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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十七話 ああ美しき怪物よ

第二十七話です。今回、いつもより心を込めてかき上げました。読んで頂けると嬉しいです。

いつもありがとうございます。毎日百人以上の方々に見て頂くというのは大変名誉な事だと、心に刻み頑張っています。本当にありがとうございます。

 銀のナイフが肉に滑り込む。確かな弾力がありながらも柔らかい。切り開かれた場所からは肉汁が溢れ出し、食堂に充満する血の臭いと混じっていく。


 「ん?なんだ、欲しいのかい?」

 フォークで刺した肉片を凝視していたからか、勘違いも甚だしいことを言いだした瑠璃の君。

 「その、肉は…なんの…っ」

 煽られたマクベルが鋭い憎悪と怒りを込めてテーブルを叩きつける。それだけで彼の言葉の意味を読み取ったのだろう、にやりと挑発的な笑みを浮かべた。


 「ふふっ、さあね。」

 大口を開け、見せつけるように肉を口に運ぼうとしたその時。マクベルの隣を風が通り抜けた。

 テーブルの上を瞬く間に駆け抜けた龍馬は肉の刺さったフォークを斬り飛ばす。宙に舞う銀の三又が綺麗に皿へと落ちる。


 「おっと…まったく気が早い。今朝仕入れたばかりのデュアルホーンウルフの肉が台無しだ。」

 心底残念そうに肩を落とした彼女が目を細め、テーブルに立った龍馬を睨む。数秒間見つめ合った二人、ふっと噴き出した瑠璃の君が楽しそうに腹を抱えだした。


 「ふっははは!!まさか、人の肉だと思っていたのか!いや、想像力が豊かな人間だな。人肉を喰らうなどという下品極まりないこと、そんなのは化け物の特権だろう?」

 「なに?人を喰らったことは無いと?」

 嘘を吐いているようには見えない、しかしそれならば子供たちは誰に。目の前の混沌が人食いの化け物だと思っていたがしかし。


 「リンリーは何処だ。」

 「さあ。人間の区別は難しくてな、私が持ち帰ったのは小さい個体だったが…」

 灰屍を抜き放ち、眼前に突き付ける。濃密な殺気を前にしても彼女は平然と言葉を紡ぐ。ナイフを手に、くるくると回転させた彼女が笑った。


 「それより良いのかい、()()()()()()?」

 この世のものとは思えないほどの寒気が襲った。咄嗟にマクベルの横まで後退し、納刀する。一瞬でも遅れていれば危なかった、先ほどいたテーブルの上には太く先の鋭い針が刺さっている。音も無く射出された強靭な針、飛んできた方向を見るとそこには何かが蠢いていた。


 「リョウマ!!」

 マクベルが叫んで天井の隅を指した。当然龍馬も気づいている。そいつは、丁度炎の明かりが届かない、薄暗い天井の隅に張り付いていた。

 

 「生みだしたは良いが、こいつは大変な食いしん坊でね。それでいて人間の子供しか口にしないという偏食家ときたもんだ。苦労したよ…悩んで探し回った末、ようやくもってこいの孤児院(食堂)を見つけたんだ。」

 恍惚と悦に浸って語る瑠璃の君。彼女の背後に擦り寄るように這いずって近づいた、灰色の歪な芋虫。蠕動しながら進むそれは円状に並ぶ牙を剥いた。まさにそいつこそが人食いの化け物であり、孤児院の子供たちを喰らった怪物だった。


 「たらふく食べて育ちに育った。見たまえよ、愛い奴だろう?」

 キイィィィッッッ

 短い金切声を上げた気味の悪い芋虫が、モゾモゾと灰色の身体を震わせて大きな単眼を見開いた。

 口から覗いて見える無数の牙は小さいながらも鋭く尖って、一度噛みつけば肉に食い込み決して離さない。


 肥満した身体をゆっくりと動かして龍馬の方を向く。頬を膨らませ口を窄めた芋虫が破裂音と共に針を吐き飛ばした。


 「ちっ!」

 飛来した六つの針を叩き落とす。床に落ちた全ての針先はは緑色に濡れていた。おそらくは酸性の猛毒だろう、漂って来た嫌な臭気に鼻を覆う。


 飛び道具を使うしか出来ない、動きも緩慢な鈍い虫だ。

 しかしこの巨体だ。子供たちも出入口を封鎖され、逃げ場のない中で食べられていったのだろう。まだ息のある中絶望に涙を流して。痛かっただろう、苦しかっただろう、しかし悲鳴を出すことも出来ずに、皆次々と。そしてこの女、いや混沌は笑いながら見ていたのだろう。


 「下衆が…っ。」

 マクベルが壁を叩き、言葉を落とした。彼も同様に想像してしまったのだろう、毒で溶かされながら捕食されていく子供達の最後を。

 

 キイィィィッッ

 高く鳴いた芋虫が、今度は先ほどの倍も頬を膨らませた。構えた龍馬、しかし吐き出す直前マクベルへと狙いを移して飛び出した毒の針。

 「マクベル!くっそ…っ!」

 首根っこを掴み上げなんとか逃げる。しかし二人を追うように止まらない針射撃、なんとか食堂を飛び出して隠れるが長くは持たない。閉じた扉に次々と針が刺さり貫く。


 「助かったリョウマ…はっ、彼はどうした?」

 というのは傍観していた黒の君、影から這い出た奴は今の今まで壁に身を預け静観していたのだ。

 「ここだよ。」

 ぬるりと、今度はマクベルの影から飛び出して黒い帽子の土埃を払う。混沌とはいえ自らの友である彼が無事であったことに安堵したのも束の間。目を細めた彼が目を向けた、扉は今にも壊れそうだ。


