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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十九話 蜘蛛の巣

第二十九話です。思っていたより二章が長くなってしまって焦っています。早く結末を書きたい気持ちもありますが、肉付けを止められない私もいてどうにも…とりあえずはあと数話、と考えていますのでどうか見て頂ければと。

いつも応援して下さりありがとうございます。投稿すれば皆様がいる、それだけが励みです。

 「見づらくねえかあ?」

 そう言って、豪快に笑ったのはミルバーナ王国が誇るという戦士。

 面倒で退屈な四騎士就任の式、重い名誉を与えられたにも拘わらず身体はとても軽い。歴代最年少で王国最強の四人になった、という称号はまだ大人になったばかりの彼女には羽のように感じられた。


 「別に、それより早く構えてよ。」

 剣を抜いたというのに、目の前で欠伸をかます老騎士。老いぼれだと自嘲する彼の身体は冗談のように筋肉が盛り上がって、平時だというのに誰もを屈服させるようなオーラを醸していた。


 「構えてるぜえ?…来いよ。」

 腕を組み笑った、それだけで感じる圧倒的な威圧感に身震いが止まらない。なるほど分かる、いや身体に覚えて染み付いたもの。

 子供の頃何もいないというのに家の暗がりに感じたように、大雨に光る雷鳴を聞いた時のように、頭は忘れようと全身が覚えている恐れ。


 四騎士になった自分の力を過信していた、私が最強だと。上には上がいるがしかし自分は例外だと。

 眼の前で佇んでいる、それだけで剣が震えることなど初めてだった。所詮は自分の世界、狭い領域での話だった。悔しさに歯噛みする。


 「私を舐めてると痛い目見るわよ。」

 精一杯の虚勢を張って変な口調になってしまった。彼も気づいて軽く噴き出す。恥ずかしさで朱に染まる頬を隠すように髪を流す。


 「舐めてるねえ…それはお前さんのほう、だ!」

 一歩、目の前に迫ったと思えばもう遠い。腹部への衝撃を感じたのは背中が壁にぶつかったと同時だった。息が詰まって動けない、しかし追撃の一手が頭上から降りかかる。


 「おらおらあ!」

 ドンッ ドンッ

 地面に叩きつけられる拳が赤いオーラを纏う。転がって避けること数撃、立ち上がって距離を取った彼女が剣を振るう。身体強化は十分にかけているというのに、素の彼に追いつけない。


 「どうだ解放する気になったかあ!?」

 「はあ、はあ何を…っ!」

 挑発的な笑みを浮かべ歩み寄る彼が意味不明な事を言う。解放、何のことやらさっぱりの言葉に聞き返す。すると意外だったのか驚いた彼が頭を掻く。


 「なんだお前さんそれ、魔眼だろ?」

 指したのは髪で隠れた方の目、魔眼だと彼が言う。知識として頭の隅にある魔眼という言葉、しかしそれが自分に備わっているなどと…

 魔眼。それは選ばれた人間だけが持つ特需な眼。歴史の中にも数えられるほどしか存在しないそれは、記録に在る限りどれも強力な能力を有していた。


 片目を髪で閉ざすようになったのは剣を取るようになって間もない幼い頃だった。ある日突然片目に走った鋭い痛み。目を開けると激しく痛むため前髪で覆い、片目で生きる事を選択した。

 さらりと髪を耳にかけ、閉ざしていた目を開ける。久々に光の下に現した蒼く水晶のように輝く瞳。痛みを我慢しながら彼を見る。


 「おいおい、こりゃあ珍しい…の魔眼じゃあねえか……」



 あの日の記憶が蘇る。なんの魔眼と言ったのか、あの後試合に負けて悔しさのあまり聞くのを忘れていた。精神的にも身体的にも残って消えない目の痛みから、知りたいとも思わなかったこと。

 ああ、何か秘めたる力があるのなら聞いておけば良かった。そうすればリョウマの足手まといにならずに済んだのに、そうすれば目の前に迫る巨大蜘蛛に負けずに済んだのに。


 私は今からこいつに食われるのだろう。ゆっくりと過ぎる時の中、思考だけがくっきりしている。明瞭に晴れた視界、風圧に髪が流れて両目が露わになっていた。

 瞳に走る痛み、久々に感じるこれとも別れが近いとなると少しだけ寂しい。最後の景色、まさかこんな怪物の餌になるとは…


 「ベルフィーナ!」

 私を呼ぶ彼の声が聞こえてくる。彼に笑みを返し、片目を閉じた。最後くらいは魔眼とやらに見せてあげよう。死を受け入れた、その時だった。


 シン…と一切の音が消えた。怖いほどの静寂。色が消え、音も消え、動きも消えた世界がそこにあった。左目だけが見る世界、それは時が止まった絶対の空間。


 「な、んだ…」

 右目を閉じて左目は開けている、痛みは無い。空中で止まった巨大蜘蛛は躍動的に手を伸ばし、八つの目は先ほどまで自分がいた場所に集まって動かない。標本よりも生が感じられない、それに触れるも体温は感じる。


