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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十六話 瑠璃色の君が微笑んで

第二十六話です。さあさあ山場を迎えまして、これから盛り上がりを見せる第二章。気が付けばこんなに長くなってしまいましたが、まだ続きます。飽きないように展開させますので見て頂ければ幸いです。

 二つ、三つと寝室の扉を開き中を見る。僅かに存在していた希望も虚しく打ち砕かれ、同様に吐き気を催すほどの光景が続いていた。ポタリポタリと天井から垂れ落ちる赤い水滴、踏み入れる事を戸惑うほど元の床が見えない血だまり。

 

 何か少しでも手がかりを、と心苦しいが遺体を優しく動かし探る。食い破られているためにほとんど何も分からない。

 時折後ろで待つマクベルに聞きながら、一人一人を簡単に照らし合わせていく。孤児院には全部で十三人もの子供がいるらしかった。上は十二歳、下はまだ五歳にも満たない小さな命。本と自分以外に興味が無いと言っていた彼だったが、しかし全員の名前と特徴をすらすらと答える。


 「待て、今ので最後なのか…?」

 どうやら数えてみると十二人しかいないことが分かった。何度か確かめるが一人だけここにいない。

 「リンリーがいない、最年長でいつも皆の支えになっていたあの子が。それに、ホーリィも…」

 ホーリィというのはあの老婆だ。リンリーは十一歳にして炊事の手伝いをし、子供ながらに下の面倒を見ていた立派でちょっとませた女の子。まだまだ甘えたい年頃だろうに、いつも来た時には本を読んで欲しそうに戸惑っていたのがマクベルの印象に残っている。


 部屋からは何かを引き摺った跡が。乱暴にいい加減にまるで土の詰まった麻袋を運ぶように、中身など気にせず左右の壁にぶつけながら奥へと続く。

 

 黒く掠れた跡を摩り手に取る。どうやら血痕ではなくただの泥のようで、血の臭いはしなかった。ほんの僅か、ひとかけらだけの希望を考える。もしかしたら生きているかもしれないと、残酷で諦めの強い考えが頭に浮かぶ。十二人も喰らったのだ、腹がいっぱいで非常食に…そこまでいって思考を止める。


 「マクベル、急ごう。リンリーはまだ生きているかもしれない!」

 確証は無かった、しかし彼の足を動かすには十分の理由。ハッと息を吸った彼は歪に笑い、おぼつかない足取りで龍馬の後を追う。


 それほど広くない教会は一度角を曲がれば食堂に出る造りだ。明るく優しい色の壁紙には赤いインクを付けた手の跡が。一瞥して目を反らす、明らかに小さな少女の手。嘘だ、まやかしだとここに来てから消えない考えを振り払う。


 突然胸元を制され現実に戻される。リンリーの安否確認を急いでいるというのに何事かと、リョウマの横顔を見てそんな文句は消え失せる。喉がゆっくりと上下して、額に大粒の汗がプツプツと湧いては流れ落ちていく。


 「どうした…?」

 彼がジッと見つめるのは両開きの扉、唯一の食堂への入り口には蛇行する引き摺った跡が。

 中にいる。そう考えただけで寒気が止まらない。一歩踏み出して彼に並んだ。


 「ぐ、おお…っ!」

 二人の他に傍観者がいたとするなら、それはそれは滑稽に見えただろう。しかし確かに全身にかかった生の重圧は嘘ではない。まるで何者かの巨大な手に押しつぶされたように膝を折る。屈んで手を付いのは無意識の内だった、それほどまでに重く形を持った空気。


 自分が認めた強者が隣で足を止めているのも頷ける。ここから先は危険だ、自分のような凡人が立ち入っては生きて帰れる領域を遥かに超えている。動物が元々持っている感覚だろうか、第六感のようなものが全力で警告してくれる。


 しかし、僕は進む。誰かのために命を懸ける、その自己犠牲的行動に寄っているだけかもしれない。大勢の死を見て頭が、心が壊れてしまったのかも知れない。らしくない、理由付けをしなければ動けない自分を奮い立たせる。それでも良いと、彼より先に一歩出た。


 「リョウマ、」

 出した手は可笑しくなるほどに震えていた。それを見て出た笑い声も掠れすぎて音にならない。膝も肩も危ないほどに揺れていて、痙攣する口角がピクピクと跳ねている。


 思わず目を見開いた龍馬。戦闘力で言えば冗談抜きで子供と変わらない。文字を追うだけに捧げたか弱い体を奮い立たせて立っている目の前の男に、今尊敬の念を抱いていた。彼の手を軽く叩き、小気味いい音を響かせる。