 「ホーリィを置いては…」

 「一先ずだ、今まで生かされていたことを考えればすぐに殺されるっつうことはないだろう、行くぞ!」

 何の根拠も無い言い訳だ、しかし今は二人が無事で遠ざかることが先決。彼女、ホーリィが生きていたのはおそらく利用価値があっての事だろう。無事を願いながら、扉の壊れる音を背に走り出す。


 「ふふふ、逃げたか。だが、狩りは嫌いじゃあ無いぞ。楽しませてくれよ…」

 ゆっくりと。まるで王が、跪いた群衆の目の前を歩くように。高笑いしながら二人を追う。灰色の芋虫も重い巨体を引き摺って、主人に追従していった。



 別館に在った食堂から元教会に続く廊下、当然子供たちの寝室前を通り抜ける。出来るだけ見ないようにと目を反らしながら、口元を抑えるマクベルの手を引いて走る。

 扉を蹴破って押し入った。まだ濃い面影を残した静かな教会に大きな音が反響し消えていく。


 「龍馬ぁ!?」

 戻った静寂を破ったのは聞き慣れた声だった。しかしまさかと絶句した。何故ここにいるのか、身廊に立ち驚きの表情を浮かべた三人は、ミドの前で別れた桜にレティシア、ベルフィーナだった。


 「逃げろっっ!!」

 ドガンッッ

 轟音と共に扉ごと壁が吹き飛んだ。飛んで来る瓦礫を弾き、今の衝撃で足にけがをしたマクベルを引き摺って現場から遠ざける。しかし、追撃の針が彼を襲う。

 「おっと、危ない危ない。君を失うところだったよ。」

 焦りは微塵も無い、しかし込められた僅かな嬉しさが言葉に現れる。彼を抱え宙に跳んだ黒の君がフワリと着地した。


 「助かったよ…」

 「いいや我が友よ、これからが本番さ。」

 土煙が上がった瓦礫の奥から現れる。ひたり、ずるりと、音が二つ。下劣な怪物が近づいてくる。裸足の少女が壁の残骸を蹴り飛ばし、追随する怪物の通り道を作る。


 「逃げるのは終わ…おやぁ?」

 心底嬉しそうに、剥き出しにした目を細め歪に笑う。三人を見つけた彼女は新たな獲物の登場に舌なめずりをした。


 「く、ふふふ。くふふふふ!!ああ…絶景だわ。」

 たっぷりと熱を込めてサディスティックに笑った瑠璃の花。少女にはとても似合わない、大人の表情。

 「目を瞑れば明瞭に浮かぶほんの少し未来の光景が、どうしようもなく私を愛撫しているの。ねえ、貴方に分かる?溢れて止まらない快楽が、身を焦がすほどの愉悦が!あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あはぁぁ…」

 濡れ羽色の長い髪を撫で、全身をくねらせた彼女が頬を真っ赤に染める。焦点の合わない瞳を揺らし、手に抜ける髪を梳く。


 「さあ行って。私の可愛い、かわいい子…」

 彼女が怪物の背中を優しく撫ぜる。パリパリと音を立て始めた芋虫の身体。固まった芋虫の全身に罅が入り、灰色の欠片を撒き散らしながら崩れていく。完全な崩壊を前した芋虫の身体を突き破り、黒い影が勢いよく飛び出した。


 背後の壁に張り付いた。頭胸部と袋状の後体が細い腹柄によって繋がれ、四対の歩脚に鎌状の鋏角が光る。それは空想から飛び出したような、あり得ない大きさの蜘蛛だった。

 さらに、それだけでは無かった。上塗りするように恐怖を増幅させたのは、全ての歩脚が人間の手足であるということ。一本として同じものは無い、関節部分で二本の手足が無理矢理縫合されている。そして何より、二列に並んだ八つの目。色とりどりの瞳が光る。そこには、人の顔が四つ張り付いていた。


 人と蜘蛛を無理矢理に合わせたような外道の怪物が、鋼のような鋏角をカチカチと鳴らす。肌色の歩脚を蠢かせ、八つの目をバラバラに瞬かせた。


 「私、本を読んだわ。何冊も何冊も何冊も、凄かったわ…あんなにも私を悩ませて楽しませる。私の一番好きなもの。だからね、愛らしいこの子にもこう名付けるの。」

 ビタンッ、と地上に降り立った怪物の顎に指を這わせて目を伏せた。


 「本の虫、と。」

 誑かすには色気があり過ぎた。迷い、立ち眩むほどの色香。

 妖艶で幼い。矛盾を孕んだ彼女はとても綺麗で、とても残酷だった。

終盤にかかりました第二章です。龍馬と混沌が直接対するのは初めてとなりますね、戦闘をどう盛り上げるかで今の私は頭がいっぱいです。次回もその先も見て頂けると嬉しいです。

読んで頂きありがとうございます。これからも頑張ります!

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