 私だけが動く世界、私だけが生きる世界で足を進める。勿論右目を開けたまま片目で。


 「おお…」

 思わずため息を漏らしたのは彼の横に来た時だ。私を心配して叫ぶ彼の頬をつつく。突如現れた、自分を凌駕する強者。無駄に整った顔の彼の悪戯な笑顔を覚えている。

 「今なら勝てるな。」

 

 混沌だというのはまだ年端もいかぬ少女だ。可愛い顔をしたこの子があんな怪物を、そんな事を考えて悲しくなる。今剣を突き立てればこの悪夢は終わるのだろう、混沌を倒したことは無いが心臓を貫けばおそらくは。しかし、そんなことは出来なかった。さっきまで人間とは思えぬ言葉を吐いていた彼女も、止まった世界ではただの子供だから。


 目が痛みだしたのを言い訳に、首元に近づけた剣を下ろす。リョウマの傍まで戻り、右目を閉じて左目を開いた。

 

 ドベシャアアッッ

 瞬間色の戻った世界が動き出す。けたたましい音で地面に追突した人蜘蛛は何が起こったのか分かっていないようで、バタバタと八つの足で藻掻いている。


 「な、何処に行った!!」

 余裕の笑みを浮かべていた混沌が喚く。目の前のリョウマが気配を感じ取ったのだろう振り返り驚く。一瞬よりも短い、まるで最初らここにいたかのように立ってるのだ。その反応も無理は無い。


 「お、お前…!」

 「説明は後だ、一先ずはあれを!!」

 こちらを見つけた本の虫、避けられたことが余程癪に障ったのだろう怒り心頭で向かってくる。八足をバラバラに地面を高速で這う蜘蛛が一直線にリョウマとベルフィーナに襲い掛かって来た。


 任せろと笑った、彼は冷静に腰を落とす。

 鯉口を切り、姿を見せた灰屍が美しく輝いた。

 「破骸砲」

 

 身体を半分見せた灰屍。神速の衝撃をその身に宿し、蜘蛛の顎へと強力な一撃を叩きこんだ。

 メキョッと嫌な音、手に伝わる重さと顎を砕く感覚が生々しい。ぶつかり空中に浮き上がった巨体が無防備な腹を見せた。


 鞘を脱ぎ捨て刀身を露わにする。手首を返し横に刃を倒す。続く連撃、狙うは厄介な八本もの手足だ。

 キシャャァアアアッ

 腹を守るように窄ませた手足目掛け、一文字に薙ぎ飛ばす。赤い血が勢いよく噴き出して、蜘蛛が吹き飛ぶのと同じ軌道を描いて行く。


 「あぁ!!」

 瑠璃の君が心配そうに手を伸ばした。本の虫は空中に上がり、自らで這った糸を緩衝材に留まって呻き声をあげた。八つの内三本は斬り落としたが、未だ元気そうに起き上がる。ベルフィーナだけにしか見えないが、血の吹き出した手足を糸で覆い止血している。


 このまま動かれたら厄介だ、また振り出しに戻ってしまう。

 「柱から天井に張り巡らされているんだよな?」

 「え?ええ…隙間もほとんどないわ。」

 見据えた天井、目を凝らしても見えないが彼女を信じるしかない。

 床の血溜まりを撫でつけ刃に纏う。


 「灰骨煙焔…」

 静かに滑らせた、刃を燃やす紫の炎が滾り大気を焼いていく。ゴウゴウ上がる紫炎を纏う灰屍を下段に構え、天井の人蜘蛛向けて斬り上げた。


 炎の斬撃が放たれた、弧を描いて飛ぶ紫が本の虫目掛けて迫る。しかしそれはあの蜘蛛にとって、余りにも遅すぎた。軽々避けた本の虫がまるで嘲笑うように顎を鳴らす。

 外れた。奇襲の如く放ったにもかかわらず、これが当たらなければ次はもう。ベルフィーナは悔しそうに呻いた。しかし龍馬は、笑っていた。


 天井に火が付いた。ほんの僅か、しかし次の瞬間には激しく燃え広がる。最初から狙いは蜘蛛に無かったのだ。盛る紫炎が蜘蛛の糸ごと焼き尽くす。

 五本足でバランスが取れないのだろう、本の虫が上から滑り落ちて床に叩きつけられた。既に柱にも燃え移り、夜の暗闇に映える。


 「逃げ場はねえぜ。さあ、本番と行こうか虫けらよお。」

 対峙した龍馬と本の虫。

 蜘蛛の巣に捕らわれ震えていたのは、人を真似た怪物の方だった。

やっと怪物との闘いが書けそうです。お待たせしました、続きは多分明日か今日遅くになります。

いつも本当にありがとうございます。これからもどうか見てください!

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