感謝しているようにも見えた。


 天に昇る透明な靄が、混沌の核を連れて行く。醜さも憎さも嘆きも哀しみも、そこには一切の負の感情は無い。黒い塊が姿を消して、後に残って吹いた風は皆の心を穏やかに撫でつけた。




 「一見落着ですね。」

 やっと安堵の息を吐いた一同。レティシアと桜はほっと肩を落とし、その場に膝を着く。桜を襲う疲労感はとても大きいようで、最早返事も帰ってこない程に瞼を落としていた。レティシアは桜を膝に寝かせ、そこには安堵の時間が流れる。

 しかし、彼女達は知らないがまだやり残したことがあった。それは子供達の寝室にいなかった一人、生きているかは分からないが賛否確認を済ませる必要がある。


 動けないマクベルは彼女達に任せた龍馬とベルフィーナ。二人は血染めの食堂へと足を運ぶ。警戒する必要は無いが慎重に中へと入る。食堂は椅子と卓が滅茶苦茶に荒らされていて、その中に一人ホーリィが佇んでいた。


 近づいても動こうとはしない彼女。白目を剥いて口を開けたまま、両足で立ってはいるが脈はもう無い。

 「リョウマ、こっちに!」

 奥の扉を開いたベルフィーナが龍馬を呼んだ。急いで駆け付けた中は調理場のようで、床には一人の少女が横たわっていた。


 「生きている!!」

 微かに息があった。心臓もゆっくり鼓動している。しかしこのままでは衰弱死してしまうだろう。ベルフィーナが言うに不可視の糸でグルグル巻きにされているようで、これを取るには焼くしかない。一先ずは王女の下へ運び回復魔法をかけなければ、その時食堂にもう一人気配が入ってくる。


 「ベルフィーナ。」

 丁度よく現れたレティシア。負傷者がいれば回復させようと来たらしい。ホーリィにも目を向けたが既に息を引き取っている事を確認した彼女が悲しそうに目を瞑った。


 「殿下、此方へ…」

 少女を回復してもらおうと彼女に声をかけたその時。龍馬の視界の端で確かに動いたホーリィの身体。生きているはずはない、死んでから時間も経って蘇生の可能性も。

 考えられるのは一つ、そしてそれは最悪の一つ。


 「レティシア!!」

 床を蹴り、一瞬で彼女を抱き寄せる。しかし、既にそれは起動していた。あんな怪物を作り出した瑠璃の君が、この老婆に改造を施さないはずが無かったのだ。

 首が高速で一回転し、起動したのは人間爆弾。カチッと何かが嵌る音、それをかき消すように爆音が続いて食堂を揺らした。


 「殿下!リョウマ!」

 床に叩きつけられたレティシアに龍馬が覆いかぶさった。爆発から間一髪逃れた王女の身体には傷一つ無かった。耳鳴りが収まるのに数秒。救ってくれた龍馬に感謝しつつ、いつまでもどかない彼を押しのけようとする。


 「あの…お、重いのですが…」

 全体重がかかり、とても彼女の力では持ち上げられない。

 「リョウマ!!!」

 駆け付けたベルフィーナに頼もうと彼女を見た。しかしその顔が絶望に染まっているのを見て嫌な予感が頭を過る。


 彼女と力を合わせて龍馬をどかす、手には生温かい何かがべっとりと。

 「リョ…」

 横腹が深く抉れていた。ロドムとの戦闘で負った傷ごと吹き飛んで、傷口からは激しく血が噴き出している。口から血が流れ、急激に脈が弱くなっていく。


 「お願い、お願い!!」

 回復魔法をかけ続けるレティシアは、大粒の涙を流しながら必死に叫んだ。

 混沌という絶望が去った教会。深い夜、こだまして消えない王女の嘆きが一晩中鳴り響いていた。

ついに第二章も終わりが見えてきました。おそらく後一話で本の虫編が終わり、第三章へと足を踏み入れます。もう三章が書きたくて書きたくてしょうがない気持ちがありまして、もうすでに話の大筋は完成しています。これからも頑張っていきますので見て頂ければ幸いです。

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