 足音を殺し、喉を絞って呼吸する。扉の取っ手に付いた血糊を避けて開け放つ。。

 

 優しい炎が揺れていた。通り抜けた風に消されないよう、必死に身体を傾けた蝋燭の火。薄暗い食堂の中、微かに香る()()()が鼻に触れて流れていく。微睡んでしまうような心地良い雰囲気に、詰めていた息を長く吐く。

 前を見た。

 椅子に座って頬杖を突いた()()がいた。

 「ほう、記憶に新しい顔だ。」



 違う、違うぞ。君はそんな話し方じゃあないだろう。やめてくれ。

 幼い顔、高く澄んだ声。響く音に映る姿のどちらもが、疑う余地のないほどにリーシェだというのに。髪を耳にかけ首を傾げる仕草が、気だるげに熱い溜息を吐いて口角を上げた妖艶な笑顔が、幼気な彼女の面影を消していく。


 「座ると良い、丁度これから食事の時間だ。」

 食事、彼女はそう言ったのか?耳を疑う言葉に、今さっき歩いて来た道を思い出す。十二もの幼い命を食い散らかしておきながらまだ更に食うと。激しい殺意が一瞬にして部屋中に広がった。

 隣のマクベルがブルッと震える、だというのに彼女は平然とこちらを見て再度座れと促してくる。


 真っ白なクロスが敷かれ、彼女の目の前には銀製の食器が並んでいる。ナイフにフォークが整然と置かれ、グラスに注がれた真っ赤な液体がドロリと輝いている。

 パチンと一つ彼女が指を鳴らすと、食堂の全てに蒼い炎が灯った。不気味に照らされた室内、彼女に気を取られて分からなかった異様な光景が目に入る。


 「な、な、」

 マクベルが言葉を詰まらせながら後退する。

 「…っっ!!」

 ふらふらと背後の扉に手を付いた、ヌロ、と手に触る気色の悪い感触に飛び退く。

 血だ。たっぷりと塗りつけられた血液だ。床にも天井にも、正に今二人が立ち尽くしている足元にも、何かが這いずり回ったような跡が幾重にも塗られていた。

 

 「それで、君たちは…とその前にだ。いい加減に出てきたらどうだい?」

 そう言って彼女が見たのは龍馬の方向。だがその瞳は彼を見ておらずその少し後ろ、厳密には壁に折れ曲がった影だった。


 「ははは。流石にここまで近づけば君も気が付くか。初めまして、私は黒の君。」

 黒いコートを揺らし、黒いハットを黒の手袋をつけた手で脱いだ影。龍馬の背後から現れた混沌が流麗な動作で腰を折る。顔は深い闇が覆い、中から二つの目だけが鋭く光る。


 「ふふふ。まさか同類がいようとは、それにその言い様は私に気が付いていたということか。」

 対極な二人だ。彼と相反して、彼女はとても深い感情をこめて話す。一つ一つの仕草に暖かい熱が籠り、まるで人間にしか見えない。それが、同種だと。

 「ふむ、名など気にしたことは無かったが…ふっ、ではそうだな。【瑠璃の君】、私は今から瑠璃の君だ。良い香りだろう、私が生まれて初めて嗅いだ花の匂いだ…響きも申し分ない。」

 艶めかしく輝いた髪を撫で笑う。マクベルは認めざるを得なかった。彼女が混沌であるということを。


 「さて諸君、改めて聞こうか。」

 小さくベルが鳴った。奥の扉から出て来たのは血の雫が撥ねたエプロンを付ける老婆。真っ白く淀んだ目を見開いたホーリィの手には銀の盆。上には湯気を出し香ばしく香った料理が乗せられている。嫌な考えが頭を過る、あれは何の肉だ。


 「食事の時間だ。君達、何をしに来た。」

 裂けるほどに口角を上げ切った、大きな口から鋭い歯が覗く。

 凶暴を剥き出した混沌が、絶望の笑みを浮かべた。

いつも見て頂きありがとうございます。今になって思うのですが前、後書きを呼んでいる方はいらっしゃるのか。書き終わって気を抜きながら書いているので面白さの欠片も無いですが、ほとんどが皆さまへの感謝ですので、流し読みしていただくだけでもありがたいです。

これからも頑張って投稿しますので応援よろしくお願いします。

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